aklib_story_惜しむ必要なし

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惜しむ必要なし

クォーツはかつて、ある家族と短い間を共に過ごしたことがある。しかし不慮の災難によって、このささやかで居心地の良い時間は、大きくかき乱されることになるのだった。


[クォーツ] アイビー、しっかりついて来て。人混みに吞まれないようにね。

[クォーツ] もう少しの辛抱だ。安全な場所に着いたら、すぐにその傷の手当てをしてやるから。

[アイビー] うん、っ……町長のクズ野郎、やっぱり正気じゃないわ……

[アイビー] あれだけお客さんもいたのに、ためらいもなく店に火を放つなんて……人の命をなんとも思ってないんだわ。

[クォーツ] そうだね。君が事あるごとにそいつを悪党とけなしていたのも頷けるよ。

[アイビー] そうよ! あいつも、あいつの手下の傭兵たちも、どいつもこいつも悪党ばかりよ。

[アイビー] 私たちは普段から面倒事にならないよう、あいつらのことを避けてるのに、向こうからあることないこと難くせ付けてくるんだから。

[クォーツ] こっちだ。こっちの方が人通りが少ない。

[老いた乞食] おーい、ちょいと。待ちなってお嬢ちゃん。

[老いた乞食] 今日の分のお恵みは? ん? ねぇのか?

[アイビー] まったく、おじさんったら……こんな時にもお金のことは忘れないのね。

[アイビー] ここに座ってたら、町長たちに見つかっちゃうわよ。

[老いた乞食] へっ、俺みてぇなすかんぴんの老いぼれに、怖いものなんてねぇんだよ。

[老いた乞食] お前らこそ、何をそんなに慌ててるんだ?

[老いた乞食] 面倒事を起こした張本人ってわけでもねぇんだろ? でなきゃ、こんなとこまで逃げられるはずがねぇ。それだったら走ってどうするよ?

[クォーツ] ……

[クォーツ] アイビー、行こう。

[アイビー] ふぅ――やっと帰ってこられたわ。

[クォーツ] アイビー、傷を見せて。

[クォーツ] (幸いそこまで深くないようだ。傷口をきれいに洗ってから止血をしよう。)

[クォーツ] 足以外に痛いところはあるか?

[アイビー] いえ……大丈夫よ。まだ息が上がってるけどね。

[アイビー] あいつ……もう最悪よ。

[アイビー] いつか痛い目に遭うといいわ!

[クォーツ] ……

[アイビー] あっ、お父さん! ただいま!

[ピクトおじさん] ……

[クォーツ] ……

[ピクトおじさん] 騒ぎがあったと聞いてすぐにお前たちを探しにいったんだ。こんな時に限ってどこにも姿が見当たらないなんて……心配したんだぞ。

[ピクトおじさん] そのケガはどうした? 一体何があったというんだ?

[クォーツ] 隠れて密輸してた人が町長に見つかって、叩きのめされた挙句、店に火をつけられたんです。

[クォーツ] その時、私とアイビーもたまたま店にいて、彼女は逃げ出した時にケガをしてしまいました。

[ピクトおじさん] 町長……

[ピクトおじさん] だから当分外出は控えて、家でおとなしくしてろと言ったんだ。

[アイビー] だって……クォーツさんにプレゼントを買いたかったんだもん。

[アイビー] もうすぐお別れなんだから……

[ピクトおじさん] 言い訳するな、聞かれた事だけに答えなさい。数日は家から出るなと言わなかったか?

[アイビー] はい……言ってました。

[ピクトおじさん] じゃあ、今日お前がしたことは正しかったのか?

[アイビー] ……正しくないです。

[ピクトおばさん] はいはい、そこまでにしなさい。アイビーはケガしてるのよ。説教してる場合じゃないでしょ!

[ピクトおばさん] アイビー、こっちへいらっしゃい。傷の具合をよく見せてごらん。

[アイビー] お母さん!

[アイビー] 大丈夫よ、ほら! クォーツさんがずっと守ってくれてたから。

[ピクトおばさん] あら、じゃあクォーツさんにお礼を言わないといけないね。でもお父さんの言うこともちゃんと聞くのよ。

[アイビー] うん……

[アイビー] クォーツさん、ありがとう。ごめんね。

[クォーツ] 謝るべきは私の方だ。私のために出かけてくれたのだからな。

[クォーツ] ピクトさん、余計な心配をかけさせてしまって申し訳ありません。

[ピクトおじさん] はぁ……まあいい。あんたが傍にいてくれたおかげで、アイビーにも大事に至らなかったわけだしな。

[ピクトおばさん] クォーツさん、明日にはもうここを発ってしまうのよね?

[ピクトおばさん] 何か食べたい物はある? 晩ごはんはそれにしましょ。

[アイビー] クォーツさん……ここに残ることはできないの? もう行っちゃうなんて寂しいよ……

[アイビー] ねぇお父さん、クォーツさんにこのままうちに居てもらうことはできない?

[アイビー] せめて明日だけでも、あと一日だけでいいから、お願い……

[クォーツ] ……

もし父が去っていなければ、母が病気にならなければ。

家族みんなで一緒に暮らせたら、こんな光景を目にすることができたのだろう。

あいにくそんな記憶は存在しないし、二度と取り戻す機会もない。

[クォーツ] アイビー。これからも時々、君を訪ねにここへ戻ってくるよ。

[クォーツ] ピクトさん、この数日間お世話になりました。感謝します。

[クォーツ] つい長居をしてしまいましたが、そろそろ発たねばならないので。

[ピクトおじさん] ふん、礼なんていらんよ。

[ピクトおじさん] 今でも正直、さっさと出て行ってくれればいいと思ってるからな。アイビーの奴が毎日あんたにくっついてるから、悪いことでも覚えるんじゃないかとハラハラしたもんだ。

[ピクトおじさん] あんたもあんただ。こんな危険な荒野を一人で旅するなんて……親も何を考えてるのやら。

[クォーツ] 両親は……

[クォーツ] 母はきっと、外に出て、色々な場所を見て回りたいと思っていたのでしょう……でも結局、そんな機会は訪れませんでした……

[クォーツ] 父の場合、私が一人で荒野へ出ることには反対すると思います。あの人もおじさんと一緒で、外は危険だとよく言ってましたから。その心配も間違ってはいませんが。

[ピクトおじさん] ……そうと知りながら、一人で出てきたのかね?

[ピクトおじさん] ここに居る奴らは、さっきまでリーベリの宣教師の前で、涙を流しながら自分の悪行について懺悔しておきながら――

[ピクトおじさん] 次の瞬間には、その手に持ったビールや、テーブルの上の賭け事、家で飼ってる瘤獣なんかのくだらんことで切ったはったの大騒ぎするような連中なんだ。

[ピクトおじさん] 近頃は町周辺でも、補給品を運ぶキャラバンやら開拓隊やらが、よく盗賊の襲撃に遭っている。

[ピクトおじさん] そもそも町長自身が悪党だし、警官のヴィンソン爺さんは役立たずのろくでなしだ。

[ピクトおじさん] 荒野の町というのは、いつ何が起こってもおかしくないし、実際何か起きても、誰も助けになんぞ来ちゃくれない場所なんだ。

[ピクトおじさん] 悪いことは言わん。特に用事がないのなら、早いとこ家に帰った方がいいぞ。

かつて、父がそうした小言をぶつぶつと零していたのを、何度も聞いたことがある。

妙な懐かしさが押し寄せてきた。

[クォーツ] わかりました……

[ピクトおじさん] 分かってくれればいい。今何時だか知らないが、もうだいぶ遅い時間だろうから――

[クォーツ] 今は九時ですね。さっき、向かいの店の人たちが物を運び入れる音が聞こえました。彼らはほぼ毎日この時間に店を閉めるから。

[ピクトおじさん] ん? そうか……

[ピクトおじさん] それじゃさっさと支度して、もう寝なさい。俺はあのクズ野郎に荷物を届けねばならん……まったく。

[ピクトおじさん] 明日出発したら、道中よく気を付けるんだぞ。道草しないでまっすぐ帰りなさい。

[クォーツ] 九時か……

[クォーツ] ここのところの習慣通りなら、確かにそろそろ寝る時間だな。

[クォーツ] ……

[クォーツ] 今日はまだ寝たくない。

[クォーツ] とは言っても、他にやることも特にないが。

なぜだか、昼間の出来事が頭の中でフラッシュバックした。

やれることはあるかもしれない。

トン、トン、トン!

[クォーツ] (あれは父が屋根を修理している音。)

[父] これで大丈夫だ。母さんも安心してぐっすり眠れるな。

[父] クォーツ! 何をぼさっとしてるんだ!

[父] 集中して、俺のやり方をしっかり目に焼き付けておけ。

[父] いつか自分で出来るようにならなきゃならないんだぞ。いいな?

[クォーツ] ……

ドン、ドン、ドン!

[クォーツ] (あれは借金の取り立てに来た悪いやつが戸を叩く音。)

[父] 出て行け! 誰の許可を得て人の家に入り込んでんだ!?

[父] もちろん借りた金は必ず返す。だがうちに上がり込んでまで暴れ回るつもりなら、俺も容赦しないぞ!

[父] クォーツ、今の見ていたな?

[父] これからは、お前もこうやって母さんをしっかり守るんだぞ。相手が誰だろうと怖気づいちゃダメだ。

[父] 俺はいつまでもお前たちの傍にいて、守ってやれるわけじゃない。ましてや他に助けてくれる人なんて誰もいない。頼れるのは常に己だけだ。

[クォーツ] ……

ドン! ドン! ドン!

[クォーツ] しまった! 外がもうあんなに明るくなってる。

[クォーツ] まさかこんなに寝坊してしまうとは。何たる失態……

[クォーツ] 私は……まだ……

[クォーツ] ……

ドン、ドン、ドン!

[クォーツ] (いや、これは夢じゃない。本当に誰かがドアを叩いてるんだ。)

[クォーツ] 誰だ!?

[父?] クォーツ! 早く起きろ!

[父?] 荷物をまとめて、急いで逃げるんだ!

[ピクトおじさん] アイビー、お前たちは部屋から出てくるんじゃないぞ。

[ピクトおじさん] あんたら何なんだ! うちに押しかけて一体何のつもりだ!?

[警官ヴィンソン] (小声)町長がゆうべ誰かに襲われてな。必ず犯人を見つけ出して来いと、当たり散らしてて大変なんだ。

[警官ヴィンソン] (小声)それで聞きまわったら、その頃あの人に会ったっていうのが君らしかいないってんだから……

[警官ヴィンソン] (小声)ひとまず、調べさせてもらえんかね。頼む、わしじゃ手に負えないんだ……

[ピクトおじさん] (小声)襲われたって? 町長が? 一体誰がそんな大胆な……

[傭兵A] 何をごちゃごちゃ言ってやがる! この俺さまがご丁寧にノックしてやってんだぞ! さっさと開けなかったのはそっちだろうが!

[傭兵A] この*クルビアスラング*が!

[ピクトおじさん] ぐあっ!

[アイビー] お父さん! 大丈夫!?

[ピクトおじさん] っ、下がってなさい。

[アイビー] 嫌よ! なんでこんな……

[ピクトおじさん] 下がれと言ってるんだ!

[傭兵A] そうだ、自分から面倒事に首突っ込まねぇよう、よーくしつけておくんだな。

[傭兵A] それにやましいことがねぇんなら、何も心配いらねぇはずだろ?

[傭兵A] あんま俺をイラつかせるんじゃねぇ。でないと……先に全員をぶち殺してから、その後でお前らの仕業かどうかを確かめることになるからな。

[ピクトおばさん] アイビー、母さんの言うことを聞いて。クォーツさんのとこに行きなさい。

[ピクトおばさん] 大丈夫よ、何も起きたりしないから。

[アイビー] ……

この時のアイビーは――

かつての私と同じ顔をしていた。悔しくて、腹が立って仕方がないのに、黙って耐えるしかない、当時の私そのものだった。

どうすることもできず、ただ漠然と助けてくれるヒーローが現れることを祈るが、何百何千回祈っても奇跡なんて起こることはない。

[ピクトおじさん] 俺は昨夜ただ町長に荷物を届けて、そのまま帰って来た。それから外へは一歩も出とらん。

[ピクトおじさん] 近所の人たち皆が証人だ。俺たち一家は揃って家にいた。

[ピクトおじさん] うちにいるのは俺と妻、それからこの子たちだけだ。町長を襲うだなんて……

[傭兵B] おい! ちょっと来てくれ!

[傭兵B] 見ろ、とんでもねぇ物があったぞ! ぐっ、なんて重さだ!

[傭兵A] ……

[傭兵B] ……

[ピクトおじさん] ……

[警官ヴィンソン] ……

[傭兵B] 武器を下ろせ! 直ちにだ!

[傭兵A] 貴様は何者だ!?

[傭兵B] 勝手な真似をするな。これは最後の警告だ!

[アイビー] それって……クォーツさんの?

[アイビー] クォーツさん……

アイビーの目に期待の色が広がった。

長らく使っていない大剣は、刀身が少しくすんでいて、柄を握るとややぎこちなく感じるが――

だからと言って、馴染みがないわけじゃない。

敵を迎え撃つ準備はすでにできている。

視界の端っこで、誰かがアイビーを自分のそばから引き離したのが見えた。

[アイビー] (小声)お父さん!?

[アイビー] (小声)放して! クォーツさんが……

[ピクトおじさん] (小声)父さんや母さんを巻き込みたくなければ、静かにしていなさい。

[ピクトおじさん] (小声)これは真剣に言ってるんだ。彼女には近づくな。

[アイビー] (小声)放して! お父さん!

[ピクトおじさん] ヴィンソン、その子はただうちを宿代わりに泊まっていただけだ。

[ピクトおじさん] 忘れたのか? そもそも彼女を連れてきたのもあんただったじゃないか。

[警官ヴィンソン] あ……ああ、そうだ!

[警官ヴィンソン] あの時は、若い娘が一人で出歩いてたから心配で……

[ピクトおじさん] 俺たちもそうだ。だから深く考えずに同意した。

[ピクトおじさん] 彼女の正体については何も知らんし、尋ねたこともない。

[クォーツ] ……

[ピクトおじさん] ……

[ピクトおじさん] (すまないな、嬢ちゃん。)

思い違いをしていたのは、私だ。

経験できなかった日々を、取りこぼしてしまった幸せを、まだ取り戻せるなどと……

所詮は、独り善がりの幻想だ。

[クォーツ] ああ、彼らとは無関係だ。

[クォーツ] この者たちのことなど知らない。

ドッ、ドッ、ドッ……

[クォーツ] (あれは私の心臓が激しく脈打つ音。)

[親方] 見たか? あれが騒ぎを起こした者の末路だ。

[親方] お前らもここで働き続けたいのなら……

[親方] 関係ないことには口出しをせず、余計なことには首を突っ込まないことだ。

[親方] 分かったな?

トクン……トクン……トクン……

[クォーツ] (あれは徐々に弱まっていく、母さんの心臓の鼓動。)

[クォーツ] 母さん、誕生日おめでとう!

[クォーツ] 見て!

[クォーツ] これ、前に父さんが母さんに渡すって約束してたプレゼントだよ。ようやく買えたんだ!

[クォーツ] 母さん……

[傭兵A] *クルビアスラング*!

[警官ヴィンソン] なぁ……そのくらいにしたらどうだい?

[警官ヴィンソン] その子、もう動いてないぞ……もし本当に死んじまったら……

[傭兵A] チッ、お前に口出しされる筋合いはねぇ……町長のところへ行ってくる。

[傭兵B] そいつをしっかり見張ってろよジジイ。もし逃したら、どうなるか分かってるな?

[警官ヴィンソン] ああ……

[警官ヴィンソン] ……

[警官ヴィンソン] 嬢ちゃん? なぁ、嬢ちゃん?

[クォーツ] ……

[クォーツ] うっ……

[警官ヴィンソン] ふぅ……焦ったよ。本当に死んだのかと思った。

[警官ヴィンソン] 確か……クォーツとか言ったか? 合ってるかい?

[クォーツ] ……

[クォーツ] ああ、そうだ。

[警官ヴィンソン] 正直こんな物騒なご時世、君のような娘が一人で外を出歩いてるんだから、護身用に武器くらい持ちたいのは解る話だがね。

[警官ヴィンソン] こんなことが起きた時に、ちょうど居合わせちゃなぁ……

[警官ヴィンソン] ハァ、君が犯人じゃないってことは、わしでもわかる。だって仮に誰かが本気であの――

[警官ヴィンソン] (小声)本気であのクソ野郎を痛い目に遭わせてやろうと企む人がいたって、それはきっと町に住んでる誰かだ。君のようなよそ者なわけがない。

[クォーツ] ……

[クォーツ] 何にせよ、これから何が起きても、結果がどうなろうとも……

[クォーツ] 私はすべて受け入れよう。

[クォーツ] どのみち、もう行き場などないのだから。

[警官ヴィンソン] どんな結果でも受け入れるって? 君は簡単にそんなこと言うが、家族は? 両親はどうなんだ? 親御さんもそれを受け入れられると思うのか?

[警官ヴィンソン] わしは君の身の上を知らないが、もし……

[警官ヴィンソン] もし君に何かあったとしたら……君の家族に知らせようにも、誰を訪ねればいいのかすら分からないんだぞ……

[クォーツ] ……

[クォーツ] 家族には、自分で知らせるよ。

[警官ヴィンソン] 何だい、逃げるつもりかい? こんな老いぼれ一人なら、何とか撒けるってか?

[警官ヴィンソン] やめておいた方がいいぞ。やつの手下が外にいっぱいいる。

[警官ヴィンソン] だがね……もし本当に君に逃げられたとしても……果たしてわしは焦るべきか喜ぶべきか。

[警官ヴィンソン] 今頃どうせ……町のみんなでわしのことを罵ってるんだろう。

[警官ヴィンソン] けど、わしにも家族がいるんだよ……たとえ君がやったんじゃないと知っていても……わしにはどうしようも……すまん……

[警官ヴィンソン] ピクトのやつだって、わしと同じ気持ちだろう……わしがどうこう言える筋合いじゃないが……

[警官ヴィンソン] とにかく、許してくれ……

[警官ヴィンソン] 本当にすまない。

[クォーツ] ……

[老いた乞食] 話は終わったか? これ以上聞いてられねぇぜ。

[老いた乞食] ずいぶん長々と話してたが、結局お前は、その子が犯人じゃねぇと分かってて同情だってしてるが、何一つ行動を起こす気はねぇってことだろ?

[警官ヴィンソン] なっ!? どこから入ってきた!?

[警官ヴィンソン] 何をするつもりだ!?

[老いた乞食] お前に用はねぇよ。俺はその子に用があんだ。

[老いた乞食] ちょっと眠ってろ。

[警官ヴィンソン] うぐっ!

[クォーツ] ……

[老いた乞食] 悪ぃな、嬢ちゃん。

[老いた乞食] まさかお前を巻き込むとは思わなくてよ、やれやれ……

[クォーツ] ……外に人がたくさんいるらしいが、どうやってここまで?

[老いた乞食] 気付かねぇか? 外はとっくに大騒ぎになってるぜ。

[老いた乞食] それと、逃がす前に一つ聞いておきたいんだが……嬢ちゃん、俺たちに加わる気はねぇか?

[アイビー] お父さん、町長はどうして皆をこんなところへ集めたのかしら。

[アイビー] 今度は、一体何をしでかすつもりなの?

[ピクトおじさん] さあな。

[ピクトおじさん] 二人とも、絶対に俺から離れるなよ。

[アイビー] ねぇ、何をそんなに怖がってるの? 私には分からないわ。

[アイビー] これだけ人がいるんだから、みんなで力を合わせて、あいつを追い出しちゃえばいいんじゃないの?

[ピクトおじさん] アイビー、頼むから父さんの言うことを聞いてくれ。

[ピクトおじさん] お願いだから!

[ピクトおじさん] 大人してしていてくれ……お前にもしものことがあったら困る。

[ピクトおじさん] 家族が一緒なら、きっと大丈夫さ。

[ピクトおじさん] 父さんを信じてくれ。いいな?

[アイビー] ……

[町長] 犯人を捕らえただけでは、本当の解決にはならない。私に手を出す者が一人現れたなら、必ずや二人目も現れることだろう。

[町長] このような事態に至ったのも、私が寛大過ぎたがゆえ。町民の中で良からぬ考えを抱くやつが現れ始めている。そんなことを許すわけにはいかん。

[町長] それに、犯人が捕まったからといって、私の傷が治るわけでも、怒りが収まるわけでもあるまい……

[傭兵A] ……

[傭兵A] では、どうするおつもりで?

[町長] 今回査問を受けた家の者、それから私に隠れて密輸を行った商人ども……

[町長] 全員まとめて監禁しろ。抵抗する輩は開拓隊と一緒に放り出せ。

[町長] だがどの家も、一人は町に残しておくように。そうすれば、残りの奴らも隙を見て逃げ出そうという気を起こさなくなるだろう。

[町長] 弱みさえ握れば、大人しく言うことを聞くはずだ。

[傭兵A] はっ……

[アイビー] お父さん!

[ピクトおじさん] 畜生! どういうつもりだ、貴様ら!

[ピクトおじさん] 俺たちは感染者じゃない! なぜ開拓隊に加わらねばならんのだ!

[傭兵A] お前が町に残るなら、娘と女房が開拓隊送りだ。娘が残るなら、お前たち夫婦が揃って行くことになる。

[傭兵A] 分かったならさっさと選べ!

[ピクトおじさん] ……

[アイビー] お父さん……

[ピクトおじさん] 俺一人が……開拓隊へ行くことにはできんかね。

[ピクトおじさん] 娘と妻をここに残してくれ。お願いだ。

[傭兵A] 交渉の余地はない。

[傭兵A] 町に残るのは一人だけだ!

[アイビー] ……

[アイビー] あんたら……最低よ!

[クォーツ] 下見の際に見つかって、それで町長を殴り倒しただと?

[クォーツ] さては、噂の強盗団だな? 最近町の周辺で何度かあった襲撃は、すべてはあなたたちの仕業というわけか。それで今度は町に目を付けたと。

[老いた乞食] 盗賊、指名手配犯、犯罪者……嬢ちゃんの好きなように呼んでくれて構わねぇよ。

[老いた乞食] 俺たちは破滅に追い込まれただけの、普通の人間さ。

[老いた乞食] ただし、この町に目を付けたというのは違うね。俺たちが狙うのはあの町長、それから奴の同類だけだ。

[クォーツ] 町の住人たちはどうなる?

[クォーツ] これだけの大騒ぎを起こしたら、罪のない人たちも含めて、大勢が巻き込まれてしまうんだぞ。

[老いた乞食] おいおい……お前もそんなケツの穴が小せぇことを言うのか?

[老いた乞食] 俺たちはなぁ、お偉いさん方にけじめをつけてもらいてぇだけだ。悪を懲らしめる正義の味方になるつもりなんてねぇ。

[老いた乞食] 罪がないとはいうが、あいつらは意気地なしで、臆病で、自分に関係ねぇことには無関心を決め込んでやがる。

[老いた乞食] 自業自得とは思わねぇか?

[老いた乞食] 何をするにも心配で不安で怖い。だったらいっそ何もしねぇ。それが一番安全だからな。

[老いた乞食] そういう奴らってのは一番従順でもあるんだ。だろ? 不安がって何もしたがらねぇから、ここの連中は皆あの町長を恐れるんだ。

[老いた乞食] だが俺はあんな野郎、怖くも何ともねぇ。家も職もねぇ老いぼれの乞食が、何を恐れる必要がある?

[老いた乞食] あれだけひでぇ罵倒を受けたなら、そりゃあ殴りもするさ。

[老いた乞食] 奴が俺を殺せるんなら話は別だが、奴は俺に勝てない。だから俺は奴をボコボコにしてやったのさ。惜しくも逃げられちまったがな。

[老いた乞食] そんで奴は腹いせに、従順なお前らに当たり散らかしてんだ。それしかできねぇからな。

[クォーツ] ……

[老いた乞食] よく考えてみろ。俺が間違ってると言えるか?

[老いた乞食] ルールやら道徳に縛られて身動きできないうちに、ああいう非道な連中は思うがままにお前の頭を踏みつけて、高いとこまで登っていくんだぜ?

[老いた乞食] だったら何をためらうことがある? 何を恐れることがある?

[老いた乞食] 他人が言う「悪人」になったところで、それが何だってんだ?

[クォーツ] その口ぶり、ただの乞食には聞こえないが。

[老いた乞食] だが俺は乞食にならざるを得なかったのさ。お前だって、今や流れ者同然だろ?

[クォーツ] ……

[クォーツ] では、もしあなたたちに加わることを拒んだら?

[老いた乞食] いつでも離れて、自分の旅を続けてくれて構わないぜ。別に強制するつもりはねぇからな。

[老いた乞食] そんじゃ外まで送ってってやるか。行くぞ。

[ピクトおじさん] アイビー! 何をしてるんだ!

[ピクトおじさん] 武器を下ろしなさい! ケガでもしたらどうするんだ!

[傭兵A] 嬢ちゃんよぉ。パパの言う通りにした方が身のためだぜ?

[傭兵A] 自分で自分を傷つけるのは勝手だが、パパやママのことも一応は考えてあげな。

[アイビー] ……

[傭兵A] お前が俺たちに反抗したら、二人はどうなると思う?

[傭兵B] 誰だって悲惨なシーンは見たくないよな。

[アイビー] ……

[ピクトおじさん] アイビー、バカな真似はよせ!

[ピクトおじさん] 家族三人一緒にさえいられれば、何だって乗り越えられるはずだ。

[アイビー] だけどこのままじゃ、私たち、もう二度と一緒にいられなくなるんだよ……

[アイビー] 開拓隊送りになるのが誰だろうと、町に残るのが誰だろうと、結局は家族が離れ離れになるじゃない。

[アイビー] この先どうなるかなんて、誰に分かるって言うの?

[ピクトおじさん] ……

[アイビー] もう分かっちゃったのよ。このままじゃ、どう足掻いたってロクな結果にはならないって。

[アイビー] 最悪な結果ってどうせ殺されるだけでしょ? いいわ、殺してみなさいよ!

[アイビー] お父さん、私が死んだら仇を取ってくれる? その頃にはもう、アレコレ悩まずに済むわよね?

[ピクトおじさん] アイビー! 何バカなことを言ってるんだ!

[アイビー] 殺すんでしょ!

[アイビー] かかって来なさいよ! ほら!

[傭兵A] この、くそアマが!

[傭兵B] 死にやがれ!

[アイビー] クォーツさん!

[アイビー] どうしてここに!?

[傭兵A] *クルビアスラング*! どうやって抜け出せたんだ!?

[傭兵B] ヴィンソンは何してやがる! あのジジイ、死にてぇらしいな!?

[クォーツ] 探す必要はない。私がここで全員片付けてやる。

[クォーツ] あのクズ町長も後で必ず引きずり出す!

[傭兵A&傭兵B] ぎゃあっ!

[老いた乞食] 何見てんだ?

[老いた乞食] ……あの娘か。お前、そいつを妹みてぇに可愛がってたもんな。

[クォーツ] アイビーは勇敢な子だ。それにピクトさんたちも……根は悪人じゃない。

[クォーツ] 認めたくはないが、もし数年前の私が彼らと同じ立場に立たされていたら、同じようなことをしていたかもしれない。

[クォーツ] 誰かを怒らせて、父を巻き込んでしまうのが怖かった。

[クォーツ] 母の治療費を払えなくなることを恐れ、できるだけ時間を守って、一生懸命働いた……

[クォーツ] そうして、やがて全てを失っても、一体何を間違えたのかすら分からなかった。私はずっと、言われたことを、正しいことをやって来たはずなのに。

[クォーツ] 後悔し、落胆した挙句、ずっと大切にしてきた人たちに責任を押し付けようとしたこともあった。彼らがいなければ、他の道を選ぶ勇気を持てたはずなのに、と。

[老いた乞食] 今のお前にゃ、そんな後悔を断ち切るチャンスが目の前にあるぜ……俺たちと一緒にな。

[老いた乞食] そもそも全部、お前のせいじゃねぇんだからよ。

[クォーツ] ……

[クォーツ] いや、私は確かに間違っていたよ。

[クォーツ] アイビーを見て、わかったんだ。

[クォーツ] 全く違う道を選ぶこともできたのに、自分の臆病さゆえに言い訳を探し続けていただけだったんだとな。

[クォーツ] それに……実際心配できる相手がいるというのは、割と大事だということも気付けた。

[クォーツ] ピクトさんに愛する娘がいるように。ヴィンソンさんに幼い孫娘がいるように。

[クォーツ] 軟弱さは恥ずべきことだが、哀れなことなんかじゃない。

[老いた乞食] ……

[老いた乞食] それで、あの子を助ける気か? 傭兵のやつらがうようよいるぞ。覚悟はできてんのか?

[クォーツ] 言わなかったか?

[クォーツ] 私もあなたと同じく、天涯孤独の身だ。

[クォーツ] 恐れるものなど何もない。全力を尽くすまでだ。

私は自分のやりたいようにやる。もう二度と、過去を悔やんだり、未だ見ぬ未来を恐れたりはしない。たとえ次の目的地がどこなのか分からなくとも……

今進むべき方向は分かるはずだ。

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