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潮汐の下_SV-ST-2_出国の許し
審問官の眼前で、ケルシーは三人のハンターを守り、彼女たちをサルヴィエントから送り出した。ロドスに戻ったグレイディーアは、自身に忍び寄る異変に気付く。
[大審問官] ケルシー医師。ご説明いただきたい。
[スカジ] ……まあ、そう簡単にはいかないわよね。
[ケルシー] イベリア人が一般的に「知るべき」とされる物事と比較して、裁判所が隠蔽している秘密はあまりにも多岐に渡るものだ。
[大審問官] このイベリアでは、噂話は禁物だ。
[ケルシー] 審問官殿。あなたはその隠匿された秘密を知る人間だ。私がこうした発言をするのはそのためだと、ご理解いただきたい。
[ケルシー] 深海教会は既にイベリアへと侵入し、秘密裏にその国土へ根を下ろしている。
[ケルシー] かつて存在した繋がりを――あなた方と海との繋がりを利用し、イベリアの廃都市は彼らが陸へと触手を伸ばす拠点となったのだ。
[ケルシー] 彼らはあなた方の経典を用いて、そこへ都合良く詳説し、国民の見解を歪め、そしてより深くへと身を潜めた……あなた方には捕らえられようのない深みへと。
[ケルシー] ……助けを求めるべきだ。これ以上、国土と信仰の間にある浅はかな争いが紛糾すれば、我々は最後の機会を逃すことになるだろう。
ハンターたち、審問官、そしてケルシーは、不思議な形で対峙していた。その時スカジは疑問を感じた。本当ならケルシーは、こちら側に立つべきなのではないだろうか。
[ケルシー] 大審問官殿、イベリア人は他とは違う。
[ケルシー] あなた方が日々、目にしている空の果ては……この大地に生きる他の人々が見ているそれとは異なるものだ。
[ケルシー] あなた方は、自らが住む土地を何と呼ぶ? ――「海辺」だろう。
[ケルシー] 他の者たちは陸地に住むが、イベリア人はその海辺で生活する。
[ケルシー] 大多数の人間は、荒野に住もうが都市に住もうが、得てして空を見上げるものだ。しかし、ひとたび視線を下ろせば……見えるものといえば果てなき大地と、連なる山脈ばかり。
[ケルシー] 雲の上で起きる物事、その一切は彼らとは無縁の事象なのだ。
[ケルシー] 従って、彼らが持ちうるものは「この大地」しか存在しない。
[ケルシー] 彼らは自らが生活している場所を「大地」と呼んでいる。なぜならこの世界には、陸地の他に何も存在しないというのが彼らの認識だからだ。
[ケルシー] 封鎖された都市、閉鎖的な村、容易に落命するだろう過酷な荒野……そこで生活する人々は、目に見えるもの以外、何も信用しない。
[ケルシー] さて、改めて彼女たちをご覧いただこう。彼女たちは、深海より来たるハンター……エーギル。
[ケルシー] この陸地より広大な、海からの来訪者だ。
[ケルシー] イベリアは、他の国とは違う。
[ケルシー] 陸地に生きる人々は自らが取った航路と権力に心酔し、無限の可能性を無視している。本来探索可能であるはずのその陸と海との境界が、盲目的な彼らの目には入らないのだ。
[ケルシー] 一方、あなた方の世界は、それに比すれば遙かに完全だ。陸と海の両方を認識しているのだから。自らの立つ場所はどこなのかという一つの事実について、イベリアは最も基礎的な認識を持っている。
[ケルシー] それこそがかつて、あなた方が他を大きくリードする立場にいた理由だった……
[大審問官] それ以上、言うまでもない。
[大審問官] すべては過去の話だ。都市の輝きは消え去り……イベリアは既に廃墟となった。
[ケルシー] おや、これは驚いた。審問官殿、あなたはそれらを避けて語らないと思っていたのだが……
[大審問官] あなたはここに存在し、あなたの両目は盲いていない。ならば、自らの目で確かめるがいい。
[大審問官] このサルヴィエントのような都市は、イベリアの海岸であれば、どこにでも存在する。
かつては栄光に満ち溢れていたイベリアの地に、こうした遺跡が今やどれだけあるのだろうか?
ケルシーはそれを知っていた。大審問官も勿論のことだ。しかし、彼は大層なポーカーフェイスであり、その目元からも一切感情を漏らさない。
その上、今の彼はマスクをつけていた。
もしも泣くことができたなら、イベリア人はきっと泣き叫ぶことだろう。喜びに笑うことができたなら、彼らはきっと大声で笑うことだろう。
しかし、そうした感情に満ち満ちていたはずのイベリア人は、既に目の前の彼のような姿に成り果てた。
無表情、無感情。イベリアの黄金時代は、静寂に陥った彼らの生活から消え去っていた。
[大審問官] 多すぎるのだ。
[大審問官] 私たちでは支えきれぬほどに。多くの都市は、自分たちすらも救えはしない。
[大審問官] 大いなる静謐の後……イベリアは既に消え去った。
[ケルシー] では、あなたには尚のこと、他者の支援が必要となるだろう。
[大審問官] イベリアで起きたことを知る者はない。何人たりとも、知ってはならないのだ。
[ケルシー] イベリアはかつて破滅の危機に瀕したから、か?
[大審問官] 今もなお、イベリアは滅びるわけにはいかんのだ。
[ケルシー] まだ、あなた方がここにいる。イベリアの民がここにいる。
[ケルシー] 私は信じている。イベリアの民は、たとえ国土に一つとして都市が存在しなくなったとしても――
ケルシーが三人のアビサルの方を見た。そこには、騒動に気付き建物から出てきた住民の方へと歩いていくスカジの姿があった。何やら彼らと話しているようだ。
[ケルシー] ――そう易々と死ぬことはない。
[ケルシー] ……審問官殿、どうか聞いてほしい。
[ケルシー] 傲慢と偏見がエーギルを滅ぼした。故にこの土地は、深海の住民たちの二の舞を演じてはならない。
[ケルシー] もしイベリアまでもがこの災難の余波に倒れてしまえば、ここには誰一人として、海の持つ真の姿を知る者も、その恐ろしい脅威を知る者もいなくなるだろう。
[ケルシー] 凍原に於ける百年に一度の狩りのように……我々は今、海の怪物に直面しているか否かに関わらず、一国の栄辱ではなく、人類の領土をこそ守っているのだ。
[ケルシー] もしイベリアが今のように、ただ辛うじて生き長らえるばかりであるならば――
ケルシーは大審問官の目を見た。彼の表情は少しも変わらない。拒絶にも見えず、かといって許可するようでもなかった。
しかし、それでもケルシーは話を続けた。
[ケルシー] ――この国は、いずれ滅びることだろう。
[ケルシー] だが、今ならまだ間に合う。あなた方は故郷を、イベリアを再建することができる。
[大審問官] 私は信じない。
[ケルシー] 審問官殿。私の目的は、あなたにそう信じさせることではない。私はただ、あなたに知ってもらうために発言したのだ。
[ケルシー] この問題に対する回答及び決定は、あなたの手で与えられる必要はない。また、今この時に与えられる必要もない。
[大審問官] ――
[大審問官] サルヴィエントのことも、解決する必要がある。
大審問官がハンターたちを見渡した。
[大審問官] この内の、少なくとも一人は留まらなければならない。
[スペクター] 私が残るわ。
[スカジ] いいえ、それなら私が……
[グレイディーア] あなたたちは戻りなさい。
[グレイディーア] ケルシー、既にお話しした通りですけれど……私のいない間、彼女たちのことをお願いいたしますね。
[スカジ] お話しした通り……って?
[スカジ] それ、どういうことなの……?
[ケルシー] ……
[ケルシー] 大審問官殿、私は「資格」を持ち合わせているだろうか?
[ケルシー] 私が、彼女たちの代わりに審問を受ける。私であれば、事態の経緯を整理して提示することも可能だろう。あなたは、必要とする情報を恙なく得ることができる。
[ケルシー] 加えて言うなら、私であればイベリアの牢獄に耐えられる。
[大審問官] ――
[大審問官] そこまで言うのなら。
[グレイディーア] ケルシー?
[スカジ] ……ちょっと……!
[大審問官] 詰まるところ、彼女たちを「国外追放」せよと?
[ケルシー] 今のところは。少なくとも、「今」ばかりは、という話だ。
[ケルシー] そして、君たちは――
[ケルシー] ロドスに帰るんだ。イベリア北東の国境へ、Miseryが迎えに来る。今回は、水路を使わないように。
[大審問官] 裁判所が経路を指定する。
[ケルシー] 終点がロドスであるならば、我々はいかなる経路も受け入れよう。
[グレイディーア] お戻りはいつ頃になりますの? あまり長いと待ちきれませんわ。
[大審問官] 彼女に決定権はない。
[グレイディーア] イベリアの鳥さん、あなたにも決定権などないのではなくて? そんな口を利いていいのかしら。牢獄の囲い程度、私からすれば塵にも等しい障害でしてよ。
[ケルシー] グレイディーア、よせ。
[グレイディーア] あなたが連行されるのを、黙って見送れと仰いますの?
[ケルシー] ああ。
[ケルシー] 心配無用だ、グレイディーア。
[ケルシー] さあ行け、ハンターたち。君たちには恐らく、スペクターに伝えたいことが少なからずあるだろう。そして正気の彼女なら、それに答える言葉を持っている。彼女自身の言葉をな。
[スペクター] あなたはどうなの、ケルシー先生? 私に言っておきたいこと、何か一つくらいないのかしら? これはあなたにとっても滅多にない機会だと思うけど。
[ケルシー] ふむ……
[ケルシー] 私の助言は、君のようなハンターには適さない。
[スペクター] あら、私がせっかちさんだから?
[ケルシー] いいや。この理由はごく当然のことに起因している。言うなれば、君自身の方が私よりも正確に、己がいかなる状態にあるかを理解しているからだ。
[ケルシー] 要するに、君が現在の状態をどれほど長く維持しうるのかは、私には見当が付かないということだ……まあ君にとって、そう重要なことでもないだろうが。
[スペクター] どうしてわかったの?
[ケルシー] 機嫌の良い君の様子から導き出した、単なる推測だ。今の君からすれば、己が正気であるか否かなど重要事に非ずというところか、スペクター? 現状はそれほど悪いものではないのだろうからな。
[スペクター] まあ、そんなところね。でも私たち、いつになったら万事がすっかり「いいもの」になるのかしら? 今は意識があっても、またあの眠りに就くんだって考えると興ざめしちゃうわ。
[スペクター] 私をご機嫌でいさせることなんて、あなたの機嫌を取るよりずっと簡単なのよ。何もかもが滅茶苦茶ってほどじゃないのなら、それで十分なんだもの。
[ケルシー] 君の言う通りかもしれないな。
[スペクター] それに……深海教会のシスターとしてくだらない教えを語るのは好きじゃないけど、あれだって一応私なのよ。自分自身を嫌う必要なんてどこにもないでしょう?
[スペクター] 私がどんな人かなんて、私の話を聞いた人たちが代わりに悩んでくれるわよ。だから、彼らに任せちゃいましょう。
[ケルシー] 以前の君は、そんな性格だったのか?
[スペクター] ええ。きっとそうよ、ケルシー先生。
[スペクター] それに今は、古い友人たちがやっと傍にいてくれるんだもの。お喋りしようにも、話題もわからないような相手じゃなくて、ね。知ってるでしょう? あの人たちって、海藻を見たことすらないのよ。
[ケルシー] 君なら、彼らに海藻の何たるかを教えてやれるだろう。
[ケルシー] そこには……今君に帰ることがかなうその場所には、君の新しい友が多くいる。
[ケルシー] 将来的に、君の僚友たちが君を必要とすることだろう。そして私にもまた、君たちが必要となる。
[ケルシー] 我々には、君が必要なのだ。
[ケルシー] それに――
ケルシーが何かを口にした。
スペクターが笑う。
[スペクター] じゃあ、帰りがあまり遅くならないようにしてね!
[ケルシー] 私は常に時間通り行動している。
[グレイディーア] 行くわよ、ハンターたち。あとはケルシーに任せましょう。彼女なら大丈夫よ。
[スカジ] ……
[スカジ] 待って、第二隊長。彼女にまだ、話したいことがあるの。
[スカジ] ケルシー。
[ケルシー] また無断で行動したな、スカジ。
[ケルシー] だが幸いなことに、今回の君は不十分ながらも連絡はした。エンジニアオペレーター宛に、そのケースを渡すよう依頼していたな。彼らはすぐ私に報告してくれたよ。
[ケルシー] 以前に比すれば、君も随分やるようになったものだ。
[スカジ] あなたが本当に手を貸してくれるなんて、思ってなかったけどね……
[ケルシー] 言ったはずだ。「口にしたことは守る」とな。君が何をしようとも私の言葉に変わりはない。
[ケルシー] さあ、ロドスに戻るといい。そして暫く休暇を楽しめ。
ケルシーが一瞬、スカジの方に目を向けた。
彼女は何も口にせず、しかし代わりに微笑んだ。
[ケルシー] 我々には誰しも力の及ばない事象が存在する。それはたとえDr.{@nickname}でも手の施しようがないものだ。
[ケルシー] 我々の持ちうる技術では、君の感染問題を解決するには未だ不十分であり……君自身にも、それをどうすることもできない。
[ケルシー] だが、スペクター。それを消し去ることができずとも、君がそれに打ち勝つことまでもが不可能とはなり得ない。
[ケルシー] 己の足下に落ちる影を消すことなどできない。しかし、その影と共に生きていくことはできるだろう。
[ケルシー] スカジ……
[ケルシー] 君たちの暗き運命に解決策はない……しかし、君たちはそれと渡り合うことができる。
[ケルシー] 君たちだけが最後までそれと戦うことができるんだ。
[アニタ] あっ、歌い手さん! 戻ってきたんですね!
[スカジ] ええ。
[アニタ] あれ、歌い手さん……サックスはどこに行っちゃったんですか?
[スカジ] ……どこかに忘れてきちゃったみたい。
[アニタ] ああ、それじゃきっとあの辺りで落っことしちゃったんですね。大丈夫、一緒に探してあげますよ。
[アニタ] そういえば、昨日はハープも落っことしてましたよ。私が預かっておきましたから。
[スカジ] あれはもう、あなたの物よ。
[アニタ] 私の、って……お手伝いの「お礼」に、ですか? ってことは、探してた人が見つかったんですね! よかったぁ……歌い手さん、私とっても嬉しいです!
[アニタ] ……でも、歌い手さん、なんだかすっごく疲れてるみたいですね。昨日の夜よりずっと疲れた顔に見えますよ。どこかケガでもしたんですか?
[スカジ] 私は……大丈夫よ。ちょっと気疲れしてるだけ。
[アニタ] なら、よかったです。歌い手さんったら、気付いた時にはもういないんですから……何かあったんじゃないかと思って心配したんですよ。
[アニタ] そういえば、さっきすっごいことが起きたんです! 歌い手さんも見ました? どーんどーんって鳴ったと思ったら、どどどどどん、ごごご――って、ずっと震えてた山が突然崩れちゃったんです!
[アニタ] 私たちの家まで崩れちゃうかと思いましたよ。
[スカジ] あなたたちは、皆大丈夫だったの?
[アニタ] 大丈夫なのれす。唯一の問題は……食べ物を家の中に置いたまま飛び出してきちゃったので、全部ダメになっちゃったってことですかね。は~あ、当分はお腹がすいちゃいそうですよ。
[アニタ] でも、私たちのところへ審問官が来てくれて、家から出なさいって……それから海岸と、山の教会にも近付いちゃダメよって教えてくれたので、本当によかったです。
[スカジ] 彼女が、あなたたちを助けてくれたのね。
[アニタ] はい。審問官はいい人なんですよ。ずっと私たちを守ってくれてたんです。
[審問官アイリーニ] こほんっ。
[スカジ] 喉でも痛めたの?
[審問官アイリーニ] こ、こほんこほんっ――ああもう、あんたねえ……! ま、まあいいわ。あんたにいちいち突っかかるほうが大変だもの。まったく……上官に連行されずに済むなんて、運がいいのね、エーギル。
[スカジ] あなた、私を待ってたのね。
[審問官アイリーニ] あんたが戻ってくるってことくらい、わかってたもの……それに話しておきたいこともあったし。
[スカジ] まだ諦めてないの?
[審問官アイリーニ] なっ……私が喧嘩を仕掛けてくるなんて思い込みはやめてよね! あなたにこれ以上、剣を向ける気なんてないわよ!
[審問官アイリーニ] わ、私が言いたいのはね、あんたを追いかけ回したのは、私の間違いだったってことよ。
[スカジ] ……うん?
[審問官アイリーニ] 私がそういう……間違った時にちゃんと謝らないような人だと思わないでよね。私は審問官だけど……だからこそ。審問官は過ちを犯した時、他より一層反省しなくちゃいけないのよ。
[審問官アイリーニ] あんたが街に入った時、私はすぐに気付いたの。あんたがどんな格好をしていようと、エーギルだってことは明白だった。だってあんた、普通の人とは違いすぎるもの。
[スカジ] ……
[審問官アイリーニ] あの時の私は……強い怒りを感じていた。一方で、凄く興奮していたの。ようやく問題に連なる「何か」を見つけたと思ったわ。邪悪なよそ者、不幸をもたらす元凶を――
[審問官アイリーニ] だからあんたをとっ捕まえて、打ち負かせば……間違いを正し、問題を解決に導くことができる。簡単なことだ、って思ってたわ。
[審問官アイリーニ] でも、あなたを打ち負かすことはできなかった。そもそもあんたに勝てたとして、本当に何かを変えられるのか、疑問に思い始めた。
[審問官アイリーニ] この都市を、イベリアを脅かしている存在は、一人二人のエーギルなんかじゃないんだもの。
[スカジ] ……あなた、随分変わったのね。
[審問官アイリーニ] ……あんたのお陰でね。
[審問官アイリーニ] 私にはもう、前みたいな考え方はできない。ここで起きたことのせいで……とある瞬間から私は迷い始めて、自分自身の判断基準さえも見失ってしまった。
[審問官アイリーニ] 私は審問官なのよ。私たちの責務とは、イベリアのために脅威を排除し、秩序を守ること……
[審問官アイリーニ] ――あんたは確かに脅威だわ。でも、本当に敵と見なすべきなの?
[審問官アイリーニ] それに、ここの住民たちも……彼らは私が守るべき人たちなの? それとも、排除すべき対象なの?
[審問官アイリーニ] それがわからなければ、剣を振る意味なんてわからない。進むべき方向を見失い、彼らと同じように……その場で立ち止まったきり、動けなくなってしまうでしょう。
[審問官アイリーニ] そうして――他でもないあんた。あんたと、ここの住民たちが……あんたたちが、私に一つの答えを見いださせた。
[審問官アイリーニ] 私は、ここの住民たちを……彼らを救うことはできない。おかしな話だけど、それを理解して初めて、彼らを守ろうって決心がついたの。
[審問官アイリーニ] 少なくともあの時、そして今この時のことなら、何が正しくて、何が間違いなのかを、ちゃんと判断できるから。
[審問官アイリーニ] あんたは……そう、あんたの行いは善いことよ。あんたはこの場所を守ってくれた……ひとまずは、ね。あんたは私よりもよくやってくれたわ。
[スカジ] ……
[スカジ] あなたの行いは正しいわ。
[審問官アイリーニ] えっ?
[スカジ] 私は、あなたと同じことをしただけよ。
[審問官アイリーニ] な、何が私と同じだっていうのよ……はあ、まあいいわ。あんたの慰め方って、その変装と同じくらいヘタクソね。
[スカジ] あら、慰めてほしかったの?
[審問官アイリーニ] な、何ですって!? ……いや、さっきのは忘れて。慰めなんて必要ないわ。
[スカジ] そう。私と同じね。
[審問官アイリーニ] ……
[審問官アイリーニ] それで、あんたが探してた答えは見つかったの?
[スカジ] もう必要ないの。
[スカジ] 質問は十分してきたわ。それで答えを知って……落ち着いて考えてみたら、それが何でもないことだって気付いたのよ。今はあなたの言う「道」が見えたみたいに、どこへ行くべきなのかわかってる。
[審問官アイリーニ] ふうん? それじゃ、私たちは二人とも準備万端みたいね。
[審問官アイリーニ] なら、私はもう行くわ。あんたも好きなところに行きなさい。きっとあんたたちと上官の間には何か取り決めでもあるんでしょうし。
[審問官アイリーニ] それじゃ……さよなら。
[審問官アイリーニ] 私たちが同じ結果を求め続ける限り、道の途中でまた会うかもね。
[アニタ] あれ? 審問官ったら、もう行っちゃったんですか? 残念……私が作ったこれ、審問官にも見てほしかったのれす。
[スカジ] ……これは?
[アニタ] 歌い手さんが教えてくれた海藻のお酒です! えっと……作り方、間違えてますか? もっと潰した方がいいですか?
[スカジ] ……
[スカジ] 潰しすぎよ。
[アニタ] えええっ? それなら、もう一回やってみます! 食べ物は全部なくなっちゃいましたけど、海藻ならまだいっぱい残ってますから。また暖炉おじさんの所からもらってくればいいだけですしね。
[スカジ] そうね。あなたなら上手くやれるわ。
[アニタ] お酒ができた時には……あれっ、できた時には、歌い手さんはもういなくなっちゃってますよね? もしかしてここへ来たのも、それを伝えるためですか? 歌い手さん、行っちゃうんですね……
[スカジ] ええ、もう出発するわ。
[アニタ] そう……そうですよね……
[アニタ] うん……あなたは流浪の歌い手さんなのれすから。「当てもなく旅をしては、時々立ち止まって、ハープ片手に歌を歌う」……そういうもの、なんですよね。
[アニタ] あの、歌い手さん。またいつか、ここに戻ってきてくれますか? 私も……ペトラおばあさんも、それからほこりも。皆、またあなたの歌を聞きたいと思ってるんです。
[スカジ] ……
[スカジ] ええ。
[スカジ] その時は、私の仲間も一緒にね。
[アニタ] わあ! それってすっごく嬉しいです!
[アニタ] 約束ですよ、早く戻ってきてくださいね! 私たち、ここで待ってますから!
[住民] 木枠……木枠。
[アニタ] あっ、私はここなのれす! 歌い手さん、呼ばれちゃったので、もう行きますね!
[アニタ] 約束、絶対忘れちゃダメですからね!
[スカジ] ……
[スカジ] あの缶……
[スカジ] 赤の、貝殻。
[スカジ] ……
[スカジ] アニタ!
前に彼女が約束したように、少女はそこで立ち止まり、振り返って――そして、スカジに向かって微笑んだ。
[アニタ] はい!
[スカジ] 次に会う時……もしそれがここじゃなくて、外だったとしても――あなたのために歌ってあげるわ。
[アニタ] やったあ! それなら、あなたのハープも私の宝箱に入れておかないと!
[アニタ] 歌い手さん、また会いましょうね!
[スカジ] ――
[スカジ] ええ、またね。
[グレイディーア] ああ、忌々しい……
[グレイディーア] ……なんて忌々しい!
グレイディーアの手が、鏡に映った自分の顔をなぞる。
[グレイディーア] ほら見なさい。あなたは結局、醜い怪物のなり損ないよ。あなたなんて、海溝でつまらない死でも迎えたらいいのに。
[グレイディーア] これが本当に、あなたの望んだことなの? 他の人たちと一緒に、あの時死んでいたらよかったのよ。こんな場所に隠れて、呼吸一つにも気を張って、歌声すらも奴らに聞かれまいとして……
[グレイディーア] 陸を走る船のトイレなんかで自分の境遇に文句を垂れて……海流に乗ることすらもできずにいる。ここで自分がけだものになるのを待つばかりだわ。
[グレイディーア] ほらね、これがあなたよ。
[グレイディーア] 早すぎる……まだ、早すぎるわ。
[グレイディーア] 船を……あの大船を、探さなくては。
シーボーンがまさかスカジから答えを得ようとするとは……怪物たちが、まさか自らを狩る者たちから真相を得ようとするとは。
つまりは、ハンターたちにはまだチャンスが残されているのだ。これが唯一のチャンスかもしれない――
「深海の神は神託を与えない。」
波が天にまで届く前に、あの巨大なものたちが彼らの血脈を呼び起こす前に、我々は海を沈黙の中で扼殺せねばならない。あれの跡取りたちは、未だ何も知らないのだ。
我々はあれらの根源を壊滅せねばならない。
チャンスは一度きり。それが災難を呼ぶとしても……エーギルはしばしの休息を得ることができるだろう。
私にエーギルは聞こえない。フッ、まるであの怪物たちが啓示を得られないのと同じじゃない?
だけど私たちの責務は変わらない。アビサルは何があっても他の者たちよりも先にアビサルの秘密を知る必要がある。
――最強でありながら一夜にして消滅したイベリア艦隊の、最後の一隻の巨艦を。
グレイディーアの目は既に、鏡の中など見ていない。
私には責任がある。必ず、エーギルを守り通さなければ。
黄金の大船を奪うのだ。鍵を手に入れて。宝物湖の扉を開いて……そして、火山を解放するのだ。
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