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苦難揺籃_7-1_32:00:00
中枢エリアの司令塔では、タルラがWの裏切りを指摘し、彼女を中枢エリアから突き落とした。 そしてパトリオットは中枢エリアを守り、敵の襲来を待ち構えることにしたのだった。
死を与えられないなら、相手は力を得るだけ。かつて、老いた怪物があたしに向けてそんなことを言ってたわ。
馬鹿げた話だと思ったわ。でもね、あいつが強大な怪物だってのは紛れもない事実。だからこそあたしは、その言葉についてよーく考えてみたんだけど……
検証の結果は——ナンセンス。例えば「虫けらが火の中に飛び込むのは、己を強く鍛え上げるためだ」なんてことを、大真面目な顔で言われたら? 笑っちゃうわよね。
ま、虫けらにどれくらいの知能と頑強さがあるかは知らないけど、どんなに賢く、強靭になったとしても、虫けらは所詮虫けらに過ぎないもの。
虫けらが火の中に飛び込んだとしたらそれは、そいつのちっぽけな脳みそ――もしそんなものがあるとするなら――を、炎が狂わせたに過ぎない。つまり頭がおかしくなっただけ。
でも、もしその火の中に飛び込むのがあたしだったなら? あたしも狂ってるってこと以外に、何が証明できるの? 我が身を焦がして少しでも自分を強くすることができるとでも言うの?
それは、とどのつまり「死」なのよ。不死の怪物であるあいつにはそれがわからない——わかるはずがない。
ああ……それは誰も抗えない、苦き「死」よ。
[W] 意外ね。まだ会ってくれるとは思わなかったわ。
[W] 龍門崩しというご尊大な計画にどっぷりハマってるんじゃないの? タルラ。
[タルラ] W。お前が来るという報告は受けていない。
[W] あーら…ごめんなさいね。傭兵稼業が長過ぎたせいか、リーダーに逐一、行動の報告義務があっただなんてこと、すっかり忘れちゃってたみたい。
[W] そっちだって、あたしが司令塔の最上層に上がれないのはわかってるんでしょ? だからこそ、わざわざ降りてきてくださったんじゃないの?
[タルラ] 挑発したところでお互いのためにはならんぞ、W。レユニオンにはお前たち——サルカズの力が必要だ。今はこれ以上、我々の個人的な衝突は避けるべきだ。
[W] 別に魔族って呼んで構わないのよ。サルカズなんて呼ぶのは、心優しき善人を装うお偉いさん方くらいなものよ。あたしたち傭兵は、自分たちがどんな種類のクズなのかちゃんとわかってるし。
[タルラ] 冗談だろう? 魔族とは「駆逐すべき劣等種」。お前たち傭兵は、そのような定義を決して受け入れない。ましてやそれを誇りに思うはずがない。
[W] そうね。でも最初にあなたたちみたいな連中がサルカズを「魔族」呼ばわりした理由は、見下していたからでも冗談混じりの揶揄でもないわ。それは——
[W] 「恐怖」よ。あなたたちがあたしたち一族を魔族と呼んで忌み嫌うのは、恐怖に駆り立てられた結果よね。
[W] だから、あたしたち傭兵は「魔族」呼ばわりは大歓迎。だって本当の意味をちゃあんと知ってるもの。
[W] そして、その真の意味を、生き残った連中の心に、いやというほど刻み込んでやったわ。
[W] あら、ごめんなさい――あなたの前でこんな話をしちゃうだなんて恥ずかしい……こういう手口はあなたの方が専門だものね。
[W] 残虐非道で名高いあたしたちの傭兵小隊でも、あなたに比べたら、虫けらとハガネガニみたいなものよね。
[W] タルラ。あなたこそ「恐怖」の代名詞だわ。
[タルラ] 「敵に脅威を、友に癒しを」
[タルラ] 絶望を敵に、希望を同胞に与える——それこそが我々レユニオンの一貫した行動方針だ。
[W] じゃあ、ウルサス辺境都市の中枢区画を龍門に特攻させるってのもどこかの同胞の切なる希望ってやつ?
[タルラ] 我々レユニオンの戦士たちは、未だ龍門で勇敢に戦い続けている。増援を必要としている彼らのもとへ赴こうというのは当然だろう。
[タルラ] 龍門内にいる感染者たちには希望が必要だ。中枢区画を守る感染者の戦士たちも、彼らに希望をもたらすことを強く願っている。
[タルラ] 全ての者たちの願いが合致している。それを実現させる手段も我らレユニオンが自ら作り出す。
[タルラ] ――そしてそれは、お前たちサルカズにも利益をもたらすだろう。これらは疑う余地のない事実だ。
[タルラ] お前たちには希望は必要ないのだろう? ならば私は代わりに利益を差し出そうと言っている。
[タルラ] お前と同じく各都市に散らばったサルカズの傭兵部隊、そしてお前たちを操る黒幕の連中は、各都市や国家間の混乱に乗じて、自ずと養分になる旨みを吸い上げることができるだろう。
[タルラ] 龍門を皮切りに、移動都市の安全神話は消滅する。魔族の支配領域は広がり、お前たち一族も繁栄の春を迎えるだろう。
[W] ふぅん……理屈は通ってるわね。利益を天秤に掛ければ、あなたの戦略に賛同してあげないこともないけど。
[タルラ] 他に何か異議でもあるのか? W。
[W] 別に。素晴らしいわね、拍手でもしてあげましょうか?
[タルラ] 不要だ。
[W] じゃあ、今度はあたしの話。残念ながら任務は失敗しちゃったわ。標的を連れて帰れなかったし、例のモノも持ち帰れなかった。
[タルラ] お前の過失ではない。ミーシャとスカルシュレッダーの血の繋がりがどんな事態を引き起こすかは、誰にも予測不可能だった。
[W] じゃあなんで、わざわざあたしまで使ってあの科学者の娘の捕獲任務を?
[W] あの娘と彼女の持つ秘密がなくたって、あなたは順調に事を進められてるじゃないの。中枢区画の起動も、龍門への進撃も、あの娘が利用できる局面なんてなかったでしょ。
[タルラ] 「鍵」の真贋を確かめる必要があったからだ。
[タルラ] 中枢区画の起動のみなら私自らの手で可能だが、機能停止は別だ。その方法もまた、我々が完全掌握しておく必要がある。そのためには本物の「鍵」が要る。
[W] メフィストが教えてくれたわ。パトリオット爺さんが廃墟で見つけた鍵が本物だって。
[タルラ] いいや、W……メフィストは自分からお前にそんな大事な情報は教えない。お前がメフィストにカマをかけたのだろう? 奴から必要とする情報を引き出すためにな。
[W] じゃあ、この情報は本当? それとも嘘?
[タルラ] お前は私の説明を聞く気も、指摘に反論するつもりもないのだな。
[W] あら、あたしにもあたしなりの情報網があるのよ。まぁ口からでまかせははいつものことだから気にしないで。あー、そう言えばさっき、情報源を言い間違えた気がするわ。
[タルラ] W、もし私に誠意を見せろというのなら、全ての計画を教えても構わない——全てをだ。
[タルラ] スカルシュレッダーとお前の初動により、龍門近衛局の反応速度を測定することができた。そのおかげで戦術の調整と、龍門侵攻計画の修正が捗った。
[タルラ] 手柄だ、W。お前がいなければ計画は破綻していたかもしれない。
[タルラ] 「鍵」は確かに存在していた。しかし、ミーシャの突然の死と共に失われた。パトリオットが探していた方の「鍵」は、ただこのような状況に対応するための次善策に過ぎなかった。
[タルラ] お前に情報源を吐かせるようなことはしない。どちらにせよ、今の説明でお前も納得できるはずだ。
[W] ええ、そうね。でもリーダー、結局あたしが知りたいのは「鍵」が一体いくつあるのかってことなの。最後の質問よ、これ以上はもう聞かないわ。
[タルラ] 二つだ。その内の一つはチェルノボーグ王立科学研究所のセルゲイが所持し、特殊な手段でミーシャに託された。
[タルラ] もう一つは、元チェルノボーグ市長のボリス侯爵が持っていた。侯爵は我々が攻め入った際、都市区画の一部を調達してチェルノボーグを脱出したが、天災からは逃れられなかった。
[W] それがあの廃都市ね。
[タルラ] そうだ。あの街に身を潜めていた要人たちは、我々の作戦に必要な物資を蓄えていた。そして龍門との適度な距離は、近衛局を誘い込むことにも利用できた。
[タルラ] だからこそあの廃都市を占領し、拠点としたのだ。
[W] 詳しいご説明痛み入りますリーダー。これ以上聞くことはないわ。
[W] ……待って、ちょっと聞き過ぎちゃったかしら? 貴重な時間を割いてもらったみたいで、何だか恐縮しちゃうわ。
[タルラ] W。我々の間にある誤解を解くことができたのなら、私の時間など惜しくはない。
[タルラ] お前と私の相互利益のため、引き続き今後の計画を練り上げよう。これで少しはお前の信頼を得られただろうか、W?
[タルラ] 我々はお互い支え合うことではじめて、未来の難題に立ち向かえるのだ。
[W] 本当? だとしたら感動しちゃうわね。
[タルラ] それはもちろん——
昔っからこの女は気に食わない。
あいつらの心酔する「タルラ」は、ただの凡庸でつまらないヤツだけど、今あたしの前にいるこの「タルラ」は、嘘で塗り固められたクソ野郎よ。
ああ、もちろん嘘をつくなんて普通のことよ。あたしだってよく嘘をつくわ。爆弾を除けば、嘘より威力を持ってるものなんてないから。
真実なんてコップ一杯の水みたいなもの。喉を潤すにはいいけど、建物全体が燃え上がっている時に、コップ一杯の水が役にたつ?
あたしのつく嘘は単に個人的な嘘。自分の考えを歪めて人に伝えているだけ。でもこの龍女が吐く嘘は違う。それぞれが、まるで別の人間の口から出たように独立し、それでいて不自然さがない。
相手が誰であろうと、必要な情報だけを選別して、その他の意図を覆い隠すなんて姑息なことはしていない。
まるで存在そのものが入れ変わっているかのように——相手が疑いようもない姿を意図的に見せ、相手が欲しい言葉を投げかける。
レユニオンが心酔しているのは当然、感染者のリーダー・タルラ。あたしの前では、取引相手のタルラ。パトリオットを前にすると、闘士タルラに変わる。
いつの日か必ず化けの皮が剥がれて、真の姿を現すはずよ。だけど誰もがその日まで生き長らえるとは限らない。
それに、真の姿なんて……本当にあるのかしら?
もしかしたら彼女、玉ねぎみたいな奴だったりしない? 一枚ずつ皮を剥いでいったら、最後には何も残らなかったりして……
[タルラ] ——本当だ。
ほんの数秒前まで、イベリアの修道士のように誠実だったのに——
彼女は少しだけ手を持ち上げた。あ、これ知ってる技だわ。
——その一瞬で彼女は、最も狡猾なサヴラのような、奇襲と殺戮の権化へと豹変した。
「何か」が目の前の空気を引き裂く。次の瞬間にあたしの体を融かしちゃいそうな勢いで。
[W] あれぇ〜……怒らせちゃった? もしかしてあたしを殺したいほどムカついちゃったとか、そんなワケないわよね?
タルラが放つ、形のない「何か」を見極めたものはいないだろう。だけど、あたしはその「何か」がどのような効果をもたらすかってことくらいは知っている。
建物は廃墟に。物体は残骸に。それらは原形さえ留めることができない。
見えない炎のように、それは静かに襲い来る。
今回の獲物はあたし。
もっと早く気づくべきだったわ。
[W] あからさま過ぎるのよ、この龍女。あんたがそんなに物分りが良いわけないじゃない。
座して死を待つのも、辞世の句とかを詠んだりするのも、あたしの流儀じゃないわ。
死ぬつもりはないのよ。少なくとも今は、ね。
あたしが時間稼ぎにペラペラと喋りながらこっそり投げたチープなオモチャは、地に落ちて数秒と経たずに、目の前で勢いよく爆風の花を咲かせた。
熱風が至近距離から押し寄せてくる。有難いことに、このそこそこ心地良い熱の源は彼女じゃない。
細かいことはわかんないけど、他ならぬあたし自身の経験則から、世の中の99%のアーツは威力という一点において、最も純粋なエネルギー変換方式——つまりは爆発——に敵わないってことを知ってる。
爆発の熱量、飛散物、衝撃波。それらがあたしも敵も、粉々に破壊するでしょうね。
でもほんの少しだけ持ちこたえればいい。蒔いた種が芽吹くまででいいの。
[W] ご苦労さま。こんな三流ホームドラマでここまで熱演を披露してくれるなんてね。やっぱりあたしの目に狂いはなかったわ。あんた、いい役者よ。
あたしってば、この龍女の事、本当はそんなに嫌いでもないんじゃない?
心を偽らない人は嘘をつかないし騙りもしないというけど、あいつは……そうね、虚言にどっぷり浸かった化け物よ。
だから彼女は、いちいち頭で考えて嘘をつく必要なんてない。自然と口から溢れる言葉が嘘まみれなんだもの。
道理で彼女を見ると少し、ほんの少しだけよ? 怖いって思っちゃうわけ。嫌いなんじゃないわ多分、本当に……あたしったら、彼女を怖がってるのよ。
怖がっている以上、全てをさらけ出すことなんてできない。予防線を張るタイプの人間は、いつだって準備を怠らないものよ。
[タルラ] そんな子供騙しで私のアーツを中和できるのか。お前を見くびっていたようだな。
[W] はぁ……まったく失礼にも程があるわね。「そんな子供騙し」に、あたしは数時間掛けてるんですけど。
[W] でも、確かに見くびってもらっちゃ困るわ。そんな簡単にあんたに焼かれちゃうようなヤツなら、あたしの指揮に従う魔族なんかいるわけないでしょ?
[タルラ] 準備万端だったというわけか。最初から私を襲うつもりだったな。
[W] 先に手を出したのはそっちじゃない、龍女。あたしが目障りだから丸焼きにするつもりだった? それともあたしに嘘を暴かれそうになったから、慌てて口封じ?
あたしの話が終わらないうちに、あいつの指先から放たれる高温の刃が再び襲い来る。本っ当にこの女は、一瞬たりとも気を抜かせてくれないわね。
あたしは身を屈めて、無造作に地面を転がった。見方によっちゃ、隙を見て靴ひもを結び直したくらいには見えるんじゃないかしら。
[W] よいしょっと。
[W] 次はもうちょっとちゃんと狙いなさい。
[タルラ] W、お前の企みはもう見抜いた。今のお前はレユニオンの敵だ。
[タルラ] なぜ私に歯向かう? お前に何のメリットもないはずだが。
[W] あたしの企み? 見抜いたってどうやって? ていうか、大体あたしはこんなに早く牙を剥く気なんて毛頭なかったんですけど。
[W] ま、何と言おうが先に手を出したのはそっちよ。ふんっ、先手必勝とでも言いたいのかしら?
[W] でもとにかく、手を出されたらやり返すしかないでしょ。殺られる前に殺らなきゃ。
[タルラ] 精神が錯乱して、彼我の戦力差を見誤っているようだな。
[W] あたしを騙したことくらい、別に大したことじゃないわ。誰が誰を騙そうと構わない。あんたがどれだけ殺そうがどうだって……
[W] でもね、うちの連中に手を出した事だけは後悔させてやるから。
あれ? あたしって、こんなこと言うキャラだっけ?
確かに頭がイカレたのかもしれない。これじゃちっとも狂人っぽくない——それどころか、センチメンタル過ぎるんじゃ……?
なるほど、確かにやらかしちゃったかもね。
[タルラ] そうか。狂ったふりは確かに有効な手段だ。この私がお前の性質を誤認するとはな。
[タルラ] お前がそれほどまでに他人思いだったとは。実に情に篤い、可愛い悪魔じゃないか。
[W] あ、ははっ……クソッ。
[W] あんたの方がよっぽど可愛気があるんじゃない? まぁ、でも……そうね、まずはその二枚舌を切り刻んであげなきゃね。そのほうが長過ぎなくて美人に見えるわよ。
[タルラ] 事前に罠でも仕掛けておけば、私を殺せると?
[W] まぁ、無理でしょーね。
あれ、罠の話なんてしてたっけ?
[W] 仮に罠を使うとしても、たっぷりと用意しなきゃダメよね。ちなみに参考までに聞くけど、いくらあれば足りるのかしら?
[タルラ] いくら用意したんだ?
[タルラ] 憎くも哀れな身中の虫よ。我が炎は、すでにその羽を焦がし始めているぞ。
[タルラ] 汝は裏切りの代償を支払う羽目になるだろう。
[W] うっわキッモい……なにその口調? どこかに聞かせたい聴衆でもいるの?
[タルラ] お前だ。
[タルラ] こういう言い回しが嫌いだろう、W。そして己の目的を看破されることも厭がるはずだ。
[W] はぁ。じゃあまず、あたしの好みを丹念に調べてくれてありがとうとでも言うべきかしら? わざわざ言い回しも選んであたしの神経を逆撫でしてくれたことにもね。
[W] そんで、あたしの目的だっけ? 残念ね、たとえあんたが何人殺そうと、あたしはこれっぽっちも興味がないのよ、龍女。
[W] あたしの企みを見抜いた、ですって? その小賢しい悪巧みに絶賛どハマリ中の脳みそで、あたしの考えなんてわかるわけなくない?
[タルラ] ――W、お前は私が中枢区画を使って龍門に侵攻するのを阻止しようとしている。
[W] ……へえ?
[タルラ] もしお前がある種の復讐を望むのなら、このタイミングは選ばないだろう。W、もしお前が私を殺したいのなら、私と龍門が共倒れになる瞬間を狙う方が賢明だ。
[タルラ] 雑な駆け引きで、私から情報を引き出そうとしたのもフェイクだ。レユニオンの行き先になど微塵の興味もない傭兵連中のトップが、そのような空虚な質問をするはずがない。
[タルラ] お前が私に殺されずに済む唯一の道を、お前は知っていたはずだ。――この作戦の詳細に関心を示さない限り、私はお前を殺さない。
[タルラ] W、私はお前をそこそこ気に入っているんだ。存分に楽しませてくれる無害な道化師を、わざわざ処刑する気はない。
[タルラ] だが……あらゆる手段を尽くして私を殺そうとする狂人であれば、私の善悪を判断する必要もなく、ましてや私の計画を知る必要もない。
[タルラ] ……お前は本当に、いま演じている通りの破壊欲に満ちた狂人に過ぎないのか、W?
[W] あんた、いい加減に――
[タルラ] 違うだろう。
[タルラ] レユニオンを阻止したい。中枢区画を龍門に衝突させたくない。それがお前の本心だ。
[タルラ] W、Wよ……一目瞭然なのだ。私にはお前の思考を探るつもりなど一切なかった。お前の小さな企みは全て、お前自身が進んで私に見せたものだ。
[W] うるさい。
[W] あんたの肉片はゴミ箱に捨てるように書き置きしといてあげるわ。少しでも残ってるようならね。
あたしは握った掌に隠し持っていたスイッチを押した。簡単な源石回路による遠隔操作、そして連鎖的爆発……
燃え盛る炎、鼻腔を刺す焦げた匂い、そして大量の瓦礫片を巻き込んだ灼熱の奔流が全て薙ぎ払ってゆく。周到な準備の賜物ってね。仮に相手がどんなに頑丈なサルカズだろうと……
待って。
ねえ、待って。あたし、確かにスイッチを押したわよね?
......
なのに、何であいつは地面に剣なんか刺し込んで悠々と立ってられるの?
[タルラ] これがお前が仕掛けた罠か。
[タルラ] やってみろ、サルカズ傭兵W……もう一度だ、さあ。
[W] 待ってよちょっと。これって……
炎がない。何も燃えていない。
あたしが源石まみれの身体に鞭打って、都市の基盤に埋め込んだ百余りの爆弾が、全部消えている。
爆発は? 炎は? 灼け焦げる匂いは?
何ひとつない。
源石を埋め込んだはずの場所は融けて凹み、液状化した鉄が滴って周りの古びた塗料を溶かし、鼻が曲がりそうな異臭を放っている。ただそれだけ……
瓦礫も、熱風も、閃光もない。
脳内で20回以上もシミュレートした大爆発は起こらなかった。
あの狡猾な龍女はおそらく、剣を通じてアーツを地面に注ぎ込み、その熱量を鋼鉄の地表に拡散させた……
拡散した熱は、あたしが仕掛けた全ての罠に波及し、無理やりその構造ごと溶かしてしまったってところね。
合理的な推察ね。流石だわ、W。
本来なら全方面から死角なしの大爆発で、あいつを骨も残さぬ勢いで葬るはずだったのに、これじゃズボンの中のくぐもったスカしっ屁みたいなもんじゃない。
あーあ、完全にやらかしたみたいね、あたし。
......
[W] げほっ、げほっ……
[W] 大した……馬鹿力……ね、龍女。
[タルラ] これもお前の計画の内か?
[タルラ] どれ、当ててみせようか? お前の計画は……そうだな、私だけに捧げる「爆弾自殺アドリブショー」といった感じか?
[タルラ] 下らぬお遊びで、お互いの時間を無駄にすべきではないと思うが。
[W] 思い上がらないで……ゴホッ、ゴホッ……こ……小娘の分際で。いいえ、あんた、本当にタルラなの? もう、あたしには……それさえわからないわ。
[タルラ] お前に定義されるような私ではない。
[タルラ] 死に様くらいは選ばせてやろう。焼け死ぬか、この中枢区画からの落下死か、それとも私の剣に貫かれて死ぬか。
[W] あんた……本当にあたしを殺せるの?
[タルラ] 千磨百錬を経てこその剣だ。剣は生まれながらにして武器となる定めを持つ。
[タルラ] だがお前は、単に死んだことがないというだけの凡庸な存在に過ぎない。
[W] ふぅん、それは……光栄な話ね。
[W] 生きながらその剣に刺されて死ぬのは……あたしが……最初というわけかしら?
[タルラ] 残念だが、二人目の地位に甘んじてもらおう。
[W] じゃあ……私の爆弾で死んだ人の中で数えれば……あんたは——
[W] 残念……多すぎてもう……何番目かなんて……わかんないわ。
あたし、死ぬのかな? 多分そうよね。
でも、死がどうしたっていうの? 死より酷いことなんて山ほどあるでしょ。
だから、もし自分がくたばりそうだと思った時は……
死よりも酷いモノを用意しておけば、自分でもあらびっくり。死の恐怖なんて消し飛ぶわ。
今回は……そうね、あたし自身を爆弾にでもしようかなって——
[タルラ] くっ。
[タルラ] 私の手の内で爆散するとはな……てっきり少しは死を恐れているものだと思っていたが。
[タルラ] お前が裏切ったことにさほど驚きは無かったが、お前自身には……なかなか驚かされたな。
[タルラ] 狂言回しの道化が引く幕としては、まずまずと言ったところか。
[タルラ] 存分に苦しんで、死ね。ヴィクトリアのW……
p.m.6:30 戦闘後/移動都市衝突まであと31時間
[パトリオット] …………
[パトリオット] リーダー。
[タルラ] ミスター、あなたの帰還は心強い。
[パトリオット] 社交辞令は、不要だ。先刻まで、戦闘があった、ようだが。
[タルラ] 私の暗殺を企んだWとの戦いだ。心配ない、私は無傷だ。
[タルラ] 報告によると、チェルノボーグ占領時から叛意を匂わせていた。
[タルラ] 故意に敵を逃し、サルカズ傭兵による反乱を煽動し、上司を暗殺したそうだ。
[タルラ] 一連の行動は、別の政治勢力の指示によるものだろうな。
[パトリオット] 彼女は、今、どこに?
[パトリオット] 審判に、掛けられるべき、だ。
[タルラ] 奴は隠し持っていた爆発物を起爆させ、その爆風の勢いで中枢区画から墜落した。
[タルラ] 死体の捜索は手配した。ミスターが心配せずともよい。
[パトリオット] 心配は、していない。
[パトリオット] 彼女の、サルカズ傭兵軍は?
[タルラ] 私が対処しよう。中枢区画が安定して航行している今の内に、かの勢力を掌握する必要がある。
[パトリオット] ……リーダー。私に、中枢区画を、起動させると、知らせなかったのは、なぜだ?
[パトリオット] 通信すら、遮断、された。
[タルラ] 苦渋の決断だ。ウルサスはいつチェルノボーグを攻撃し、同胞の虐殺を開始してもおかしくなかった。彼らのために、一刻も早く龍門への侵攻を開始しなくてはならなかった。
[タルラ] 今は全てのエネルギーを中枢区画の航行に集中させる必要がある。通信チャンネル調整に用いるための充分な動力源がなかったのだ。
[タルラ] 天災が残した源石による市街地へのジャミングは、我々の対応限界を超えるほど強烈だった。
[タルラ] あなたを呼び戻すための通信を最後に、予備エネルギーが尽きた。今現在、我々に必要な精錬源石を供給できる場所は一つしかない。
[パトリオット] たとえ、状況が逼迫、していようが、我々に、相談すべきだ。
[タルラ] その通りだな……済まなかったミスター。もっと熟慮して行動すべきだった。
[パトリオット] すでに、中枢区画を、起動したの、なら。
[パトリオット] 私が持つ、「鍵」は、何の役に、たつ?
[タルラ] それを使えば、この都市を停止させられる。
[パトリオット] 本当に、止まるのか?
[パトリオット] 物事の多くは、一旦動き、始めると、俄かには、止まれない。
[タルラ] だからこそ、それをあなたに託したのだ。我々がいつ止まるべきか……その判断は、あなたに委ねる。
[タルラ] これで以て、私の独断で執った指揮に対する、あなたへの謝罪の証としたい。
[パトリオット] …………
[タルラ] 今日は普段より一段と口数が少ないな、ミスター。
[パトリオット] 私は、中枢区画の、防衛に、行く。
[パトリオット] 誰かが、必ず、そこに、攻撃を、試みる。
[パトリオット] それは、私が阻止、する。
[タルラ] 世話をかける、ミスター。
[タルラ] クラウンスレイヤー、フロストノヴァ、そしてメフィストとファウストが、龍門で我々の救援を待っている。何人たりとも我々の計画の妨害を許すわけにはいかない。
[パトリオット] リーダー。
[タルラ] …………
[タルラ] どうした? 我が戦士よ。
[パトリオット] ……タルラよ。
[パトリオット] 悪が、いかに、栄えようと、すべての罪、には終わりが、ある。
[パトリオット] 私は、そう、信じる。
[タルラ] 同感だ。私も固くそう信じている。
[パトリオット] ……さらばだ、リーダー。
[タルラ] 武運を願う、パトリオット。
[タルラ] 感染者が安らぎを得られる場所を奪い返し、この戦いに終止符を。我らレユニオン・ムーブメントは、その行く手を阻む全ての敵を、必ずや打ち破ってみせるだろう。
[凛とした声] これはなんだ?
[掠れた声] サルカズの、護符の、一種だ。二つある。
[掠れた声] これは、お前に。もう一つは、私が持つ。
[凛とした声] どういう効果があるんだ? ちょっと重たいな。
[掠れた声] お前の、命を、護ることが、できる。
[凛とした声] そんなサルカズの迷信、まだ信じてるのか? こんなもの意味ないだろうに。
[掠れた声] 最後まで、聞け。
[凛とした声] ……わかった。
[掠れた声] この護符は、永きにわたる、苦難を、防いで、くれる。
[掠れた声] 致命傷——臓器などの、損傷は、無理だ。だが、寿命の、消耗は、食い止め、られる。
[掠れた声] この護符が、砕け散る、まで。
[掠れた声] お前の、護符が、砕けそうな時、私の護符が、震える。
[掠れた声] そうなれば、私が、助けに、行く。
[凛とした声] もし二つとも砕けたら?
[凛とした声] ……なにか言ったらどうだ?
[凛とした声] はぁ……受け取ればいいんだろう。
[掠れた声] ああ。
[凛とした声] 私はきっと長生きするさ。そっちもそっちで、その命を全うすればいい。
[パトリオット] …………
[パトリオット] 誰を、助ける? 何を、終わらせる?
[パトリオット] わが手にある、護符もまた、砕けた。
[サルカズ戦士] …………
[サルカズ戦士] Wを殺したのか。
[サルカズ戦士] どういうつもりだ?
[タルラ] お前たちを解放するためだ。サルカズは自由の戦士。二度と誰かを首領と崇める必要はない。
[タルラ] お前たちが欲する全ては、私が与えよう。
[サルカズ戦士] 俺たちに何をくれるって?
[タルラ] 戦争だ。
[タルラ] 弱きを挫くような味気ないものでも、命の無駄遣いを強いる無謀な玉砕でもない。
[タルラ] 真に、遍く、平等な戦争を与えよう。
[タルラ] サルカズたちよ。さすらう魔族どもよ。
[タルラ] これからお前たちが味わうのは、弱者の恐怖でも、お前たちの末代まで及ぶ屈辱でもない。血と骨と肉、そして新たな混沌と、鋼鉄の時代の再来である!
[タルラ] 正しき殺戮と正しき死を、存分にお前たちに与えよう。
[タルラ] 新たな時代はすでに訪れた。戦争を王に戴く時代だ。
[タルラ] 我こそ、この新時代を味わうに相応しいと思うサルカズは、前へ。
[サルカズ戦士] …………
[サルカズ戦士] で、誰を殺せばいいんだ?
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