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空想の花庭_HE-ST-3_導き行かせ給え
自らが身を置く楽園が朽ち果て、崩れ落ちようとも、日々の生活は変わらず続いていく。
[ライムント] おい、そこの翼持ち。
[ライムント] お前に言ってんだ……っておい! 逃げんな!
[フェデリコ] 仮にその翼持ちという言葉がサンクタに対する呼称なのであれば、ここにはそれに符合する人物が複数います。
[ライムント] ……俺が呼んでんのはお前のことだ。フェデリコっていう名前なのは知ってるよ。
[フェデリコ] 分かりました。
[ライムント] チッ、ほんと腹立つ野郎だな。
[ライムント] 無駄話してる暇はねぇんだ。
[ライムント] あのオレンとかいう奴──
[ライムント] あいつに聞いたんだがよ……ジェラルドの旦那は、お、俺らの、俺とフォルトゥナのために……
[ライムント] ありゃ本当なのかよ!? 旦那は、本当に──
[フェデリコ] はい。ジェラルドさんは死亡しました。
[ライムント] ……
[ライムント] こんなに「はい」っていう答えを聞きたくねぇと思ったのは生まれて初めてだ。
[ライムント] あり得ねぇだろ……どうしてそんな……
[フェデリコ] ……申し訳ありませんが、これは事実です。
[ライムント] ハッ……何でお前が謝るんだよ?
[ライムント] ふぅ……
[ライムント] あっち行けよ、翼持ち。向こう見て目ぇ閉じてろ。絶対にこっち見んじゃねぇぞ。
[ライムント] ただちょっと……お前の光輪が眩しすぎて目が痛ぇだけだ。すぐに治る。
[フェデリコ] ……分かりました。
[ライムント] ジェラルドの旦那がお前にナイフを渡したのは、あの人の選択だ。俺に……否定する権利はねぇ。
[ライムント] だがそのまま持って行かせるわけにはいかねぇんだ。
[ライムント] 知らねぇとは言わせねぇぞ。サルカズの傭兵の武器を受け継ぐってのがどういう意味なのかを!
[フェデリコ] 名前の継承ですか?
[ライムント] そうだ。だからナイフを……旦那の名前、それに尊厳も全部、俺がお前から取り戻す。
[ライムント] お前に決闘を申し込むぜ。
[フェデリコ] あなたでは勝てません。
[ライムント] 勝たなきゃならねぇんだよ。
[ライムント] 俺が生きている限り、必ずお前を探し出し、勝つまで戦いを挑んでやるからな。
[ライムント] 俺を甘く見るんじゃねぇぞ。
[フェデリコ] お断りさせていただきます。
[ライムント] はぁ!? 断る!?
[ライムント] てめぇ、俺がどんな思いで決闘を申し込んでるか──
[フェデリコ] ジェラルドさんはただの猟師でした。私が渡されたナイフに、何かを伝承するような意義はありません。
[ライムント] ……どういう意味だ?
[フェデリコ] 言葉通りの意味です。
[フェデリコ] あなたが求めているのがサルカズの傭兵の名を冠したナイフなら、私はそんなものは所有しておりません。あなたの挑戦は単なる時間の無駄になります。
[フェデリコ] 猟師ジェラルドのナイフを求めているなら、それは確かに私の手元にありますが。
[ライムント] てめぇって奴は……
[フェデリコ] 今すぐにお渡ししましょうか?
[ライムント] ……冗談はよせよ。
[ライムント] それはジェラルドの旦那が一番大切にしてたナイフだ。俺みたいな奴が軽々しく受け取れねぇよ。旦那だってきっと認めねぇだろ。
[ライムント] だからそれはお前に預けといてやる。
[ライムント] 俺が……旦那みてぇに、みんなを連れて新たな道を切り拓けるようになるまで待ってやがれ。
[ライムント] そうなって初めて、俺はそいつを受け取る資格が得られる。その時が来たらまた会いに来てやるよ。
[フェデリコ] ……
[フェデリコ] 分かりました。
[フェデリコ] それまで、私があなたに代わって保管しておきましょう。
[フォルトゥナ] ライムント……
[スプリア] ほら、もういいでしょ。彼ならきっと大丈夫だよ。
[スプリア] それよりあなた、もう銃は握れなくなったって言ってたけど……今は祈りを捧げてるの?
[フォルトゥナ] うん……
[フォルトゥナ] 何だか、これがまた私に応えてくれる気がして。
[フォルトゥナ] ──スプリアさん、私、まだこの銃を使えるかな?
[スプリア] 当然でしょ。ちょっと古いけど、私の腕を信じなさいって。
[スプリア] 私は元々遺産銃の研究者になるつもりだったの。ヴィンテージ好きだからね。
[スプリア] だけど最近は……やっぱ新しいものの方が面白いかもって思うようになってきたよ。
[フォルトゥナ] 新しいものが……怖いとは思わないの?
[スプリア] 怖がってたってしょうがないでしょ。怖くても、理解を深めたいと思うよ。
[スプリア] それに……
[スプリア] 技術とは人のためにあるんだよ。昔先輩がそう教えてくれたの。
[スプリア] その時はよく分かんなかったけど、今は……
[フォルトゥナ] 今は?
[スプリア] ちょっとは分かってきたかも。技術者である以上、自分が手掛けた武器には責任を持たなきゃね……
[スプリア] さて、この話はここまでにしましょ。それで……
[スプリア] きっとサルカズと一緒に旅立とうと考えてるお嬢さんに訊きたいんだけどね。支度はもう整ってるのかな?
[フォルトゥナ] えっ……! 知ってたの!? い、いま話そうと思ってたのに。
[スプリア] 直接感じることはできなくても、あなたの考えてることなんてその辺の共感可能なサンクタよりずっと分かりやすいからね。
[スプリア] そう考えると、共感能力なんかなくたって別に大したことじゃないよね。そう思わない?
[スプリア] おとなしくラテラーノに行くつもりがあるなら、こんな時に真面目な顔して私に会いに来たりしないでしょ。
[フォルトゥナ] ……ごめんなさい。
[フォルトゥナ] あなたたちの監視下に置かれることも、自分の罪に応じた罰も全部受け入れることもあなたに約束したのに……今の私は逃げ出そうとしてる。
[フォルトゥナ] だ、だけど……
[スプリア] 見逃してほしいって?
[スプリア] うーん、どうすると思う?
[フォルトゥナ] えっと……
[スプリア] はぁ……あなたの立場は厄介だから、ラテラーノに行ったらずっと頭にフードを被って生活しなきゃならないのよね。
[フォルトゥナ] やっぱり……
[スプリア] もちろん、他の場所でも大差ないだろうけどね。少なくとも上層部はそう言ってる。
[スプリア] あなたの角や容貌、それに銃……どれもあんまり多くの人に見せるわけにはいかないしね。
[スプリア] まっ、今後もあなたの監視役は私が担当だよ。どこで暮らすことになるにせよ、生きている限り私に連絡をちょうだい。
[スプリア] あなたなら私に迷惑かけたりはしないよね?
[フォルトゥナ] ──えっ、あ、うん。
[フォルトゥナ] ……見逃してくれるの? そ、それじゃああなたはどうなるの? 私を見逃して、責任を問われたりしないの?
[スプリア] 平気だよ。最悪でも教皇庁に辞表を出すだけだし。
[スプリア] ──あっ、今のは冗談だからね。
[スプリア] まぁでも、今回の件は帰ったら報告書を提出することになるから、書いてて嫌になったら本当に退職を検討するかも。
[スプリア] とにかく、私に対しての借りはハーブピッツェルだけじゃなくなったからね。
[フォルトゥナ] う、うん……あの……本当に、色々とありがとう。
[フォルトゥナ] 私たち……まだ同族って言えるかな?
[スプリア] うーん、それ重要? 同族だろうとなかろうと、私は甘い顔したりはしないよ。
[スプリア] だから次に会う時には、おいしいピッツェルを忘れないでね。
[リケーレ] 物資輸送隊がもうすぐ到着するそうだ。燃料補給が終われば、修道院はすぐにでも出発できるだろう。
[リケーレ] はぁ、今回はラテラーノから遠くない場所での外勤任務だったのに手を焼かされたな。修道院のベッドでも借りて一眠りすべきだと思わないか?
[オレン] そう言う割には、大してくたびれてるように見えねぇのはどういうわけなんだ、リケーレ?
[オレン] ずっと知らんぷり決め込んでやがったくせに。
[オレン] ま、お前が横着して深海教会に関する証拠を下水道に捨てなかっただけでも感謝すべきか?
[リケーレ] いじめるなよ、オレン。
[リケーレ] あのサルカズ傭兵の関連書類なら、俺よりもフェデリコの方が覚えてるだろうし、深海教会に関する事案なら、お前とレミュアンの方がよく知ってるはずだろ?
[リケーレ] ところでさ、お前が共感を拒絶し始めてから、俺たち意外とうまくやれてる気がするんだが、お前はどう思う?
[オレン] ……いきなりどうした?
[リケーレ] いや、何でもない。ただふと思ったんだ……たまには他人のことをあまり知らずにいるってのも悪くないんじゃないかって。射撃の時に片目を瞑らなきゃいけないのと同じでさ。
[リケーレ] あー、これだけははっきり言っとくぜ。レミュアンからこの修道院と深海教会に他に何か接点がないか調べろって言われた時は、ちゃんと真面目に仕事したからな、俺は。
[リケーレ] 結果から言えば、まあ安心して一眠りできる程度の関係だったよ。
[オレン] お前は……いや、俺たちは運が良かったってことだな。
[オレン] 修道院も補給を受けた後はスムーズにラテラーノへ戻れるし、中の住民もさほど動揺はしてねぇ。
[オレン] あの堕天した女の子はサルカズと一緒にここを出て行くようだが、今後必要とあらば、ラテラーノは彼女やあのサルカズたちの位置を特定できる。
[オレン] 全体的に言えば、ラテラーノの外交政策に大した影響は及ぼさねぇだろう。
[オレン] こんな幸運はなかなかあるもんじゃないぜ。
[修道院の男性住民] 今、祈りを捧げたところなんだ。ラテラーノへの旅路が、盗賊たちに襲われたりせず、無事であるようにとね。
[修道院の男性住民] ラテラーノへ到着することさえできれば、俺たちの生活は何の心配もなくなるだろう。
[修道院の女性住民] そう願いたいわね。ラテラーノの使者さんは食料に困ってなさそうだし、服だってピカピカだし……ほんと羨ましいわ。
[修道院の女性住民] あの人たちどうやって農作物を育ててるのかしら? それとも全員に銃を配って、みんな狩りで生活してるのかしらね?
[修道院の男性住民] さあな、どのみち俺たちにゃ想像もつかんことだろうよ。家の修繕したり工具をかき集める時間が短くなったら……何をすればいいのかも分からん。
[修道院の女性住民] ちょっと震えてくるわね。興奮からなのか、それとも恐怖からなのかすらよく分からないけど……
[修道院の男性住民] じゃあ祈ればいい。この先どうなろうと、信仰はきっと俺たちに加護をもたらしてくれるさ。
[リケーレ] さて、とにもかくにも、俺たちは頑張った。そうだろ?
[リケーレ] 最終的な結果がどうなるかは……うーむ……
[エレンデル] ……お兄ちゃん、ママがどこに行ったのか知らない?
[リケーレ] ん? えーと、みんなこの近くに集まってるんじゃないのか?
[エレンデル] ママがいないんだ……けど、昨夜は確かに帰って来てたんだよ!
[エスタラ] うん。ママがあたしたちにプレゼントをくれたの。眠ってたおじさんに貸しちゃったけど……
[リケーレ] 眠ってたおじさん……?
[エスタラ&エレンデル] うん! すごくよく眠ってたから、きっと良い夢見てたはずだよ!
[アウルス] 移動区画の上に建てられ、十数年座礁したまま、その地とほとんど一体化しつつあった修道院が、再び新たな場所へ移動し始める……
[アウルス] なんと壮観な景色だろうか。破滅と新生が交わり合う様子は、深く印象に残るものだ。
[ハイマン] ええ……
[アウルス] なんだか気分が優れないようだが……どこか具合が悪いのかね? 我慢することはないよ。
[アウルス] 君の身体はまだ完全な状態には変異しきれていないからね……我が同胞よ、これからの旅路は少し辛いものになるかもしれない。
[ハイマン] 大丈夫です。
[ハイマン] 彼らは……
[ハイマン] ラテラーノは、あの子たちを大事にしてくれるでしょうか……?
[アウルス] きっと大丈夫さ。ラテラーノの現教皇は穏健派だからね。何か不測の事態が起きない限り、あの子たちは今後養子として適切な家に引き取られ、そのままラテラーノの地で育っていくはずだ。
[アウルス] それに、あの堕天使の少女もいることだし、教皇庁のサンクタたちの監視もある。君の同族たちが裏で始末されることはないだろう。
[ハイマン] ならよかった……
[ハイマン] けど、一つ間違っている。アウルス……司教。
[ハイマン] 私は、もう彼らの同族じゃないの。
[アウルス] 君がそう思うのなら、それが事実なのだろう。
[ハイマン] ……
[アウルス] さて、荒野に捨て置かれた楽園も遠くに旅立った。我々もそろそろ出発しなくては。
[アウルス] あらためて……君を歓迎するよ、ハイマン。
[レミュアン] 司教はこれからどうなさるおつもりですか?
[修道院司教] 私のような罪人に、選択の余地などあると思うかね?
[レミュアン] 一度は加害の意思を持ったとはいえ、結果から見れば損害をもたらすことはなかった……
[レミュアン] 個人的には、何ら問題があるようには思えませんけどね。ですが、イベリアが関わっているとなれば、ヴェルリヴあたりが厳しい顔をするかもしれませんが……
[レミュアン] ああ……しかしあなたご本人が、そういった弁護を受け入れられないようですね。
[修道院司教] ……特使よ、まずはこれまでの非礼をあなたにお詫びしたい。
[レミュアン] あなたのお心遣いは理解できます。お詫びは謹んでお受けします。
[レミュアン] それと同時に、私には分かります……あなたが本当におっしゃりたいのは、そんなことではありませんよね。
[修道院司教] ……己に判決を下すのは容易なことではない……
[修道院司教] 私は一度絶望の底に沈み、心中に潜む悪意に頭を垂れた。この事実を否定することは許されないし、看過すべきでもない。
[レミュアン] そうですね……善意に基づく加害と、行動を伴わない悪意、どちらが罰せられるべきかと言えば……
[レミュアン] 私は前者の方だと思います。
[修道院司教] 我々の脳裏に浮かぶ考えは、一瞬の閃きと共にすぐになくなる時もあれば、心中の奥深くに根を張り、発芽を黙々と待ち続けている場合もある。
[修道院司教] 此度のことが一瞬の気の迷いだと何故言い切れる。私の奥底に根付いているかもしれないのに。
[修道院司教] もしも今日、私がもう片方の道を選んでいたとしたら……特使よ、この場所は今どのような光景になっていたと思う?
[修道院司教] 脳裏に深く根差す妄執を全て打ち払ったとは言えないのだ。私は……我々の「法」をいまだに信じていると言い切ることさえもできないのだから。
[レミュアン] ですがあなたはまだそれを感じ取ることができる。そうでしょう?
[修道院司教] ああ、感じるとも……
[修道院司教] 私は常に祈りを捧げている。この地に住まう人々が真っ当な対価を得られるようにと。この狭き楽園が、我が手によって崩れゆくことのないようにと。
[修道院司教] しかし私は、あまりにも長く待ちすぎた……
[修道院司教] 待ちすぎたのだ。信仰の存在とは単なる自己欺瞞に過ぎないのではないかと、疑いを抱き始めてしまうほどに……
[レミュアン] それはどのような感覚なのでしょう?
[レミュアン] 絶望や、恐怖、悲しみ……それから? その感情は一体どんな……
[修道院司教] 不合理で、バカげている、そんなものを前にした時の感情だ。
[修道院司教] どうすれば、己が頭の中に存在するものを疑うことができるのだろうか?
[修道院司教] それはつまり、自分自身を疑い始めるということだ……そういった疑惑は、払拭できなければ恐ろしいことになる。
[修道院司教] 信仰が偽りだという可能性があるなら、ここにいるステファノという存在はどこまでが真実であると言うのか?
[レミュアン] ……
[レミュアン] 私は理解したいと考え、実際に試みてみましたが……どうやら私は自分を買いかぶっていたようです。
[レミュアン] ……他人を完全に理解することは不可能です。共感能力という不正じみた力があっても「理解する」という行為はかくも尊く、かくも難しい。
[修道院司教] ……
[レミュアン] ですが、多くの経験を積み上げた今になって思うことがあります。たとえ共感の能力がなくとも、人と人との間を伝わり、多くの人々の理解を得られる感情は、たくさん存在すると。
[レミュアン] 少なくとも、今の私であれば、とある人の考えが少しは理解できるでしょう。何かを感じ取ったからではなく、身をもって経験したから……
[レミュアン] ステファノ司教、これをあなたにお貸しします。
[修道院司教] それは……
[レミュアン] かつてここで暮らしていた修道士の手記です。ですが、あなたなら読みたいと思うかもしれないと思いまして。
[レミュアン] この人も……おそらく司教と同じで、多くの疑問に思いを巡らせ、多くの悩みを抱えていた人ですから。
[修道院司教] ……
[修道院司教] 特使よ、あなたは先ほど私に、今後どうするつもりかと尋ねたね。
[修道院司教] その質問に答えよう。私はラテラーノへ向かおうと思っている……ただし、ここの者たちと共に行くのではない。
[レミュアン] それは……単身ここを離れ、ラテラーノへ戻るということですか?
[レミュアン] あなたのようなご老体でそのような行為は、おそらく……
[修道院司教] どうか止めないでいただきたい。私は確かめねばならんのだ。私は……私の信仰を取り戻さねばならん。
[修道院司教] もしもいつの日か己の罪を清算できたら、もしも本当に奇跡があるのなら……私は、再び私のラテラーノへたどり着けるかもしれない……
[レミュアン] そうですか……
[レミュアン] ならば、幸運をお祈りします。
[レミュアン] いつかあなたが求める答えを得られますように。ステファノ司教。
[修道院司教] ……
[修道院司教] かの楽園で、また会おう。
老人はそれ以上、口を開かなかった。
目の前の人物はあまりに老いすぎている。あの一夜を経た後、老いは彼の体にますますまとわりついた。
レミュアンが見守る中、ステファノ・トレグロッサはわずかに背中を曲げながら、ゆっくりと扉の外へ歩み出した。
[フェデリコ] 執行人フェデリコ、任務の報告を行います。
[フェデリコ] 詳細は以前に述べた通りです。両名の特使の生存は確認しました。二人とも健康状態は良好であり、命に別状もありません。近日中にラテラーノへ報告に戻ることでしょう。
[フェデリコ] アンブロシウス修道院は再起動の計画を立案しているところです。計画に従って航路を一新し、目的地をラテラーノ近郊に定めます。来春前には目標地点に到達する予定です。
[フェデリコ] 移動区画の安定稼働、及び住民の生活必需品等を充足させるため、教皇庁に物資援助を申請いたしました。
[フェデリコ] 修道院内の住民は合わせて百五十三名になります。うち四十一名が近日中に修道院を退去する予定であり、その動向の追跡及び記録はスプリアが請け負う運びとなっています。
[イヴァンジェリスタⅪ世] それはあのサルカズたちのことだな?
[イヴァンジェリスタⅪ世] 元より予感はあったが、此度の事態が私の想像を超えたものであったことを、認めざるを得まい。
[イヴァンジェリスタⅪ世] 修道院内の状況も、深海教会の動向も、それからアルトリアの存在もな……
[イヴァンジェリスタⅪ世] ご苦労だったな、フェデリコ。君はよくやってくれた。
[フェデリコ] ……
[フェデリコ] いえ、私は教皇聖下のご依頼を完遂することができませんでした。
[フェデリコ] 我々の介入によって修道院内の状況は悪化してしまい、当初の目標であった秩序の維持を達成できませんでした。
[フェデリコ] 死者は……計三名です。
[イヴァンジェリスタⅪ世] 何か疑念を抱いているようだな、我が子よ。
[フェデリコ] ……はい。
[フェデリコ] 目の前に過ちが存在するのなら、私はそれを正すことができます。任務の対象が罪人であるなら、私はその人物を確保するための多くの手段を知っています。
[フェデリコ] ですが今回の任務では、明確に執行がすべき水準に至っている過ちを見出すことができませんでした。
[フェデリコ] 間違いがないのであれば、なぜ最善の結末に至れないのでしょう?
[フェデリコ] 我らの法はいかなる状況にも適用し得るものではないのですか? そうでないとしたら、今後何を基準に行動すれば良いのでしょう?
[フェデリコ] 私はこのような疑問を抱いています。
[イヴァンジェリスタⅪ世] ……
[イヴァンジェリスタⅪ世] 私がそれに答えることはできぬ。なぜならそれは、私の頭を悩ませている疑問の一つでもあるからだ。
[イヴァンジェリスタⅪ世] だが私はとても嬉しい……君がその疑問を抱いてくれたことがね。
[フェデリコ] おっしゃる意味がよく分かりません。
[イヴァンジェリスタⅪ世] 焦ることはない。君は以前なら考えもしなかった疑問を抱き始めたのだ。これは大きな進歩だとは思わんかね?
[イヴァンジェリスタⅪ世] ヴィンテージワインの栓を抜いたようなものだ。最も困難な作業はすでに終わり、後はボトルから望みのものを注ぐだけ……
[イヴァンジェリスタⅪ世] それに私は今、とある友人を訪ねに出かけるところでね。確か君も知らない仲ではないはずだ。君の疑問も合わせて彼に聞いてみるとしよう──
[イヴァンジェリスタⅪ世] その時には、彼が出した答えを君にも共有させてもらうよ。
人々の背後で、高々とそびえ立つ聖像が静かに沈黙を貫いている。朝の陽射しが外から注ぎ込む中、通信を切った執行人は、何か思うところがあるかのように顔を上げた。
柔らかな朝日の中で、年老いたサンクタがゆっくりと歩みを進めていた。その後ろ姿が、次第に光の中に溶け込んでいく。
扉の前に立って彼を見送るレミュアンは、ふとある予感を抱いた。
おそらく目の前の光景は、この老人を目にする最後の機会とはならないだろうと。
まさに彼自身がそう言っていたように──
彼ならば本当に、彼の求めるラテラーノへたどり着けるかもしれない。
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