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シラクザーノ_IS-6_迫りくる過去_戦闘前
準備は整った。舞台の幕開けだ。
[レオントゥッツォ] ……はぁ……
[マフィア] 大丈夫ですか?
[レオントゥッツォ] 問題ない。少し夢を見ただけだ。
[レオントゥッツォ] やはり、ソファで寝るべきじゃなかったな。
[レオントゥッツォ] 親父は?
[マフィア] ドンは劇場へ向かわれました。
[レオントゥッツォ] ……
[マフィア] 若旦那はどうなさいますか?
レオントゥッツォは答えずに身体をソファに沈めた。
[テキサス] ロッサティ……ジョヴァンナか。
[ベルナルド] ああ。
[ベルナルド] チェリーニア。当初君とした約束は、ベッローネが勝利を手にする一助となってもらうことだったが……
[ベルナルド] 気が変わってね。
[ベルナルド] この件さえ成し遂げてもらえたら、貸しは帳消しとしよう。
[ベルナルド] 仕事が終わり次第、君は自由の身だ。
[ベルナルド] 狼主ザーロの牙として保証する。
[テキサス] ……
日が暮れて仮住まいへと帰り、そして朝日が昇るまで。
テキサスは雨音を聞きながら剣を磨き、渡された台本――『テキサスの死』を読んでいた。
複雑で感動的なその物語には、彼女の知るものと大きく異なる点はない。
彼女はかすかな予感を覚えたが――
それより、まずは剣を研ぐことを選んだ。
彼女の剣は今日、平素より鋭くならねばならないのかもしれない。
[ラップランド] 雨が降ってるのに、なんだか日差しが眩しいね。
[ラップランド] そういえば、監獄の食事はなかなか美味しかったよ。君たちも試してみたら?
[忠実なマフィア] 確かにあれはなかなかですね。俺も何度か、あそこの連中に意見を出したことがあります。
[忠実なマフィア] さあ、お車へどうぞ。
[ラップランド] ボクも行かなきゃダメかな?
[ラップランド] クルビア人一人殺すだけなら、ここまで大げさにやらなくたっていいんじゃない?
[忠実なマフィア] チェリーニアも来るとドンが仰ってましたよ。
[ラップランド] へえ?
[ラップランド] あの子はどう動くの?
[忠実なマフィア] 劇団員のフリをして、公演が始まったあと隙を見て行動するとのことです。
[ラップランド] ふーん……ボクの衣装もあるのかな?
[忠実なマフィア] ドンのお考えでは、ラップランドさんには――
[忠実なマフィア] 客席で事が起きるまで待っていてほしいとのことでした。
[ラップランド] ……アハッ、ハハハッ!
[ラップランド] ほんと、無粋な人だよねえ。それで、本人は? まさか自分だけ特等席で高みの見物するつもりかな?
[忠実なマフィア] ドンには別のご用事が。人を訪ねに行かれるとか。
[ラップランド] 人って?
[忠実なマフィア] 洗車工です。
[クロワッサン] ああ、ソラ。やっぱりここで練習しとったんやな。
[クロワッサン] それ自体に異論はないんやけど、ぼちぼち劇場行ってメイクやら何やら本番の準備したほうがええんとちゃう?
[ソラ] ……そうだね。
[クロワッサン] エクシアはんが先に朝食買いに行っとるから、合流しに行こか。
[ソラ] うん。
[クロワッサン] そういや、前にエクシアはんの姉ちゃんの歓迎会開こうっちゅう話もあったよな。
[ソラ] あったね、そんな話。
[ソラ] 今からでも間に合うかな。
[ソラ] あっ、クロワッサン! 足元気を付けて!
[クロワッサン] え? うわっ!
[クロワッサン] いったたたあ……
[ソラ] 大丈夫?
[クロワッサン] 平気平気、ちょーっとつまずいただけやって。
[クロワッサン] けど、本の山崩してもうたわ。ちゃんと直しとかんと……
[クロワッサン] ん? なんか写真が……
[ソラ] 写真?
[クロワッサン] ん~……ん?
[ソラ] どうかしたの?
[クロワッサン] これ、見てみいや。
それは何年も前のものだろう写真だ。
背景に写っているのは恐らく、その当時の賑やかで広々としたクルビアの町並みだということが、ソラにもなんとか理解できた。
写真の中央に立っているのは中年の男性だ。彼は穏やかな表情でありながらも、侮りがたい迫力を感じさせる。
そしてその左右には、フェリーンの少女とループスの少女が立っていた。
左の少女は美しい金髪の持ち主で、明るい表情から朗らかな性格が一目で見て取れる。
右にいるのは無表情な黒髪の少女で、そこから何を考えているのかを読み取ることはできなかった。
[クロワッサン] なあ、ここに写ってるのってもしかして……子供の頃のテキサスはんやない?
[クロワッサン] そんで、そばにおるんはカタリナはんに見えへん……?
[クロワッサン] 写真の裏側も見てほしいんやけど……
その裏には――「ジョヴァンナとチェリーニア、1080年撮影」とあった。
[クロワッサン] ジョヴァンナっちゅうのがカタリナはんの本名なんやないか?
[ソラ] ジョヴァンナ……ジョヴァンナ・ロッサティ……
[アルベルト] この店を始めてもう何年だ?
[洗車工] 五年経ったな。
[アルベルト] そうか、奇遇だな。うちで飼ってた見張りの牙獣もいなくなってから五年経つんだ。
[アルベルト] 今も元気にしてるかどうかは知らねえが。
[洗車工] ……こんなに広い街だからな。食っていく手段なんざいくらでもあるさ。
[アルベルト] ――ずっと腑に落ちないことがあってな。あいつには十分肉をやってたし、良い住みかも与えてやったのに、何が不満で出て行ったんだ?
[アルベルト] まさか肉が嫌いだったのか?
[洗車工] もしくは、血の滴る肉を齧り尽くした挙句、突然普段食ってる肉の不味さに気付いたのかもしれねえな。
[洗車工] 口に合わねえもんだったら……いっそ食わねえほうがいい。
[アルベルト] ほおう。
[洗車工] ほら、あんたの車は仕上がったぜ。
[アルベルト] 手際がいいな。
[洗車工] こういうのは慣れだ。
[アルベルト] 確かに、お前は何でも上手くやるからな。
[アルベルト] だが、時代は変わろうとしてるんだ。
[アルベルト] お前も好き嫌いは直したほうがいいんじゃねえか、ダンブラウン。
[洗車工] ……考えておく。
[アルベルト] ああ、よーく考えろ。いつでも戻ってくるといい。
[ヘアメイクスタッフ] ウッドベースの代役ってあなた?
[テキサス] そうだ。
[ヘアメイクスタッフ] ふうん……あら? その髪色って生まれつき?
[テキサス] ああ。
[ヘアメイクスタッフ] へえ、珍しいわね。今回のウッドベースの担当は皆わざわざ染めてるのに。そもそも黒髪にオレンジの目って、テキサスファミリーの血縁にしかいないらしいじゃない。
[ヘアメイクスタッフ] よく見たらちょっとサルヴァトーレに似てるし……もしかして、隠し子か何か?
[テキサス] ……いや、私はテキサスとは無関係だ。
[ヘアメイクスタッフ] そう? ま、こういう偶然もあるわよね。
[ヘアメイクスタッフ] ほら、座って。あなたは元が良いから、すぐメイクし終わるわよ。
劇場内 ボックス席
[劇場の支配人] こちらのお席にはご満足いただけましたでしょうか?
[ジョヴァンナ] ええ、ここならよく見えるわ。
[劇場の支配人] それは何よりでございます。
[劇場の支配人] 何かございましたら、遠慮なくお呼びください。
[ウォラック] もう下がっていいぞ。
[ジョヴァンナ] ウォラックは観ていかないの?
[ウォラック] こういうのは苦手だってご存知でしょう。俺は美味い酒でも取ってきますよ。
[ジョヴァンナ] だったら――
[ウォラック] ブランデーですよね、わかってます。
[ソラ] すみません、遅くなりました!
[ヘアメイクスタッフ] 大丈夫大丈夫、みんなまだ準備してるから。
[ヘアメイクスタッフ] さ、座って。先にメイクを終わらせましょう。
[ソラ] はい。
[ヘアメイクスタッフ] どうしたの? 顔色があまり良くないけど……緊張してない?
[ソラ] ……いえ、大丈夫です。
[ヘアメイクスタッフ] ソラはこんなに頑張ったんだから、きっとみんな喜んでくれるわ。
[ソラ] だといいんですけど。
[ヘアメイクスタッフ] あっそうだ、あなた知ってる?
[ソラ] 何かあったんですか?
[ヘアメイクスタッフ] ウッドベースの人が急病か何かで出られなくなっちゃったのよ。
[ソラ] えっ、それってどうするんですか!?
[ヘアメイクスタッフ] 慌てなくても大丈夫よ。監督が代役を見つけてきてくれたから、今は別の楽屋でメイク中らしいわ。
[ソラ] 代役って……本当に大丈夫なんですか?
[ヘアメイクスタッフ] 監督の目を信じなさいって。
[ソラ] そういえば、監督は今日いらっしゃらないんでしょうか?
[ヘアメイクスタッフ] さっきは来てたんだけど、いくつか指示を出したらまた行っちゃったわ。お客さんに会わないといけないんですって。
[ヘアメイクスタッフ] 偉い人ってみんな忙しいわよねえ。
[ヘアメイクスタッフ] まあ、あなたは自分にできることを精一杯やればいいだけだから、安心しなさいな。
[ソラ] はい。
[ラヴィニア] ……
[劇場スタッフ] あれ、裁判官さん!
[劇場スタッフ] しばらくぶりですね。今日の演目を観にいらしたんですか?
[ラヴィニア] ……ううん、通りかかっただけなの。
[劇場スタッフ] そうでしたか。でも、今日は待望の『テキサスの死』第二幕を演るんですよ。きっとお気に召すと思うんですが。
[ラヴィニア] ……ごめんなさい、そういう気分じゃなくて。
[劇場スタッフ] 残念です。それじゃ、またぜひお越しくださいね。
[ラヴィニア] ……あら?
[ラヴィニア] (ダンブラウンさん? どうしてここに?)
[ラヴィニア] (もしかして……前に私が勧めたから、気晴らしに来たとか?)
[ラヴィニア] (でも、今日は……)
[ラヴィニア] ……
[ラヴィニア] あの、やっぱり……
[劇場スタッフ] お、気が変わられましたか?
[ラヴィニア] ええ。
[ラヴィニア] チケットを一枚いただくわ。
劇場内 ボックス席
[マフィア] 失礼します。ドンにお会いしたいという方が。
[ベルナルド] 誰だね?
[マフィア] 食品安全保証部長のルビオ氏です。
[ベルナルド] ……
[ベルナルド] 入れてくれ。
[マフィア] はい。
[ルビオ] ドン・ベルナルド――
[ベルナルド] ここではぜひ、「監督」と呼んでくれたまえ。
[ルビオ] あっ、はい、わかりました。お目にかかれて光栄です、監督殿。
[ベルナルド] 掛けたまえ、ルビオ部長。
[ベルナルド] まずは劇をお楽しみいただこう。話はそれからだ。
[司会者] レディース&ジェントルメン、デッラルバ劇団の素晴らしき公演へようこそ!
[司会者] 本日はカタリナ氏の手がけた『テキサスの死』第二幕を上演いたします。
[司会者] サルヴァトーレの物語はシラクーザ人なら誰もが知るものですが、その細部までを真に知る人はどれだけいるでしょうか?
[司会者] この演目では、テキサスファミリーへの造詣深きカタリナ氏が、緻密にして現実に即した視点を与えてくれます。
[司会者] それでは、サルヴァトーレの一生をご覧いただきましょう!
[ソラ] すう……はぁ……
[ヘアメイクスタッフ] 頑張ってね、ソラ!
[ソラ] はい! 行ってきます!
[エクシア] ふぅ……やっと見つけた! この辺があたしたちの席だね。
[エクシア] さっすがソラ、良い席じゃん!
[クロワッサン] ソラに寄せられとる期待が大きい証拠やなあ。
[エクシア] すみませーん、ちょっと通してねー。
[???] おや、シラクーザでサンクタに会うとは……珍しいこともあるものだな。
[エクシア] あれ……そっちもサンクタだよね?
[エクシア] ウォルシーニに来て結構経つけど、同族に会うのは初めてだよ。
[???] フフッ……今日は良い日になりそうだ。
[???] 通りなさい、若者よ。
[エクシア] ……
[クロワッサン] どないしたん?
[エクシア] それがさー、あの人からは感情が伝わってこなかったんだよね。はぐれ者のサンクタなのかな?
[エクシア] でも、これまで見てきたそういうタイプとは違うような……
[エクシア] まあいっか。そういえば今日はこの劇場、やたらマフィアの人が多くない?
[クロワッサン] 噂によると、ロッサティのドンが来てるかららしいで。
[エクシア] えっ? それってさっき言ってた……
[クロワッサン] うん。せやけど、今は劇に集中しとこ。
[ソラ] 混乱とチャンスが共存する時代……時代の波に飲まれた者あらば、それを率いるに至る者もあり……♪
[ソラ] 暴力と富、権力と秩序……成功者となるには何を差し出せばいい……♪
[ソラ] あるシラクーザ人がクルビアに立った……野心と傷と苦難を携え……♪
[ソラ] 再び始まる物語……どうぞ皆様、時代を握るかの人をご覧あれ……♪
[ラップランド] この歌声は……
[ラップランド] なるほど、あの子を迎えに来たのかな。
[ラップランド] だけど、そんなこと本当にできる?
[ロッサティの構成員] 何者だ?
[ラップランド] ――レディース&ジェントルメン、素敵なショーを始めようか。
[ジョヴァンナ] ……まさか本当にあなただったなんてね。チェリーニア……
[エクシア] あれ……
[クロワッサン] テキサスはん!?
[ソラ] ――えっ?
[テキサス] ……!?
テキサスはすぐさま、ボックス席の一つに視線を向けた。
ベルナルドがそこに座り、すべてを見下ろしていることを知っていたのだ。
彼女にははっきりとわかっていた。
偶然にしろ必然にしろ、ソラは今この瞬間、危険であり、安全でもある状況だ。
すべては彼女次第で決まる。
客席の不穏な動きも、遠くから聞こえるかすかな音も、すべては暗殺任務の始まりを告げていた。
彼女はソラに向かって人差し指を口に当てて見せ、それから、弦を弾く。
ショーが幕を開けた。
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