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この炎が照らす先_FC-8_彼女の影_戦闘前
追っ手を避けるために、リードは皆を連れて廃墟に隠れた。そして偶然にもこの場所こそ、伝説にあるターラー王城の遺跡であることを発見する。
「私の心のうちを詩に込める。」
「君よ──訪れるであろう混沌の時代に身を置く君よ……」
「私の魂がいかにしてそれを追い求めるかを知るだろう。」
[ターラーの流民] さすがのあいつらも、天災でめちゃくちゃになった瓦礫の中にまでは追ってこないか。
[ターラーの流民] 朝に濃い霧がかかってくれてよかったよ。でなきゃこうも簡単には逃げ出せなかった。
[リード] あっ、気を付けて。今の状況だと十分な防護措置は取れないから、ここでもし怪我をすれば、感染するリスクがある。
[リード] モラン、キミも。源石が密集している環境は、感染者にとっては特に危険だから。
[モラン] はい、気を付けます。
[リード] ……ケリーは寝たの?
[モラン] はい。呼吸は安定しているようですし、寝ていれば少しは痛みが和らぐでしょう。
[モラン] ……ですがやはり心配です。早くどこかで腰を据えて傷の処置をしなければ、彼女は持ちません。
[リード] ええ。
[リード] ……キミたち、失望した?
[モラン] いいえ。私たちはしっかり納得した上で、あなたに付いてきたんですから。私たちが今、一部のダブリン兵と戦わなければならないのは、彼らにとって二人目の「リーダー」が邪魔だから……
[モラン] でも彼らにはより大きな目標があるので、私たちを追い続けることはない。そうですよね?
[モラン] もう逃亡生活には慣れています。このくらい我慢できますよ。
[モラン] ですが、この逃亡生活が終わったらどうするかは、まだ伺っていませんでしたね。
[リード] ……
[リード] それについては、まだ確かなことは言えないんだ。ごめん。
[リード] そうだ、廃墟の奥に、源石クラスターの少ない場所があるかもしれない。しばらく身を隠せる場所がないか見に行きたいんだ。
[リード] できることなら、みんな足を止めて休むべきだから。
[モラン] でもあっちに誰かいませんか?
[モラン] 普通の人に見えますが、こんな場所に人がいること自体不自然ですから、警戒しなくては……
[リード] ……
[リード] ……大丈夫。
[モラン] ……怯えているように見えますが、どうかしたんですか?
[リード] 大丈夫、心配しないで。
[リード] (……もしかして姉さんがここに来たの? この近くに?)
[ターラーの流民] おい、あの人、ちょっと歩き方が変じゃないか?
[リード] 見ない方がいいよ。
[ターラーの流民] ひぃっ──こ、こいつ死んで──
[リード] 彼女はもう、ずいぶん前に亡くなっている。
[リード] ただ、アーツに身体を操られていただけだよ。私たちがこれまでに見たあのダブリン兵たちのように。
[モラン] じゃあ、これをやった人は……どうしてわざわざ一般人を操るんですか?
[リード] わからない。
[リード] ──奥に行ってみよう。アーツに操られている死者たちは私が対処するから、付いてきて。
[リード] ここはとても暗いから、階段を降りる時には、むき出しになったクラスターに気を付けて……モラン、ケリーを背負ったままでもちゃんと歩ける?
[モラン] ええ。あなたの火が消えない限り、はっきり見えますから。
[リード] わかった。降りられるところまで降りてみよう。あまり大きな音を出さないようにね。
[リード] ──
[モラン] これは……
……ゲル王の城?
そのすでに滅んだ王朝について、灰色の廃墟にうずたかく積まれた不屈の将の鎧を想像する者もいれば、古の不気味なからくりの下に未だ黄金の王冠が隠されていると言う者もいる。
現代のロンディニウムの壁と比較して王城の雄大さを謳う者、英雄時代の美徳の繁栄を果てなきクラスディン内海に例える者、またヴィクトリアの影に日一日と侵蝕される様を嘆き悲しむ者もいる。
人々はこの古城を、ターラーの悲しみの墓石、怨恨の亡魂であると想像する。
しかし、それは静かに丘の上に佇んでいるだけだ。王城がなかった頃の、この場所の姿をあらわにしているだけである。
野草が生え、蔓がそこかしこに這い伸びている。
[ターラーの流民] これってどれくらい前のものなんだ? 五百年? 千年? なあなあ――
[モラン] シッ……ケリーが起きてしまいます。
[ターラーの流民] すまん……ただちょっと、いや、かなり驚いちまったもんで。
[ターラーの流民] 俺たちは毎年違ったゲル王の物語を演じてるし、ターラー王国の民の子孫だからターラー人って呼ばれてるのはわかってるけどよ……
[モラン] ……ですが、それが実際に存在していたなんてことは、誰も信じていませんでした。
[モラン] ターラーの戦士が持つすべての武器を熔かし、王朝の運命を覆したという伝説の炉さえも存在していたのですね……
[モラン] ……ずっと昔、吟遊詩人を探して街からやってきた人に会ったことがあります。
[モラン] 彼は、伝説の多くは後世の人間によって作り上げられたものだが、その物語の中には、必ず歴史の痕跡が残されているとおっしゃっていました。
[モラン] リードさん、あなたはきっと他にもたくさんのことを知っているのでは?
[リード] ……
[モラン] どうしたんですか? ここに来てからずっと黙ったままですけど。ここが嫌いとか?
[リード] ……かもしれない。
[リード] 子供の頃、私は眠る前に、いつもターラーの伝奇物語を読んでいたんだ。
[リード] ヴィクトリア王室向けに文章を書く人も、ターラー文明を残したいと思う人も、彼らは常に「ドラコは争いに身を投じる定めである」と書く。
伝説によると、初めゲル族を率いていたドラコは川の水を焼き枯らして南へ行き、互いに殺し合い玉座を奪おうとする親族から逃げ、ターラーの土地を切り拓いたという。
伝説によると、ヴィクトリアの赤き龍は、ターラー最後の遊牧ドラコのリーダーを殺して、言葉を真似始めたばかりの彼の幼子にゲル王の称号を与えたという。
伝説では、ターラーのドラコはその後宮廷に幽閉された。王冠を捨て荒野で二十年も過ごしたのちに帰還した「見放された王」ですらも、謁見しようとした際に在位中の親族に殺害されたという。
[リード] ターラーの歴史はこんな物語で溢れているんだ。ドラコの王城の中には、いつも陰謀と鮮血が張り巡らされていた。だから……
[リード] 憧れや幻想よりも、私は……ここに恐怖を抱いているんだ。
私は、いつの日か、姉さんと争うことになるのが怖い。
[リード] ……でも、ここには天災が残したクラスターはほぼ見当たらない。
[リード] ここで休めば、きっと安全だよ。
[ターラーの流民] そりゃ助かった。ほら、モラン、ケリーを降ろすの手伝うよ。
[モラン] はい、ありがとうございます。風が当たらない場所に寝かせてあげましょう。
[モラン] 壁も頑丈そうですし、奥まった場所なので足休めにはもってこいですね。夜に火を起こしたって外の人には気付かれないと思います。
[ターラーの流民] あれ、おいリード、どこに行くんだ――
[モラン] シッ……そっとしておいてあげましょう。
「私が戦士の栄誉を手放すのは、今後ターラーの土地を二度と血に染めぬようにするため。そしてドラコの同族が二度と剣を向け合わぬようにするためである。」
「赤き龍の炎が、死した戦士を溶炉の中から蘇らせるような日が来ない限り、私の選択は変わらない。」
[リード] ……
リードは微かな物音を耳にした。
彼女は、目の前の錆びた設備に触れようとした手を引っ込めた。
[リード] これは……動いているの?
[ラフシニー] それは、火を灯せば誰でも動かせる物だよ……点火した人がいるというだけの話なのに、何を驚いているの?
[リード] ……うん、姉さんが来たんだね。
設備の隙間から紫色の炎が見えた。
[リード] かつての王城が今ではこんなふうに……姉さんはあざ笑ってるはずだよね? 伝説の君主が残したものが、この程度のものだなんて。
[リード] この近くに安らぎを得られない死者がたくさんいたのは、ここで姉さんの炎が燃えていたからなんだね……
[リード] 荒野で行き倒れになってしまった人が、理由もなく死の炎で呼び起こされた。
[ラフシニー] ダメ……近づかないで。
[ラフシニー] キミもあの火が怖いんでしょ?
[リード] ……
[ラフシニー] それでも……キミはそれを消したいんだね。
[リード] ……うん、これは多くの人に苦しみをもたらすものだから。
[ラフシニー] でも、キミが本当にそうするつもりなら、私はキミを行かせはしないよ。
[ラフシニー] キミの姉さんはダブリンの火を灯したんだ。キミでは同じ火を灯せないことは、自分でもわかっているはず。
[ラフシニー] 彼女は多くの非道な行いをし、多くの嘘で取り繕ってきた。でも、それらは必要悪だ。彼女は幾千幾万ものターラー人に、後に続くよう呼びかけた。聖人や暴徒、貴族や賤民にかかわらず。
[ラフシニー] そんなことは、キミにはできない。
[リード] いいえ……私にもできる。
[リード] 私は、そうした犠牲が必要なものだとは思わないし、ターラー人が救いを得られるのは姉さんの方法だけだなんて、絶対に思わない。
[ラフシニー] でもずっと前から──オークグローブ郡のあの大火の時から、キミの姉さんはすでにリーダーだった。
ふと、通りでうつ伏せに倒れていた傷だらけの女の子の姿を思い出した。女の子の手を引いて、早く逃がしてあげたかったが、自分が手を伸ばせば、灰になってしまうのではないかと怖くなった。
すると姉が女の子に歩み寄ったのだ。
「生きたいか?」──姉はそう訊いた。
お前のすぐ隣に下水道がある。そこに逃げ込めば、憎き貴族どもはお前を追えなくなる。
マンドラゴラ――彼女はそこから逃げ出したが、最後にはまたそこに還った。
[ラフシニー] だけどキミは? キミは結局、誰に対しても手を差し伸べることはなかった。
[リード] ……
[リード] そうだね。もしも私が彼女に手を差し伸べていたのなら、違う結果になっていたかもしれない。
[リード] 本当に彼女が救われたのなら、あの日の放火犯のように悪事を働く以外にも……多くの選択肢があったということを知れたはず。
[ラフシニー] でも実際には、キミは自分の力すらも恐れていて、その扱いを他人に委ねることしかできない。
[ラフシニー] ……だから他の人はおろか、姉さんすらもキミに失望したんだよ。
[リード] ……違う、キミの言葉は間違っている。キミが言っているのはもう全部過ぎたことだよ。
[リード] 今の私は、もう他人の手を握ったことがあるの。
[リード] 私が先頭を切って導くとはいえないけど、この火でみんなの道を切り拓くことができる。ほかの人に手を引かれて、その道を歩むかもしれないけど、私はもう自分の炎を誰かに委ねたりはしない。
[リード] 姉さんが……もし姉さんがちゃんとそれを見てくれれば、失望はしないはず。
[「リーダー」] キミはただ、偶然仲間ができたというだけでしょう?
[「リーダー」] その人たちの前でなら、キミは戦えるし、演説することも、みんなを先導することだってできる……そうやって装うんだ。
[「リーダー」] でもキミはただ姉さんの真似をしているだけ。
[「リーダー」] キミは姉の影にしかなれない。あの人は、いかなる手段も抜かりなく徹底的に用いることができる。それに対して、キミには余計なためらいや軟弱さが多すぎる。
私はターラー人居住区を焼き払った将校たちのことを思い出した。彼らはターラー人のことを身勝手だと言った。ろくに読み書きもできないターラー人が、法律に抗議していると言ってあざ笑った。
私には、これこそが姉が最後に先生に言った、今後起こるであろうことだとわかっていた。
ヴィクトリア人は、自分たちの手で憎しみの炎を生み出した。すべてを焼き払うまで、この大火は消えない。
瞬きをするな、と姉さんは言った。私たちの暮らしがどのようにして何度も滅ぼされてゆくのか、その目に焼き付けろと。
黒焦げの死体がそこかしこにある中で、死の炎を支配するドラコが手を上げてアーツを放つ。
冷たい紫の火が、死者を焼いていた激しい炎を覆った。
実はその死の炎自体は、誰かの命を奪ったりしない。それはただ、彼らが灰燼から這い上がり、復讐することを許しただけだ。死してなお故郷を燃やした者に対して復讐をすることを。
[リード] ……私は後悔していない。
[リード] これまで、私はずっと姉さんが正しいと思っていた。
[リード] 「ターラー人の理想郷を築くためならば、私たち全員の命を炎に捧げることも厭わない……」
[リード] 姉さんのそばで、私はずっとこう言っていた。
[リード] ……でも燃料にした命が全て燃え尽きた後、姉さんの国には、誰が残るの?
[リード] 私は迷ったことがある。自分のしたことを振り返って反省したことがある。逃げ出したこともある……
[リード] でも私は、そのことを後悔してはいない。
[リード] 私はここまで逃げる間に、姉さんでは見ることのできない人々や物事を見てきた。私の本当に言いたい言葉は、きっと姉さんのものとは違う。
[リード] だから、私はもう姉さんを思い出すことを恐れない。
[リード] 私は決して……自分の影に囚われたりしない!
[「リーダー」] この王城に気付いた時、キミは恐れていたんじゃないの?
[「リーダー」] さっき「仲間」が逃亡生活の後はどうするのかと聞いたとき、キミは答えられなかったけど……心の中でははとっくに答えが出ているんでしょう?
[「リーダー」] 私に――「リーダー」にはならないというなら、キミはどうやってダブリンの理想の中で自分の居場所を見つけるの?
[エブラナ] ──ラフシニー、お前は何を望む?
リードは、あの大火の中で彼女たちの方へと歩いてくる死者の姿を思い出した。
[ラフシニー] ……早く止まって……
彼らは傷だらけで、元の面影を留めていないにもかかわらず、その目には未だ渇望の炎が燃えていた。
ヴィクトリアの将校に対する復讐を終えた彼らは、自分たちのために炎を燃やした者の所へ戻って来たのだ。
[ラフシニー] これ以上は進まないで……
[ラフシニー] キミたちは……安らかに眠るべきだ!
──気付いた時には、迫ってきていた死者の先頭に居た者が目の前で倒れ、空っぽの瞳で彼女を見つめていた。
一瞬燃え上がった彼女の火に包まれ、死の炎は消えた。
[ラフシニー] ……ごめんなさい、姉さん。ごめんなさい……
[ラフシニー] 私は、姉さんのアーツを破るつもりなんてなかったの。
[エブラナ] ──よくやった、ラフシニー。
彼女は恐怖の中で顔を上げた。
姉は初めて彼女に対して賞賛の微笑みを見せたのだった。
[エブラナ] 本当によくやった。お前の火は、これほどまでに眩いのか。
[エブラナ] 私はずっと考えていたのだ。どうすればお前が己の力を自ら示し、他人に注目されるようになるだろうかと。
[エブラナ] もう一度私にお前の才能を見せてみろ。お前には、私の炎を退けられる可能性があるのだと証明してみろ。
[エブラナ] お前は私に勝てるか、愛する妹よ?
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