aklib_story_遺塵の道を_WD-7_故郷_戦闘後

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遺塵の道を_WD-7_故郷_戦闘後

闇市に着いたケルシーたちはイシンの助けのもとで旅の準備を始める。しかしエリオットは同行をためらった。彼は己の過去を終わらせるため、サルゴンに留まることを選んだ。


現代

p.m. 4:14 天気/晴天

サルゴン中部 イバト地区 戦域

[「サンドソルジャー」] ……最も苦難に満ちていた日々の中でも、私が一番よく思い出していたのは、あの光景です。

[「サンドソルジャー」] 劣悪な原料により理想的な道具を作り出せないことや、作ること自体に嫌気が差すような時はいつも――あの日を思い出すのです。

[シェーシャ] お前一人でこの傭兵たちを全員――?

[ヘビーレイン] いいえ、彼は事前に武器を……しかも自動的に破壊されたのです。

[シェーシャ] よくもまあこんな容赦なくやれたもんだぜ……こいつらは全部お前が丹精込めて作ったんだろ?

[「サンドソルジャー」] 職人がみな創造物に愛着を持つとお思いですか? 感情を注ぎ込むのはより完璧な道具を作るためであり、感情に束縛されるためではありません。

[ヘビーレイン] ずっと以前から計画していたのですね?

[「サンドソルジャー」] みなさんにとって不利益となる要素を片づけて、何か問題でも?

[シェーシャ] ――うっ、焦げ臭ぇ……

[「サンドソルジャー」] ロドスは平和主義者の集団などではないでしょう。

[「サンドソルジャー」] フッ……当然か。

[シェーシャ] ……あの日ってのは何なんだ?

[「サンドソルジャー」] あぁ、あなた方は彼女が戦っている姿を見たことがありますか?

[「サンドソルジャー」] 彼女はまるで自身の瞳を雲の上に置いているかのように、俯瞰し、すべてをその掌の中におさめ支配するのです。

[イシン] ……近い。かなり近付いている。

[イシン] サルカズ……魔族が、勝った……彼女は勝ったのだ。イシンはこの結果をわかっていた……

[エリオット] あの、なぜ私についてくるのですか?

[イシン] ケルシー殿の頼みだからです。彼女がサルゴンを去るまで、彼女の言葉こそイシンの責務でございます。

[エリオット] ……うーん、あっちか……?

斜面を越えると、次第に肌に馴染んできた砂嵐の中に、源石火薬と新しい血の臭いが混ざっているのを感じた。

突風が砂埃を払い除ける。強い陽射しの中に、あの奇怪な生物が陽炎のように歪んで見えた。

ケルシーがそこに立っていた。

彼女はいつも通り落ち着いているようだった。

[サルカズ傭兵] ――ゴホッ、グハッ――

[ケルシー] 名無き者。お前は本来、戦士になれた。サルカズの戦士に。

[サルカズ傭兵] ……俺の死に場所はここらしいな、術師。

[サルカズ傭兵] ……とどめを刺さないのか?

[ケルシー] 私は――

[Mon3tr] (怒るように低くうなる)

[サルカズ傭兵] チッ、この化け物にやられるのか……ま、どうせ死ぬんだ、死に方なんてどうだっていい。

[Mon3tr] (咆哮)

[ケルシー] Mon3tr、もう十分だ。

[ケルシー] 彼はもう瀕死だ。

[Mon3tr] (不満げな雄たけび)

[サルカズ傭兵] ハァハァ……チッ。パーディシャーが俺たちを殺す手間が省けたってわけだな……

[ケルシー] サルカズ、名は何と言う?

[サルカズ傭兵] ペッ……どの名が聞きたい?

[サルカズ傭兵] 教えろ、術師、お前の言うその――カズデルは――どんな姿だ?

[ケルシー] まだひどい有り様だ。

[ケルシー] だが、サルカズたちは懸命に故郷を造り上げている。

[サルカズ傭兵] 故……郷だと? 魔族が……感染者が……そんなものを手にできるなんてな……グハッ……

[サルカズ傭兵] 俺はサルゴンを離れたことがない……

[ケルシー] ……何百年何千年にわたって、サルカズは何度となく「カズデル」を建設しようとした。自分たちの故郷をな。しかし一度も成功したことはない。

[ケルシー] 「故郷」の定義は人それぞれで異なる。だが、今作られようとしているカズデルは、この言葉の本来の意味に最も近いかもしれない。

[ケルシー] 「ティカズ」たちには、己に属する家があるべきだ。

[サルカズ傭兵] チッ、そりゃなかなか……

[サルカズ傭兵] ……悪くねぇな……

[ケルシー] ……

[イシン] あぁ、あぁ、哀れな魔族よ、彼はもう事切れてしまいました。

[ケルシー] なぜここに来たのだ?

[イシン] イシンは異変を感じたのでございます。この場所をほかの者に悟らせないため、ここに来てやるべきことがあると思ったのでございます……

[エリオット] ……あなた一人で彼ら全員を……?

[Mon3tr] (不満げに頭を振る)

[エリオット] うっ……いや、あなたたち二人で……傭兵隊に勝ったのですか? 何人いたんです?

[ケルシー] 楽な相手ではなかった。もし彼らがMon3trに臆することがなければ、正直危うかっただろう。

[ケルシー] 急ごう。レッドホーンを去ってからこれまで、すでに小規模の戦闘が七回も起きている。

[ケルシー] 今でさえサルカズの傭兵小隊を丸ごと相手にしているんだ。次は首長の衛兵や、パーディシャーの精鋭部隊かもしれない。いずれにせよ、我々を追う勢力は大きくなっていくはずだ。

[イシン] あまり彼らを殺したくないように見えますな。

[ケルシー] 否定はしない。

[イシン] サルカズに対して、特別な感情を抱いているようですな……いや、これ以上の詮索はやめましょう。失礼しました。

[イシン] もうすぐ日没でございます。ケルシー殿、早く死体を埋めてしまいましょう。彼らのバギーを奪えば出費をだいぶ抑えられそうです。

[ケルシー] わかった、急ごう。

知識が誰かの心を得る手段になりうるかなど、エリオットは考えたこともなかった。 かつての彼は純粋無垢であり、だからこそ天賦の才に恵まれていた。 イシンがケルシーの口にした二言三言だけで彼女に尽くすことに、彼は当然理解できなかった――

イシンは、遥か遠くの過去の中に留まっているかのようだった。 サルゴン砂漠の彼方を望み、彼の求める答えを告げる人をただ待っている。

答えを知るだけで十分なのだろうか?

[イシン] ここが……古きバザールの入口、この場所こそが沁礁でございます。

[エリオット] また一つ、サルゴンの町……

[イシン] イシンは入口を知っています……古きバザールは秘密の場所ではないのです。そこで自分の求めるものを探す資格は誰にでもございます。

[イシン] イシンについてきてください。

[闇市の住民] ……イシン? あんた砂漠で死んだんじゃなかったのか?

[イシン] イシンは運が良いのでございます。

[闇市の住民] えっと、後ろにいるお二人さんは、クルビア人かい……? 逃亡中のクルビア人かしらね、だったらその箱はきっと値が張るはずね。

[エリオット] ……!

[闇市の住民] そう警戒しないで。その箱を買いたいの、金貨四百枚出すわ。

[ケルシー] 申し訳ない。非売品だ。

[闇市の住民] ……それは残念ね。

[闇市の住民] いいわ、きっと私たちはまた協力し合える機会があるはずだしね。そうでしょ、イシン? あはは。

[イシン] 気にしないでください、ケルシー殿、よくあることです。

[イシン] 実は彼女は、その箱にさほど興味がないのです……

[ケルシー] もし本当に彼女が手に入れたいと思ったなら、これからはおちおち寝てもいられなくなるな。

[エリオット] 金貨四百枚とか言ってましたけど……?

[イシン] ここは沁礁闇市……活気に満ちたイバトの心臓部ですからね。

[エリオット] ……ここにはどのくらい留まるつもりですか?

[イシン] 待ち受ける道程は遥か遠いものでございます……準備には時間がかかります。恐らく半月ほど必要でしょう。

[ケルシー] イシン、よろしく頼む。

[イシン] ん? これは何ですか……金貨? イシンに金貨など必要ありません……

[ケルシー] できるだけ早く準備してくれ。敵はまだ追ってきている。

[イシン] わかりました。ですがその金貨は収めてください。恐れながら……イシンは伺いたいことがございます。

[ケルシー] ……わかった。いつでも遠慮なく聞いてくれ、今でもいい。

[イシン] ……感謝します。イシンはあまりに老いすぎました……イシンはたくさんの大事なことを忘れてしまったのでございます。

[イシン] 残念ながら、それらを覚えている者もみな消え失せてしまっております。ですから、イシンは手がかりを探したいのです……

[イシン] ケルシー殿、あなたはお若い。本来なら、イシンはあなたに希望を抱くべきではない……ですがあなたはあの都市をご存知でありました。とうの昔に砂の嵐に消えた秘密の都市を。

[ケルシー] ……あなたは何を思い出したいのだ、年老いたサヴラよ。

[イシン] イシンは昔あるパーディシャーに……沁礁の地のパーディシャーに仕えており、恩義を受けました。あの方のために死を選ぶほどのものでございます……

[イシン] それから……イシンは年を取り、パーディシャーからかつて聞いた言葉を忘れてしまいました。これは万死に値することです。しかしパーディシャーの言葉を思い出すまで、イシンは死ねません……

[ケルシー] 都市を破壊したあの災いで、君は人生の方向を見失ったのだな。

[イシン] もう随分昔のことです、ケルシー殿。でもあなたはあの天災のことを覚えている――

[ケルシー] ……沁礁の地を統治していたパーディシャーに関する歴史的文献は少ない。少なくとも成文化された歴史と童謡の中には、サヴラの占い師の姿は一つもない。

[ケルシー] もし君が、自分が誰であるかを知りたいのであれば、少し時間がかかるかもしれない。

[イシン] あぁ、それでも構いません――たとえどれだけかかろうと、たとえケルシー殿がここを去ろうと、イシンは黙って待っております。

[イシン] イシンは死ねません。あなたにこのことを覚えておいてほしいだけです。

[ケルシー] いいだろう。

[イシン] ではイシンについてきてください。ここにイシンの家があります。古い家です……

[エリオット] えっ……?

[エリオット] 古いとはいえ、ごく普通の――待ってください、これは?

[エリオット] ――純金?

[エリオット] なぜここに、こんな純金の山が!?

[イシン] これはイシンの財産……ですがイシンには必要のないものでございます。今、それらの使い道ができてイシンは嬉しい。

[ケルシー] これほどの財産を所持しているのに、これまで誰にも狙われなかったのか?

[イシン] イシンはかつての王のしもべ……たとえ価値がなくとも、イシンを助けてくれる者はおります。

[イシン] では、すぐに準備に取り掛かります。

[ケルシー] 他に何を知りたい?

[イシン] たくさん……で、ございます、ケルシー殿……

[イシン] あなたはご存知でございましょう。

[エリオット] ……地上はかえって静かですね。

[ケルシー] ここは、闇市ができる前は普通のバザールだった。年中ひっきりなしに天災が猛威をふるうこの地域にとっては、よくあることだ。

[ケルシー] ……夜の帳が降り、灯火は地下へと移された。

[エリオット] ……

[ケルシー] 言いたいことがあるならば言えばいい。

[エリオット] こんなにも長い間、あなたの後に付いて、こんなにも遠くへと逃げてきましたが、私はまだ知らないことの方が多い……たとえば、あの記憶を失った老いたサヴラについて。

[ケルシー] ……昔、ここにはある都市があった。イバトの広大な土地で唯一の移動都市だ。この砂漠に、都市がつつがなく作り上げられ、誕生したことはまさに奇跡だった。

[ケルシー] 当時の沁礁パーディシャーは、政に熱心で自領をよく治めた。イバト地区はかつてないほどのまとまりをみせ――その団結の象徴こそが、空一面に砂が舞い上げるかの移動都市だったのだ。

[ケルシー] 人々はパーディシャーを中心に強固な繋がりを築き上げた。これは遠い過去のことではない。いまだにかつての故郷の栄光に耽溺し、抜け出せずにいる者が数多く存在するくらいにはな。

[ケルシー] だが良い時代は長く続かず、天災が都市を襲った。パーディシャーは民を避難させた後、天災雲に向かって激しく罵声を浴びせたそうだ。大嵐に呑まれ、都市と命運を共にするまでな。

[エリオット] ……罵った? 天災をですか?

[ケルシー] 記録にそう書かれている。だが事実はこれ以上に悲惨なものだったかもしれない。

[ケルシー] 沁礁の偉業は瞬時に崩壊し、無数の者が一夜にして難民となった。彼らが造り上げるはずであった故郷の残骸と共に……砂嵐の中に置き去りにされたのだ。……イシンはその内の一人だ。

[エリオット] ……

[ケルシー] あと少しで叶うはずだった。だが首長と新たなパーディシャーは、都市の再建に大枚をはたく気がない。つまり、あの都市の末裔に故郷を現実のものとする術は、もはや残されていないといっていい。

[ケルシー] 遺された者たる彼らは怒りと悲しみによって、より強く繋がった。同時に……「沁礁の地」に敬意を払ういかなる者に対しても、等しく敬意を払うようになった。

[エリオット] だから彼らは私たちを助けるんですか? まるで同胞を助けるかのように……

[エリオット] この様子だと、私たちはすぐにサルゴンから出られそうですね……違いますか?

[ケルシー] 順調に事が運べば、今月中にサルゴンの国境を越えられるだろう。

[エリオット] ウルサスに行くんですか?

[ケルシー] そうだ。

[エリオット] なぜです?

[エリオット] 僕にはまだわかりません。あなたが身分を捨ててクルビアからサルゴンにやってきたのは、僕たちの研究成果が戦争の火種になることを回避するため――ただそれだけの理由なんですか?

[ケルシー] 君たちには一連の連鎖反応が招く恐ろしい結果を予想できない。

[エリオット] ……あなたにはそれができると?

[ケルシー] もし、どうしても君が回答を求めるのであれば、「そうだ」と答えよう。

[エリオット] だったら僕を殺して、箱を処分する方が手っ取り早いでしょう……でもあなたは僕が箱を持っていることを未だに許している。

[ケルシー] 私にそうしてほしいのか?

[エリオット] ……いいえ。

[エリオット] 初めは……一人だけ生き残ったことに戸惑いを感じてました。でも今はもうそう思ってません。

[エリオット] ……ケルシーさん、もし僕がこの箱を渡したら、あなたは僕たちのために……手を貸してくれますか?

[ケルシー] ……君も知っているだろう。この件には、イバトの首長までもが巻き込まれている。サルゴンからクルビアまで、至る所にこの陰謀の共犯者がいるのだ。

[エリオット] ……それでも僕は、彼らに代償を払わせたいんです。

[エリオット] 見てください、この箱――これが僕の唯一の切り札です。

[ケルシー] だがそれがなくなれば、君には何も残らない――

[エリオット] ――何も残らない?

[エリオット] 実を言うと……ケルシーさん、始めから僕にはこんな箱なんて必要ないんです。

[エリオット] ここにありますから。今まで僕たちが研究してきたものは、細部に至るまで僕の頭の中にあり、全て再現できます。

[ケルシー] 君は……

[エリオット] もちろんそれには時間を要するでしょうし、より困難な問題に直面するかもしれません……でも僕ならできると思います。

[エリオット] もし本当にあなたの言う通り、この源石エネルギーが何らかの形で兵器になるのなら――

[ケルシー] ……

[エリオット] ……ようやく僕をちゃんと見てくれましたね、ケルシーさん。子供ではなく――保護の対象ではなく科学者として、クルビア人の一人として。

[ケルシー] エリオット。確かに私は君の年齢から判断し、君の持つ可能性を軽視しすぎていたかもしれない。

[エリオット] 安心してください。僕は先生の大切な研究成果を、悪党が力を誇示するための手段になどさせません。絶対に。

[エリオット] ですが僕は、これを使って最後にやらなければならないことがあります。

[ケルシー] ……君はソーン教授のこの研究の根源たるものを理解していない。

[エリオット] 先生から聞いたことがあります。技術の原型は、ある考古学チームが発見したサルカズの古代遺跡から来ているもので、新しいエネルギーを移動都市に提供できると――

[ケルシー] ――もう一度言おう。特定の方法で使用すれば、それはサルゴンの半分を容易く砂漠に沈めることができる。

[エリオット] 手を貸してくださるつもりはないようですね。……それでは気は変わりましたか?

[エリオット] ……あなたは傭兵のリーダーです。最悪の事態を防ぐため、禍根は取り除いておきたいのではないですか、「顧問」?

[エリオット] あなたの望まぬ知識を持った危険人物だとわかったのですから、僕を……殺すとか。あなたたちの最も得意な手段で、問題を解決すればいいじゃないですか。

[ケルシー] ……

[Mon3tr] (嬉しそうな反応)

[エリオット] ……

[ケルシー] ……

[ケルシー] ……部屋へ戻ろう。

[エリオット] あなたは――

[ケルシー] 強がりはよせ、エリオット。今の君ではまともな思考ができない。

[ケルシー] 頭を冷やしてから考えろ、自分が一体どうするべきなのかを。

[イシン] ありがとうございます、これで十分です。

[闇市の住民] そんなに遠い所へ行くの?

[イシン] イシンは行きません……イシンはどこへも行きません。

[闇市の住民] そう……まぁ、好きにしなよ。あなたはお金を払って、私は品物を渡す、それだけよ。

[闇市の住民] 荷物を積むの手伝おうか?

[イシン] いえ、必要ありません。ケルシー殿の行き先を不必要に多くの人に知られてはいけませんから……

[ケルシー] イシン。

[イシン] おお。これはこれは、ケルシー殿。準備はほとんど終わりました。食品に水、薬、それと少しばかりの精錬源石錐。

[闇市の住民] この車は盗品よ。ヴイーヴル人に四五回は改造されてるわ。

[闇市の住民] 欠点は、少しボロいところね。でも良いところもたくさんあるわ。機能は全部揃ってるし、運転性能にも問題なし、マルチグレネードランチャーまで付いてるわ。

[闇市の住民] 北に向かうんだって? どこまで行くの? まさかサーミとか? うわぁ、本当に行けるの?

[イシン] こちらが報酬でございます……

[闇市の住民] ……純金払い? 今お釣りなんて持ってないわよ、メンドいわね。

[イシン] お釣りはいりませんよ。イシンが報酬を惜しむことはありません。過去に彼らが我々にしたように。

[闇市の住民] へぇ、太っ腹ね……んじゃ、まいどあり!

[ケルシー] 今日はこの辺にしておこう、イシン。

[イシン] わかりました、ケルシー殿……順調に行けば、あと三日以内に出発できます。

[闇市の住民] ――リターニアのアーツユニットの部品は、確かに使いやすいわ。だけど面倒だしそんなに精巧じゃないのよね。やっぱりクルビアの工業製品の方がいいわ。

[闇市の住民] ……ミノスの源石製武器を仕入れたわ。彼らは――

[闇市の住民] ――売った後の責任は取らないわよ、あなたちゃんとわかってる?

[イシン] 実に賑やかだ……イシンはこの場所が嫌いではございません。

[ケルシー] この地で財を持ち地位がある、それなのにどうしてイバトの他の地域を放浪しているんだ?

[イシン] ……イシンは各地にいるサルゴン人を助けたいのでございます。この想いがイシンを支え、無限にも近い時を永らえています。

[ケルシー] ふむ。サヴラの平均寿命を鑑みれば、君は相当な長生きになるが、それはアーツの作用か?

[イシン] イシンは……自分のアーツが何なのかすら忘れてしまいました……今はこの源石水晶玉を漠然と触ることしかできず、最も輝かしい時代にこれで何をしていたのか忘れてしまったのでございます……

[ケルシー] ただの生理的な疾病ではないな。おそらく君の脳と体は、何らかの術の影響を受けている。

[イシン] ……ケルシー殿。沁礁の町が嵐の中に消えてしまった今、もしかしたら手がかりはサルゴンの中心でしか見つからないのかもしれません……

[イシン] 伝説の黄金の都市へと足を踏み入れたことはありますかな?

[ケルシー] サルゴンの王都のことを言っているのか?

[ケルシー] 産業基盤が徐々に発展してきた今日でも、サルゴンは依然として移動都市への遷都を選ぶ様子はない。

[イシン] 砂嵐がサルゴンの防壁を打ち、長い歳月をまたいで……

[ケルシー] たとえ天災でもサルゴンの中枢を揺り動かすことはできない。

[イシン] 忘れたものはきっとそこにあると思うのです。そこへ行けばイシンはすべてを思い出せるはず……ですがイシンはあそこに行くことができないのでございます……ううっ……

[ケルシー] 各地のパーディシャーと、王の寵愛を受ける少数の首長だけが、砂嵐の最深部にあるその都市を目にすることができる。

[ケルシー] 君は言っていたな、答えが欲しいと。

[イシン] はい。イシンが覚えているのはとある夢だけでございます……熱く果てしない土地で、軍隊が無人の地平線に突撃する、あの――

[ケルシー] ――!

[イシン] イシンは、軍隊が道を切り開き生臭い血しぶきを浴びながら、サルゴン最南端の地平線に突っ込んでいく夢だけ――

[イシン] しかしこれは沁礁の町と何も関係ありません。これはイシンの過去の手がかりになるのでしょうか?

[ケルシー] 待て、そんな――

[ケルシー] 待ってくれ……

[ケルシー] 君がそれを知っているはずがない……悪夢のケシクの遠征はもう千年以上も前の話だ……それが沁礁の町と何の関係がある?

[イシン] ケシク……悪夢の王の帳……イシンは知っている……イシンはすべて知っている……なぜ?

[ケルシー] ……

[ケルシー] ……君は、悪夢の王の末裔に仕えたことがあるというのか?

[ケルシー] サルゴンの皇帝は、悪夢の血を引くクランタをパーディシャーに任命した?

[イシン] ……イシンは……イシンは……

[イシン] パーディシャー……沁礁のパーディシャー……イシンの主人はクランタ? 悪夢の王の末裔?

[ケルシー] 彼は君と共に番人の壁に向かい、彼が継承する血統の誇り高い偉業を君に告げた……

[イシン] ――!

[イシン] 壁……そう……ですがあれは城壁だけではない……南……そうだ、南だ! サルゴン人たちが深く立ち入ろうとしない熱き土地、人が未だ明らかにしていない大地の入口――

[ケルシー] ……悪夢。パーディシャーに任命された悪夢……イバト地区は、かつて彼の政治的偉業の中心であった。

[ケルシー] 彼は黄金色の夢に溺れる生活を送る首長たちに囲まれて、大人しく暮らすことを選ばなかった。彼は、征服という欲望に駆られ――

[イシン] ……あのお方はこの砂漠を征服しようとした……パーディシャーはこの砂漠を征服するため、人々を率いて、新たな都市を……移動都市を建設しようと――

[ケルシー] 歴史書によれば、彼はあと一歩で成功していた。

[ケルシー] 彼は君に褒美を与えた。だが彼の死後、長い時間を過ごす間に、君は彼のアーツが見せた夢の中で迷子になった。

[イシン] 私は……

[イシン] 思い出した……

[イシン] 私は守り人でも何でもありません……パーディシャーの腹心でもない……イシンはただの、彼の臣下の一人にすぎなかった……

[ケルシー] ……

[イシン] いや……イシンは思い出した……いや違う……あの夏の夜?

[イシン] ゴホゴホッ、ゴホゴホッ――

[ケルシー] 落ち着け。

[イシン] ……

[イシン] そう……歳月が多くの記憶を混濁させた……あなたの言う通りです……パーディシャーは星が輝く夜にはいつも宮殿で宴会を開き、皆に語るのです……

[イシン] いや……いや……うう、ううう……イシンは……あのお方の栄光を分かち合うにふさわしくない、ただの……ううう、うあああ……

[ケルシー] 彼のアーツが君を苦しめているようだ……長い悪夢が君の記憶をねじ曲げている……だがこれは、彼が故意に君に与えたものではないだろう。

[イシン] それはイシンが……臣下たちが自ら望んだのです。あの素晴らしい幻には……理想には誰も抗えない。好奇、憧憬、探究欲――人々はパーディシャーの魅力に取り憑かれたのです……

[ケルシー] 君は、自分の夢の中で迷子になった。

[イシン] いや……そんなはずは……そんなはずは……

[ケルシー] ……

[イシン] ……冷静に、冷静にならなくては……お願いです、イシンを一人にしてください……

[エリオット] ……!

[ケルシー] 明日には出発できる。

[エリオット] ……イシンは?

[ケルシー] 彼には頭を冷やす時間が必要だ。

[ケルシー] あまりに長い時間、悪夢が彼を苦しめていた。彼は夢の中で過去を抱きしめていたようなものだ。

[エリオット] よくわかりません……

[ケルシー] もうその箱は必要ない。

[ケルシー] 最後の切り札になる予定だったが、すぐにでもサルゴンを去ろうとしている今、私たちにとって何の意味もなさなくなった。

[エリオット] ……これは僕のものです。

[エリオット] 僕に遺されたたった一つのものです。

[ケルシー] ……だから君に決定権をやろう。

[ケルシー] 君はそれをどうする?

[エリオット] ……!

[エリオット] 脅すつもりですか……?

[ケルシー] そのつもりは欠片もない。たとえ君がこれらの技術を再現し、本来とは違う……形にしたとしても、現在の源石産業の基盤では、まだ脅威になり得ないからな。

[エリオット] ……チッ。

少しの逡巡の後、年若い研究員はそっと箱を置き、蓋を開いた。

これまで命を懸けて守ってきたものであるにも関わらず、彼は箱の中身が何であるか、すでに忘れかけていた。

[エリオット] ……これは……

青い源石結晶が、安定した微弱な電気の光を放っている。

[エリオット] ……美しい。

[エリオット] 本当にこれが……あなたの言うほど危険なものなんですか?

[ケルシー] ……簡単なサンプルで推し量れることではない。その核心的原理を理解すれば、町一つを瞬時に更地にできるほどの榴弾を、簡単に作れるようになる。

[ケルシー] もし、イバト首長ないしはムラドパーディシャーがこの技術を手にしたら、一体何が起こると思う?

[エリオット] ……技術は発展し続けています、遅かれ早かれ良からぬ考えを持つ人が手にすることになります。

[ケルシー] ……実のところ、この源石結晶サンプルは唯一無二なのだ。

[ケルシー] それ自体の性質には、源石として何の特殊性もない。しかしその形になった要因は、古の時代を探究した行為にある。

[エリオット] 発掘隊は多くの秘密を発見するものです……

[ケルシー] クルビアはこのような源石サンプルを三つしか発見できなかった。そしてそれらはすべて例外なく……とあるサルカズの遺跡付近から発見された。

[エリオット] それを破壊するとどうなるんです?

[ケルシー] 爆散する――がしかし、その規模はごく僅かで、すでに実験に投入された電気エネルギー装置に遠く及ばない。しかしその源石本来の性質から、結晶は別の危険を孕んでいる――鉱石病だ。

[エリオット] ……どうでもいいです。

[エリオット] これは唯一無二なんですよね? いいでしょう、僕はこうします。

[ケルシー] ――待て!

[ケルシー] ダメだ――Mon3tr、彼を守れ!

[Mon3tr] (不満げな甲高い声)

少年は、その美しい結晶を地面に叩きつけた。

またたく間に、閃光がすべてを飲み込んだ。

[エリオット] グハッ――どうして、僕を止める……!

[ケルシー] ……言っただろう! これは源石なんだ!

[ケルシー] 感染するぞ!

[エリオット] ハァ、ハァ……

[エリオット] だから何です!?

[ケルシー] ……

[エリオット] あなたは感染者を嫌ってるんですか? 憎んでるんですか?

[エリオット] ハッ……ちょうどいい、これであなたに恩を感じなくて済む――!

[ケルシー] ……私も感染者だ。

[エリオット] なっ――! うっ――!?

[エリオット] うっ、あっ……! 頭が……! 痛い……!

[ケルシー] 急性の感染症状だな。応急処置が必要だ。

[エリオット] 必要――ううっ……必要ない!

[ケルシー] 私は君が数時間後に源石の塵となって四散することを防ぐだけだ。

[ケルシー] 君は選択を誤った、エリオット。

[ケルシー] たとえ君がただ自分の運命を粉々にしたかったのだとしても、これは考えうる最悪の方法だ。

[エリオット] うあ……うっ……ぐあああ!

[ケルシー] ……エリオット・グラバー。

[ケルシー] 君はもう感染者だ。君が自分自身で選んだ運命だ。

[エリオット] ハァ……ハァ……ハッ!

[エリオット] なら僕は心底……自分の運命を愛しています……

[ケルシー] もし君が一人だけ生き残るのが嫌だというなら、私は多くの方法を提供できる。

[エリオット] いや……僕はただ……ぐっ。

[エリオット] 感染者になれば……自分を繋いでいた枷を打ち壊せる……僕は……過去と決別できるかもしれないと……

[エリオット] ……すみません……あなたを巻き込んでしまって……

[ケルシー] 君も謝罪を口にできたとはな。

[エリオット] あなたを恨んでいるからです、ケルシーさん……

[ケルシー] 君はもう私をクルビア人として見ていないと思っていたのだが。

[エリオット] 違います……そういう問題ではありません……

[エリオット] あなたは、自分が他人の運命を決められると、本当に思っているのですか?

[ケルシー] そんなふうに思ったことはない。

[エリオット] でもあなたの行動からはそう見えます、ケルシーさん……誰もあなたが間違っているとは言えません。でも――

[エリオット] でも今すべてが終わった……そうですよね?

[ケルシー] ……

[エリオット] うっ、ぐふっ……

[ケルシー] 出発の時間は変更できない。君はすぐに休む必要がある。

[エリオット] ……鉱石病というのはこんなものなんですか?

[ケルシー] 人による。

[エリオット] なるほど……じゃあ僕は、もうアーツユニットに頼らずアーツ装置の実験ができるということですか?

[ケルシー] 君は体系的なアーツ教育を受けていない。そんなことしたら、君の死を早めてしまう。

[エリオット] つまり、できるということですね。

[ケルシー] ……

[エリオット] うん……それなら良かった。

[イシン] ……まっすぐ行けば、闇市の外に繋がる別の道に出ます。

[イシン] この道はイシンだけが知っています。他の誰も足を踏み入れたことはございません。

[イシン] 祭壇。

[イシン] 墓場。

[イシン] ケルシー殿……この道には何の障害もありません。

[ケルシー] ……

[エリオット] ……

[ケルシー] エリオット。

[ケルシー] 私はウルサスに行く。

[エリオット] ……知っています。なぜ今さらそんなことを?

[ケルシー] もう一度君に問いたい……私と共に行くか?

[ケルシー] 君は、クルビアに帰って自分の人生を続けることができたはずだ。少なくとも、あのような選択をするまでは。

[イシン] ……

[ケルシー] あるいは、ここに留まるか。

[エリオット] ――!

[ケルシー] 君の言う通りだ。誰にも他人の運命を握ることなどできはしない。

[ケルシー] イシンが君を助けてくれる。

[イシン] ……ケルシー殿がそうおっしゃるのであれば、イシンはあなたの力になりましょう。

[エリオット] ここまで来て……

[ケルシー] 私に君の未来を決める権利はない。君はあのように極端な方法で、過去と決別すると証明しようとしていたが――

[ケルシー] ――エリオット。本当は初めから、自分が何を考え、何を求めているか、君はよくわかっていたはずだ。

[エリオット] ……

[ケルシー] 戦争を阻止し、サルカズの巫術の遺産によりサルゴンの内乱、そして大規模な源石感染が引き起こされるのを防ぐこと――簡単に言えば、これが私の目的だ。

[エリオット] あなたは……それらがすでに成功したと言いたいんですか?

[エリオット] あなたの計画の中で亡くなった人たちのことを、どう思ってるんですか?

[エリオット] ケルシーさんが僕を救ってくれたことはわかっています。僕たち全員を救うつもりだったことも。あなたには恩がある――でも、あの連中が犯した罪は「戦争を起こそうとしたこと」ではありません。

[エリオット] ――戦争はもう始まっているんです、ケルシーさん。

[エリオット] あなたは見てきたはず、そうでしょう。ここに至るまで何度戦いがあり、どれほどの人を……あなたが殺してきたか。そして、僕とあなたを殺そうとしている者が、どれほど沢山いるのか。

[エリオット] パーディシャーや首長たちによる暗躍は……内乱は、すでに始まっています。まさかこれらの騒動が終われば、連中がわだかまりを解いて仲良く宴を開くとでも?

[ケルシー] ……君はサルゴン貴族と首長との間にある、利益と権力の関係を理解していない。彼らの腐敗と傲慢は彼ら自身の枷となる。

[エリオット] それじゃあなたはそうやって……どうでもいいかのように結論付けて去るつもりなんですか?

[エリオット] 僕には無理だ……すみませんケルシーさん、僕にはできません。

[ケルシー] 君はどうしたい?

[エリオット] ……彼らを見つけ出します。

[ケルシー] ……

[エリオット] サルゴンからクルビアまで――

[エリオット] 一人残さず。贖うべき者全てを。

[イシン] あぁ……なんという執念。

[イシン] この子はもう決断したようでございますな、ケルシー殿。

[ケルシー] ……

[ケルシー] これが彼の選択だ、イシン。

[イシン] わかっています。イシンはお二人の考えを尊重します。イシンはもう老いました。イシンは希望を残したい……

[エリオット] 僕を手伝ってくれるのですか?

[イシン] あなた様のために力を尽くすと約束いたしましょう、覚悟を決めし少年よ。

[エリオット] ……ありがとう。

[エリオット] ありがとうございます。

[エリオット] それじゃあ、ケルシーさん――

[エリオット] お別れを言う時です。

悪夢から目覚めた老人の目尻には、未だ昔日の栄光の涙が乾くことなく残されていた。

年若き研究員は考えにふける。 彼の心中で燃え続ける怒りは、源石による苛みを凌駕していた。

ケルシーは何も言わない。

放浪者は一人、去って行く。

[イシン] ……ケルシー殿、イシンへの報酬をお忘れなきよう。

[イシン] 二十数年後、あなたはここに金貨を持ち帰り、この寄る辺ない魂を連れ去るのです。

[ケルシー] ……

[ケルシー] Mon3tr、行こう。

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