aklib_story_将進酒_IW-9_歳相_戦闘後

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将進酒_IW-9_歳相_戦闘後

酒杯はある者が打った黒石。打ち手の目論見に従って、恐ろしい歳相が降臨する。三人の姉妹は協力し、己に打ち勝たなければならない。もう一方の幻では、皆が協力して強大な相手に立ち向かう。己をしかと持つものだけが、抜け出せるのだ。


[街の青年] なんだ? 雷か?

[ぶらついている市民] 山の方で雷が鳴ってるみたいね。最近の天気はなんかちょっと変よ……

[ぶらついている市民] あれ? 山の上に何かない……?

[街の青年] あ? よく見えねぇけど?

[タイホー] ……

[テイ] ここにとどまって数日は経ったな。

[テイ] これ以上脱出する方法が見つからないとなると……

[タイホー] ただ待つのみ。

[ウユウ] はは……いつかシー嬢の機嫌が良くなれば、私たちを出してくれるかもしれませんよ。

[ウユウ] ですが、あの担夫の方はいずこへ?

[テイ] ……あいつの息子は山の上に埋葬されている。こんな場所で私に会いたくないんだろう。

[ウユウ] お二人の因縁は私も聞き及びました……ただ……こんな方法でケリをつけるしかないのでしょうか?

[テイ] 他にどうしろと。

[ウユウ] 私はただ……

[テイ] 君が考えることではない。

[テイ] はたから見ている者は、自分が何でもよく見えていると思いがちだがな、腹の中までは覗けん。当事者が何を考えているかなんて所詮理解はできんものだ。

[テイ] どうすべきか、何が必要で、何が不要かは私もハッキリと理解している。当然の道理だ、誰でもわかる。

[テイ] ただ時には、人の情に道理など通じないこともある。

[船頭] ……雨ですね。

[タイホー] ……

[ウユウ] はぁ、このままただ待っていても、何の解決にもなりません。

[墨魎] ガァ……

[ウユウ] ……そうだ。皆々様も墨魎を一匹飼ってみてはどうですか? 私気付いたんですよ。優しく接してやれば、こいつはなかなかに可愛いものでして……

[墨魎] ガァッ……?

[タイホー] ……一瞬にして天地を変える力……この状況から見ても、司歳台があやつらを警戒するのも無理はない。

[ウユウ] わかりましたよ、ここでそのことについて議論しあっても何にもなりません……でしたらやはり室内で雨宿りしませんか?

[テイ] こんな場所でも雨は降るのだな、奇妙だ。

[ウユウ] 降ってくるのが墨汁ではないなんて、確かに奇妙ですね。

[ウユウ] タイホーさん? 本当に入らないのですか?

[タイホー] ……

[ウユウ] シェンさんは?

[船頭] ……

[ウユウ] 何をなさっているのです? 先ほどから、下を向いて手のひらを眺めていますが……

[タイホー] ……雨を見ているのか?

[船頭] ……そうです。

[船頭] ウユウさんの話の通りであれば、この天地は、あの方の絵巻にすぎません。細部まで丁寧に描かれ、真に迫っています。

[船頭] 日の出時には、羽獣が山林を飛び立ち、霧が大地を覆う。光はあれど日は見えず、幾千の楼の影を映し、静寂に包まれる。

[船頭] もしこれが絵であれば、その描き手は炎国の山水から、一体何を見たのか……

[タイホー] 雨師(うし)は随分とこの状況を楽しんでいるようだ。

[タイホー] 浮萍雨師(ふへいうし)シェン・ロウはかつて軍に十年いたことしか知らぬが、思いのほか文芸に通じているのだな?

[船頭] ……はぁ。多くの日々を過ごしてきたにすぎません。

[船頭] ただ悲しいかな、初春の雨は、このような温度ではありません。

[船頭] 行きましょう、絵を破りますよ。破っ。

[ウユウ] えっ……!?

[テイ] こ、これは?

[タイホー] ……すさまじき腕前。

[船頭] 運が良かっただけですよ。

[テイ] シャン。

[山の担夫] ……これが、あんたらがあの酒杯を奪い合っていた理由か?

[山の担夫] 山頂の雲海が逆巻いている、あそこに何かあるんだ?

[「歳相」] (無言の咆哮)

[ニェン] ……あぁ、ちょっとイラついてきたぜ。

[シー] ……

[リィン] うむ……私が一人で会った時より、確かにいくらか手強いね。

[リィン] 図体がでかくても見た目だけ。結局のところ魂はないよ。

[シー] ……だって私たちがアレの「魂」みたいなものでしょ?

[シー] 恐らくあの酒杯と同じような手法を用いているのね。でも逆のやり方をしているから、いくらか似通っているだけ。

[シー] 見た目だけだし、結局はただの――

[「歳相」] (無言の咆哮)

[シー] ――!

[ニェン] んだオメー、怖がってんじゃねーかよ。

[シー] あ、あんたね!

[ニェン] 何が見た目だけだよ、オメー私のこと馬鹿にしてんのか?

[シー] 今あいつは一時的にこの東屋に拘束されてるけど、これ以上騒がれたら……どうなるかわからないわ。

[ニェン] めんどくせーな、爆竹でどうにかできそうな相手でもねーし。

[リィン] ふぅ……ふぁ~。

[リィン] ん? もう頑張らないの?

[シー] あんたどうして何もしないのよ!

[「歳相」] (無言の咆哮)

[リィン] あぁ……これが怖かったんだね。

[シー] 私は――

[リィン] シーちゃん。

[シー] その呼び方はやめて!

[リィン] 君ちょっと震えてるけど、大丈夫?

[ニェン] ……この可愛い妹は目の前の影に恐れて、自分の絵の中で眠ることすらできず百年隠れてたんだ。ぷるぷる震えるのも当然だろ。

[シー] ……うるっさいわね……

[シー] たとえただの影だとしても……

[ニェン] 正確に言うと、私たち三人の影な。歳の四分の一の影だ。

[シー] ……だとしても、アレは私たちよ。

[シー] どうやって……

[「歳相」] (あざ笑う声)

[シー] ……チッ、私の絵を弄んで、バカにしてるの!?

[ニェン] おい、あんまあれこれ考えない方がいい。今こいつ、私がまだ思いついてない七種目の武器を作り出しやがったからな……

[ニェン] 深呼吸でもしとけよ。オメーの絵に閉じ込められでもしたら、全くたまったもんじゃ――

[ニェン] ――絵?

[シー] ……!

[リィン] 気付いたかな?

[リィン] 道は自然に法り、大道は至って簡なり。

[リィン] 歳は元々こんなに多彩な技は持っていない。結局はね、目の前のこの巨物は、私たちの心の奥底の鏡花水月にすぎないんだ。

[リィン] そうさ……長きにわたる歳月で、アレは大きく変化した。もうすぐ気が狂うだろう。

[ニェン] もう狂ってんだろ。

[ニェン] 今この瞬間、私たちはアレの夢みたいなもんだ。

[ニェン] アレが目覚めれば、私たちはそろっておしまいだ。炎国にも災いが降りかかることになる。

[ニェン] リィン姉!

[リィン] ……ニェンちゃん、つまり君はアレに抗うつもりかな?

[ニェン] そうだ。

[リィン] ならきっととても風流な計画があるんだろうね。

[ニェン] ……そいつはどうだか。私に言えるのは座して死を待つよりははるかにましってことだけだ。

[リィン] そうか。

[リィン] どうして?

[ニェン] ……誰かのなすがままってのは気に食わないんだよ。

[ニェン] めちゃくちゃな。

[リィン] 君は?

[シー] こいつに引き摺られてきただけだけど……まあ、ほんのちょっとは期待してるかもね。

[ニェン] ほんとか?

[シー] うるさい。

[リィン] さっき私が、私たちの結末について聞いた時に、君はわからないと答えたね。

[リィン] 確かにいいとは言えない答えだ。

[リィン] ……ほらね。君たちは君たちであり、自分たちの考え、自分たちの喜怒哀楽、自分たちの愛する物事、気に入る人、恋しい風景がある……

[リィン] この大地に生きることは、素晴らしいことではないのかな。

[リィン] アレに構ってどうするの。

[シー] 私たちはアレとは何の関係もないっていうの?

[リィン] ――我は我、彼れと何の関係があるの?

[リィン] 人間(じんかん)は酔い耽って久しい、なのに我が思う存分夢を見ることすら許されないか?

[ニェン] そう言うオメーの答えは?

[リィン] はは……

[リィン] ――「どうだっていい」。

顎(おとがい)を上げて大きく酒をあおる。

尾は筆のごとく、墨は影のごとく。

風起きて剣を弾く。

雨過ぎて纓を濯ぐ。

濁酒を傾かしめ、吾が心を澄ましむ。

[リー] 一局? 何の? ああいうゲームはよくわからないんですよ。

[リー?] 炎国囲碁だ。

[リー] 複雑すぎますねぇ。

[リー?] なら何がいい?

[リー] 五目並べはどうです?

[リー?] 子供の遊びだ。

[リー] おれは大して変わらないと思いますがね。あなたは囲碁がお好きなんですか?

[リー?] 嫌いだ。碁はつまらん。

[リー] てっきり囲碁バカかと思ってましたよ。飯以外の時間は碁を打つことしか知らないような。

[リー?] 盤上で両者が同じルールに従い、縦と横の間で黒と白が殺し合うだけだ。何の意味があるんだ?

[リー?] 碁は、結局は戯れにすぎない。

[リー] ……ならどうしておれに?

[リー?] 自分と戦っても、退屈すぎるからだ。

[リャン・シュン] ……

[ニン] こ、これは……私たち、先ほどまで麓にいたはずですが……

[リャン・シュン] ……こんな能力を持っているのは、あの者たちだけです。

[ニン] ……

[リャン・シュン] 私から離れないように。

[リャン・シュン] 前の家……光が見えます。

[リー] ……あなた、定石通りに打たないんですね。

[リー?] お前たちは?

[クルース] 囲碁は難しいかなぁ……

[ズオ・ラウ] ……基本を少々。

[リー?] ……まあ、焦ることはない。

[リー?] この一局を……何年も待っていたんだ。

[リー] おれのような門外漢に勝って、どうだっていうんです?

[リー?] 助っ人を待てばいい。

[リャン・シュン] ……リー? なぜ……

[リー] リャン!? おっと、ニンさんもいらしたのか……

[ニン] ……

[ズオ・ラウ] ……ニン侍郎にご挨拶申し上げる。

[ニン] 持燭人に聞きたいことが山ほどありますが、今は時が惜しい。

[クルース] (侍郎!?)

[リー?] 座ってくれ。

[リー?] まあ、こんなものだろう。

[リャン・シュン] ……君は何がしたいんだ?

[リー?] 皆と碁を。

[リー] 碁が嫌いなのに、こんなにたくさんの人を引き入れて付き合わせたいんですかい?

[リー?] そんなところだ。

[リー] あなたのこの酒杯には随分と苦労させられましたよ。

[リー] もしあの青い嬢ちゃんが真相を指摘してくれなけりゃ……おれはどうなってたんです?

[リー?] 幾度目かに目覚めた時、夢幻であるのは自分の方だと気付くかもしれない。泡が弾け、目を開く者が私になる。

[リャン・シュン] ……なに?

[クルース] 恐ろしいねぇ。

[リー] 確かに恐ろしいですね。

[リー?] ……大した感想を持っていないようだな

[リー] 恐ろしいと言ったでしょう。

[リー?] ふっ……そういうことにしておこうか。

[リー?] リャンが、お前を巻き込んだのはただの偶然だと――お前たちはそう思っているかもしれない。

[リー?] しかし、天下には無数の偶然が転がっているが、唯一お前はその偶然から外れる。

[リー] ……

[リー?] ……ワイという者が、いるだろう。

[リー] ……!

[リー?] 表情が変わったな。友人について触れた時だけ、お前は少しばかりの真剣さを見せる。

[リー?] ほら、お前の番だ。

[リー] ……

[リー?] 忠告しておかなければならない。

[リー?] 一手の過ちで、全てに負けるぞ。

[リー] ……うっ。

[リャン・シュン] リー。

[リャン・シュン] 落ち着け。

[ニン] あなたはどうやって抜け出してきたのですか?

[リー?] ……長く長く考え続け、ある道理を理解しただけだ。

[リー?] 劫(コウ)をどう争う?

[リャン・シュン] ……この盤面……

[ニン] 囲碁に関していえば、あなたにかなう人はいくらもいない、違いますか?

[リー?] 多少長く生きただけだ。これ以上長く生きれば、退屈だ。

[リー?] ニンとやら、次の一手はどうだ?

[ニン] ……

[リャン・シュン] ……考える必要はありません。

パチ。

白石が盤上に打たれた。

勝負は明らか。

[リー] おれの打っていた数手がめちゃくちゃだったかねぇ。

[リャン・シュン] 仕方ない。

[ズオ・ラウ] ……この対局に何の意味が?

[リー?] ただの遊びだ。深く考えるな。

[ズオ・ラウ] それは難しいですね。

[リー?] まずは勝負を考えろ、お前たちの番だ。

[ズオ・ラウ] ……盤面の形勢は明らかですし、わざとらしい態度は必要ありませんよ。

[リー?] お前は負けを認めるけど、ほかの者は?

[クルース] ……

[リャン・シュン] ……

[ニン] ……

[リー] この対局の意味は、この盤上以外にあるんじゃないですかね。

また一つ、石が置かれる。

[リー?] ……ふむ。

[リー?] お前と私の勝負は、そちらの隅にはないだろう。

[リー] そうですか? 生憎とおれは碁には疎いものでねぇ。得意なのは……人の心を読むことくらいなもんです。

[リー] 知ってますかい? たわけた相手に対する時の最良の方法は、こちらもとぼけることなんですよ。

[リー?] ……先ほどの質問に答えてやろう、年少の持燭人。

[リー?] かつてとある事件で私は一人の……妹を失った。お前は若いが、その職であれば、私が言っていることがわかるだろう。

[ズオ・ラウ] この場で語っていい話ではないですね。

[ニン] ……その通りです。是非言葉を選んでいただけると。

[リー?] あの後、私の居所の碁笥(ごけ)から、黒石が一つ減った。

[リー?] ただ……あの事件で、壊れただけだ。

[リー?] それ以降、私はずっと考えてきた。私は何をすべきか、何ができるのか。

[リー?] 当朝の太傅……初めて見た時、彼はまだ貧しい学生だった。恩師に連れられ、彼は停滞した都市の中で、宮殿を囲う高い塀を眺めていた……

[ズオ・ラウ] あなたは自由に行動できないのですから、太傅を見たことはないはずです。

[リー?] あれは面白い人物だ。一言、私の心に深々と響いた言葉を発したことがある。ちょうど私も冷たい石に嫌気が差してきた時だった。

[リー] あなたは退屈しているようですね。

[リー?] ひどく退屈だ。

[リー] ……

この時、リーの背後には多くの者がいた。

友人、仲間、知り合ったばかりの高官、そして当座の敵。

しかしリーの目はいまだ、すぐ前にいる人物の姿を捉えられられずにいた。この、自分の姿を借りて現れた者が何者であるかを。

彼の顔つきはおぼろげだ。

背筋がひやりと凍り付くほどに。

[リー] ……次の一手を打たれたら、おれがどんなに碁にうとくても、あなたの勝ちだとわかりますよ。

[リー?] お前も私も同一のルールを認めた、ならば盤上には勝ち負けなどあるはずもない。

[リー] ちーとその詭弁はまかり通りませんねぇ。天下の名手に謝るべきですよ。

[リー?] まあいい。とにかくお前に連れられていた日々は愉快であった。

[リー?] この一局はお前の勝ちだ。

[リー] まだ終わってないようですが。

[リー?] 私はただ……妹たちを見くびっていた。

[リー?] この対局も、意味がなくなった。私の投了ということにしておけばいい。

[リー] 私の見立てでは、あなたは負けず嫌いな人だったんですけどね。

[リー?] ん? あぁ……そうだな、私は負けた。

[リー?] それとお前、クルースとかいうコータス。

[リー?] ニェンがロドスを選んだのは腹に一物があってのことだ。

[クルース] ニェンさんと私たちの関係については、もっとポジティブな言葉で表現してほしいなぁ。

[リー?] ……ん……構わない、お前が思いたいように考えておけばいい。

[リー?] お前たちはもう、無関係ではいられないのだ。

[リィン] はぁ、君のこの稚拙な庭をシーちゃんが見たら、きっと怒り狂うだろうね。

[リー?] ……来たのか。

[リィン] その口ぶりだと、私は歓迎されていないかな。

[リィン] こんなに大人数に囲ませて対局するなんてまったくどうしたの。一人の時間が長すぎて寂しくなった?

[リー?] お前がアレを見破ったか。ニェンとシーだけでは、間違いなくアレに勝てなかった。

[リィン] ふぅん。わかっていたんだね……クルース、ちょっと退いてくれるかな。もっと兄弟の近くに行きたいんだ。

[クルース] あ……いいよぉ。

[クルース] (あれ……いつの間に私たちの名前を覚えたんだろう?)

[リィン] 君が黒石、では誰が白番かな?

[リー?] この身を鋳って碁石とし、盤に天下を賭ける。勝利するまで止めはしない。

[リィン] ……ジエちゃんが消えたことが原因?

[リー?] 私はすでに投了した。この場に長居は無用だ、疾く去るがいい。ただお前にはささやかな贈り物がある、リィン。まだ気付いていないだろうが、受け取ったら、また私を訪ねに来い。

[リィン] 君は彼女に……

[リー?] この件とは関係ない。

[リー?] この人間(じんかん)がいけないのだ。退屈にすぎる。

[山の担夫] ……続けるぞ。

[テイ] あの奇妙な場所をさまよっていた時、お前は何をしていた?

[山の担夫] 手に馴染みそうな棍棒を探そうと思ったが、見つからなかった。

[テイ] 残念だな。

[ウユウ] ちょっとちょっとお二人、まだやる気ですか!? もう随分とお休みしたんですから、気を鎮めてくださいよ?

[ウユウ] そちらの大柄の方! シェンさん! お二人も何か言ってやってくださいよ!

[タイホー] ……

[船頭] 山頂で異変があったようです。つまりリャン様の危惧は、やはりまこととなった。

[タイホー] 歳相の出現を確認、大事を優先する。

[船頭] ……私も山頂に行かねば。

[山の担夫] 行けばいいさ。

[船頭] はぁ……本当に私の忠告を聞き入れてもらえないのですか?

[船頭] くっ! 山頂で何が――

[船頭] ――頭上に気を付けてください!

[テイ] くっ――!

落石が襲いくる。

テイが刀を一閃した。

二十年前――いや、十年前であれば、この程度の岩など真っ二つにして、刃こぼれひとつさせない自信があった。

だが、時間は老いを彼に残した。

[ドゥ] 父さん! 危ない!

[テイ] ――ヤオイェ!

過ぎた年月は、片方に老いを、他方に成長を与えた。

テイは、一瞬の迷いなく崖から飛び降りた。視線の先には彼を守るために岩に打たれて落ちていった娘の姿だけがあった。

[ウユウ] ご店主!!

[山の担夫] チッ。

[ウユウ] ちょ、ちょっと! 何を――

[ウユウ] ――なぜ彼まで飛び降りるのです!

[タイホー] ……シェン!

[船頭] チッ、私が下りて探しに行きます。あなたは先に山頂へ! 上で何を見ても軽率な行動はしないように!

[ウユウ] 私もシェンさんと行きます!

[テイ] ぐっ……なぜだ……ヤオイェ! ヤオイェ!

[ドゥ] ……

[テイ] ヤオイェ!

[テイ] ……よかった、意識を失っているだけか……

[山の担夫] もし俺が助けに入ってなかったら、あんたら二人はとっくに死んでたぞ。

[テイ] ……シャン。

[山の担夫] まただ! またこんなことを!

[山の担夫] あの時、あんたは何ひとつ守れなかった! 俺の息子もヤオイェの父親も、あの酒杯だって!

[テイ] ……

[山の担夫] 自分がどれだけの責任を負っているかを理解しろよ! まだ後悔する時じゃない、あんたには後悔する資格なんてない!

[山の担夫] ……あんたは腕を怪我して、俺は足を怪我した。これで貸し借りなしだ。

[山の担夫] 邪魔者がまた来る前に、続けるぞ。

[山の担夫] 一撃で十分だ。

[テイ] ……本当に高いな。普段道を歩いている時には感じなかったが、この山峰はこんなにも険しかったのだな。

[山の担夫] 道を歩いているだけでは分からないこともある。

[テイ] 先ほど、お前はすでに私の命を救ってくれた。

[山の担夫] 俺が救おうとしたのはその子だ。

[テイ] そうだな、お前はこの子も救ってくれた。であれば、私はどうして今更お前と命を懸けて戦えよう。

[山の担夫] ……あんたな!

[テイ] 一思いにやるといい。

森深く、空から落ちたままの白い雪だけがあった。二人が無言で対峙する。

忽(こつ)として一声の琴鳴る。凄凄と、切切と、錚錚と。

[リィン] ……

[山の担夫] 何者だ?

リィンは黙したままだ。彼女はただ静かに、冷たい岩の上であぐらをかいて座った。

吹く風が夕日を傾け、まもなく日が山に沈む。

因縁を結んだ仇同士、まだ互いを見合った。

再び琴の一声。弦の震えは空から伝わってくるようだった。しかし岩に座した女性の手には、琴などなかった。

[クルース] コホコホッ……私たち……あの変な人から逃げ出せたのぉ?

[クルース] ……でも、まだピンチからは抜け出せてないみたいだねぇ。

[リー] 自分に脅迫される経験ってのは、後味悪いもんですねぇ……

[タイホー] ……公子。

[ズオ・ラウ] タイホーさん。

[タイホー] 何があったのですか?

[ズオ・ラウ] ……あの罪人に会いました。

[ズオ・ラウ] もしあの罪人が言ったことが真実ならば、彼女たちは今まさに自分自身の束縛に立ち向かっています。

[タイホー] 公子の心にはまだ疑念があるようだ。

[ズオ・ラウ] 分からないだけです。太傅はなぜあの罪人を信じたのでしょう。

[ズオ・ラウ] もし彼女たちが失敗すれば、私たちは尚蜀でアレの影と直面することになります。たとえ……一部にすぎないとしても。

[タイホー] 司歳台は元々、この件でバイ天師に手を出させるつもりでした

[ズオ・ラウ] ……そうですね。

[ズオ・ラウ] 父はそれを望んでいます。

[ズオ・ラウ] ――!

[ズオ・ラウ] 空が!

[ズオ・ラウ] 影が集まり形を成して……これが……歳の影?

[タイホー] 礼部は青雷伯(せいらいはく)白定山(バイ・ディンシャン)率いる一隊を尚蜀においております。たかだか歳相の影では、何も起こせません。

[「歳相」] ……

[ズオ・ラウ] ……あいつは……何を見ているんだ?

ズオ・ラウはふいに歳相がこの地を見つめているのを感じた。

定まったままの視線が抱えるのは、懐旧のようであり、悲憤のようでもあり、憐憫のようでもあった。

――と、一陣の風が吹く。空を占めていた巨大な影は、瞬きの間に霧散した。

[ズオ・ラウ] ……! 消えた?

[リィン] 永く甚だしい夢。夢から醒めたなら、消えるものだ。

[シー] どうして……

[ニェン] ……リィン姉。

[リィン] ん?

[ニェン] オメーは……ずっとこんなことができたのか?

[ニェン] 私らが自分の存在について七転八倒して、どう対処するか悩んでいる時に、オメーの方はああも簡単に、あの幻影を打ち砕くことができたのか?

[リィン] 生は皆夢幻、露の如く雷の如く、跡なきこと泡影の如し。

[リィン] アレにとっての私たちはすなわち、景(かげ)にとっての罔両(もうりょう)のようなもので、虚実の別がつかないものだ。

[リィン] 泡沫となって滅するのが、どうしてアレの方じゃいけないの?

[ニェン] ……簡単に言ってくれるぜ。

[リィン] 簡単なことなんだ。

[リィン] だから私は君たちのお姉ちゃんだよ。

[ズオ・ラウ] ……司歳台はニェンとシーに説明を求めます。

[ズオ・ラウ] また、あなた方代理人三名が行動をともにすることは認められていません。司歳台の監視下で別々に尚蜀を離れていただきます。

[ニェン] んだよ、それじゃロドスでホームパーティーできねーってこと?

[ニェン] あと何人か連れて行こうと思ってたんだけどよ。

[クルース] (えぇ……本気ぃ?)

[ズオ・ラウ] もしロドスがこれ以上目立つ行為をするようであれば……

[ニェン] オメーが私の言うことを信じるなら、自分の目で見に行ってもいいかもな。

[クルース] えっとぉ――

[クルース] そのぉ……それはぁ……

[???] 私が担保しましょう。

[タイホー] ……麟青硯(リン・チンイェン)。

[クルース] レイズさんだぁ~!

[レイズ] お久しぶりです、クルースさん。

[レイズ] あなたのそばにおられるのは新しいオペレーターですか?

[ウユウ] わ、私はウユウと申しまする。お会いできて光栄ですレイズ嬢。

[レイズ] ええ。

[ズオ・ラウ] ……大理寺と司歳台の所管は異なっていると記憶しています。

[レイズ] 私はただ天師府のアーツを継承した者として、各方面に退路を残していただくよう師の兄弟子を説得しただけです。

[ズオ・ラウ] 道理でニンさんが終始何の行動も起こさなかったわけだ……あなたが先にあのバイ天師を説得していたのですね。

[ズオ・ラウ] ですが……いつこの件は天師府の預かりになったのでしょうか。

[レイズ] もちろん、そのような事実はありません。

[レイズ] しかし今となっては、司歳台も軽々にこの件の処分を決められはしないでしょう。

[ズオ・ラウ] どういうことです?

[レイズ] 太傅がすでに尚蜀に到着しております。

[レイズ] 司歳台持燭人ズオ・ラウ、礼部左侍郎ニン・ツーチウ、粛政院副監察御史タイホー、尚蜀知府リャン・シュン、および私は、今夜の子の刻までに、梁府に戻らねばなりません。

[レイズ] 太傅の指令を伺います。

[ズオ・ラウ] ……

[タイホー] ……承知した。

[レイズ] ニェン、シー、リィン。

[レイズ] あなた方も梁府までご足労願います。太傅から直接お会いしたい旨の言葉を預かっています。

[リィン] いいよ。

[リィン] 前に会ってから三十年余りが過ぎて、今日の彼はどれだけ変わっているかな。

[ニェン] はぁ、またかよ……

[シー] チッ。

[リャン・シュン] ……うっ。

[ニン] お目覚めですか?

[リャン・シュン] ……白昼夢を見ていました。

[ニン] おわかりでしょう、これは彼女たちの力だと。

[ニン] あの対局は……

[リャン・シュン] 幸い、我々は負けていません。

[リャン・シュン] ……ただ、我々は力を合わせ、相手は一人で打っていました。少し卑怯だったのかもしれません。

[ニン] 卑怯ですか……

[ニン] 彼との戦いで、卑怯も何もないでしょう。

[テイ] ――ヤオイェ!

[ドゥ] ……ゴホッ、父さん……こんなボロボロになっても、あんたたちはまだやるの!?

[テイ] よせ! お前の怪我は一番ひどいんだ、無理をするな!

[山の担夫] おい、テイ!

[山の担夫] あんたなぜ……最後に刀を納めた? もし納めていなければ、怪我した娘一人があんたを止められるはずがない。

[テイ] 私は……

[山の担夫] また逃げるのか? 俺に復讐されれば、それで心安らかになれるとでも思ったのだろう!!

[テイ] ……

[山の担夫] ……

[ドゥ] ……ならあんたは?

[山の担夫] ……俺も同じだ。

[山の担夫] ヤオイェ、大きくなったな。

[山の担夫] 大きくなった……

琴の音が止んだ。

リィンの姿が掻き消え、音だけがその場にこだました。これは夢ではなく、「ささやかな贈り物」――彼はそう言っていた。

しかし彼女には疑問が生まれた――答えを得たい疑問が。

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