aklib_story_淬火煙塵_11-8_停滞_戦闘前

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淬火煙塵_11-8_停滞_戦闘前

キャサリンはフェイストに二十六年前の工員たちの失敗した抗議について話し、補給路の情報をフェイストとドクターに残した。アラデルとシージはサルカズの追撃に遭う。


フェイストはまたこっぴどく叱られるものだと思っていた。

彼はその覚悟を決めて、心の中で何度も何度も構想を練った。どんな言葉であれば目の前のこの強情なベテラン工員の心を動かせるか考えていた。

キャサリンは多くを経験してきたがために、彼女の頭は工場の機械よりも固くなっていた。

彼のよく回る口が祖母の前で役に立ったことはない。彼女の厳しい視線はまるですべてを見抜いているようで、フェイストご自慢の頭脳もいつの間にか、役に立たないスクラップになってしまう。

フェイストはいつもの落胆を感じた。

祖母の前では、いつも子供に逆戻りしたような心地がする。へまばかりして、感情的で、衝動に任せて後悔するような言葉を発してしまいそうで、彼は相手が先に口を開くのを待った。

しかしキャサリンは何も言わない。

彼女はフェイストを連れて長い道のりを歩いた。ようやく足を止めた時、フェイストは祖母の顔色をこっそりとうかがったが、予想外に反して、そこに少しの怒りも見えなかった。

[キャサリン] ……

[フェイスト] これは……

[キャサリン] 何でもないよ。

[フェイスト] この作業場は覚えてるよ。ばあちゃんが、いっつも一人で来てた場所だ。だけどどうして生産ラインに何も載ってねぇの?

[キャサリン] ここはどんな場所だと思う?

[フェイスト] ベテランの工員たちは聞いても教えてくんなかったけど、パットはダイと賭けたことはある。ここはばあちゃんたちが……当時蒸気甲冑を作ってた秘密の作業場だってあいつは予想してた。

[キャサリン] パットに伝えてやんな、賭けはそいつの勝ちだってね。

[フェイスト] つまりこれは本当に蒸気甲冑の……いや、どういうことだ……

[フェイスト] 何回か、こっそりばあちゃんの後をつけてここに来たことがあるんだけどさ。そん時俺はハッキリ聞いたぜ……機械もベルトコンベアも稼働してた。

[キャサリン] 誰かがここの電源を入れれば、今でも動くからね。

[フェイスト] ……だったら、どうして使ってないんだ? 蒸気騎士がヴィクトリアから消えちまったから? いや、注文がなくたって、ここの機械は貴重だろ、このまま放置する理由なんてないじゃん。

[キャサリン] どうして使ってない、か……そうさ、どうしてだろうね?

年長の工員はその冷たい金属の塊に問いかけるように、目の前の機械を叩いた。

フェイストは、ここの設備がどれも塵一つなく磨かれていることに気付いた。まるで、この秘密の作業場では時間が止まっているかのようだ。

[キャサリン] ここに来るのがどうしてあたしだけかわかるかい?

[キャサリン] カーマ、マイク、ブランソン……あいつらは、あそこに立っていたかね。それとハービーだ、ハービーは推進器の監視を担当していたよ。

[キャサリン] 生産ライン全体が動いてる時の……ハッ、あんなに完璧なリズム、あんた聞いたことないだろうね。どんな曲よりも美しかったよ。

[フェイスト] ハービー……ハービーって父ちゃんの名前だろ?

[キャサリン] そうさ。

[キャサリン] あんたの父親は工場で一番賢い工員だった。頭の中じゃあ、いつも変わったアイディアをたくさん浮かべていたね。

[フェイスト] 父ちゃんのことは、写真でしか見たことない。

[キャサリン] あんたは父親に会うべきだったね。それにあいつによく似てる……似すぎているとさえ思うことがあるよ。

[キャサリン] ハービーは蒸気エンジンの専門家で、丸っきり自分がエンジンみたいな子だったよ。時々みんなを前へと引っ張っていくのが速すぎてね、あたしなんかついていけなかったさ。

[キャサリン] ……ついてって、やるべきだったんだけどね。

[フェイスト] 父ちゃんは、街での事故に巻き込まれて行方不明になったんじゃないの? 子供の頃から、俺が聞くとばあちゃんいつもそう言ってたじゃんか。

[キャサリン] 街での事故か……もし二十六年前のあの戦乱が本当に「事故」と呼べるならね。

[フェイスト] 二十六年前!? その頃って国王陛下が……

[キャサリン] そうさ。ロンディニウムは一晩で混乱に陥った。大公爵を筆頭に、貴族たちの間で争いが絶えなくなったんさね。

[キャサリン] 沢山の工場に影響が出たよ。特にうちみたいな蒸気甲冑を生産していた軍事工場は、全て操業停止を余儀なくされた。

[キャサリン] ハービーは……あの時、あの子はまだ若かった。ああ、ちょうど今のあんたと同じくらいの歳だったね。あの子はこの工場を、この都市を愛していたよ。

[キャサリン] あの日あの子は貴族たちに抗議をするため、ほかの工員たちと工場を出て行ったんだ。公爵たちに工員たちの声を聞かせて、みんなの基本的な生活を守るんだってね。

[キャサリン] フッ……お人よしだろ?

[フェイスト] ……

[キャサリン] ……十二月のロンディニウムは寒いだろ? あの子の胸から流れ出した血は、熱かったんだろうか……あたしは何度も考えずにはいられなかったよ。

[フェイスト] 父ちゃんは……理想のためにそうしたんだ。

[キャサリン] 理想のための犠牲は崇高だって、あんたはそう言いたいんだろう?

[キャサリン] あんたたち自救軍のリーダー連中と、そっちの「ドクター」は、戦死した仲間を悼む時、今の言葉を繰り返してるんじゃないかい?

[フェイスト] ……クロヴィシア指揮官なら言うだろうな。ドクター……ドクターはそういう時いつもより無口になるんだ。だけどみんな心からそう思ってるよ。

[キャサリン] 残念ながら、死んだ奴は自分がどれほど偉大かなんて、感じ取れないんだよ。

[キャサリン] 生き残った方は……そういう慰めの言葉ってのは煙みたいに、漂うように軽いのさ。肺に入り込む時は心地よくても、吐き出した後は……

彼女は息を吸い、しばし口をつぐんだ後に、ゆっくりと前へ吐き出した。

それほど冷たくはない空気に、吐息の熱は何の軌跡も残さない。

[キャサリン] 事実はたった一つだけさ。二十六年前のあの夜に、四十一名の工員が中央区の大通りへと向かい、二度と帰ってくることはなかった。

[キャサリン] その後のロンディニウムは、何も変わってない。貴族たちも、金持ちも、みんなが何事もなかったように振る舞うのさ。この作業場だけ、二度と元に戻ることはなったんだ。

[キャサリン] あたしは年を食っちまったんだよ、フェイスト。もう手取り足取り教えてやって、あんな優秀な工員たちを育て上げることはできやしないんだ。

[キャサリン] 本来なら、あいつらがやる番だったんだ。そうさハービーこそが、あんたにすべてを教えてやるはずだったんだ。

[フェイスト] ばあちゃん……

[キャサリン] 信じないかもしれないけどね、あたしはただの一度も、ハービーを責めたことはない。同じように、あんたを責めたこともないよ。

[キャサリン] でもあんたはわかっておく必要があるんだよ、フェイスト。パットたちを連れて反抗しようとするなら、あんたはわかっておかなきゃならないんだ。

[キャサリン] 万が一あんたがこの戦争を生き延びて、他の連中が帰ってこなかったら。あんたはあたしみたいに、誰も使わない機械を眺めながら、数え切れないほどの夜を、無念と後悔に沈んで過ごすのかい?

[フェイスト] ……

[フェイスト] ばあちゃん、三年前、俺はばあちゃんの決断が理解できなかった。

[フェイスト] でも今、あの日を思い返してみて、ばあちゃんの立場になって考えてみると――

[フェイスト] その決定をすることでさえ、俺はすっげーためらうだろうって気付いた。

[フェイスト] ばあちゃんの言う通りだよ、浅知恵じゃ死を謀り続けることはできない。

[フェイスト] でもさ、ばあちゃん。俺は、妥協や服従も死を謀ることはできないと思ってんだ。

[キャサリン] ……

キャサリンは煙を深く吸い、反論はしなかった。

[フェイスト] ばあちゃん、俺は覚悟が決まったとは言えないよ……

[フェイスト] 絶対にサルカズを追い出すって、胸を叩いて自信をもって言うこともできない。

[フェイスト] 正直言うと、俺たちに残された時間は少ないってロドスに教えられてから、自分が背負ってるもんの重さってやつをだんだんと感じるようになったんだ。

[フェイスト] 自分がまたバカなことしでかすんじゃねーかって、すげぇ怖い。

[フェイスト] でもさ――だからって俺は止まれないんだよ。

[フェイスト] じゃないと、俺はビルやジョニー、ガビ、それに犠牲になった自救軍メンバーに合わせる顔がない。

[キャサリン] ……まだまだ青いね、クソガキ。

[キャサリン] ドクターとか言うの、あんたはこの子と違って、そそっかしいままでかくなっちまったわけじゃないだろう。

[キャサリン] 悪いけど、この子の面倒を見てやっておくれね。

[ドクター選択肢1] 安心してくれ。

[ドクター選択肢2] 力は尽くす。

[キャサリン] あたしの部屋の机の、左から三番目の引き出しに隠し収納がある。

[フェイスト] えっ?

[キャサリン] サルカズの監視の目が厳しいからね、この工場にあんたの居場所はないよ。それを見たら、さっさとどこへでも行きな。

[キャサリン] 他の人に迷惑かけるんじゃないよ。

[フェイスト] ……ありがとう、ばあちゃん。

キャサリンがそばを通り過ぎた時、あなたは彼女の表情を見た。

そこには安堵と、そして悲しみがあった。

[フェイスト] ドクター、そんじゃ、急いでばあちゃんが言ってた場所を見に行こうぜ。

[フェイスト] ついてきてくれ、ばあちゃんの部屋はこっちだ。

[アラデル] 品物は全部届いた?

[ロンディニウム市民] 全部あります。

[アラデル] ベーダーさんは最近どう?

[ロンディニウム市民] 病気になったらしいです。ブツは全部送り届けたので、今回の取引はこれで完了ということで。

[アラデル] わかったわ、彼に感謝の言葉を伝えておいて。

一人、また一人と全身武装した傭兵が倉庫の奥深くから出てきた。

先頭にいた者が自救軍の前までやってくると、武器を持っていない方の手を差し出した。

[???] どうも、新たな雇い主。俺はトターと言う。

[アラデル] こんにちは、トターさん。ここまでご苦労だったわね。

[トター] ああ、コンテナの中は少し息苦しかった。

[トター] 外に出てみても……あまり変わらないようだけどな。

[アラデル] ハハ、ロンディニウムへようこそ。

[クロヴィシア] 第八隊、新たな友人を連れて基地へ向かってくれ。付近のサルカズ巡回隊と鉢合わせないようによく注意しろ。

[自救軍戦士] はい、指揮官。傭兵の方々、こちらへついてきてください。

[アラデル] ……この最後の部隊を加えて、私たちの戦力はまたいくらか上がったわ。

[アラデル] クロヴィシア、私たちの時間は多くないわ。奴らはすでに貴族に手を出し始めているの。

[クロヴィシア] 公爵邸から撤退し、より見つかりにくい第二基地へと移動してきたとはいえ、どれだけ持つかはわからないな。

[クロヴィシア] 都市内のサルカズの数は、今も増え続けている。

[アラデル] あと三日もすれば、サルカズの主力部隊が都市に戻ってくるわ。

[クロヴィシア] ……ナハツェーラーの王。汚れた恐ろしいグールか。

[クロヴィシア] アーミヤが、奴の能力の一部について教えてくれたんだ。奴は戦争を「呑み込む」ことで生きているらしい。戦場に立てば……戦場は奴の一部になる。

[アラデル] どのような代償を払えば……戦場そのものに打ち勝てるというの?

[クロヴィシア] 公爵の艦隊が団結できないのであれば、確実に勝利する自信を持つのは難しいだろうな。

[クロヴィシア] 戦士たちは奴を避けなければならない。これこそ、我々が奴が戻ってくる前に行動しなければならない理由だ。

[クロヴィシア] 奴らこそ、生ける伝説なのだ。

[アラデル] サルカズの王庭……もし彼らが本当にレト中佐の都市防衛軍を押しのけて、都市全体を直接鎮圧するつもりなら……

[アラデル] ……クロヴィシア、あなた数学が得意よね。その恐ろしい伝説に私たちが勝てる確率はどれくらい?

[クロヴィシア] ……

[アラデル] 構わないわ、自救軍は計算に頼って今日までやってきたわけじゃないもの。

[クロヴィシア] 戦士たちは、すでにベストを尽くしてくれている。

[クロヴィシア] 何が起ころうと……少なくとも我々の心は一つだ。そうだろう、アラデル?

[アラデル] ……ん? ええ、もちろん。

[クロヴィシア] 何を考えている?

[アラデル] ……明日の行動もここ数日みたいにうまくいけばいいと思って。

[シージ] ……どうも最近の作戦は少しうまくいきすぎていると思わないか?

[インドラ] そりゃ良いことだろ?

[シージ] 何の理由もなしに良いことが起こることはない。

[モーガン] ヴィーナに同意だよ~。一回のラッキーならまだしも、毎回続くってなったら、それ本当にラッキーなのかな?

[シージ] ……

[ロンディニウム市民] ――

[シージ] こいつ、さっきからずっとこの辺りをウロウロしてないか……

[ロンディニウム市民] ……

交差点に立つ男は、シージたちのいる方向をちらりと見た。

彼の視線は路地の奥までは届かない。何も見えていないはずだ。しかし彼は怯えたように視線を戻し、そそくさと頭を下げて足早に遠くへ去っていった。

[シージ] ……ダグザ!

[ダグザ] はい。

[シージ] アラデルに知らせろ……全自救軍に倉庫エリアから撤退命令を!

[ダグザ] わかった。

[ダグザ] ……

[ダグザ] 何があったと彼女が聞いている。

[シージ] 我々は何者かに目をつけられている……いや、今は説明してる暇はない。

[シージ] ダグザ、インドラ、モーガン、計画通りに行動しろ。

[サルカズ戦士] ――

[自救軍戦士] うぅ……

[シージ] 全員撤退したか?

[自救軍戦士] わ……わかりません……

[シージ] ……まずは逃げるぞ。

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