aklib_story_画中人_WR-10_夕_戦闘後

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画中人_WR-10_夕_戦闘後

姉妹の決戦は無数の絵に跨がって繰り広げられた。しかし最後に、二人の罵り合いは突然現れたサガによって遮られる。しばしの問答の末に、シーはひとまずニェンの説得に応じる形で落ち着いた。


[ニェン] 付き合い悪いし、急にキレるし、すぐ不機嫌な顔するし……その性格のおかげで、お前の相手をしてくれるのは素敵なお姉ちゃん以外にいないんだぞ?

[シー] …………

[ニェン] お前とあの物書きの仲が悪いのは、お前ら二人が書画同源を頑として認めねーからだ。ちなみに私との仲が悪いのは、お前がピリ辛の火鍋すら認めねーからだけどな――

[ニェン] ま、もしお前がもういっぺん「ハガネガニアイス鍋」なんてものを持ち出してきたら、さすがに私も負けを認めるかもしんねーがな。

[シー] ……性懲りもなく減らず口を。

[シー] もう力が残ってないから、適当なことを喋って時間稼ぎをしてるんでしょう?

[ニェン] ……それよりオメーよ、こんなになげー間、マジで一度も目を瞑ってねぇってのか?

[シー] …………

[ニェン] 徹夜で仕事すりゃ、小一時間しか寝てない時よか頭がすっきりしてるかもしんねーが、溜まった疲労で遅かれ早かれショートすんぞ。

[ニェン] あっ、そうか。お前怖いんだろ?

[シー] 黙って……

[ニェン] お前が何者かはお前が一番分かってるはずだ。お前は自分も絵の中の人間にすぎない事を知ってる。そして恐れてるんだ。いつか夢から醒めて、存在が消えちまうことを――

[シー] 黙れ!

[ニェン] まぁまぁ。そんなにカッカすんなよ。

[ニェン] 私たちはな、自我の呪縛から誰一人として逃れられないっつーこととしっかり向き合わなきゃならねーんだよ。

[シー] チッ。

[シー] あんたにそんな感性があったなんてね……寝ぼけてるんじゃない?

[ニェン] 「私たち」が目覚めて、再び大地を見下ろす時、今のお前も私もみんな消えちまうからな……綺麗さっぱり、な。

[ニェン] それだけじゃない。「私たち」の怒りの炎が、全てを焼き尽くすことになるだろう。「私たち」の関係が断絶する前、私はいつも屈辱と苛立ちを感じてたから……

[ニェン] だが私は、納得がいかねーんだ。

[シー] ……あんたは……反抗するつもり?

[シー] 馬鹿言わないで。身体の一部分がどうやって全身に反抗するのよ?

[ニェン] へぇ、私も似たような喩えを使ったことがあったな。

[シー] 調子の良いことばかり言わないで。もう時間がないの――

[ニェン] 知ってるさ。だからつまり私一人の考えじゃなくて、「私たち」が――いや、すでに私たちと関係を断絶した狂人はもう、「私たち」とは呼べねーけどな――

[ニェン] ――「あいつ」が目覚める前に、私たちで万全の準備をするんだ。使えるモンは全て使ってな。

[ニェン] 他の何かのためじゃない。ただ私たち自身のため、そして私たちが好きな物事のために、だ。

[ニェン] それから、私たち兄弟姉妹間で……お前も気づいてるだろ。私たち側のヤツもいれば、無関心なヤツもいる。そして、完全にイカレちまってるヤツもいるんだ。

[シー] ……ありえないわ。

[ニェン] そうか? お前も心の底では何体か疑ってる奴がいるだろ?

[シー] 彼らはみんな真龍の側にいる。私たちにチャンスなんて……いや……そんなの……

[ニェン] 私より的外れなこと言うんじゃねー。長い長い歴史を思い返してみろよ、あいつらが何回影を見せてると思ってんだ?

[ニェン] 今日に至るまで、権力を意のままに振りかざしてきた雲上人でも、トランスポーターを派遣してあの小さな寺の副殿に注意を払ってる……私は馬鹿じゃない。皆も馬鹿じゃないさ。

[ニェン] 鎖でお前を束縛できるか? できねーだろ。だったらどうして他人を束縛できる?

[シー] …………

[ニェン] 確かにもう時間がねー。私たちをここまで追い詰めたのが誰であろうが、そのことにゃ変わりはねーんだ。

[ニェン] オメーはよ、最後に自分がぐっすり眠ったのはいつだったか覚えてるか?

[ニェン] おお、危ねー危ねー。お前も自分の作品をぞんざいに扱いすぎだ。自分で書いた絵だろ、私に説教する資格がどこにあんだ?

[シー] でたらめばっかり……

[ニェン] 認めないってか?

[シー] ……そういうわけじゃないわ。あんたの話は、確かに一考の価値がある。

[シー] だけどそれが、あんたの周りの「ロドス」と何の関係があるの? あんたがやろうとしている事といったい何の関係があるのかしら?

[ニェン] 来れば分かるさ。あそこはマジでいい場所だからな。

[シー] ……大勢の人が、定められた運命を黙って受け入れたわ。

[シー] 私たちが消失して、あいつが目覚める……私たちは再び私となり、炎国の崩壊の声を聴きながら、共倒れとなって死ぬ。

[シー] それに何の意味があるの……

[ニェン] 何年も費やして、それっぽっちの答えしか思いつかねーのかよ? えらく女々しいじゃねーか。あの当代きっての孤高のシーはどこへ行っちまったんだ?

[シー] …………

[ニェン] やめだやめだ! こんな風にいがみ合っていたら、あといくつ絵を破いても足りねーや……そーれ、よいしょっと――

[シー] ちょっと、まさかまた――

[ニェン] ん? ああ、こりゃ新製品だ。全長八尺幅三尺半、テラにはない物質と科学技術の融合による起爆方式を採用した――最高のロケット爆竹だ!

[シー] ……チッ。

[ニェン] おっ、戻ってきたな。

[ラヴァ] ニェン!

[ウユウ] 恩人様、なんだか焦げ臭くありませんか……?

[クルース] ……ニェンさんがこっちに目配せしてるよぉ? やっぱり離れてようよぉ、絶対イイことないよぉ。

[シー] …………

[ニェン] 伝えることは伝えたぞ。理詰めと情のダブルコンボだ。そんで、お前の答えは?

[シー] …………

[シー] 最初に言った通りよ……

[ニェン] 絵に囲まれた引きこもり生活を続けて、お前に何の得があんだ?

[ニェン] 私と一緒にロドスに来れば、楽しく遊べるぞ。なんなら他の奴らも呼べばいい――そうだ、ロドスでホームパーティーを開くんだ!

[ニェン] そんでウチの家庭問題について、膝つき合わせて話し合うってぇのはどーだ?

[シー] ロドスに……どうしてそんなに固執するの?

[シー] それに、あいつら全員を呼ぶつもり? はぁ、そんなの今すぐ炎国と開戦するよりも荒唐無稽よ。

[ニェン] ……もし同意しねーとしても、お前が狂気に堕ちて、声も上げずに消えていくのを黙って見てるわけにはいかねーんだ。

[シー] それはあんたの勝手な考えでしょ……

[ニェン] つまり、やっぱり本気でやり合わなきゃわからねーってことか?

[シー] だからそれもあんたがそうしたいだけでしょ。武力で物事を解決するなんて、一番くだらないわ。数百年前にとっくに流行らなくなったやり方よ。

[シー] ……だけど今日、あんたは私を怒らせた。

[ニェン] ほう。

[ニェン] おい、ラヴァ。

[ラヴァ] へっ?

[ニェン] ここを離れろ。下山してどっか遠くに行ってろ。

[ニェン] こうなったらもう、お前らじゃ手出しできねぇ――

[サガ] あれ? ここは……?

[サガ] ――うおっ? 拙僧は戻ってきたのか?

[サガ] ん? ラヴァ殿ではないか。おお、クルース殿とウユウ殿も!

[サガ] おお、先生! ――ん、こちらの方は? まさか先生の姉君か? これはお目にかかれて光栄にござる!

[サガ] 拙僧の名はサガ、極東より参った修行僧です!

[ニェン] ハッ……面白くなってきたな。

[サガ] ん? 先生、どうしてそのような疑念の眼差しを? あっ、もしや拙僧の口元に米粒が付いておりましたか……?

[シー] ……あなた……

[ニェン] 米粒?

[サガ] はい! 拙僧は先程まで大勢の自分と共に、精進料理をいただいておりました。いや、実に懐かしい味で、心ゆくまで堪能しました!

[シー] あなた、いったいどうやって……

[サガ] え?

[シー] どうやって……絵巻から抜け出したの?

[サガ] 拙僧にもよく分かりません。気づいたら戻っておったのです。

[サガ] 最初に見たのは、今の拙僧です。最後に見たのも、やはり今の拙僧でした。その間、幾重もの山水が次々に浮かび消えていきました。今思えば、あれは恐らく拙僧の思考の数々でしょう。

[サガ] そこで拙僧は、絵の中の拙僧と肩を並べて歩きました。あの日から今日までの出来事を話しながら、炎国から来た道程を辿って寺まで戻りました。

[サガ] そして寺の戸を開けて中に入った途端、拙僧は、住職様のあの絵に対する何にも囚われぬ感慨を思い出したのです。

[シー] ……感慨?

[サガ] 住職様は「山を見るにまたこれ山、水を見るにまたこれ水なり。」と仰っておられました。

[シー] …………

[サガ] 気がつくと、目前にはただ化粧鏡が置かれているだけでした。それからもう一度振り返ると、拙僧はここにおったのです!

[サガ] いやしかし……あの博打狂いになってしまった拙僧を思い出すと、今でも少々動悸がしてまいります。拙僧、今後何があろうと博打にだけは手を出さないようにせねば……

[シー] ……ふっ、そういうことね。どうやらあなたの師匠も私も、あなたに喋りすぎたみたい。あの小坊主ったら……

[シー] 平生見ゆるもの、皆目前にはあらず……山は山、水は水、か。

[ニェン] 妹よ、負けず嫌いは見苦しいぞ。

[シー] …………

[シー] あなたはこれまで、私の与えたきっかけありきで二度悟ったわけだけど……それでも、あなたの悟性には……改めて驚かされるわ。

[ニェン] 覚えてっか? 昔々のその昔、私たちは賭けをしてたよな?

[シー] ……ふん。

[ニェン] 今、お前は負けた。

[ニェン] さぁて、しらばっくれんじゃねぇぞ。この長い年月の中で、お前の想像の境界を破った奴はそいつ一人だけじゃねぇだろ。これまでのことは置いといても、今回は私の目の前で起こったんだ。

[シー] 攻撃する材料を得たからって、そんなに捲くし立てないで……痛い目見るわよ。

[ニェン] 私が言ったこと忘れんなよ? 物事には必ず転機があるんだ。

[シー] ……転機ねぇ。

[シー] わかったわかった……賭けは私の負けよ。

[シー] 意地を張っても何の意味もないもの……いいわ。あんたがいったいどこまでやれるか、近くで見せてもらおうじゃない。

[ニェン] びっくりさせてやるよ、「可愛い妹ちゃん」。

[シー] フンッ。

[ニェン] ラヴァ、他の皆もご苦労だったな。

[ラヴァ] お、おい、オマエの妹はずっと不機嫌そうだけど、放っといていいのかよ?

[ニェン] ……大丈夫だ。アイツは何年も引きこもってたんだ。それが突然、短期間でこんなたくさんの人間と触れ合ったもんだから、ちょっと刺激が強すぎたんだろ。

[ニェン] アイツのことは人見知りかコミュ障だと思ってくれりゃいい。

[ニェン] あ、話しかけると怒鳴られるぞ。ウユウの兄ちゃん、恥かくだけだからやめとけ。

[ウユウ] は、はい……

[クルース] ……つまり、任務完了ってことぉ?

[ラヴァ] それよりオマエ、どうやってここに来たんだ……?

[ニェン] ……それは秘密だ。

[ラヴァ] これからどうするんだ?

[ニェン] 乗り物でも見つけてロドスへ帰るか?

[ニェン] 途中で飲み食いしながら、旅行気分で気晴らししようぜ。

[ニェン] 勾呉の料理は繊細で凝ってるけど、私に言わせりゃ、やっぱちっと淡泊で、面白みがねーんだよな――

[シー] ――馬鹿ね。秋の暮れの蒸し鱸鱗(ろりん)は丸々肥えて最高よ。山河の景色も伴って、この上なく素晴らしいものだわ。

[ニェン] ……蒸し鱸鱗も悪かないが、火鍋と酒には敵わねーな。

[シー] フフ、おチビさんの腕前をあんたにも見せてやるべきだったわね。炎国料理の懐の広さを知れば、あんたの視野も広がるわよ。

[シー] 火鍋だって色々バリエーションやこだわりがあるのよ。あんたみたいな辛さが全ての奴には分からないでしょうけど。

[ニェン] あ? 引きこもって墨汁をすすってたような奴に、「視野」について説教たれる資格があんのか?

[シー] いやいや、恐れ多いわ。それよりあんたのその服、何だか今地面に落ちたばかりの土まみれの唐辛子みたいね。素晴らしいセンスだこと。

[シー] …………

[ニェン] …………

[ラヴァ] も、もう喧嘩はよせよ! せっかく一時休戦したってのにさ。おいクルース、オマエもなんか言ってやってくれ!

[クルース] 帰還ルートは調査済みだよぉ〜。少なくとも十七ヶ所も有名なご当地料理のお店があるから、それでいいよねぇ~?

[ラヴァ] …………

[ニェン] よし、そいつは悪くねーな。

[シー] ……フン。

[ウユウ] 恩人様! 恩人様! あの、ちょっとお話が……

[ラヴァ] なんだ? そんなコソコソして……

[ウユウ] 実はですね……私は本来、龍門に行って生計を立てようと思ってたんですよ。しかし話を聞くと、皆さんはどうやらあの「ロドス」の職員だとか……そこってまだ人員募集してますかね?

[ウユウ] 何でもやります! 身体は丈夫ですし、感染者も平気です! 給料はそこそこで良いですし、その分の働きはしっかりしますから!

[ラヴァ] じ……じゃあ、オマエも一緒に来て試験を受ければいい。だがアタシが合否を決めるわけじゃないからな……

[ウユウ] それで構いません! ぜひ同行させてください!

[ラヴァ] ……急に賑やかになったもんだ。

[サガ] ……先生。

[シー] ……なに?

[サガ] 拙僧は絵巻の中の日々を決して忘れませぬ。

[シー] 忘れたってかまわないわ。

[サガ] 拙僧は先生とは違い、短き人生にあくせくする身です……忘れたくても忘れられぬのです。

[シー] ……それは可哀想ね。

[シー] あなたの師匠は今……?

[サガ] 住職様はご健在です。ですがもう百二十歳とご高齢にござります。

[シー] そう。

[シー] あなたも彼らと行くの?

[サガ] いえ……拙僧は旅を続けようと思います。炎国を離れ、さらに遠くの地へと参ります。

[サガ] 拙僧は、まだまだ高みを目指します。

[サガ] ですが、ラヴァ殿たちは実に素敵な方々です。きっと「ロドス」とやらも素晴らしき所でござりましょう。いつの日か縁あらば、拙僧も一度伺いまする。

[サガ] まぁ、いつになるかは分かりませぬが。

[シー] ……ふ、いいじゃない。それがあなたたちの特権よ。

[サガ] 先生は外に一歩も出ずとも、座したままで山河を万里の果てまでも楽しめるではないですか。羨ましくて仕方ありませぬ。

[シー] 私のように山河を見尽くしてしまったら、その後どれだけ歩いてもつまらなく思うものよ。

[シー] 『拙山尽起』。

[シー] もしもいつか、彼にまた会う機会があれば伝えておいてくれる? 悪くない改題ねって。

[ラヴァ] ……ウユウ、後ろのあの車、さっきからずっとついてきてないか?

[ラヴァ] どうやらオマエの追っ手みたいだぞ。手伝うか?

[ウユウ] 恩人様のお手は煩わしません……私一人で参ります。

[クルース] お師匠様との約束はぁ?

[ウユウ] 扇子を使わなければ、あの小物どもを倒せないとでも?

[ウユウ] 白昼堂々、街の外で暴力を振るうとは、法はどこへ行ったのだ! 今日こそあいつらを懲らしめて――

[ラヴァ] あ、また二台増えたぞ。

[クルース] 武器も持ってるみたい、すごい布陣だねぇ~。

[ウユウ] …………

[ウユウ] ……お、恩人様。

[ラヴァ] はぁ。

[ラヴァ] 結構ヤバそうなやつらだな……行くぞ。

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