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空想の花庭_HE-2_生命の運河_戦闘前
ラテラーノ小隊と司教との会話がひと段落した。しかし修道院でくすぶっていた争いの火種は、今まさに一触即発の状態にあった。
[アルトリア] 遥か遠いところに、小さな村がありました。そこでは村人たちが幸せに暮らしていました。
[アルトリア] 一部の村人は、みんなのために雨風をしのげる小屋を建て、畑を切り拓きました。
[アルトリア] また別の者は狩りに行ったり、鉱石を掘りに出かけたりしました。そのついでに、村を襲おうとしている悪人たちを懲らしめました。
[アルトリア] 村人たちは分け隔てのない態度で協力し合い、誰もが欠けてはならない存在になりました。小さな村の中で共同生活を営む彼らは、みんなここが自分の故郷だと考えていました。
[アルトリア] ですが良い事はいつまでも続かないものです。農作物は段々減っていき、狩りも次第に困難になっていきました。食べ物はどんどんと少なくなっていき、みんなお腹をグーグーと鳴らし始めています。
[アルトリア] 気温もますます低くなってきましたが、全員が暖を取るための燃料はありません……
[アルトリア] ああ、どうすればいいのでしょうか! 村人たちは皆、口を揃えてこう言いました。「これはきっと、主が我々に与えたもうた試練に違いない。祈りを捧げ、許しを乞わねば!」
[アルトリア] まさにその時、心優しき人々が村へやって来たのです。村の状況を見た彼らは、先頭の村人に向かってこう言いました……
[アルトリア] 「村人たちよ、我らの都市に移って、そこで暮らすがいい。」
[アルトリア] 「だが連れて行けるのは、あなた方の一部、我々により近い者たちだけだ。」
[アルトリア] 「さあ、共により良い生活を送ろう。ただあなた方の内、ごく一部の人間を切り捨てるだけでよいのだ……」
[活発な子供] アルトリアお姉ちゃん、もうそのお話はやめようよ!
[アルトリア] あら? このお話は嫌い?
[活発な子供] 嫌い! お腹が空くのは、すっごく辛いもん……!
[照れ屋な子供] うん、すごく辛い。それに、他の人を見捨てるのも嫌だ……
[アルトリア] 集団主義としては、確かに「正しい」考え方ではあるわね。あるいは英雄主義……ロマン主義としての性質であるかもしれないわ。
[アルトリア] ロマンはもちろん、人の心を打つものよ。ただ、ロマンや傲慢さは時に他人を、そして自分自身すらも惑わすの。
[照れ屋な子供] うーん、難しくてよく分からない……
[活発な子供] アルトリアお姉ちゃんがまた変なこと言ってる!
[アルトリア] あらあら、ごめんなさいね。お姉ちゃんが悪かったわ。
[アルトリア] お話を変えましょうか。何が聞きたい?
[活発な子供] うーん……英雄のお話が聞きたい!
[アルトリア] あなたたちは、偉大な英雄になってみたい?
[子供たち] なりたい! ママみたいなすごい英雄に!
[アルトリア] それは素敵ね。あなたたちのお母さんは、とても偉大な人なのね!
[アルトリア] ……
[アルトリア] あなたたち、少しいい子に待っててね。
[穏やかな宣教師] お邪魔だったかな、アルトリア? どうやらタイミングが悪かったようだね。
[アルトリア] 分かっているのに聞くのね。
[アウルス] 悪気はないんだ、許してくれたまえ。君に別れを告げに来た。
[アウルス] 想定外の同行者が一人増えたものだから、なるべく早めに旅立とうと考えているんだ。同胞は故郷へと送り届けねばならないからね。
[アルトリア] その哀れな同行者のために、祈りを捧げるわ。
[アウルス] ここで君と口論するつもりはないのだが……
[アウルス] ……とりわけ、この二人の子供の目の前ではね。
[アウルス] しかし、どんな形であれ、命に関わる決心を「哀れ」だなどと表現するのはいただけないな。
[アルトリア] 決心……ね。
[アルトリア] 私たちは自分が思うほど、自分自身のことを完璧には制御できないものよ。実際に事が起きる前に、「絶対」と言えるものは何もないの。
[アルトリア] 絶対にしてはいけないことを思い浮かべながら、ふと我に返った時には、すでにその行為に至った後だった……なんてことも、時には起こり得るのよ。
[アルトリア] そんな時、思ってもいない行動を取ったことを咎めるかしら? けれど、決心だとか覚悟が、自分を説得するための「嘘」ではないと言い切れる人なんているのかしらね?
[アルトリア] 私たちにとって本当の感情、あるいは意図と呼べるものが、どこに隠されているのか……
[アルトリア] 人々の思想や、感情、行動が一つにまとまる日は、一体いつ訪れるのかしら?
[アルトリア] それはあなたが今まさに抱いている疑問ではなくて?
[アウルス] ……
[アルトリア] 今日は色々なことが起こる一日になりそうだわ。外がずいぶん騒がしいみたいだけど、どうやら私の知っている客人が訪れたようね。
[アルトリア] アウルスさん、私があなただったら、こんな時に慌てて出発はしないわ。
[アルトリア] お待たせ。
[活発な子供] お姉ちゃん、遅い!
[照れ屋な子供] 遅い……
[アルトリア] ごめんなさい。お詫びにもう一つ、とっておきの素敵なお話を聞かせてあげるわ。だから許して?
[アルトリア] そうね、悪人と戦う英雄のお話なんてどう? 聞いてみたくない?
[子供たち] 聞きたい!
[アルトリア] じゃあ始めるわよ。よく聞いてちょうだいね。
[アルトリア] 昔々、とあるお城の中に、無口で表情もあまり動かない上に、ケンカになると容赦ない男の子が住んでいました……
[ジェラルド] 猟師が気に食わないんなら、言い方を変えてもいい。
[ジェラルド] 俺はごく普通の、ちょっとばかり歳を食った、ただのサルカズだ。
[フェデリコ] それが全てだとは思いません。
[フェデリコ] あなたは、武器を背後に隠し持ちながら歩いています。自分の行動をわざわざ隠すのは、傭兵の習性です。
[ジェラルド] ……護身のためにやってるだけだ。
[ジェラルド] あんたらだって見ただろ? あの盗賊どもはひっきりなしに襲って来るんだ。ここはいつも平和ってわけじゃない。
[フェデリコ] 傭兵の習性に関しての釈明がないようですが。
[ジェラルド] ……
[ジェラルド] あんたらが見ているこの両手は、今や武器よりも、農具を握ってる時間の方が長くてね。
[ジェラルド] 俺はここで狩りを生業にして生きている。畑仕事もするし、必要な時には坑夫にだってなる。
[ジェラルド] 俺の両手に、あんたが警戒する価値なんてないんだ。俺はこの場所で生活に難儀しているだけの、ごく普通の人間さ。
[リケーレ] フェデリコ、俺たちの最優先事項をよく考えろ。
[リケーレ] 今は一つの可能性を追究してるような場合じゃないと思うがな。
[フェデリコ] ……
[フェデリコ] ……もっともな判断です。
[リケーレ] 状況を説明していただけますか、司教?
[ジェラルド] ステファノ、すまない、迷惑をかけたな。
[修道院司教] ……謝ることなど何もない、ジェラルド。
[修道院司教] お二方が見てきた通り……
[修道院司教] 十数年前、ジェラルドはサルカズたちの小さな集団を連れて修道院の近くを通りかかった。その時には彼らの物資は底を尽きており、荒野で向かうべき方向すら見失っていた。
[修道院司教] 修道院を見つけた彼らが取り得る唯一の選択肢は、我々との接触を試みることだったのだ……
[フェデリコ] そしてあなた方は彼らを排斥せず、ここに留まることを許可した。
[修道院司教] 行き詰まった人々を追い払うなどという行為は、彼らを死地に追いやるようなものではないかね?
[リケーレ] まあ、それはそうですが……
[修道院司教] 初めから、全員が隣人たちを受け入れたわけではなかった。
[ジェラルド] ……
[修道院司教] だがそういった根拠のない恨みやわだかまりは、生きることの難しさの前では取るに足らんことよ……
[修道院司教] 我々は彼らに安住の地を提供する代わりに、喫緊の問題を解決する手助けをしてもらうことにした。
[修道院司教] 食糧難、盗賊の脅威、それから徐々に尽きつつある燃料……
[修道院司教] 我々は互いに支え合っているのだ。
[フェデリコ] ですがあなた方は結局、ラテラーノと連絡を取る道を選びました。
[修道院司教] 他に選択の余地がなかった……
[修道院司教] ラテラーノは我らに援助を提供し、我らがラテラーノ本土へと帰る手助けを快く引き受けてくれた。
[修道院司教] だがあろうことか、あのレミュアン特使も……でき得る限りの譲歩を示してくれた彼女でさえも、決して譲ることのできぬ条件として我々にこう言い渡してきたのだ──
[修道院司教] 「楽園はサルカズを受け入れない」と。
[修道院司教] なぜだ!?
[修道院司教] 種族だけを理由に拒むのか!? サルカズだというだけで!?
[修道院司教] 彼らと我々に何の違いがある? 彼らのような戦に長けた兄弟姉妹がいなかったら、この修道院はとうに瓦解していたのだぞ!
[修道院司教] 我々が互いに支え合いながら生き抜いていた間、ラテラーノは一体どこで何をしていたのだ!?
[修道院司教] 私はここで、今一度請い願う……! ここにいらっしゃるお二方、そして……
[修道院司教] 叡智ある教皇聖下よ、我らの信仰よ、どうか私の願いを聞き届けてくれたまえ……
痩せこけた老人が両の手を上げた。
その姿は、まるで信仰そのものを頭上高く掲げているようだった。同時に、その重さに耐えきれず、壊れてしまいそうにも見えた。
サンクタの信仰とは、形なく、跡もなく、いずこかに尋ねることもできないものである。
光輪を掴もうとした老人の手は、その甲斐もなく徐々に滑り落ちていき、自らの顔を覆った。
[フェデリコ] レミュアンの言ったことは間違っていません。ラテラーノには、サルカズの存在できる場所などありません。
[修道院司教] ……
[フェデリコ] ラテラーノという都市に、サルカズが足を踏み入れことも許されません。
[リケーレ] はぁ……フェデリコ、ちょっとストレートすぎやしないか。
[フェデリコ] これは事実です。
[ジェラルド] もう十分だ、ステファノ。
[ジェラルド] 前にも言っただろ。俺たちは条件を呑んでやっても構わないと。
[ジェラルド] あんたたちはラテラーノへ行き、俺たちはどこかでやり直す。それでいいんだ。あのレミュアンって特使も、援助を約束してくれている。ただ俺たちは建前上……離れ離れになるってだけだ。
[ジェラルド] ……元より分かりきっていたことだ。彼らがこんな条件を提示してくれること自体が予想外だったくらいさ。もう十分なんだよ。
[修道院司教] 違う! こんな結末が事実になるべきではない! それに十分なはずがないだろう!
[修道院司教] お前には分からんのか? そのバカげた建前こそ、私がさらなる不条理を感じる理由なのだ!
[ジェラルド] ……
[ジェラルド] すまない、ステファノ。
[ジェラルド] 俺たちは、もう諦めたんだよ。
[修道院司教] 何だと……?
[修道院司教] ……それは、どういう……
[ジェラルド] つまり……あんたがそこまで自分を追い詰めちまったのが、俺たちのせいだとしたら、そんな必要はないってことさ。
[ジェラルド] あんまり自分に厳しくなりすぎるな。
[ジェラルド] 皆にはすでに意見を訊いてある。俺たちは……ここを離れることにした。
[修道院司教] 何? なんだと……?
[修道院司教] ……
[ジェラルド] それで問題はないだろ、執行人。
[ジェラルド] 俺たちはここを離れる。あんたらは、行く宛のない難民を見逃すだけだ。可能だろうか?
[フェデリコ] 公証人役場は、罪のない平民を攻撃の対象にはしません。
[ジェラルド] ……そいつは朗報だ。
[リケーレ] 本気なのか、フェデリコ?
[フェデリコ] 私は嘘はつきません。
[リケーレ] うーむ……どう言えばいいやら……はぁ、まあいい。リーダーのお前が問題ないと判断したなら、俺も言うことはない。
[ジェラルド] ラテラーノの聖堂内に足を踏み入れたサルカズは、今のところ一人もいないはずだ。その点に関しては俺が保証しよう。
[フェデリコ] その行為は、罪にはあたりません。
[ジェラルド] そうなのか?
[リケーレ] 何と言うか、まあ確かに、禁令として明文化されてるわけじゃないしな。
[フェデリコ] ステファノ・トレグロッサ司教、あなたの供述に基づき、私は引き続きオレン・アルジオラスの動向を追うことにいたします。
[フェデリコ] 確認します。あなたはラテラーノ側が提示した条件を受諾し、修道院内のサルカズを除く住民を、後日ラテラーノへと移送することに同意しますね?
[フェデリコ] 沈黙を続けるつもりなら、同意したと解釈させていただきますが。
[修道院司教] ……
[ジェラルド] ステファノ。
[修道院司教] ……時間を……
[フェデリコ] はい?
[修道院司教] 少し……時間をくれないか……
[修道院司教] ここでの最後の説教を行い、最後の夜を過ごしたいのだ。
[修道院司教] 頼む……少しだけ時間をくれないだろうか。
[修道院司教] 明日の朝会の後、返答をすると約束しよう。
[リケーレ] どう思う、フェデリコ?
[フェデリコ] いいでしょう。
[フェデリコ] それではひとまずレミュアン枢機卿補佐官との面会を希望します。
[修道院司教] レミュアン特使は我々の客人だ。会いたいと言うのなら、もちろん構わない。
[フェデリコ] 承知しました。
[リケーレ] それではお二方、我々はこれで……っておい、フェデリコ、挨拶くらいしろっての……!
[ジェラルド] ……
[ジェラルド] 俺の中に、まだ傭兵時代の習慣が残っていたか?
[ジェラルド] これだけ時間が経っても、直らんクセってやつがあるんだな。
[修道院司教] ジェラルド、本当に決めたのだな?
[ジェラルド] もちろんだ、ステファノ。俺がこういう冗談を言うタイプじゃないことは知ってるだろ。
[ジェラルド] ……俺たちは皆、生きることに難儀している。
[ジェラルド] それは決して、嘘なんかじゃない。
[デルフィナ] 誰かいるー? 冬服を届けに来たんだけど!
[デルフィナ] 変ね、今日は誰にも会わないわ。どうしたんだろ……
[サルカズ住民] フィーナちゃん? ボーッとしてどうしたの?
[デルフィナ] あっ、カロリン! いいとこに来たわね!
[デルフィナ] 冬用の厚手の服を皆のために持ってきたんだけど、さっきから誰もいなくて。何かあった?……みんな何してるの?
[カロリン] 今日は……みんなちょっとやることがあって。
[カロリン] わざわざありがとね。けど、その……私たち、冬服は間に合ってるんだ。だからそれは、持って帰って。それと私たちのことは心配しないでって、他の人にも伝えておいてね。
[デルフィナ] 冗談言ってもしょうがないでしょ? ここ数年は冬越え用の物資が十分だったことなんてないんだから。
[デルフィナ] カロリン、あんただってずっとその薄手のジャケットじゃない? もうすぐうんと寒くなるんだから、とにかくもっと暖かい服を用意しないと……
[デルフィナ] ……
[カロリン] フィーナちゃん? どうかした……?
[デルフィナ] カロリン、あんたが持ってるそれ、何?
[カロリン] これは……何でもないよ。ただの携帯食。
[デルフィナ] 違うでしょ、見せなさい!
[カロリン] あっ……ダメ!
サンクタの少女は、相手が後ろに隠した「携帯食」を取り上げた。ほとんど直感に従っただけだったが、相手が止めるより早く、彼女はその乾燥した硬い物体を二つに割った。
その食料の中身にあったのは、これまでずっと隠され続けてきた真実だった。今この瞬間、それが彼女の眼前に突きつけられたのだ。
[デルフィナ] 何よ……これ……?
[デルフィナ] もみ殻……? それにこれって……おが屑じゃない!
[カロリン] ……
[デルフィナ] カロリン!?
[デルフィナ] あんた、食べ物には困ってないって言ってたわよね……これを食べてたってことなの?
[カロリン] 違うよ、フィーナちゃん、話を聞いて。私たちは、ただ……
[デルフィナ] ただ……何だって言うの?
[デルフィナ] 教えてちょうだい、カロリン。
[デルフィナ] あたしたちの暮らしは、一体どうなってるの?
コン。
コン。コンコン。コンコンコン。
ドアがノックされている。
実のところドアには鍵などかかってはいなかった。しかし外の来訪者は返事があるまで、ノックを続けていた。
これは学生時代、親友たちとの間で決めた合言葉だった。あまりに昔のことで、とうに忘れたものとレミュアンは思っていたが、実際は忘れてなどいなかったことがたった今、判明した。
来訪者のノックが示す合言葉の意味はこうだ。
「救出成功。」
それからもう一つ。「一番乗り。」
[レミュアン] どうぞ。
[スプリア] お待たせしましたー。ルームサービスでーす。
[レミュアン] どうも。料理はテーブルに置いといてちょうだい。チップを払った方がいいかしら?
[スプリア] そういうのって、普通相手に訊いたりしないでしょ。払う側の気持ち次第じゃないの?
[レミュアン] うーん、それもそうかもね。
[スプリア] ちっとも驚いてないみたいね、レミュアン先輩。
[スプリア] 私だと分かって、がっかりしちゃった?
[レミュアン] そんなはずないでしょ。
[レミュアン] あなたが来たなら、ラテラーノはこちらからの連絡を受け取ったってことね?
[スプリア] ん? まあ……そんなとこかな。オレンの奴、先輩一人置いて逃げ出すだなんて……帰ったらモスティマとフィアメッタに言いつけてやらなきゃ。
[レミュアン] ふふっ、今回は勘弁してあげなさい。
[スプリア] ちぇっ、つまんない。
[レミュアン] まあまあ、さっそく本題に移りましょうか。教皇聖下があなた一人をここに遣わすはずがないってことくらい、私にだって分かるわ。だとしたら……
[レミュアン] 与えられた任務の総括、及び部隊構成を報告して。
[スプリア] あら、お仕事モードに変わっちゃったか。イエッサー、レミュアン枢機卿補佐官殿。
[スプリア] 今回の任務は、教皇聖下直々に下されたものだよ。部隊を率いるのは公証人役場の執行人フェデリコ。隊員に執行人のリケーレ・コロンボと、自ら参加を申請した私ね。
[スプリア] 任務はいくつかあるけど、メインはあなたとオレンを見つけることでその次に、この修道院の調査ね。
[スプリア] ああそうだ、フェデリコには治安維持の任務もあるんだった。今回ばかりは、教皇聖下も人選を誤ったと思うけどね。
[スプリア] 報告は以上よ。
[レミュアン] なるほど……そうだったのね。教皇聖下があのフェデリコを……
[レミュアン] 状況は大体分かったわ。お疲れ様、リア。
[スプリア] あれ、今度は名前で呼んでくれるんだ。
[スプリア] それで、先輩は次にどうするか決めてるの? 拘束されてるように見えるけど、実際はただ先輩本人がここを出ようと思ってないだけなんでしょ?
[スプリア] 先輩が本気で出ようと思ったら、ここの人たち程度じゃ止められないだろうし。
[レミュアン] 私の脚はまだ完治してないのよ。
[スプリア] だとしても同じことでしょ。
[レミュアン] リア、あなた私のことを信じすぎ。別にいいけど……まあ、自分の意志でここに残ってることは事実だわ。
[レミュアン] もしフェデリコが監禁罪のような容疑で司教を逮捕しようって動きを見せたら、手間をかけるけど私の代わりに事情を説明してちょうだいね。
[レミュアン] あと悪いけど……今のところは、まだここを出るつもりはないの。
[スプリア] 理由を訊いてもいい?
[レミュアン] 理由……そうね……外交というのは、銃と弾丸に頼れば解決できるような問題ではないから、かしら。
[レミュアン] 射撃勝負なら自信はあるけど、話し合いとなると、説得されるのは私の方になっちゃうかもしれないし。
[レミュアン] それに、ここの人たちとはとても気が合うの。最後に考えを改めるのは誰になるのか、私も知りたくなっちゃったのよ。
[スプリア] あーあ、まるでほんとに譲歩する気があるみたいに言っちゃって。
[スプリア] 学生の頃、私を出席させるためだけに、一学期中ずっーと監視してた先輩が。
[レミュアン] ふふっ、あれはただ、リアがあまりにサボりすぎたせいで卒業証書をもらえなくなっちゃったら惜しいなって思っただけよ。
[レミュアン] ここでのことに関しては……少なくとも今のところは、友好的な態度を取ってるわ。
[レミュアン] オレンはきっとここの状況を正直に報告するだろうし、私は残った方がいいかなって思ったの。司教をこれ以上刺激したくないのよ。何だか嫌な予感がしちゃって……
[レミュアン] 修道院の情報を十分に把握した今なら、もう一度話し合う機会さえあれば、司教の態度を緩和させて、こちらの案を受け入れてもらうことだってできるかもしれないし。
[スプリア] はぁ、まあそんなことだろうとは思ったけど。
[レミュアン] 理解してもらえたなら嬉しいわ。
[スプリア] そこまでは言ってないよ……
[レミュアン] でも、そう思ってくれてるってことは感じるわよ。
[スプリア] なんだか、共感能力がちょっと嫌になってきちゃった。
[レミュアン] そんなこと言わないの。で、あなたはここの状況についてどれだけ認識しているの?
[スプリア] 少しだけだよ。
[スプリア] サルカズの集団を受け入れてるってこと以外は、特別目立ったところはないみたいだけど。
[レミュアン] 知ってるかしら? 彼らはこれまでに、全部合わせて三人のトランスポーターを派遣したのよ。
[レミュアン] ……リア。
[スプリア] なに?
[レミュアン] あなたって外勤任務が嫌いだったわよね。なのに今回はどうして自分から申請なんてしたの?
[スプリア] ……先輩のため、って理由だけじゃダメ?
[レミュアン] 嘘ね。
[スプリア] ……
[スプリア] とにかく、私はひとまずフェデリコたちと合流して、先輩の状況を伝えることにするよ。
[スプリア] けど正直に言わせてもらえば、先輩の努力が本当に実を結ぶとは思えないかな
[レミュアン] ……やってみなきゃ分からないわ。
[スプリア] ……
[スプリア] ふぅ、レミュアン先輩はどんどんおっかなくなっていくなぁ。
[スプリア] ま、私は別に構わないけど……
[聞き覚えのある男性の声] ようやく俺に連絡する時間が取れたか?
[聞き覚えのある男性の声] お前のことだから、てっきりレミュアンの顔を見ただけで任務を放棄したんじゃないかと思ってたぜ。
[スプリア] どうかしらねぇ。まだその可能性はあるかもしれないけど。
[聞き覚えのある男性の声] ……勘弁してくれよ。冗談きついぜ。
[スプリア] そっちが先に言い出したんでしょ。
[スプリア] やめやめ、無駄話してる時間はないの。さっさと本題に入ろ。
[スプリア] ふぅ……あのタイプを相手するのはほんと疲れるよ……
[スプリア] しんどい任務だなー。こんなことなら受けなければよかった。
[スプリア] ん? 誰かいるの?
[スプリア] あら、ほんとについて来てたんだ、お嬢ちゃん。
[フォルトゥナ] ……
[フォルトゥナ] あ、あなたに修道院内で好き勝手させるわけにはいかないから! 悪さしないように見張ってなきゃいけないの!
[フォルトゥナ] ……それと……
[フォルトゥナ] それと、あなたに一つ頼みたいことがあって……報酬はきちんと用意するから!
[フォルトゥナ] えっと、どれどれ……
[フォルトゥナ] 小麦粉と、卵と……
[フォルトゥナ] それから……前回少し残しといた砂糖はどこへ置いたっけ……
[フォルトゥナ] ……はぁ、毎日頑張って夕飯に使う食材を節約してるはずなのに、どうしてこれだけしか残ってないんだろ……
[フォルトゥナ] スプリアさん、ステファノおじいさん、フィーナ、ライムント……それとジェラルドおじさんに、クレマンおじさん、カロリンさん、後は……
[フォルトゥナ] ……
[フォルトゥナ] どうやっても足りない……
[デルフィナ] フォルー?
[デルフィナ] 入るわよー。ちょっと話があって……あれ、何してるの?
[フォルトゥナ] あっ、フィーナ! ちょうどいいとこに!
[フォルトゥナ] 前にニーナおばさんの畑仕事を一ヶ月手伝った時に、お礼でもらった砂糖って、どこに置いたか知らない?
[デルフィナ] ずいぶん前のことじゃない。とっくになくなっちゃったかも。
[デルフィナ] ていうか砂糖なんて探してどうするのよ? それにこの食材、一体どこから……
[デルフィナ] ……ちょっと待って、フォル。あんたまさか、こんな時にスイーツ作りをする気じゃないでしょうね?
[フォルトゥナ] えっ、うん……フィーナ、どうしたの……もしかして怒ってる?
[フォルトゥナ] 別に悪いことしようとして材料を隠したわけじゃないよ。ただ皆にサプライズを用意したくて。怒らないでよフィーナ、作ったら真っ先に食べさせてあげるから!
[デルフィナ] フォル、あんたね……いいわ、ひとまずそれを置いてちょうだい。今はそれどころじゃないのよ!
[フォルトゥナ] えっ、でも……
[デルフィナ] でも……何よ?
[フォルトゥナ] でも、お礼にハーブピッツェルを作ってあげるって、ある人と約束しちゃって……
[デルフィナ] ……お礼?
[フォルトゥナ] うん! その人、守護銃を直してくれたの! だからちゃんとお礼をしなきゃって!
[フォルトゥナ] ほんとに不思議だったんだよ、フィーナ。直してもらった後にこの銃を握った瞬間、何もかもがまるっきり別物のように感じたの! まるで……生まれた時からこれの使い方を知ってたみたいに!
[フォルトゥナ] 見て! すっごく綺麗になったでしょ? これからは一緒にこの銃を使えるんだよ!
[デルフィナ] ……
[デルフィナ] ねえ、フィーナ。
[デルフィナ] 正直言うと、あたしは自分が銃を持ってるかなんてどうでもいい。ステファノおじいさんがいつも話してる信仰とかも。
[デルフィナ] それに、行ったことすらないラテラーノもね。
[フォルトゥナ] え?
[フォルトゥナ] フィーナ、何言ってんの……?
[デルフィナ] こんなあたしは、サンクタとして失格かしら?
[デルフィナ] おそらくそうでしょう。
[デルフィナ] けどあたしは、あんたやライムントのことは大事なの。ステファノおじいさんや、ジェラルドおじさん、クレマンおじさんに、ニーナおばさん、カロリン……
[デルフィナ] みんなのことが大事。あたしにはこの家しか……あたしの家族はあなたたちだけだから。
[フォルトゥナ] 一体全体なに言ってるの、フィーナ! 私だってみんなのことは気にかけてるよ。フィーナと同じように──
[デルフィナ] 違う! 同じなんかじゃない!
[デルフィナ] 同じだったとしたら……
[デルフィナ] ライムントたちがどんな暮らしを送ってるか、あんたが知ってたとしたら、こんな時にスイーツを作るなんてバカげたことしたり……そんなのんきなセリフを吐く余裕なんて、あるはずないじゃない!
[デルフィナ] 最近気づいたの。ラテラーノの人たちが来てから、あんたちょっと変わったよね。
[フォルトゥナ] ……変わったって何が? 私は別に……
[デルフィナ] フォル、その銃、あのレミュアンってラテラーノ人に直してもらったの?
[クレマン] 司教、あなたの言いつけ通り、あの客人たちには修道院内を自由に行動させております。
[クレマン] これでよかったのですか? 司教……どこか具合が悪そうですが、早めに休んだ方がよろしいのでは?
[修道院司教] クレマン、私なら大丈夫だ。心配はいらない。
[修道院司教] 鐘を鳴らしに行ってくれ。今週の説教を前倒しして今日行うことにする。その旨を皆に知らせなくては……
[修道院司教] ジェラルド、お前たちは来られるか?
[ジェラルド] すまない、ステファノ。まだ色々と準備することが多くてな。何人ほど出席できるかは保証できん。
[修道院司教] ……そうか、仕方ないな。
[クレマン] しかし……
[クレマン] 本当に彼らの言う条件を呑むおつもりですか? こんな形で、他の者たちを見捨てねばならないのですか……
[修道院司教] ……
[修道院司教] それ以上聞くな。
[修道院司教] もう行け、クレマン。
[クレマン] 分かりました……
[修道院司教] ……
[修道院司教] ……信仰が信仰に背くと言うのであれば、私もまた、決断を下さねば……
[修道院司教] 懺悔せねばなるまい……
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