女王陛下のユリシーズ号

ページ名:女王陛下のユリシーズ号

登録日:2016/03/12 (土) 18:02:26
更新日:2024/01/22 Mon 10:49:54NEW!
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第二次世界大戦 小説 不朽の名作 海戦 女王陛下のユリシーズ号 h.m.s.ulysses アリステア・マクリーン 戦争小説 海洋小説 英国海軍






女 王 陛 下 の ユ リ シ ー ズ 号


H.M.S.Ulysses




援ソ物資を積んで北極海をゆく連合軍輸送船団。

その護送にあたる英国巡洋艦ユリシーズ号は、先の二度の航海で疲弊しきっていた。

だが、病をおして艦橋に立つヴァレリー艦長以下、疲労困憊の乗組員七百数十名に対し、極寒の海は仮借ない猛威をふるう。

しかも前途に待ち受けるのは、空前の大暴風雨、そしてUボート群と爆撃機だった…


鋼鉄の意志をもつ男たちの姿を、克明な自然描写で描破した海洋冒険小説の不朽の名作。

(―ハヤカワ文庫版裏表紙より―)







『ナバロンの要塞』『荒鷲の要塞』『シンガポール脱出』など、映画化も多く行われた第二次世界大戦戦記物の名手、アリステア・マクリーンの処女作。1955年刊行。
マクリーン氏の作品どころか、海洋戦記物の中でも最高傑作と推す声が多く、1992年の早川『冒険・スパイ小説ハンドブック』人気投票では一位を獲得している。
ただ、この「冒険」という単語を真に受け過ぎてしまうと危険。


架空の英国海軍の輸送船団の旗艦・巡洋艦ユリシーズ号の乗組員を主役とし、極地帯で待ち受ける筆舌に尽くしがたい大自然の驚異と、無数のUボート、コンドル、シュトゥーカの猛攻、そして鋼鉄の精神を持つ海の男たちの生き様を、淡々と、冷徹に、一切の容赦なく描く
マクリーン氏が英国海軍に従軍していただけあって、その説得力は確かなもの。馬車馬の如く扱われる補給部隊の使命と存在意義が伝わってくることだろう。彼らはいかなるときにも止まる事を許されていないのだ。


物語は「序章(日曜の朝)」から始まり、「第1章・月曜の朝」「第5章・火曜日」「第7章・水曜の夜」のように、大きな事件が起こった時間帯ごとに区切られながら、最終章である「日曜の朝」までを綴っていく。



『宇宙戦艦ヤマト』もここから影響を受けているんじゃないか? という展開が散見される。松本先生は絶対これを読んでる筈。
最近の作品であれば『艦隊これくしょん -艦これ-』から戦記物を読み漁っている提督にもお勧めしたい(艦これwikiの「お勧め作品」で知った人も多いかもしれない)。軍艦が極圏でどうやって闘うのか、そして如何にして戦力を削られていくのか、血反吐を吐きたくなるような描写がてんこ盛りである。
ちなみに『ガンダム・センチネル』の作者の1人・あさのまさひこはムック本にて「センチネルを作るに当たって影響した4冊」の1つに本書を取り上げ、描写を高く評価すると共に、とあるキャラクターのセリフを引き合いに出して「これで泣けない男は死んでしまえ!」という暴言を吐いた。
……読んでみるとあながち暴言を言っているわけではないことがわかる。いやマジで。



邦訳版はハヤカワ文庫・村上博基訳のものが簡単に手に入る。文庫としては1000円超の高額品だがそれ以上の価値は十分にある。
二次大戦の話なのに邦題が「女王陛下」なのナンデ? 当時まだ国王ダロッコラー!?」と突っ込むのは野暮なのでやめよう。ほら、「女王陛下のユリシーズ号」の方が「ユリシーズ号」よりも威厳というか美しさというか切なさというかそんなのがうまく表現されてるでしょ? 原作リスペクトが足りない?
……村上氏の本文ほんやく自体は名訳と名高いのでごあんしんください。



本来なら真っ先に映画化されてもおかしくない傑作ではあるが……。その過酷すぎる環境と、多くの乗組員たちが織りなす群像劇を描き切るのは困難極まりないためか、そうした話は未だに聞かれない。BBCはよ!
だが、実は日本で漫画化されたことがある。単行本未出版だが。



あらすじ

1942年。連合軍がナチス・ドイツ最強の戦艦ティルピッツを未だ脅威と感じていた時のこと。


北極圏航路を辿り、英国からソ連まで援助物資を運ぶ輸送船団を率いてきた巡洋艦ユリシーズ。
100日間、一時間たりとも上陸休暇を与えられず、二度の航海で酷使され続けたユリシーズの乗組員700余名は、肉体的にも精神的にも限界を越えていた。平均気温-20°、一日3時間しかない睡眠時間、まともな食事時間が確保できないことによる栄養不足、結核菌が蔓延する下甲板……。
母港スコットランド、スカパ・フロー港へ帰投するもやはり休暇はなし。艦隊司令部は非情にも再出撃指令を下す。
とうとうユリシーズではサボタージュが発生し、乗組員と憲兵数名が死傷する事態となった。


ユリシーズ上層部は査問会の場で抗命するが、結局彼らに下された処分は「事情は分かった。とりあえずお咎めなしにするから、即出撃せよ」。
かくしてユリシーズとその揮下の護衛空母戦隊は、カナダ・ハリファックス軍港からやってくる輸送船団「FR77」と合流し、幾度目かのムルマンスク決死行を試みることとなる。



北極海の地獄

劇中でFR77が遭遇する困難はざっと以下の通り。

  • 24時間中20時間が当直、あるいは敵発見による戦闘配置に割り当てられるため、睡眠時間が3時間しかない
    • そもそも寒すぎて眠れない。食堂裏や煙突傍の比較的暖かい場所は見張り用の解凍スペース(後述)に割り当てられている
  • -20°の暴風の前にはどんな分厚い防寒具も無力。甲板見張りは3分が限界、皮膚露出5分で凍傷
    • 見張りから帰ってくると全身が凍りつく寸前なので、温かい場所に放り込まれる。全身の血流が戻ると同時に疼痛に襲われる。要はしもやけの酷い版
  • 波しぶきが瞬時に凍りつき、甲板の見張りを容赦なく打つ
    • 余りに波が酷いので、船団先頭にでた空母から重油を海面に放出して波浪を抑える涙ぐましい抵抗を試みる
  • 金属がキンキンに冷えきっているため、防護手袋なしの素手で触ると皮膚がくっ付き、肉が引っぺがされる。氷が舌にくっ付くアレを想像してもらえるとわかりやすい
    • 防護手袋は3重。作中ではレーダー塔の上で手袋を落としてしまい、梯子を降りる過程で手がズルズルになってしまった二等兵が登場する
  • 食事を作る暇も食べる暇もないため、不定期にコンビーフサンドイッチをぱくつくだけ
  • 掃除する余裕もないし、風通しも出来るわけがないため、半密閉状態の下甲板では結核菌が蔓延
  • 運悪く史上最大の暴風圏に真正面から突入。凄まじいピッチ・ロールによって転倒・負傷者が続出。船酔いってレベルじゃない
    • 限界を超えた揺れによって電池室の保管箱が破損し、有毒ガスが発生
  • 氷点下42度。波をかぶりまくった甲板が500tの氷で覆われる。喫水線の低下に伴う機動力減
  • 強風によって空母の飛行甲板がまくれ上がる

……この状況下で、スカンジナビア半島から意気揚々とやってくる独海空軍の相手をしなければならないのである。
流石に戦記物として「最悪のシチュエーション」を想定して書き上げられてはいるものの、日本ではなじみが薄い北方戦線が如何に過酷な戦場だったのかがうかがい知れる。



FR77

軽巡洋艦ユリシーズ号以下、護衛空母4隻、随伴駆逐艦6隻、フリゲート&コルベット2隻、掃海艇1隻の英国護衛空母戦隊と、20数隻の輸送船団で構成される援ソ船団。
駆逐艦は雑多な寄せ集めで、中には一次大戦時代の艦まで混ざっている。
この船団は架空の存在だが、一応モデルとなった同様の援ソ船団は複数回行われている。


ユリシーズ

主役艦。表紙絵に描かれている、なんかドイツ軍機っぽい飛行機が2機ほど突き刺さっていたり、なんか後方構造物が殆ど更地になっていたり、なんかマストがぐでぐでになっていたり、なんか出火している軍艦らしきものもうちょいマシな場面あったろおい
ちなみに新装版の表紙絵絵師は生頼範義。


ダイドー級軽巡洋艦とベローナ級軽巡洋艦の中間にあたる架空のワンオフ艦。世界で初めて高性能レーダーを装備した艦でもある(という設定)。
本国艦隊で唯一空母戦隊の指揮能力を持っているため、多くの航海に駆り出されてきた(という設定)。
独特の極地用ダズル迷彩によって「幽霊船」とも例えられる雰囲気を醸し出す艦であり、これまでの航海でも目立った損害を受けていない幸運艦として輸送船団からの人気も高い。


恐らく銀河英雄伝説に登場するユリシーズの名前の元ネタ。ユージア大陸に墜ちた隕石や某声優とは関係ない。


サイラス

艦隊でも最新鋭に属するS級駆逐艦。その高速を利用して艦隊外縁部の哨戒を担当する。
事実上、第二の主役と言ってもよい艦。第二旗艦のスターリングが霞む活躍を見せる。



登場人物

●ヴァレリー艦長
ユリシーズ号艦長。穏やかながら冴えた戦術家で、滅多に語気を荒げない理想の上官。だがその身は肺病に蝕まれ、頻繁に喀血する。
中盤、士気高揚のために血まみれのタオルを握りしめ、ハートリー兵曹に介助されながらの艦内巡検は屈指の名シーン。
最早限界を超えた状態の乗組員たちは「艦長がやるって言うなら…」の精神で任務を果たそうとする。この艦長にしてこの部下たちあり。


●ティンドル提督
FR77指揮官。老年に差し掛かろうとするベテラン軍人。少し怒りっぽいが友情には厚い典型的ジョンブル。
これまでもヴァレリーと共に幾多の窮地を潜ってきたが、過信による判断ミスで大変な損害を出してしまい、乗組員への罪悪感から精神に異常をきたしてしまう。
冬の水たまりに恐怖する読者を多数産んだ。


●ターナー副長
ユリシーズ副長。ヴァレリー、ティンドルに比べるとまだ若いが、彼らとの相性はよく息の合った掛け合いを繰り広げる。
従卒に命じてココアを作らせようとするシーンでココア好きになった人はどれほどいるのだろうか。彼は飲むことが出来なかったのだが……。
「土曜の夕方」演説は涙なしには聞けない。


●ブルックス軍医
ユリシーズ船医長。機知に富み、人間を愛する紛う事無き名医。酒好き。
ガンダムXのテクス医師っぽい。


●ニコルス軍医
ブルックスの部下である若い軍医。頭脳明朗で勤勉ではあるが、ブルックスや親友のカポック・キッドほど達観した目線は持てず、時に自分たちが置かれた現状を呪うこともある。
終盤、軍医が戦闘不能となったサイラスからの要請を受け、そちらへ移乗するのだが…。


●カーペンター航海長
通称カポック・キッド。やはり熟練の海の男で、あらゆる海の事情に精通する。……が、そんな彼でも今回の嵐は予想外であった。
大きく「J」と刺繍されたセーターを大切に着込んでいる。ニコルスとはなぜか仲が良い。


●ラルストン二等兵
ユリシーズ乗組員。弟と共に、艦内では最年少グループに位置する。
ロンドン空襲で母と3人の姉妹を無くしたばかりか、スカパ・フローの反乱では無関係だった自分の弟が憲兵に撲殺されてしまう。おまけに何故か自分を敵視するカースレイク中尉に目をつけられ虐められる悲劇の青年。しかしハングリー精神にあふれた強かな男でもある。



ここではざっと準主役級の面子を挙げただけだが、それ以外にも様々な魅力的な人物が登場する。本作は特定の語り部が存在しない群像劇なのである。
歴戦の勇士である不死身のキャリントン、無電室から絶えず冷静な伝達を続けたベントリー、勇敢なる18歳のマクウェイター少年兵などなど。中には些細な恨みでラルストンを付け狙うカースレイクや、立場に凝り固まった愚物のヘイスティングス軍警など、どうしようもない馬鹿どもも登場する。
そうした連中も含めて、一度航海に出てしまえば運命共同体とならざるを得ない軍艦の悲喜劇が良く描かれているのである。








追記・修正は極寒の北極海に赴いた後にお願いします。





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  • 何が酷いかって、空母戦隊なのに水曜夜の時点で空母戦力が壊滅するところだと思う(蝕雷による帰投、座礁、飛行甲板大破、撃沈)。特に最後の空母ブルー・レインジャーの撃沈シーンは初見では絶句する。 -- 名無しさん (2016-03-12 18:24:16)
  • 甲板大破を知らせた電文はいかにもなブリティッシュ・ジョークで印象深いわ。ラルストンは悲惨って言葉じゃ足りなくらい悲惨すぎる。 -- 名無しさん (2016-03-12 21:05:48)
  • 旧バージョンの表紙だともっと訳が分からなくて、漂流している商船乗組員?なのだよね・・・。もうちょいマシな場面あったろおい。 -- 名無しさん (2016-10-12 12:54:07)
  • 表紙絵の何がすごいって本文のところどころに書いてある損傷状態を誇張なく忠実に描いたとこだと思う。あのシーンだとユリシーズはああなってた訳で、だからこそ読み終わった後に表紙を見るとかなりぐっとくる。 -- 名無しさん (2018-04-15 18:01:45)

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