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闇夜に生きる_DM-3_圧迫_戦闘前
Wが意識を取り戻すと、傭兵たちはロドス号に収容されていた。ヘドリーが会議に参加する中、慎重に周囲を偵察していたWは、彼女の王に出会った。
サルカズたちが、動きを止めた。
ごうごうと炎が燃え盛る。彼らは、オレンジ色の熱が空気を焼きながら廃墟の中央に迫っていくのを、他人事のように眺めていた。
――そこに突然、一人の女性が現れた。
彼女はサルカズではなかった。しかし多くのサルカズに見つめられても、その毅然とした表情が崩れることはなかった。
イネスは震えていた。なぜかはわからない。
爆発で聴覚がやられているのか、サルカズたちが話している内容を聞き取ることはできなかった。
ただ、彼らは明らかに怯えていた。
何に? 目の前にいるあの人に?
いや、違う。なぜならサルカズたちはいつの間にか、別の方向を見ていたのだ。もう一人、彼女ではない人物が立つ場所を。
意識を失う直前、私も目を向けた。そこにいたのは――
一人の……サルカズだった。
敵意を持たず、ただそこに立っているだけの……か細いサルカズ。
......
彼らは……ひとまず……
サルカズ……絶対に……
……なにを……いる?
彼女の傷は深い……ここで応急処置をしなければ……
……もし……彼が……この場所を見つける……時間がない……
……ケルシー、手を貸して。
……はぁ、わかった。
[W] ——!
[W] ここは――
[イネス] 船。
[W] 船……?
[W] ……なんであたしたちは、まだ生きてるの?
[イネス] あなたが生きてるのを疑問に思うのはいいけど、私までその括りに入れないでくれる?
[イネス] はぁ……
[イネス] 救出されて、ここに連れてこられたの。あなたが寝ている間にね。
[W] ……ここに? ここは、どこ?
[イネス] 輸送部隊の本隊よ。私たちが護送していたのは、まさにこの船だったの。今は一時的に負傷者を収容してくれてる。
[イネス] 中はまだどこも工事中みたいだけど、こんな船、前代未聞よ。どんな構造なのか想像もできないわ。
[イネス] (でもあのとき見た影は、確かに……ううん、深追いするのはやめておこう。)
[W] ……ヘドリーは?
[イネス] ……雇用主……いや、ここの主と、交渉中。
[W] 無事なのね。まあ彼に何かあったなら、あんたが大人しくしてるわけないけど。
[イネス] チッ。起きるなり生意気ね。
[W] あたしがしおらしかったら気持ち悪いでしょ。ねえ、ここの主ってどんな奴?
[W] もしかして緊張してる? あたしはあんたお得意の目に悪いアーツは使えないけど、それでもばっちりわかるわよ。
[イネス] ……あなたまさか、私がここにいるのは、あなたを気遣ってだなんて思ってないわよね?
[W] 思わないわよ。でもどうして素直にこんなところに閉じこめられてるのか、とは思うわね。
[イネス] ……はぁ。
[イネス] 実はちょっとだけ、ヘドリーに同情してる。
[イネス] あの部屋にいたのは、みんな化け物みたいな人だったから……
[ヘドリー] ……
[ケルシー] ……そう緊張するな。会議の効率が悪くなる。
[ケルシー] 君たちは最善を尽くした。情報が漏れたのは我々の失策だ。
[ヘドリー] ……戦場には正しいも正しくないもありません。私は我々が対峙していたものが何か、よくわかっていますから。
[ケルシー] そうか。
[ヘドリー] ……しかしあの指揮官が……本当に殿下と親しい人だったとは……
[ヘドリー] あなたの……あの力には心から驚きました。まだ正式にお礼を言っていませんでしたね、ケルシー先生。
[ケルシー] 感謝するならテレジアにするといい。彼女の発案だ。
[???] ――私がどうかした?
[ヘドリー] ――!
[ヘドリー] 殿下――
[???] ここはカズデルじゃないわ。そんなに畏まらないで。座って話をしましょう、ヘドリー。
[ヘドリー] ……承知致しました。
[ヘドリー] お隣のその方は……
[???] ......
[???] 一緒に話を聞いてもらうわ。戦略に必要な情報は全て、ドクターにも知っていてもらう必要があるから。
[ヘドリー] ご説明ありがとうございます。
[W] ......
[W] (確かに形は船みたいだけど……いくらなんでも大きすぎない?)
[W] (……設備は新しいものばかりじゃないわね。ここなんてボロボロだわ……)
[W] (確か……これはレム・ビリトンから……)
[小柄なコータス] あっ! す、すみません、そこはまだ施工中で……
[小柄なコータス] 危ないからあまり奥に入らないほうがいいって……ケルシー先生が……
[W] ふーん――
[W] じゃあいいわ。他の所に行ってみるから。
[小柄なコータス] あ、ありがとうございます。お気をつけて。
[W] ……なんて礼儀正しいの。それにあの耳……サルカズじゃないことは確かね。
[W] そう言えば、あのイネスよりも嫌な感じのする女……医者だったかしら? あいつもサルカズじゃなかった……
[W] 戦場の中心だっていうのに、サルカズじゃない奴らばかりなんて……ここは一体どうなってるの。
なんでまた止まっちゃうの!!
[W] えっ?
[???] お、落ち着いて、クロージャ。今日はまだ七回しかショートしてないじゃない――
[クロージャ] 七回しかじゃない、七回も、だよ!! なーなーかーいーもー!
[クロージャ] 天才エンジニアからすれば、こんなの一番の屈辱だよ! もう扉を買い替えちゃおうよ! その方が早いよ!
[???] で、でも、負傷者をたくさん受け入れたし、その分の食料を緊急調達する必要があるから、人手も予算も足りないし……
[???] それにそうやって諦めちゃったら、それこそ一番の屈辱じゃない?
[クロージャ] うぐぐ――
[クロージャ] じゃあ! 殿下!
[クロージャ] 三日ちょうだい、三日! 思い切ってセキュリティシステムを全部解体して、最初から組み直すから!
[???] 組み直す? そんなことできるの?
[クロージャ] できるよ! っていうかやるよ、あたしは! 誰がこんな謎のシステムをレム・ビリトンの地下に埋めたのかは知らないけどさ、いつまでも修理してたって仕方ないじゃない。
[クロージャ] 使い方がわからないんだったら、使える物と入れ替えればいい! 簡単でしょ!?
[???] ……そ、そうね。じゃあ、任せるわね。
[クロージャ] 了解!
[???] ……はぁ。
[???] ロドス・アイランドの正式導入は……まだまだ先になりそうね……
[W] ロドス・アイランド?
[???] わっ――
[???] あ、あなたは……ヘドリーと一緒に収容された……
[???] 目が覚めたのね! かなりの怪我だったから心配してたのよ。名前は確か……
[W] (驚かしちゃった……?)
[W] 傭兵W。ヘドリー隊長を探してて、迷子になったの。
[???] そう、Wだったわね。偵察するなら、周囲には気をつけてね。施工中のエリアは電線が外に出てたりするから、感電しないように。
[???] ……って、そんなこといちいち言わなくても、傭兵なら当たり前に注意するわよね。
[W] ......
[???] W。
[???] 私のことはテレジアと呼んで。
[W] ——
[テレジア] ヘドリーは会議が終わった後、ドクターと話をしていたけど……もう臨時病棟へ戻っているでしょう。
[テレジア] あまり仲間に心配させるのは良くないわ、あなたも戻ったら?
[W] ……テレジア……殿下……ですか?
[テレジア] あら? えーっと、ここはカズデルではないから、そんなに畏まらなくてもいいのよ。
[W] じゃあテレジア……殿下はどうしてこんなところで、扉と格闘してたの?
[W] さっきの小さな子はエンジニアでしょ。あんな細かいことまで殿下がする必要なんて……
[テレジア] 細かいことではないわ。大事なことよ。
[W] そう……なの?
[テレジア] ええ。気にかける価値のないものなんてないもの。
[W] ......
[W] ……じゃあ、ロドス・アイランドって何?
[テレジア] あら、聞こえたのね。
[テレジア] この船の名前よ。まだ正式に決まったわけではないけど、私は……そう呼びたいと思って。
[テレジア] でも実現するかはわからないわ。ドクターやケルシーは「本名」を使うことには反対するかもしれないから。
[W] ……本名? 船に本名があるの?
[テレジア] ええ、そうよ。この船はカズデルで造られたものではないの。
[テレジア] 最深部に資料が残っていてね、その中で、私はさっきの名前を見つけたの……
[テレジア] 「ロドス・アイランド」。
[テレジア] どんな意味かはわからないんだけどね。でも多分、ケルシーなら少しはわかるでしょう。
[テレジア] とにかくね、私はその名前を使いたいのよ。この船が元々持っている名前を、ね。
[W] (カズデルを奪った摂政王と対立し……その身一つで多くのサルカズ派閥を再統合したテレジア殿下が……)
[W] (電源がつかなくなった自動ドアを自ら修理してるなんて……)
[W] ......
[テレジア] どうしたの? なんか変な顔をしてるけど。
[W] いえ……殿下の前で笑うのは……失礼にあたるかしら?
[テレジア] えっ? そ、そんなことないと思うわ。でもケルシーもドクターも滅多に笑わないわね……戦士たちは多くのものを背負っているし、なかなか心を開いてくれなくて……
[テレジア] 私はできれば、みんなに笑っていてほしいけどー―
[テレジア] そんな無責任で贅沢な願いは言っちゃダメね。みんなそれぞれ、重いものを背負ってるんだから。
[W] ――じゃああたしが少し笑うくらい、大丈夫よね?
[テレジア] ええ、もちろんよ。
[W] ......
[W] えっ……そう言われたら逆に笑えないんだけど……
[テレジア] 私のせいね……。
[W] フフ……あら、失礼。
[テレジア] そろそろ、あなたのことも教えて。
[W] えっ、あたし?
[テレジア] ええ。私はテレジア、この船はロドス・アイランド。じゃあ、あなたは?
[W] “W”......
[テレジア] そうじゃないわ。「W」は一人の傭兵の呼び名でしょう? 私は、あなた自身を示すあなたの名前が知りたいの。
[テレジア] 少なくとも、今ここは戦場じゃない。戦火に塗れた偽装を続けなくてもいいの。もちろん名前だけの話じゃないわよ。おせっかいだってわかってるけど……できれば、頭の片隅に置いておいて。
[W] ......
[テレジア] あ……ごめんなさい。もしかしたら――
[テレジア] 名前を持っていないの?
[W] カズデル生まれのサルカズなら、珍しいことじゃないでしょ。
[W] 名前なんて気にするサルカズは……ほとんどいないわ。すぐに忘れられるものだし、時間をかけてたくさん本名を覚えておくなんて効率が悪いわ。
[テレジア] それでも……私はみんなを忘れたくないわ。ううん、忘れてはいけないの。
[テレジア] カズデルの運命が決まった後、もしあなたが「W」じゃなくなるときがきたら――
[テレジア] あなたもきっと、サルカズの女性に相応しい、良い名前が欲しくなるわ。
[テレジア] ロドス・アイランドみたいな、ね。ほら、こうして名前を呼ぶと、温かい感じがするでしょう?
[W] ......
[W] あたしは、そんなこと考えたこと一度も……
[ケルシー] テレジア、通信だ。
[ケルシー] カズデルで動きがあった。ドクターはもう準備に取り掛かっているから、君も急いでくれ。
[テレジア] わかった、すぐに行くわ。
[テレジア] W?
[W] え、ええ。何?
[テレジア] あなたがもし、私たちのために戦ってくれると言うなら……私たちはいつでも、あなたを歓迎するわ。
[ケルシー] ……おい。
[ケルシー] テレジアの決定にとやかく言うつもりはないが……
[ケルシー] たとえ君が我々のために尽力したとしても、彼女が言うほど簡単にはいかないだろう。経歴を見る限り、君はかなり危険な人物のようだからな。
[W] そんなの、お互い様でしょ?
[ケルシー] ……君はずいぶん回復が早いようだが、長く歩き回れるほどではないはずだ。
[ケルシー] さっさと病棟に戻れ。いつまでもうろうろしていると、誰かに担がれて戻ることになるぞ。
後々、気がついたことがある。
あれだけ話をしておいて、あたしは最初から最後まで、テレジアの目を直視することができなかった。
どうして?
彼女はあんなにも、明るく無邪気に見えたのに。
この残酷な戦争を主催した統率者の一人とは、とうてい思えないほどに――
無邪気……本当に?
無邪気な人はあんな目はしない……あんな……悲しい……
……彼女の周りにはいつもあの二人がいるようだった。
もし……あたしがあの人たちの側に立ったら……
一体どんな景色が見られるのだろう?
[???] ......
[W] ......?
[W] (あのフード……みんなが言ってた「ドクター」?)
[W] (こっちを見てる……?)
[W] (......)
[W] (どうしたの……どうしてあたしは怯えているの? 別に変わった人には見えないじゃない……)
[W] (……いや、違う。霧がかかったように朧げで……あんなにおかしな人は見たことない……)
[W] (あー……あれがバベルの戦場指揮官か、思い出した……)
[W] (「ドクター」、ね。)
イネスが殿下に近づくことを恐れる理由がわかってきた。
あたしも気をつけておいた方が良いかもしれない。
だけど……なんでだろう、テレジアのことになると、毎回なんだか……
まぁ、単なる気まぐれということにしておこう。あたしの気まぐれは珍しくない。ヘドリーたちもきっと納得するはずだ。
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