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風雪一過_BI-5_狩場_戦闘後
エンシオディス暗殺の失敗により、危機に追い込まれたメンヒは、自ら崖に身を投げるのだった。 エンシオディスは目の前で何が起ころうと少しの動揺も見せなかった。そして大典がいよいよ始まろうとしている。
[ノーシス] 次のフェーズの準備はできているか?
[メンヒ] ……はい。
[メンヒ] ……
[メンヒ] ノーシス様!
[メンヒ] ……一つお聞きしてもよろしいでしょうか?
[ノーシス] 珍しいな、君が質問なんて初めてじゃないか?
[ノーシス] 言ってみるがいい。
[メンヒ] 僭越ながら──
[メンヒ] 我々の計画通りに事を進めた場合、後々議会等で追及された際に、ブラウンテイル家にも累が及ぶかと思われます。
[メンヒ] 私は……私はただ、ノーシス様がブラウンテイル家と同盟を結んでいらっしゃる関係上、彼らに何かあれば、ノーシス様の計画に不都合が生じるのではないかと不安でして……
[ノーシス] それについては私も考えたが、差し支えはないという結論だ。これが非常に得難いチャンスであることを考えれば、ブラウンテイル家がどうであるかはもはや全く重要でないのだよ。
[ノーシス] それと同時に、君には自分の身を第一に考えてほしい。
[ノーシス] 本当に最悪の事態が起きた場合、ブラウンテイル家の事情を鑑みる必要はない。エンシオディスの出方は読めている。君の証言が彼にとって有利に働く限り、彼は君に手出しはしないだろう。
[ノーシス] いざとなれば、私が人をやって君の安全を確保する。
[メンヒ] ノーシス様! 私は……
[ノーシス] ……どうした?
[ノーシス] もし気がかりがあるなら、別の者に実行させてもいい。
[メンヒ] ……いえ! 私にやらせてください!
[メンヒ] ノーシス様のお申し付けとあらば……
[メンヒ] 私はどんなことだろうと辞さない覚悟です。
[年長のイェラグ戦士] これで全部だな!?
[年長のイェラグ戦士] 数人負傷したが、大したことはないな……巫女様のおかげです!
[エンヤ] 身共は何もしておりません。己の勇猛さを見事に証明したのは皆様です。イェラガンドも自らの戦士たちを誇りに思うでしょう。
[年長のイェラグ戦士] か、過分なお言葉です……!
[若いイェラグ戦士] 巫女様!
[エンヤ] おや? あなたは先ほどの──
[若いイェラグ戦士] そうです。先ほどは命を救っていただきありがとうございました!
[アークトス] 巫女様! なんと危険なことを!
[アークトス] ですがこの愚か者を助けていただき、心から感謝申し上げます!
[エンヤ] イェラガンドの民同士、助け合うのは当然のことです。謝意などは必要ありません。
[若いイェラグ戦士] 巫女様……
[ラタトス] 素晴らしい一射でした。巫女様がこれほどの腕前をお持ちだったとは今まで存じ上げませんでした……
[エンヤ] 巫女は雪境の民を守る最低限の能力を有して然るべきですから、別段言及するほどのことではございません。
[アークトス] ご謙遜を! 先ほどの一矢は、イェラグでも数本の指に入る射手とも渡り合えるほどです!
[イェラグ戦士] 巫女様! アークトス様、ラタトス様!
[イェラグ戦士] た、大変です!
[ラタトス] 慌ててどうした、私たちは無事だよ。
[ラタトス] いや、お前はシルバーアッシュ家の……今度は何が起きた? まさかお前たちまで野獣に襲われ、エンシオディスが助けを求めているとでも言うんじゃないだろうね?
[イェラグ戦士] や、野獣じゃありません!
[アークトス] ならば何事だ。御託は抜きに早く言え!
[イェラグ戦士] はい! エンシオディス様が刺客に襲われました!
[エンヤ] ──!
[ラタトス] ……何だと?
[ラタトス] エンシオディスが襲われた? 大胆にも聖猟の場であいつに手を出そうって輩がいるのか?
[アークトス] ……お前たち、半分はここに残って巫女様をお守りしろ、警戒を怠るな。
[アークトス] ほかの者は、俺についてこい!
[ラタトス] 待て、アークトス! あんたイカレちまったのか?
[ラタトス] 何するつもりなんだよ? まさか本気で助けに行くってのか? エンシオディスが助けを必要としているかどうかは別として、今の状況を……よく考えてみろ!
[アークトス] ……ラタトス、言いたいことはわかる。だが考えたところで俺のやることは変わらん。
[アークトス] エンシオディスが心から悔い改めていようと、茶番を演じていようと関係ない。俺はただ、神聖な聖猟を汚す者を許しておけないというだけだ!
[アークトス] 我が一族は何代にもわたり、イェラグを守護すると誓ってきた……そこには、聖猟の儀式の秩序も含まれているのだ!
[ラタトス] まったく向こう見ずな野郎だ……まあいい。あんたのその使命感がどんな結果をもたらすのか見届けてやるよ。
[エンヤ] ……
[エンヤ] エンシオディス……
[イェラグ戦士] エンシオディス様! 血が……お怪我をなさったのですか!?
[エンシオディス] 慌てるな、問題ない。
[イェラグ戦士] ですがそのお怪我は……!
[エンシオディス] かすり傷にすぎん。
[エンシオディス] 素晴らしい隠れ身だ。完全に不意を突かれた。まさか聖猟中に奇襲を仕掛けてくる者がいるとは……うかつであったな。
[???] ......
[エンシオディス] どうした、出てこないのか?
[エンシオディス] わざわざこの状況で襲撃し、イェラガンドに不敬をはたらく度胸があるのなら、覚悟などとうにできているかと思ったのだが。
[エンシオディス] まさか、そんなことも理解していなかったのではあるまい?
[???] ……挑発しなくてもわかってる。
[メンヒ] 手を出したからには、どうなるかも当然承知の上だから。
[メンヒ] エンシオディス、この狩り場が私の墓場になるのなら、あなたも無事で済むとは思わないで!
[エンシオディス] お前の覚悟は本物のようだな。
[メンヒ] 言われるまでもない!
[メンヒ] エンシオディス、あなたは敬虔なふりをしているだけで、イェラガンドに対して少しも畏敬の念を抱いてない。あなたがこのイェラグにもたらした害悪は、誰もがはっきりと見てるんだ!
[エンシオディス] 面と向かってそう言える者も珍しい。昨今のイェラグにおいて、私にそこまでの敵意を向ける者はごく僅かだ。
[エンシオディス] そのような非難をするということは、私の開放政策によって利益を損なった者か、あるいは本当に敬虔かつ過激な信者か……
[エンシオディス] お前はどちらだ?
[メンヒ] ……素直に教えるわけないでしょ!
[イェラグ戦士] エンシオディス様、気を付けてください!
[メンヒ] 邪魔しないで!
[エンシオディス] 残念だ。
[エンシオディス] 突然暴れ出した野獣も事前に用意しておいたものだな? 聖猟中、私に付き添う護衛は多くない。もし彼ら全員の足を止められれば、それは確かに得難いチャンスとなるだろう。
[エンシオディス] だが……それもここまでのようだ。
[メンヒ] ……私をあなどってるの?
[メンヒ] 手負いでどれだけ虚勢を張ろうと、私の目はごまかせない!
[メンヒ] もうそれほど機敏に動けないはず。あともう一矢で、あなたは……
[エンシオディス] この状況で当てられるのか?
[エンシオディス] 正面からやり合って、私の急所に当てる自信がどれだけある?
[メンヒ] ……ふん。
[メンヒ] やってみればわかる。
[メンヒ] チッ……杖で矢を斬り落とすなんて……
[メンヒ] 余裕ぶっておちょくってるの!?
[エンシオディス] 誤解するな。お前を見下しているつもりは全くない。
[エンシオディス] 計画と手回しはなかなかのものだが、どんな計画であろうがいざ実践となると話は別だ。紙の上でのシミュレーションだけでは、直接的な暴力に蹂躙されてしまうことなど珍しくもない。
[エンシオディス] 私は、あらゆる物事において、交渉による秩序立った解決を望んでいるが、私の連れの中にはその種の直接的な暴力を得意とする者がいてな。彼女のおかげで、同種の人間のことはよく理解している。
[イェラグ戦士?] ……
[メンヒ] 何を言ってるの!?
[エンシオディス] まだ正体を現す気はないのか? まさか私の見当間違いか?
[イェラグ戦士?] ……
[Sharp] ......
[Sharp] ……矢を斬り落とすとは、確かになかなかのものだ。
[メンヒ] あなたは──!
[Sharp] だがエンシオディスさん、俺はただ仕事でここにいるだけだ。
[Sharp] それで、お前たちはまだ続けるのか?
[エンシオディス] それは私が決めることではない。
[メンヒ] ……
[エンシオディス] 現状、手を引くのが最善の選択だ。少なくとも命は助かるだろう。
[メンヒ] ……善人ぶるな、気持ち悪い。
[メンヒ] 自分に手を下そうとした人物が誰なのか──あなたはそれを私から聞き出したいんでしょ?
[ノーシス] それについては私も考えたが、差し支えはないという結論だ。これが非常に得難いチャンスであることを考えれば、ブラウンテイル家がどうであるかはもはや全く重要でないのだよ。
[ノーシス] それと同時に、君には自分の身を第一に考えてほしい。
[ノーシス] 本当に最悪の事態が起きた場合、ブラウンテイル家の事情を鑑みる必要はない。エンシオディスの出方は読めている。君の証言が彼にとって有利に働く限り、彼は君に手出しはしないだろう。
[メンヒ] 私は……
[???] メンヒ、メンヒ!
[???] どこに行ってたのよ! 新しい計画案を作ったの。早く見て! 次はきっとラタトスに目にもの見せてやるんだから!
[???] メンヒ、やっぱり頼れるのはあなただけよ。あいつら陰で私をバカにしてんのよ。ふんっ! あたしが知らないとでも思ってんのかしら……
[???] ねぇメンヒ……あたし、本当にブラウンテイル家のために何かできるのかしら? きっとできる、そうよね? ……うん! あなたは嘘なんて言わないもの!
[???] メンヒ……!
[メンヒ] ……
[メンヒ] ──思い通りにはさせない!
彼女は持ち前の素早さで駆け出した。その姿からは、小川を飛び越えるような、あるいは木に飛び移るような軽快さが伝わるのみだった。
崖際に迫った黒い影は、瞬く間に飛び上がると、崖の向こうへと吸い込まれて姿を消した。
[Sharp] ……飛び降りたぞ。
[エンシオディス] 予想外の選択だ。
[エンシオディス] お前は彼女を止めなかったな。
[Sharp] それは俺の任務に含まれていない。
[Sharp] あんたも驚いていないように見えるが。
[エンシオディス] 事前に狩り場に罠を仕込むことができる者はそう多くない。探せば証拠などいくらでも見つかるだろう。
[エンシオディス] 証人を確保できれば手間こそ省けるが……証人の生死はそれほど重要ではない。
[Sharp] ……あんたの部下たちはどうしたんだ。
[エンシオディス] 暴れ出した野獣に阻まれているのだろう。
[エンシオディス] この件については、ドクターに感謝を伝えておいてくれ。
[Sharp] ......
[マッターホルン] 旦那様!
[エンシオディス] 状況はどうだ?
[マッターホルン] 全部片づけました。負傷者はいますが、大したことはありません。
[マッターホルン] 今しがたヴァイスから知らせを受け──
[マッターホルン] Sharpさん、なぜあなたがここに……?
[Sharp] 仕事だ。
[マッターホルン] ドクターの指示ですか? まさかドクターは、こうなることを予測していたとでも……?
[Sharp] ......
[Sharp] なぜ俺だとわかった?
[エンシオディス] 難しいことではない。
[エンシオディス] 言っただろう。その存在だけで局面を打破しうる戦士について、私は理解が深いと。
[アークトス] エンシオディス!
[アークトス] 刺客はどうした!?
[Sharp] ......
[エンシオディス] アークトス、お前が駆けつけるとは予想外だ。シルバーアッシュ家とペイルロッシュ家の関係を修復できる兆しだろうか?
[アークトス] フンッ! 俺がここに来たのは、貴様とは一切関係ない!
[アークトス] 俺はただ、イェラガンドの祭典を汚す下郎を裁きに来ただけだ! 下劣な行いの報いを受けさせねばならん!
[エンシオディス] アークトス、お前がイェラガンド一の敬虔なる信徒であることは疑いようもない。
[エンシオディス] だが、一歩遅かったようだ。
[アークトス] どういう意味だ? 貴様に刺客を見逃す道理などなかろう。どこに隠した?
[アークトス] 待て……まさかこの崖から!?
[エンシオディス] お前の想像通りだ。これより部下に痕跡を捜索させる。
[エンシオディス] 狩りを続けよう。
[アークトス] 地面に血が……貴様、負傷したのか?
[エンシオディス] かすり傷だ。
[マッターホルン] 旦那様、すぐに手当てを!
[マッターホルン] せめて……まずは止血を!
[エンシオディス] 狩りを続けると言っただろう。
[エンシオディス] 私の個人的な事情で、イェラガンドの祭典に遅滞をもたらすわけにはいかない。
[マッターホルン] ……
[エンシオディス] 他の者にも伝えろ、すべて予定通りだと。
[マッターホルン] ……はい。
皆が見守る中、シルバーアッシュ家の若き当主が歩みを進める。
その身にまとわりついた風雪は、彼が空を仰ぎ見る間に消えた。どのような経文にもそんな姿の記述はない。
彼の後ろに点々と続くまだらな深紅色の染みは、次第に淡くなり、ついには純白の山河に溶け込む。
止める勇気がある者も、止められるだけの力を持つ者もいない。
エンシオディスはただ前へと進む。
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