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闇夜に生きる_DM-5_軍旗_戦闘後
ヘドリーはバベルからの脱却を選択し、ケルシーに別れを告げた。その後の道中で、二人のベテラン傭兵は多くを語り合った。一方、留まることを選んだWは、王の称賛を得るために努力を続けた。
[ケルシー] 決めたようだな。……ああ、その顔を見れば、どんな答えを出したのかはわかる。
[ヘドリー] あなたはなんでもお見通しだ、ケルシー先生……いや、ケルシー士爵と呼ぶべきでしょうか。
[ケルシー] 今その話をすることに何の意味もない。
[ケルシー] 私はただ、君の決定が惜しいというだけだ。君たちならテレジアの右腕になれただろうからな。
[ヘドリー] 殿下は……前回の任務の終わりに、私を探して声をかけてくださいました。
[ケルシー] 彼女らしいな。
[ヘドリー] ええ……しかも殿下は、私がかつてカズデルにいたことを覚えていてくださったのです。
[ヘドリー] 私もかの地のことははっきりと覚えています。あの巨大な工業地区のことも、その周囲何百マイルにも及ぶ、犯罪と死に満ちた都市のことも……
[ヘドリー] スラム街は腐臭と貧困が蔓延していました。難民が増え続けたことが原因です。
[ヘドリー] カズデルに、いわゆる「貴族」と呼ばれる人がどれほどいたかご存知ですか? 戦功を立てて叙爵され、くだらない肩書きを授かったサルカズを含め、その数は――
[ケルシー] 雑草と同じほどだろう。
[ヘドリー] その通りです。
[ヘドリー] ……ですが殿下は、その全てを覚えているのかもしれません。
[ヘドリー] 殿下の仁慈には本当に感謝しています。私たちサルカズのわずかに残された「人」と呼べる部分を、大切にしてくださるのですから。
[ヘドリー] そんなことができるのは殿下だけです。
[ケルシー] ではなぜ、君はここから逃げることにしたんだ?
[イネス] ……人聞きの悪い言い方は止めてくれる、お医者さん。
[ヘドリー] イネス、ケルシー先生は我々に良くしてくれている。わかっているだろう。
[イネス] フンッ……
[ケルシー] ……言い方が悪かったな。
[ケルシー] 君たちがここを離れ、傭兵として自由にこの大地をさまようことに決めたというのなら、私に止める理由はない。
[ケルシー] 多くのことを承知の上……なのだろう?
[ヘドリー] ――はい。
[ケルシー] ならば君はそれでいい。だが、もう一人のサルカズはどうする?
[ヘドリー] Wには自分のやりたいことがあるようです。
[ヘドリー] どんなものかはわかりませんが、私たちは彼女を無理矢理、軍事規則に従わせることはできません。
[ケルシー] 従属を望まぬ傭兵団は、決まって自由と独立性を主張する。……それだけでは、一つにまとまった力には勝てないのだがな。
[ケルシー] だが君たちが追い求めるものはきっと……道を失ったサルカズの戦士たちがもっとも望むものなのだろう。
[ケルシー] 何はどうあれ、君たち自身が選んだ道だ。
[ケルシー] 進むしかあるまい。
[ヘドリー] ええ、傭兵らしく……我々は戦争に逃げるか、廃墟に立ち上る煙に身を隠すことしかできませんから。
[ケルシー] ……うまくいくと良いな。
[ヘドリー] ありがとうございます。
[イネス] ……私たちについてきてくれたサルカズも、もうこれだけになったのね。
[ヘドリー] 多くの者が、あそこに残ることを選んだからな。そしてそれよりも多くの者が、居場所を選ぶ権利もないまま死んでいった……
[イネス] そんなの、傭兵なら珍しいことじゃないわ。あなたもわかっているでしょ、ヘドリー。とはいっても、今の私たちは傭兵というより、郊外に出向いた登山客って感じだけど。
[イネス] 拠点もなくなって、装備もバベルが用意してくれた最低限で……
[ヘドリー] ……昔に戻ったようだな。バーチの樹林で出会い、独立しようと決意した頃に。
[ヘドリー] 当時と違うのは、ケルシー先生が特別契約を結んでくれたおかげで仕事があるということだな。
[イネス] これからもあのお医者さんのために働くなんて……バベルを離れた意味がないじゃない。
[ヘドリー] 俺たちは、自らの利益のために戦う独立した傭兵部隊として、高額な契約を受けたんだ。バベルに従属するのとは違うさ。
[イネス] そんなの、ただの自己欺瞞でしょ。
[イネス] ……待って、私たちの旗はどうしたの?
[ヘドリー] 置いてきた。自己欺瞞なら、徹底的にやらないとな。
[ヘドリー] 覚えているか? 最初の頃は、旗手が凶刃に倒れると、すぐに別の者が役目を受け継いだものだ。
[ヘドリー] 西部から東部へ渡り、傭兵になり、この場所に戻ってくるまで、旗は一度も倒れなかった。
[ヘドリー] 七十、いや八十人目の旗手が倒れたときも、彼は旗竿を自らの腹に突き立て、旗を掲げ続けた。
[ヘドリー] そして俺たちがあの船の警護をしていたとき、カズデルから来た敵たちは我々の防衛線を軽々と破ったが――
[ヘドリー] あのとき旗を握っていたのは、子供だった。
[ヘドリー] 斜面の上から、敵のアーツが土石流のように流れて来て――
[ヘドリー] ケルシー先生が来るまで、我々は坂の下で、ただ耐えることしかできなかった。
[イネス] そのとき、旗が破壊されたのよね。
[ヘドリー] そうだ。
[ヘドリー] だが今にして思えば、俺はあのとき手を伸ばして、旗竿を受け取ることだってできたはずだ。
[イネス] ……
[ヘドリー] 傭兵の旗は、どうしても好きにはなれなかった。
[ヘドリー] あれは、本来掲げられているべきではないものだからな。
[イネス] 最初からいた仲間は、今何人残ってるの?
[ヘドリー] お前と俺だけだ。
[ヘドリー] ……道を急ごう。
[イネス] ……
[イネス] ……ヘドリー。
[イネス] あなた、わざとWを殿下の側に残してきたんでしょう?
[ヘドリー] ――お前は、殿下のことをどう思う? それとケルシー先生、そして――「ドクター」のことを。
[イネス] あなたが陰でこそこそ他人の噂話をする人だとは知らなかったわ。
[ヘドリー] ただの世間話だ。
[ヘドリー] お前はあの場所で一度もアーツを使わなかっただろう。だから心配を――
[イネス] 使わなかったんじゃなくて、使う気になれなかったのよ。あのお医者さんが色々ほのめかしてたから。
[イネス] あそこには秘密が多すぎる。
[ヘドリー] 確かに、ケルシー先生の身分だけでも十分謎だからな。深入りしたらなんて、考えたくもない。
[イネス] ……でも私、無意識のうちに殿下を探ってしまったことがあるの。私のアーツはあくまで人の「影」を見て感情を感知するもので、人の心を直接覗くことはできないけど……
[イネス] 殿下は、すごく悲しんでた。
[イネス] それでいて、誇り高く温かだったわ。
[イネス] お医者さんだって、すごく変わった人だった。機械のようなところがあるのに、案外人間味に満ちていて。
[ヘドリー] ……あの先生が?
[イネス] アーツを使えないあなたには、わからないでしょうけどね。
[イネス] 彼女は全ての人を平等に見ていたわ。私たちを一度だって「魔族」と呼ばなかったし。
[ヘドリー] 殿下が側にいたからではないのか?
[ヘドリー] では、ドクターはどうだ?
[イネス] ……よくある喩えだけど、兵士はコマ、指揮官が棋士って考えね。
[イネス] あの人を前にしたとき、もしかして自分は一生コマかもしれないって思ったわ。
[ヘドリー] あのドクターが操っているのは、兵士でも戦場でもなく、戦争そのものだからな。
[イネス] 確かにそんな感じがするわね。でもそれが理由じゃないわ。
[イネス] コマと棋士の間にある、一番大きな違いは何かわかる?
[ヘドリー] 違い? それよりお前はどうしてWのような話し方をするんだ。こんな回りくどい言い方は嫌いだったはずだろう。
[イネス] 話の腰を折らないで。棋士の最終目的はコマになんかないし、対局そのものですらない。棋士が向き合ってるのは対戦相手であって、最終的にはライバルに勝つことだけを考えてる。
[イネス] 棋士が勝利して家に帰れば、コマはみんなケースに入れられて棚に片づけられておしまい。だけど棋士はそんなことは気にも留めず、温かい食事にありつくのよ。
[イネス] 毎日寝起きして、両足で歩いて、話ができるのも棋士だけ。コマは動くことすらできない。
[イネス] だけどそれがコマの宿命なの。そして私たちはみんな、そんなコマでしかないのよ。この戦争で意思を持った棋士はあの人だけだわ。
[イネス] これでもし、私たちがコマじゃなくて人だって仮定するなら……あの人は「別の何か」ね。
[ヘドリー] ――なるほどな。どうやらドクターについて、我々の意見は一致しているようだ。
[イネス] ……だけど殿下たちは、ドクターのそんなところは、見て見ぬふりをしてるみたいだった。
[ヘドリー] おそらく、ケルシー先生は警戒していただろう。共に戦った戦士たちも、多少の迷いを抱えているようだった。
[ヘドリー] Wにも伝えてある、何かが歪み始めているかもしれないと。
[イネス] ……あそこを離れたのは正解だったのかもね。
[イネス] って、あなたも私と同じ考えなら、どうしてWを残してきたの?
[ヘドリー] 心配なのか?
[イネス] 今は私が聞いてるのよ。答えて。
[ヘドリー] ……万が一に備えてだ。我々がお前の言う「別の何か」と肩を並べて戦う日が来たときに備えて。
[ヘドリー] お前だって摂政王……殿下の兄が、寛大に俺たちを許し、ラテラーノ人から略奪して生きることを見過ごしてくれるとは思っていないだろう?
[ヘドリー] 俺は極力この戦争から離れたいと考えている。正直に言えば、これ以上同胞たちと戦いたくないんだ……俺たちはもう、十分に苦しんだからな。
[イネス] ……フンッ。
[ヘドリー] 誤解しないでくれ。俺は決してWをあの場所に繋ぎ止めて、逃げ道を残しておこうと考えていたわけではない。
[ヘドリー] だがWは、あの場所に残れると聞いて嬉しそうにしていた。
[イネス] ……チッ。
[イネス] ……恩知らずな奴ね。
[Scout] 思ったよりここでの仕事に向いてるようだな、W。
[Scout] あんたの友達二人もだ。彼らはドクターの招待は断ったが、仕事ぶりはなかなかのものだった。
[W] えーっと、それでテレジアは何か言ってた?
[Scout] ……殿下に褒められたいなら、手柄を報告に行けばいい。
[Scout] ケルシーさんの目を避けられるなら、だけどな。
[W] あのクソ女、いっつもテレジアの側にいるのよね……。あーあ、鬱陶しい。
[W] で、テレジアは何処にいるの?
[Scout] おいおい、わかってて行くのか?
[W] 別に悪いことしてないし、怒られはしないでしょ?
[Scout] まったく、鬱陶しいのはどっちだか。
[W] はぁ? あたしはあんたたちのために命がけで、難民の中から七人もスパイを見つけ出したのよ! 七人も! 一人やっかいな術師もいたでしょ! どれほど大変だったかわかる?
[Scout] あーもう、デカイ声を出すなよ。あんたの存在と任務はどっちも機密事項なんだから……はぁ。
[Scout] それに、それは元々あんたの任務だっただろうが。しかもドクターは最低でも一人は生かしておけって言ってたのに……
[W] あいつはあたしが殺すよりもずっと早くに自害したのよ。どうにもならないわ。
[Scout] ……はぁ。
[Scout] 殿下はみんなとブリッジにいるはずだ。おそらくアーミヤも一緒だろう。
[W] 名前を言われてもいちいち覚えてないわよ。テレジア以外どうでもいいわ。
[Scout] もう好きにしろよ……
[Scout] ……いや待て、何を持ってるんだ?
[W] え? スパイから奪った小型カメラだけど。珍しいでしょ?
[Scout] まさかあんた……
[W] あら? 普通に考えて、殿下とツーショットを撮れるチャンスを逃すサルカズはいないと思うけど?
[Scout] もしケルシーさんにスパイだって言われても、俺は助けないぞ。
[W] 別に大丈夫でしょ、このくらい。……あ、そういえば。
[W] あのスパイたちはどうやってロドスに入ってきたの?
[Scout] ......
[W] 最近、あたしたちの戦い、おかしいと思わない?
[Scout] それは俺たちが口を出せることじゃない。もし不満なら、ドクターに言ってみろよ。
[W] ドクター、ね……
[W] じゃ、やめとくわ。
[W] (いた――相変わらず勢ぞろいね。)
[W] (あの子ウサギはどこのどいつよ。ウザったいわね。耳でテレジアが隠れちゃってるじゃない!)
[W] (――! ケルシーに見られた……?)
[W] (......)
[W] (……あれ、こっちに来ない……気のせいだったのね。)
[W] (チッ、ドクターが邪魔だわ。もっと離れなさいよ。……あの人まで写っちゃったら、なんだか不吉な写真になるじゃない……)
[W] (......)
[W] (あっ、テレジアが笑った!)
[W] (構うもんか、このチャンスを逃すわけにはいかないわ!)
[W] ハイ、チーズ――!
……W、今がどういう状況かわかっているのか?
そんなのわかってるわ。戦場に出た回数は、あんたより私の方が多いもの。――ねえ、「先生」。
ケルシー、そんなに怒らなくても――
[W] あの女、本当にうるさいんだから……あたしはただ写真を撮っただけなのに!
[W] ここからのお仕事は、つらーいものになるわよ。捕虜のお兄さん。
[サルカズの捕虜] うっ――ううっ!!
[W] ほらほら、あんまり硬くならないで。議長室に近づく度胸があったなら、バレる覚悟もあったでしょ?
[W] 今ちょっと機嫌が悪いから、あんまり優しくできないけどーー
[サルカズの捕虜] ――
[W] あら、自害するつもり?
[W] 無駄よ、やりたくてもできないようにしてあるから。せめてこっちの質問に答えてから死んでね。えーっと……
[W] 先月の「ミル」の作戦で、何が起きたの?
[W] あんたがこんな中枢に近い場所に来たのはどうして?
[W] 何かを探してるの? あんたは誰と繋がってるの? テレシスに何を持って帰るつもりだったの?
[W] あ、別に慌てて答えなくてもいいわよ。こんなこと、あたしが知りたいわけじゃないし。
[W] それより、あんたの目を閉じられないようにして、源石のトゲを毎秒三ミリずつ、あんたの眼球に近づけていったら――
[W] どう? 怖いかしら?
ヘドリーの予想は当たっていた。確かに戦局は変わり始めていた。
だけど正直、カズデルの状況にはあんまり興味がなかった。どうせあたしには影響しないって思ってたから。
それよりあたしは、テレジアが心配だった。
あのウザったい医者と話すと、鏡に映る自分の笑顔を見るときと同じくらい吐き気を催す。でも、しっかり話さなくちゃいけないときが来ているのかもしれない。
あの女はあたしと同じ類の人だ。いや……もしあいつが「人」だとしたら、だけど。人じゃなかったとしても不思議はない。それくらい、あいつは謎だらけだった。
でも、あの女があたしよりもずっと強いということだけははっきりしてる。あいつならテレジアを守り抜けるかもしれない――
いや、そうしてもらわないといけない。
そうじゃなきゃ――
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