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マリア・ニアール_MN-6_ブルーイヤー酒造_戦闘前
マリアは、バーに訪れた代弁者と対峙する。彼が去るとまもなく、負傷した焔尾騎士と灰毫騎士が、追い詰められた様子でバーに逃げ込んできた。
[マリア] ……
[老騎士] おいおい、人にひたすら酒を勧めておいて、自分はまだ数杯しか飲んでおらぬではないか!?
[老職人] うるせぇ、俺の奢りなんだから黙ってろ――
[老職人] ――嬢ちゃん?
[老職人] どうした、ひどい顔色だな。まだゾフィアと仲直りしてないのか?
[マリア] ……おばさんは? ここに来なかった?
[禿頭マーティン] もう帰ったんじゃないか? さっきまで入り口をウロウロしてたんだがな。君のことを心配していたよ。
[禿頭マーティン] 会いに行ってやったらどうだい?
[マリア] ……
[マリア] 次の対戦相手が決まったの。
[マリア] 私が勝てば、おばさんは……みんなは、わかってくれるかな?
[老職人] マリア……
[老騎士] ……そんな簡単な話じゃないぞ、マリア。
[老職人] おい、老いぼれ! 何を抜かすんだ!?
[老騎士] ゾフィアはな、単にお主が負けるからとか、怪我をするからとか、そういう理由でメジャー出場に反対しとるわけではないんじゃ……
[老騎士] 騎士競技には公平性というものが微塵もなくてのう。高いレベルに進んでしまえば、お主が立ち向かう相手は目の前のライバルだけに留まらず――
[老騎士] 企業と企業の勝負、家と家の争いになる。
[老騎士] たとえ監査会であろうとそこに手は出せん。騎士協会、大騎士長と取締役たち、三者間の権力争奪戦は、お主が思っている以上に複雑なんじゃよ。
[マリア] ……
[老騎士] もちろん、わしは諦めろと言っているわけではないぞ、マリア。
[老騎士] 「リスクをしっかりと見定めた上で攻める」のじゃ。すべてをその目で捉えてから、奴らをなぎ倒すがよいわ!
[マリア] ……うん!
[禿頭マーティン] おっと、新しいお客さ――
[禿頭マーティン] ……
[禿頭マーティン] ――ここはお前を歓迎しない。出ていってくれ。
[代弁者チャルニー] まあまあ、そう言わずに。古い付き合いではありませんか、震鉄騎士様。
[代弁者チャルニー] あなたの犠牲は、我々の事業にかつてない成長をもたらしました。戦場に臨むあなたの気概に、私は非常に敬服していたのですよ。
[老騎士] なんじゃ、お主は?
[代弁者チャルニー] 二級騎士フォーゲルヴァイデ様。いや失礼、退役後の二級騎士でしたね。それとも、バトバヤル様と呼ぶべきでしょうか? この発音が正しいかどうかはわからないのですが……
[老職人] おい――
[代弁者チャルニー] おっと。そんなに身構えないでください。私は騎士ではなく、ただの真面目なサラリーマンに過ぎませんので……
[禿頭マーティン] 落ち着け、フォーゲルヴァイデ!
[老騎士] ……わしの弓が手元にあれば、そのような口は叩かせなんだのじゃがな。
[代弁者チャルニー] おや、どうやら失言だったようですね……何とぞ、ご無礼をお許しくださいませ。
[禿頭マーティン] その胡散臭い言葉遣いにはうんざりだ。目的は何だ?
[代弁者チャルニー] ……私は一介の社員として、騎士協会の意思をマリア・ニアール様にお伝えに参った次第でございます。
[代弁者チャルニー] マリア様。
[マリア] あ……えっと、はい……
[代弁者チャルニー] あなたの次の試合のスケジュールが決まりましたよ。
[禿頭マーティン] ……そんなこと、お前がわざわざ伝えに来る必要もないだろう。
[代弁者チャルニー] ええ、確かに。しかし、私は何でも自分でこなしたい性分でして。こうすることで、業務上の細かな部分に目が行き届くのですよ……もちろん、私情も混ざっておりますがね。
[代弁者チャルニー] 耀騎士マーガレット・ニアールの妹、そして今を時めく若き騎士。私でなくても、好奇心がそそられて当然でしょう。
[代弁者チャルニー] メジャー進出決定を間近にしたシード選手でさえ、今のマリア様の人気には及びません。これも競技騎士としてのあなたの実力の一部であり、強みでもあります。
[代弁者チャルニー] 今の勢いを存分に活かして欲しいと願うのはもちろん、こちらでは多くの……優良な商業契約もご用意しております。
[代弁者チャルニー] 今までに水面下であなたにコンタクトした、どのスポンサーと比較しても、こちらにある契約書は全て、あなたの想像を絶するほどの大企業や騎士団のものであることを保証いたしますよ。
[禿頭マーティン] ……お前らの勧誘文句にはもううんざりなんだよ。マリアには彼女自身の考えがある。
[老騎士] そうじゃ! 貴様らのような気高き栄光を踏みにじる輩の存在そのものが、騎士に対する冒涜なんじゃ!
[代弁者チャルニー] 栄光? あぁ……そうですね、栄光。実に素晴らしい。
[代弁者チャルニー] 辺境の要塞では、征戦騎士たちが日々の平和を守り、騎士競技上位で活躍する競技騎士たちも、カジミエーシュのために莫大な利益をもたらしている――
[代弁者チャルニー] では栄光、栄光はどこに? それは消えてなくなったのですか?
[代弁者チャルニー] いいえ。
[代弁者チャルニー] 誰だろうと、栄光をカジミエーシュから消し去ることはできない。たとえカジミエーシュにある数百、いや数千の企業が束になってもそれは不可能でしょう。
[代弁者チャルニー] 騎士は利益に目が眩み、戦争の道具に成り果てたのでしょうか? 騎士は自ら、過去の栄光を捨て去ってしまったのでしょうか?
[代弁者チャルニー] 否。それは騎士たちへの侮辱です。各社の取締役たちでさえ「騎士は傀儡だ」などという妄言を吐けないというのに、私たちがまさに絶好調の騎士競技を蔑む理由などないのではありませんか?
[老騎士] けっ! 貴様のような奴が騎士の栄光を口にするでないわ!
[老騎士] 今のカジミエーシュ人はわかっとらんのじゃ。過去の――
[代弁者チャルニー] 過去の栄光、騎士の精神……あぁ! 形を持たない偉大なる魂! 歴史の虚空に輝く太陽!
[代弁者チャルニー] 確かにその通りです。しかし、観客は別に精神など求めてはいないのですよ。我々も、彼らに精神を見せつける必要はないんです。
[老騎士] 黙って聞いていればペラペラと減らず口を……今すぐにそのよく回る舌を引き裂いてやるわい。
[代弁者チャルニー] おっと、そんなにカリカリしないでくださいよ――栄光! ええ、それは素晴らしきものであり、完璧無欠な存在でもある。それは依然として騎士各家の紋章に刻まれておりますが――
[代弁者チャルニー] ただ残念なことに、カジミエーシュ人はもう、それを必要としてはいません。
[代弁者チャルニー] 壊れたわけでも、埋もれたわけでもない。それらはずっと存在していますが、現代人には……もう必要ないのです。
[代弁者チャルニー] もちろん、捨てられたわけでもありません。たとえばあなたが新しくネットワークテレビを購入し、使わなくなったラジオを押し入れにしまったとします。それは「捨てた」範疇に入りますか?
[代弁者チャルニー] いいえ、それは忘却です。消極的な意味を持つ忘却ではなく、ただ単純に、科学の発展と新しい文化がもたらした、進歩による忘却なのです。
[代弁者チャルニー] 進歩そのものを責めることなんてできませんよね、皆さん?
[老騎士] いちいち擦り寄ってくるな、ここに貴様の味方などおらん。
[老騎士] 話が終わったなら、とっとと出ていけ。マリアは――騎士は見世物ではないんじゃ。
[代弁者チャルニー] いいえ。あなたはまた勘違いをしています。
[代弁者チャルニー] 私が、騎士である皆さんの前で騎士を貶めるはずなどないではありませんか。しかし、騎士は己がカジミエーシュに何をもたらすか、しかと理解する義務があります。
[代弁者チャルニー] 騎士は決して、見世物などではありません。彼らはカジミエーシュの魅力を世の人に知らしめる、高貴で華麗なショーウインドウそのものなのです! どうか、その自覚を持っていただきたい!!
[ソーナ] ねえカイちゃん、今回ばかりはちょっとやり過ぎたんじゃないの? ……ちょっと返事してよカイちゃん、寝てんの?
[灰毫騎士] うるさいな……痛くて喋りたくないんだよこっちは……
[ソーナ] あはは! ごめんごめん。でも、ここでスピードを落とすわけにもいかないし……そうだ、おんぶしてあげよっか?
[灰毫騎士] ……ふざけるな。
[ソーナ] あいつら、もう追ってきてないみたいだけど……ここ、どこなの?
[灰毫騎士] 前から奴らの気配がする……左に進むぞ!
[ソーナ] オッケー、もうちょっとの辛抱だからね!
[マリア] それで……次の試合はいつなんですか?
[代弁者チャルニー] おぉ、これは失礼。私としたことが――
[代弁者チャルニー] 三日後です。対戦相手は左腕騎士……“レフティ”タイタス・トポラになります。
[禿頭マーティン] ……
[代弁者チャルニー] 話は変わりますが、我々の提案した騎士団のいずれかに加入していただければ、たとえマリア様がメジャー進出を果たせなかったとしても――
[代弁者チャルニー] ――ニアール家が正統なる貴族騎士として存続することを承認するよう手配致しましょう。
[代弁者チャルニー] “ウィスラッシュ”ゾフィア様も、遠くにいらっしゃる耀騎士も、これで安心するかと。
[マリア] ……気持ちだけ受け取っておきます。
[マリア] 私は一族代々の努力を無駄にはしたくないんです。だから私は自分自身の力で、ニアール家が貴族騎士としての資格を充分備えていることを証明してみせます!
[代弁者チャルニー] おや、そう来ましたか。で、具体的に何をどう証明するんですか? 騎士競技で……何が証明できると言うのです?
[代弁者チャルニー] 大企業との提携こそ、騎士としての最高の証明ではないですか? カジミエーシュ全土の熱狂的ファンや、各地から訪れる観光客の前であなたは――
[代弁者チャルニー] 貴族騎士としての資格を、どう証明すると言うのですか?
[マリア] ……どうやって?
[代弁者チャルニー] ――はい。
[マリア] ……
[マリア] 私は……
[代弁者チャルニー] 失礼、少々お待ちを――
[代弁者チャルニー] もしもし? はい、私です……え? しかし、私は今ちょうど……はい、わかりました。ご心配には及びません。
[代弁者チャルニー] 残念ですがマリア様、どうやら、私はあなたのご返答を待つことができなくなったようです。
[代弁者チャルニー] そして他のお三方も、本日は大変長らくお邪魔してしまいました。どうかこの後も、楽しい夜をお過ごしください。
[老騎士] ちっ、さっさと去ね。
[禿頭マーティン] ……
[代弁者チャルニー] では、これにて失礼致します。考えが改まったら、いつでもご連絡ください。
[禿頭マーティン] ……
[老騎士] けっ、これだから商売人は……あやつらの顔を見ただけで吐き気がするわい。
[老職人] フォー……あいつはどうしてあんたのことを?
[老騎士] ……わしも知りたいところじゃ。あの旧名で呼ばれたのは、うちの爺さんが亡くなって以来、半世紀ぶりじゃわい。
[老騎士] どこで覚えてきたのかは知らんが、クソみたいな発音じゃったわ。
[禿頭マーティン] これはかなり危険だな。騎士協会、あるいは企業が私たちのことを調べている。ここにいる全員のことを、だ。
[禿頭マーティン] 何かがすでに動き始めたのかもしれない……
[マリア] ……
[禿頭マーティン] そんな顔をするな、マリア。君が責任を感じる必要はない。私たちは皆、ニアールの旦那には大きな恩がある。だから私たちは最初から――
[ソーナ] ごめんくださーーい! すいません、怪我人がいるんだけど――
[マリア] ……焔尾騎士?
[ソーナ] あれっ、ニアール……!? え~っと……挨拶はさておき、ちょっと手を貸してくれない?
[灰毫騎士] くそっ! よりによってこんな時に……お前とは、競技場で勝負をつけたかったのに、借りを作ってしまうとはとんだ失態を――
[マリア] ひ、ひどい怪我だよ! 話はあとにして、こっちに来て――
[マリア] あれ、みんな身構えてどうしたの――?
[禿頭マーティン] マリア、後は私たちに任せて、君は奥で怪我人の手当てを。
[老騎士] コーヴァル!
[老職人] ほい、あんたの弓だ!
[老騎士] 相手は一人だけではなさそうじゃな。
[老職人] ……
[老騎士] ……
[禿頭マーティン] ……
[老騎士] ……逃げおったか。
[老職人] ちっ、何者なんだ? 堂々と競技騎士に手を出すとは――
[老騎士] あの子は感染者じゃな、早く様子を見に行かねば。マリア一人じゃ手に負えんかもしれん。
[老騎士] ――どうした、マーティン?
[禿頭マーティン] ……
[禿頭マーティン] ……いや、今行くよ。
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