aklib_story_塵影に交わる残響_LE-7_浄夜_戦闘後

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塵影に交わる残響_LE-7_浄夜_戦闘後

ゲルトルーデは密偵に連行されたが、クライデの状況はさらに悪化した。実験室で得た資料を分析した後、彼らは危険を冒す計画を練った。


[ゲルトルーデ] 倒れなさい!

[エーベンホルツ] 寝ぼけたことを!

[ゲルトルーデ] まだ余裕がありますの……?

[エーベンホルツ] 今度は本気を出すぞ、ミズ・ストロッロ!

[ゲルトルーデ] あなた――これまで実力を隠していましたの!?

[エーベンホルツ] どうした、お前にも思い通りにならない時があるのか?

[ゲルトルーデ] なにをおっしゃっているのかしら! どうせ「音」に頼っているだけ……アーツのコントロールという点では、あなたは未熟ですわ――

[エーベンホルツ] ハァッ!!

[エーベンホルツ] ハァ、ハァ……

[エーベンホルツ] た、倒したか……

[ゲルトルーデ] ……フッ、ウルティカ伯爵。まさかこの私があなたに負けるとは。

[エーベンホルツ] お前でも負けを認めるのか?

[ゲルトルーデ] フン、負けは負けですわ。認めなければ、私の勝利になりますの?

[エーベンホルツ] お前は……なぜそんなに余裕でいられるのだ?

[ゲルトルーデ] 当たり前でしょう……あなた方が私に何ができるといいますの?

[ゲルトルーデ] 私はこの都市の領主ですわ。そしてあなた方は愚かにも、深夜に私が管理するコンサートホールに侵入し、私が承認した合法的な改造を施した機材を取り壊そうと企んだ不逞の輩ですわ。

[ゲルトルーデ] あまつさえそれを止めようとした私を傷つけた――

[ゲルトルーデ] ウルティカ伯爵、ロドスのオペレーター、それとツェルニー、自分の身を心配すべきなのはそちらの方ですわよ。違いますかしら?

[ツェルニー] ゲルトルーデ、やはり卑劣な人ですね。

[ゲルトルーデ] 卑劣な人? それが十年以上もあなたに資金援助をしてあげているパトロンに対する態度ですの?

[ゲルトルーデ] ツェルニー、あなたにこのホールを使わせてあげているのは、私ですわよ。

[ゲルトルーデ] ただの感染者でしかなかったあなたが今の地位につけたのも、この私が与えたからですわ。

[ゲルトルーデ] そしてあなたが心の底から大切に思っているアフターグロー区も、私の慈悲深さがあったからこそ今日までなんとか命を繋いで来れましたのよ。

[ゲルトルーデ] お忘れなきように。

[ツェルニー] なっ――!

[ゲルトルーデ] お引き取り願えますかしら、皆様方。

[エーベンホルツ] ……

[エーベンホルツ] それはどうだろうな。

[エーベンホルツ] ウルティカ伯爵の身分は、リターニアでは一種の恥を意味する。

[エーベンホルツ] だがそれは同時に、私のいる場所には、女帝の監視の目が必ずあることも意味するのだ。

[ゲルトルーデ] だから何ですの? 言いましたでしょう、ホールを破壊しようとしたのはあなた方です。

[ゲルトルーデ] たとえ女帝陛下の密偵がここに現れようと、逮捕されるのは私ではなく、あなた方ですわ。

[エーベンホルツ] ビーグラー、いるか!

[エーベンホルツ] すべてを見ていただろう?

[エーベンホルツ] まだ高みの見物を決め込むつもりか!?

[ビーグラー] 私が見たのは、ウルティカ伯爵ともあろう者が、深夜に人を引き連れてコンサートホールに押し入ったことです。それ以外には、何も見ておりません。

[エーベンホルツ] 彼女の陰謀に関する話を聞いていなかったのか!?

[ビーグラー] それはストロッロ伯爵の陰謀の件ですか、それともウルティカ伯爵とストロッロ伯爵の共謀の件ですか?

[エーベンホルツ] 君……

[ビーグラー] 確かに聞きました。

[ビーグラー] ですが、たとえ先ほどの会話をすべて録音していたとしても、何も証明はできません。

[ビーグラー] 証拠ですよ、ウルティカ伯爵……何事にも証拠が必要です。彼女が女帝に叛意を持っていると立証できる証拠はありますか?

[エーベンホルツ] 証拠? この期に及んでまだそんなことを言っているのか……

[エーベンホルツ] そうだ、「塵界の音」!

[エーベンホルツ] 私たちが下水道で発見した「塵界の音」の研究ノートだ!

[ゲルトルーデ] ……何ですの?

[ビーグラー] フッ。

[ビーグラー] どうやらそこまで愚かではないようですね、ウルティカ伯爵。

[ゲルトルーデ] 研究って何ですの? 何のことだかさっぱりですわ。

[ビーグラー] 今さら知らぬふりをしても無意味ですよ、ストロッロ伯爵。

[ビーグラー] 確かにあなたは、下水道の実験室にあったノートや計画書とは直接な関係がないかもしれません。ですが我々には我々のやり方というものがあります。

[ビーグラー] 下水道の手がかりから、あなたが持つ他の拠点を見つけ出すのはさほど難しいことではありません。

[ビーグラー] さて、あなたには陛下が禁止している「塵界の音」の研究を行った疑いがあります。一緒に来ていただきますよ。

[ゲルトルーデ] ……

[エーベンホルツ] 待て、「塵界の音」を研究したという容疑だけか!?

[ビーグラー] 重ねて申し上げましょう、ウルティカ伯爵、そしてそちらの方々。

[ビーグラー] 確かな証拠によって、あなた方の言う悪い結果が確実に発生すると証明できなければ――

[ビーグラー] 彼女に対する非難はただの中傷でしかないのです。

[ハイビスカス] では、その研究ノートを見せてください。私なら詳しい証明ができます!

[ビーグラー] 残念ですが、あれはリターニアの機密事項に当たりますので、外からやってきた組織に渡すわけにはいきません。

[ハイビスカス] そんなの理不尽じゃありませんか!

[ビーグラー] この大地には思い通りにいかないことがたくさんあるのですよ、お嬢さん。

[ハイビスカス] でも……!

[エーベンホルツ] もういい、ハイビスカス。

[エーベンホルツ] 彼の考えは変わらない。私たちの発見ではストロッロ伯爵を有罪にするには不十分だ。

[エーベンホルツ] そして彼が現れたのは、ストロッロ伯爵を有罪にできる別の証拠を見つけたからだ。

[エーベンホルツ] むしろ無遠慮に大声で呼んだにも拘らず姿を現した彼に、私は感謝をすべきなんだろうな。違うか、ビーグラー。親愛なる密偵殿?

[ビーグラー] まぁ正直、あなたとストロッロ伯爵のような貴族を比較するなら、私はあなたの方が好きではありますがね、ウルティカ伯爵。

[ビーグラー] それと、ミスター・ツェルニー。

[ツェルニー] ん?

[ビーグラー] 現在ストロッロ伯爵は我々の管理下にあります。たとえあなた方が心配していることが事実であったとしても、コンサートにもう危険はありません。

[ビーグラー] とは言え、このコンサートは取りやめることをお勧めしますがね。それが最も安全な方法です。

[ツェルニー] 明日のコンサートはすでに禁止されたものかと思っていました。

[ビーグラー] 開催するか否かはあなた次第です。

[ビーグラー] さて、ストロッロ伯爵、女帝陛下に対するあなたの忠誠心は信じております。ただ……朝食にお招きしたいというだけです。もちろん応じていただけますよね?

[ゲルトルーデ] フン、深夜の朝食? いいでしょう。

[ゲルトルーデ] ウルティカ伯爵、私を裏切ったことを後悔しますわよ。

[エーベンホルツ] 私は多くのことで後悔するだろうが、この件だけは、絶対に後悔しない。

[ハイビスカス] 行かせちゃいましたね……

[ツェルニー] ゲルトルーデ……

[エーベンホルツ] まだ彼女に言いたいことがあったのか?

[ツェルニー] 下品な言葉もそれに含まれるのであれば。

[エーベンホルツ] クライデはまだ目覚めていない……

[ハイビスカス] 私に任せてください。すぐに彼をロドス本艦へ連れて行きます。

[エーベンホルツ] 彼を連れて行くのか?

[ハイビスカス] はい、ロドスでないと適切な治療を受けられません。

[エーベンホルツ] ダメだ。

[ハイビスカス] どうしてですか?

[エーベンホルツ] 彼の病状を安定させることはできるかもしれないが、「音」はどうする?

[エーベンホルツ] 君たちの治療の腕は疑ってはいない。だが本当に「塵界の音」の問題を解決できるのか?

[ハイビスカス] ……保証はできません。

[ハイビスカス] ですがもう他に選択肢はありません。

[ハイビスカス] ゲルトルーデさんが言った、合奏することで「塵界の音」を取り除く方法をまだ信じているんですか?

[エーベンホルツ] 信じるほかない。

[ハイビスカス] そんな――

[エーベンホルツ] 教えてくれ、ヴィセハイムからロドス本艦まで、どれだけかかる?

[ハイビスカス] ……

[エーベンホルツ] 答えられないのは、クライデがそれまで持たないかもと思っているからだろう。

[ハイビスカス] ……ゲルトルーデさんが言っていたことが本当だったとして、あなたは自分を犠牲にしてまでやるつもりなんですか?

[エーベンホルツ] できるのであれば、なぜしない?

ハイビスカスは唖然とした。

青年の目は、初めて出会った時とはまるで違っていた。

彼は本気だ――ハイビスカスはそう感じた。

[ハイビスカス] わかりました。私も協力します。

[ハイビスカス] ですが、私の「音」に対する知識はごく僅かで、しかもすべてあの伯爵の口から聞いたものです。真偽のほどはわかりません。力は惜しみませんが、でも……

[お爺さん] 間に合ったようだ。

[ハイビスカス] お爺さん、あなた……

[お爺さん] もしも「塵界の音」についての情報が必要なのじゃったら、ここに計画書があるぞ。

[エーベンホルツ] ……!?

[ハイビスカス] お爺さん、あなたまさか……

[エーベンホルツ] まさか貴殿もビーグラーと同じ……

[お爺さん] そうだ。

[お爺さん] あんたらも知っての通り、クライデは当時の計画の生き残りだ。

[お爺さん] 女帝陛下がそんな不安要素を野放しにすると思うか?

[ツェルニー] ですが、あなた方は共に十年以上さすらっていたのでしょう!

[お爺さん] だからこそ他人から疑いを向けられぬのだ。

[ハイビスカス] でもビーグラーさんはそれは機密事項だって――

[お爺さん] だからあいつの所から盗んできた。

[お爺さん] クライデを救えるのであれば、こんなクソみたいな計画なんぞ、人に見せたところでどうってことはない!

[お爺さん] ゴホゴホッ、ゴホゴホッ。

[ハイビスカス] こ、興奮なさらないでください。まだ身体が弱ってますから……

[ツェルニー] 計画書は私が確認をします。ハイビスカスさん、あなたはご老人を休ませてあげてください。

[ハイビスカス] ……わかりました。

[ハイビスカス] ……お爺さん、クライデさんは、知っているんですか?

[お爺さん] 話してはおらん。だがあの子は賢いからな、きっと薄々勘付いておるだろう。

[ハイビスカス] こんなの、彼にとってあまりにも残酷すぎます。

[お爺さん] 残酷か。

[お爺さん] フッ。

[お爺さん] お嬢さん、わしがどうやって感染者になったか知っておるか?

[ハイビスカス] ……いいえ。

[お爺さん] 聴いたことがあるだろう。女帝陛下が政権を握る前、リターニアの古典アーツへの探求は、他国の追随できぬレベルに達しておった。

[ハイビスカス] はい。

[お爺さん] では、それほどのレベルに達するために、リターニアがどのような代償を払ったか、知っておるか?

[ハイビスカス] 大量の感染者を含む、無数の人の命です。

[お爺さん] そうだ、感染者だ。

[お爺さん] あの時代には、一定数の感染者たちを定期的に引き渡すことを規則としていた選帝侯もおったほどだ。

[お爺さん] だが感染者とて人間……黙って死を待つはずもなかろう。

[お爺さん] それで、最終的に何が起きたと思う?

[ハイビスカス] まさか……!?

[お爺さん] 理解したようだな。

[お爺さん] ……腕を源石でひっかいてやれば、そいつはもう立派な感染者だ。

[お爺さん] わしはそうやって感染した。

[ツェルニー] 旋律……この旋律は――「塵界の音」は巫王が残したものだったのですか!

[ツェルニー] そういうことだったのか……

[ツェルニー] いや、そうとしか考えられない!

[ツェルニー] 巫王はリターニアで最も強大な術師であるというだけでなく、最も恐ろしい音楽家でもあります。

[ツェルニー] 彼は音楽への造詣が非常に深く、彼の音楽の探求はアーツの研究と同レベルだと話す人もいます。

[ツェルニー] ですが、彼がこの世に残した曲には、テンポや調性、質感……これら音楽の美を構成する要素はなく、どれも激しい侵略性と破滅性で彩られています。

[エーベンホルツ] リターニアでは、彼の作品群はとうの昔に禁じられている。もしこの「塵界の音」が巫王の残した旋律だとすれば――

[ツェルニー] だとすれば、「塵界の音」は紛れもなく巫王が世に残した作品で、あなた方は彼の作品の延長ということになります。

[エーベンホルツ] 私たちはあいつの作品などではない!

[ツェルニー] 否定する必要はありませんよ。それに、もしそうだとすれば……

[エーベンホルツ] 方法があるのか?

[ツェルニー] オリジムシを追い払った時の合奏を再現してもらいたいです。

[ツェルニー] その時にご自身の「塵界の音」を理解した……そうですね?

[エーベンホルツ] 合奏? 今か?

[エーベンホルツ] 今がどんな状況か、わかっているのか?

[ツェルニー] わかっています、あなたよりもはっきりと!

[エーベンホルツ] しかし――!

[クライデ] エーベンホルツさん、ツェルニーさんの言う通りにしましょう。

[エーベンホルツ] クライデ、大丈夫なのか? 一人でここにきたのか?

[クライデ] アンダンテさんが送ってくれました。

[エーベンホルツ] もう「塵界の音」の旋律に沿って弾くのはやめてくれ。ただでさえあの時の君の様子がおかしかったんだ……

[クライデ] 僕は、できることをせずに終わりたくないんです。

[クライデ] それで……ツェルニーさん、何を思いついたんですか?

[ツェルニー] もし「塵界の音」が旋律であるなら、かつてあなた方を使って実験をした巫王派の残党にしろ、ゲルトルーデにしろ……

[ツェルニー] 彼らがやりたかったのは、これらの旋律に含まれているアーツ――あるいは、このアーツに流れる旋律を誘導することです。

[ツェルニー] つまり、「塵界の音」に対する彼らの探求目的は、その中にある神秘を掘り起こすことにあります。

[ツェルニー] わかりやすく言い換えるのならば「塵界の音」をより「鮮明」に、より「美しく」奏でることです。

[ツェルニー] それと、一つだけ明確になったことがあります――

[ツェルニー] 「塵界の音」を「移す」方法は、この計画書のどこにも書いてありません。

[エーベンホルツ] ……もう驚かないさ。

[ツェルニー] ですがそれは困難だからというわけではありません。むしろ逆で、それが彼らにとって単に無駄であるからというだけです。

[ツェルニー] なぜなら、巫王が残した旋律はどれも別々の時期に作られており、それぞれがまるで違う感情や思考を含んでいるものだからです。

[ツェルニー] 二つの全く異なる楽曲を一つに合わせてみたところで、どんな意味があるというのです?

[ツェルニー] この前あなた方が合奏した時と同じく、探求するほど、その演奏はひどいものとなります。

[ツェルニー] オリジムシですら逃げていったのも、恐らくあなた方の演奏が相当耳障りだったからでしょう。

[クライデ] 彼らは多分似たような研究をして、あまり効果がないと気付いた……そういうことではないでしょうか。

[ツェルニー] その通りです。

[ツェルニー] ですが、二つの旋律が完全に異なっていたとしても、しっかり下地を整えてやりさえすれば、完璧に融合させることは可能です。

[ツェルニー] そこで、『夕べの夜明け』を演奏してほしいのです。

[ツェルニー] そして、夕方にやったのと同様に、曲の中から自身を掘り起こしていただきたい。

[ツェルニー] あなた方の身体に残る「塵界の音」の旋律を感じて、私が新たな曲を作ってみせましょう。

[クライデ] 待ってください。いずれにしても、「塵界の音」を移すというのであれば、結局は「器」が必要です。

[クライデ] 二つの「塵界の音」を一人の人間に移植する実験は……確か失敗に終わっていますよね。

[エーベンホルツ] 自分がその「器」になる。そう言いたいのだろう?

[ツェルニー] その程度の決心で自分を犠牲にしようなどとは思わないことです、若者よ。

[ツェルニー] 私が曲を作り出して、できる限りあなた方の身体の中にある「塵界の音」を引っぱり出します。

[ツェルニー] もしできなければ、私がその「器」となります。可能ならですが。

[エーベンホルツ] ……なぜ私たちのためにそこまでする?

[ツェルニー] ……

[ツェルニー] 私の記憶が正しければ、『夕べの夜明け』は、あなたがフルートを学ぶきっかけでしたね?

[エーベンホルツ] だったら何だ?

[ツェルニー] ならば、あの曲がどう生み出されたか聞いたことがあるでしょう。私は人に知られたくありませんでしたが、ゲルトルーデは頑なにそこを「セールスポイント」に仕立て上げたのですから。

[エーベンホルツ] 貴殿は最も大切な友人を失い、悲痛の中でこの曲を創作した。

[ツェルニー] 「悲痛」ですか。

[ツェルニー] その表現は適切ではありませんね。

[ツェルニー] 「悲憤」と表現すべきです。

[ツェルニー] あの時私は、人生は思うようにならないということを初めて知り、自分にとっての音楽の意味を初めて理解しました――

[ツェルニー] それは、定められた運命に抗うことです。

[ハイビスカス] 普通の人を感染者にするなんて、そんなの残酷すぎます……

[お爺さん] 何度巫王の残虐さを呪ったかはわからん。しかし、おそらくわしの呪いが本当に誰かに届いたのであろう。

[お爺さん] わしが実験場に送られる前に、女帝陛下が巫王を倒した。それでわしは救われた。

[お爺さん] そしてわしは誓った。この命を陛下に捧げると。

[ハイビスカス] それで密偵になったんですか?

[お爺さん] そうだ。

[お爺さん] 密偵が普段どんな仕事をしているかは教えられんし、あんたが知る必要もない。

[お爺さん] あんたはただ、当時「塵界の音」を研究していた巫王派の残党の居場所を突き止めた密偵が、このわしだということを知っておればよい。

[お爺さん] その者たちを発見した時、すでにクライデの実験は失敗しており、今のような体質になっておった。

[ハイビスカス] ……あなたたちに彼を救うつもりはなかったのですよね?

[お爺さん] どうしてわかる?

[ハイビスカス] 私の知る限り、双子の女帝は今の地位に就いてから、巫王時代のあらゆる研究を禁止していました。「塵界の音」に関する研究も当然それに含まれます。

[ハイビスカス] でも、「塵界の音」が本当にそれほど強力なものなら、巫王が倒されてから今までの二十年間、それが誰の目にも触れていないなんてことはありえません。

[ハイビスカス] ましてや、「巫王はそこに自らの痕跡を残した」「巫王は旋律の中に力を隠した」、これらの噂の主語はいずれも巫王です。

[ハイビスカス] 「塵界の音」に対する探求行為は、むしろ巫王本人に対する崇拝によるものでしょう。

[ハイビスカス] そしてビーグラーさんの行動からも分かる通り、密偵にとっては女帝の利益を確保することが最優先事項です。

[ハイビスカス] つまり、あなたたちから見て、「塵界の音」は女帝にとって何の利益もないと言えます。

[お爺さん] お嬢さん、これまであんたは無鉄砲で体当たりな行動をするばかりだから、てっきりあまり賢くはないものと思っておった。

[お爺さん] しかし実際は、ただ自分の知恵の使いどころを分かっておらぬだけのようだな。

[ハイビスカス] ううっ。

[お爺さん] あんたの想像通りだよ。どのみち計画書を持ってきたんだ、隠したところで仕方がない。

[お爺さん] 「塵界の音」は非常に特殊なものでな、あれは間違いなく巫王がこの大地に残した旋律であり、確かな力を秘めておる。

[お爺さん] しかし、その中に巫王が自らの分身を残したと信じる者は、熱狂的な信者だけなのだ。

[お爺さん] 「塵界の音」が宿す力はとても独特で、普通の方法では使用することができない。

[お爺さん] 少なくとも現在宮廷にいる術師たちにとっては、「塵界の音」の研究価値は乏しいものでしかない。

[お爺さん] そこで、エーベンホルツとクライデの処遇が問題となったのだ。

[ハイビスカス] エーベンホルツさんはクライデさんに比べて条件がよかったから選ばれたのですか……?

[お爺さん] そうだ。我々は、巫王派の計画が最終的に失敗したと宣言する必要があった。そして身体に問題のないエーベンホルツが最善の選択となるのは当然だった。

[お爺さん] クライデはすでに身体に問題が生じていた。だから……処分する以外はなかった。

[ハイビスカス] やっとの思いで残党の魔の手から逃れられたというのに、死ぬしか道がないなんて……あまりにも酷すぎます!

[お爺さん] あんたからすれば、わしらのやり方は非情に見えるかもしれんな。

[お爺さん] しかし多くの悲劇……非情になり切れなかった者が起こす、多くの悲劇を経験すればわかるだろう――

[お爺さん] すべてに対して情けを掛けることなど不可能だとな。

[お爺さん] あのビーグラーのことも……非情だと思ったろう?

[ハイビスカス] 確かにそう思いました。

[お爺さん] だがな、あんたは知らんのだ。あいつはここで他の住民たちと共に生活して十数年……アフターグロー区に対する思いは誰にも劣りはしない。

[お爺さん] あいつはゲルトルーデめを八つ裂きにしてやりたいと思っておる。だが、それができぬのだ。

[お爺さん] あんたは、ゲルトルーデの言葉に一番腹を立ててるのは自分だとでも思っておるのか?

[ハイビスカス] ……

[ハイビスカス] ビーグラー……さん、は……

[お爺さん] それにクライデは、体質のせいで無意識に他人に危害を与えてしまうため、誰にも近づけない。過去があの子に普通の生活を送ることを許さない。

[お爺さん] あの子には選択肢がないのだよ。

[ハイビスカス] ……でもあなたは彼に情けを掛け、死以外の選択肢を与えたではありませんか。

[お爺さん] 先の短い老いぼれと共に大地をさまよい、辛うじて学んだチェロですら、ろくに触れることができぬ。これが選択肢と言えるのか?

[お爺さん] 友人を作るどころか、人に近づくことさえできぬ。こんな日々を生活と呼べるのか?

[ハイビスカス] でも彼は生き延びた。

[お爺さん] ……確かにな。

[お爺さん] ガタガタ震えるあの子の姿を見ておると、わしの腕は今でも痛みを感じるよ。

[お爺さん] 巫王……巫王。

[お爺さん] わしやクライデ、そして知らぬ間に感染した者、強制的に感染させられた者……

[お爺さん] 巫王がリターニアに残した傷口からは未だに血が流れておる。それなのに、今もなお彼の帰還を望んでおる者、さらには巫王派の残党たちを匿い、研究を続けさせる貴族さえ存在する。

[お爺さん] 恨めしいのだ……

[お爺さん] 奴らが全員死刑に処されるその日まで生きられぬのが恨めしい。

[お爺さん] ゴホッ、ゴホゴホッ……

[ハイビスカス] きっと生きられますよ。

[お爺さん] 慰めは必要ない、お嬢さん。

[お爺さん] 今日まで生きてこられただけで奇跡だ。あの子とこれだけ長い間、共に生きることができた……

[お爺さん] あの子はわしにとって、本当の孫のようなものなんだ。

[お爺さん] 今回あの子をここへ連れてきたのは、ビーグラーに紹介し、密偵の仕事を世話してやろうと思ったからだ。

[お爺さん] そうすれば、わしが死んだ後も安心だ。

[お爺さん] ……だが今、もう密偵などはどうでもよい。

[お爺さん] わしはずっと、密偵として女帝陛下のためにすべてを捧げることが自らの運命だと思っておった。だがこうしてみると、そういうわけでもなさそうだ、フフフ……

[ハイビスカス] お爺さん……

ドンッ――

大きな音が部屋の中から聞こえてきた。

[ハイビスカス] !?

[お爺さん] 行きなさい。この老いぼれはもうしばらくここにいさせてもらう。あの子たちを助けに行ってやってくれ。

[ハイビスカス] ……気分が悪くなったら、呼んでくださいね!

初め、「塵界の音」には名前がなかった。

なぜなら、それは巫王に捨てられた旋律だからだ。

宮廷の音楽家たちは、巫王が気まぐれに書いた旋律を一つ一つ記録した。

巫王が完璧に作り上げた楽曲が深淵からの怒号であるなら、それらの断片は間違いなく未だこの世に属する旋律であった。

そうして、それらの断片は「塵界の音」と名付けられた。

しかし、ただの断片であっても、巫王の力は依然として非常に恐ろしいものだった。

[エーベンホルツ] ……

[ツェルニー] エーベンホルツさん、以前あなたに、音楽における自らの純粋な姿を見せるよう要求しましたが、今は――

[ツェルニー] あなたの過去十数年の人生を思い出し、そこにある怒りをぶつけてほしいのです。

[ツェルニー] 音楽とはあなたの人生の写しであり、足跡であり、大地をのぞき見る両目なのです!

[ツェルニー] 感情に惑わされてはなりませんが、背いてもなりません。探求し、吐露することで、あなたの魂の奥深くの旋律を引き出すのです!

[エーベンホルツ] ……!

[エーベンホルツ] み……見つけたぞ……

[ツェルニー] そう、その通り、それです!

[ツェルニー] それこそあなたの脳裏に刻まれた旋律です……あらゆるものを打ち砕く、破滅の旋律……

[クライデ] ……

[ツェルニー] そしてクライデさん、あなたはその逆で――自分を抑えるのです。

[ツェルニー] あなたは自身の抱え込むすべてを打ち明け、経験したすべてを許容しています。しかし、知っていますか? その善良さこそがあなたの最大の弱点なのです。

[ツェルニー] 妥協? なぜ妥協するのです? どうして妥協しなければならないのです? あなたに妥協を求める資格など誰にもありませんよ!?

[ツェルニー] 多くの人があなたはもっと良い生活を送るべきだと思っています。ご自身でもそう考えたことがあるのではないですか!?

[クライデ] ……僕は……

[ツェルニー] ……

[ツェルニー] ……この期に及んでも考えは変えないんですね?

[ツェルニー] まぁ、いいでしょう。

[ツェルニー] これで充分です。

[ツェルニー] あなたの旋律も、感じることができました――

[ツェルニー] それは虚無、すべてを呑み込む虚無。

[エーベンホルツ] うっ……

[クライデ] くっ……

[ツェルニー] 耐えてください!

二つの全く異なるアーツの力が室内で絡み合い始めた。二人の青年の顔にも苦悶の表情が浮かびつつある。

ツェルニーは理解していた。今がその時だと。

[ツェルニー] 焦らず演奏を続けて。もし身体に異変を感じたらすぐに中断してください。

[ツェルニー] ですが、もしも問題がないようならば――

[ツェルニー] すべてを私に預けてください。

ツェルニーはピアノの前に座ると、一度深く息を吸い込み、演奏を始めた。

しかし、二つの全く異なる力を整えようとした時、彼は自分の無力さに気付いた。

それは強大で、憤怒と恐怖に満ち、悲壮で、血まみれの叫びのような――

しかし、知らず知らずのうちにその中に引き込まれる旋律。

ある瞬間、彼の心は巫王に対する憎しみに満ちたが、次の刹那には心の底からの憧れを抱いていた。

ある瞬間、自分が生まれたばかりの赤子のように感じたが、すぐに歳月が自分の身体を流れていくのを感じ、次の刹那にはもう老いがのしかかっていた。

わずかに残った理性を用いて自身の姿を保とうとした時、彼はまるで果てしない荒野を進んでいるように感じた。激しい砂嵐に、目を開けることすらできない。

全力を尽くして砂嵐の中を突き進むと、空の果てまで続く高い壁が目の前に現れた。壁には何もない。苦痛も、怒りも、死も。

純然たる壁だった。

彼は一瞬で理解した。それは越えることのできない障壁だと。

その瞬間、あふれるほどの恐怖が彼の心を満たした。

[ツェルニー] うっ!

ツェルニーは激しく咳込み、口から血を噴き出した。

あまりに酷い咳に、彼は水を飲もうと立ち上がったが、よろめいてそばにあった譜面台を地面に倒した。

[エーベンホルツ] おい、大丈夫か!

[クライデ] ツェルニーさん!

[ハイビスカス] 中から物音が聞こえましたが、何が起きたんですか?

[ツェルニー] ……些細なことです。

[ツェルニー] やっと理解しました。私と同じ試みをした人がいないのではなく、恐らくそうした者は皆死んでしまったのでしょう。

[ツェルニー] ハ、ハハッ……

[ツェルニー] ハハハハハハ!

[エーベンホルツ] 何を笑っている!?

[ハイビスカス] ツェルニーさん、口元に血が……拭いてあげましょう。

[ツェルニー] 先程、あなた方はどのように感じましたか?

[エーベンホルツ] ……「塵界の音」を引き出していた時、強烈な……引き裂かれそうな感覚があった。

[クライデ] ですがあなたが加わってから、かなり負荷が減りました。

[ツェルニー] つまりそれは、少なくとも私の方法が有効だということを証明しています。

[ハイビスカス] でもあなたはもう……

[ツェルニー] 少し血を吐いただけです。自分の体は自分がよくわかっています。

[ツェルニー] 続けましょう。

ツェルニーが再びピアノ前の椅子に座った。

彼は両目を閉じ、自身に一つの問いを投げた。

ツェルニーは何者だ?

彼はこう答える、「ツェルニーは臆病者だ。」

かつて彼は親友と恩師に守られ、音楽に頼って一生を過ごすことができると思い込んでいた。

しかし親友の死や鉱石病の苦しみ、経済的な困窮などによって彼は気付いてしまった。自分はただの凡人だと……

[エーベンホルツ] 死んでしまうぞ。

[ツェルニー] 私が今日まで生きてこられたのは、ゲルトルーデが私に利用価値を認めて、金銭を費やして薬を与えることを厭わなかったからです。そのおかげで、普通の感染者より猶予があっただけです。

[ツェルニー] ですが、もし今日この曲を完成させることができなければ、それは私にとって、死と変わりありません。

[ツェルニー] もし私を無意味に死なせたくないと思うのならば、フルートを取りなさい。

[エーベンホルツ] ……

彼はこう答える。「ツェルニーは音楽に全てを捧げる者だ。」

彼がまだ無名だったころ。アフターグロー区で沈んだ顔をする人々を見た。彼らが美しい音楽に対して何の感慨も抱かないのを見た。その原因が、明日とは何かを人々が知らぬからだと気付いた時――

彼が生きるためにゲルトルーデの提案を受け入れ、巫王が残したコンサートホールで物珍しい動物のように貴族たちの見世物になっていた時――

日々の暮らしに嫌気が差して、再び自分の殻に閉じこもりたくなった時――

逃げ出そうとする彼を引き止めたのは、音楽だった。

音楽しかないというわけではない。それでも彼は音楽で自身のすべてを表現する。

[ツェルニー] クライデさん、もっと大胆に。

[クライデ] ですが……

[ツェルニー] 私に気を遣う必要はありません。あなたにその資格はない!

[ツェルニー] これは私ではなく、あなたの生死に関わる問題ですよ。自己犠牲は美徳だなどと思わないでください!

[ツェルニー] 時に犠牲は相手の負担になることもあるのですよ!

[ツェルニー] 叫びなさい。心が命じるままに動き、あなたが持つべき尊厳を勝ち取るのです!

[クライデ] ……わかり……ました。

彼は最後にこう答える。「ツェルニーは運命に抗う者だ。」

運命に抗うとは、音楽を利用して自らの運命に抗うことか?

否! 音楽は彼の足掻き、彼の怒号、高らかな彼の歌声である。

彼はもがき、足掻く。音楽の理想を実現できぬままこの世を去った友に代わって。

彼は怒号を放つ。声を上げられぬ人たちに代わって。

彼は高らかに歌う。苦痛の中に生まれてもなお、心に希望を抱く人たちに代わって。

では、彼は他人のために演奏しているのか?

否! 彼は友の死の悔しさを知り、声なき人々が集う路地を抜け、苦中に楽ありと信じる人々に音楽をもたらした。

彼は再びあの巫王という名の高い壁の前に立った。自分がこの壁を越えることは絶対にできないとわかっていた。

しかしこの時、彼の脳裏に浮かんでいたのは、友と共に深く音楽を探求することの喜び、アフターグロー区の人々が彼に向ける敬愛、そして毎朝眺める朝日だった。

だからこそ彼は宣言する――

[ツェルニー] 今、私の相手は私自身です。

[ツェルニー] ……ゴホッ、ガフッ。

[ハイビスカス] ツェルニーさん、また血が!

[ツェルニー] ……

[ハイビスカス] (私の声が全く届いていない……)

[クライデ] ……

[クライデ] 僕たちは休みましょう、エーベンホルツさん。

[エーベンホルツ] だが――

[クライデ] ここにはもう僕たちは必要ありません。

[クライデ] 僕たちがすべきなのは、体力を養いつつ、ツェルニーさんが新曲を書き上げるのを待つことです。

[エーベンホルツ] ……ハイビスカス、彼のことを頼む。

[ハイビスカス] ……絶対に私より先に倒れさせはしません。行ってください。

ツェルニーの敵は巫王ではない。

たとえ巫王が数多くの罪を犯していたとしても、たとえ巫王が唾棄すべき存在だとしても、遺された音楽そのものは善悪で定義すべきでないと、彼はそう認めざるを得なかった。

彼の相手は、今この瞬間の自分自身だ。

彼はもうあの絶望の壁を登ろうとしない。

演奏を始める。

足元に現れた足場が、彼を空高く持ち上げ、雲を突き抜けた。

壁の果てが見えずとも、彼はもはや気に留めはしない。

沸き上がる力が体内でうねり、彼は堪えきれずにまた幾度となく血を吐いた。

そばにいるハイビスカスはツェルニーの姿にとある錯覚を抱いていた――

彼女にはまるで、ツェルニーの命がすさまじい速度で流れ行くように見えた。それと同時に彼の書き記した音符が叫んでいるかのように感じた――

持って行け、すべて持って行くのだ! 彼のすべてを持ち去れ!

今日こそ、ツェルニーの命日だ!

だが、ツェルニーの音楽は永遠に死ぬことはない!

夜が明けてゆく。

[ツェルニー] ゴホゴホッ、ゴホ、ゴホッ……

[ツェルニー] で……き……た……

[ハイビスカス] やりましたね! ツェルニーさん――

音楽家は立ち上がろうとしたが、彼の上半身はピアノに倒れ込み、夜明け前の部屋に不協和音を響かせた。

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