aklib_story_春分_鬼神を問わず

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春分_鬼神を問わず

偶然発生した土石流により、村の外にある馳道が破壊され、さらに現場からは身元不明の死体が発見された。惨事に直面した村人たちは皆一様に口をつぐむのだった。


目の前にそびえ立つ山を、消し去る方法はあるだろうか?

集落の人々は何世代もの間、この地で山に立ち向かいながら生活をしてきた。

採れる果実は渋い上に毒があり、野生の獣も狡猾で獰猛だ。少しでも気を緩めようものなら、待つのは死である。しかしそれら以外に腹を満たせる物は存在しないのだ。

岩や土の間を流れ落ちた雨水は、麓に着く頃にはもはや汚らしい泥水に変わっている。しかしそれ以外に喉を潤せる水は存在しないのだ。

男は石片を鋭く削り出すと、つる草を引きちぎり、研ぎ上げた石を細長い木の棒にくくり付けた。

そうして彼は一本の鍬を得た。

山の麓に比較的湿気が多く平坦な土地を見つけ出した彼は、鍬で畝を作り、採取してきた選りすぐりの種をそこへ蒔いた。

そうして彼は一枚の畑を得た。

もちろん一枚の畑では、すべての人を養うことはできない。だが彼の目の前には……

万尋の高さを誇る山がそびえ立っている。頂上には雲が流れ、幅も百里はあり、その端が見えぬほどだ。起伏が激しく、険しい山の何と峻厳たることか!

壁のような山は吹く風を阻み、人の出入りを阻み、生きる道を狭めていた。

ならばこの手にある鍬でもって、その山を切り拓けばよい。

それからというもの、彼はこの麓に居座り続けた。鍬を手に持ち、天秤棒に籠を括りつけた畚(ふご)を担いで、目が覚めたら山を掘り、疲れては眠るという日々を繰り返した。

半年が過ぎても、山には数本の浅い傷跡がついただけだったが、横で見ていた一族の者たちが、手に持った果実と泥水を放り出し、彼の後に続いた。

それからますます多くの人が山を切り拓く集団に加わったことで、鍬の数も畑の数もどんどん増えていった。

石を砕き、畑を拓き、それを絶え間なく繰り返す。カンカンという甲高い音が、昼夜を問わず響き続けていた。

[???] お前は、どれだけの間、掘り続けているのだ?

[山を掘る者] 三年か、五年か? 覚えとらんな……

[???] ではどれだけ掘り続けるつもりなのだ?

[山を掘る者] それ以上掘れなくなるまで。

[???] 何と愚かな! お前の鍬がどれだけ鋭かろうと、硬く分厚い岩盤に当たったらどうする? お前の畚がどれだけ大きくとも、それを超える巨大な土石が現れたらどうする?

[???] たとえお前の命が尽き果てるまで掘り続けたとて、これほどに大きな山を掘り尽くせるはずがあるまい?

[山を掘る者] そんなことは関係ない。

[山を掘る者] 俺が掘れなくなれば、俺の一族や子供たちがいる。一族や子供たちが掘れなくなれば、そのまた子供たちが……

[山を掘る者] この山はもはや変わることはない。しかしそれに立ち向かう人たちは永遠に、無尽蔵に増え続けるのだ。

[山を掘る者] それに、そもそも掘り尽くす必要がない。ただ一日でも多く掘ることで、一つでも多くの畑を切り拓き、一人でも多くの子供を養うことができるのだから。

[???] 止めるつもりはないということか?

[山を掘る者] 止めてしまえば、それはこの山に屈することと同じだ。

[???] なにゆえ人が、山に立ち向かわねばならぬのだ!?

[山を掘る者] ならばどうしてこの山はここに立ちはだかっているのだ!? 先に人に牙をむいたのは、この天地の方ではないか。

[山を掘る者] もうそれ以上の説教はするな。さっさと帰れ。俺は仕事を続ける。

[???] ......

[???] 何という聞き分けのない輩であろうか!

[???] 五年と三ヶ月と七日だ。ずうっと我の尻尾の上でカンカンと喧しい音を立て続けおって……

[???] もうよい。お前らが止めぬというなら、我が立ち去るまでよ……

山は突如として姿を消した。

何の音もなく、いつもと何ら変わったところもなかった。一日中働いてくたびれた男は、畚を枕にして、良い夢を見ながらぐっすりと眠りについた。

次の日の朝、目を覚ました男の前にあったのは、散らばった土砂とかつてないほど広い土地だった。彼は思わず、山など本当に存在したのだろうかと疑わずにはいられなかった。

一族の者たちは、彼の勤勉さと情熱さに心を打たれた神様が、山をどかしてくれたのだと口々に語った。

数日前

[傍観する村人] 族長が来たわよ。

[年老いた族長] ……

[報告した村人] 一晩中降り続けた大雨でセメントがダメになってはまずいと思い、今朝様子を見に来たんですが、その時にここの馳道が土石流で押し流されてるのを見つけたんです……

[報告した村人] そしたらこの子が隣の中州に倒れていて、私が行った時にはもはや……息がありませんでした。

[年老いた族長] ……

[報告した村人] 族長? 族長! どうされました?

[年老いた族長] なぜじゃ……なぜこんなところに人が……

[報告した村人] おそらく、夜中に馳道沿いを歩いていた時に、偶然地滑りが起きたんじゃないかと……

[報告した村人] 既に村中を確認して回りましたが、この子を知っている者は誰一人いませんでした。近くの村にも顔を見たことがある者はいないようでして……

[傍観する村人] 格好からして、山の人間ではないわね……一人きりでこの辺鄙な山へ何をしに来たのかしら?

[傍観する村人] 族長、何か仰ってください。これからどうすべきなのか、皆あなたの意見を聞きたがっています。

[年老いた族長] この者は……

[年老いた族長] 何か身分を証明するような物を身に着けておったかの?

[報告した村人] 特に見当たりませんでした……仮にあったとしても、きっと土石流で流されてしまったんじゃないでしょうか……

[年老いた族長] 手に持っておるのは?

[報告した村人] くっ、なかなか放そうとしませんね……プラスチックの箱ですが、すごく重たいです。

[報告した村人] 見てください、この蓋動きますよ。開きましたが、鏡が張ってあるだけで、何に使う物なのかよく分かりません。

[年老いた族長] これは……撮影機か?

[年老いた族長] ひとまず預かっておきなさい。壊さないようにな。

[年老いた族長] 役所の調査員が来たら引き渡すとしよう……もしかしたらこの者の素性を探る手がかりになって、家族に知らせてやれるかもしれん……

[傍観する村人] ……

[傍観する村人] 族長、や、役所に通報するのですか?

[年老いた族長] 人命に関わることじゃ、通報せんわけにはいくまいよ……それに、村外れの馳道の整備は、わしらが受け持つことになっとるんじゃ。馳道が壊れてしまったとなれば、早急に伝える義務があるでな。

[年老いた族長] こうなっては……まぁよい。役人が来たら、わしがまとめて説明するとしよう。

[傍観する村人] 別にごまかそうというつもりではないのですが……族長、私の話を聞いてくださいますか。

[傍観する村人] 地滑りが起きて馳道を押し流し、この子の命が奪われた……これはもしかして、この子が馳道の突貫修理をしている最中に起きた事故と言えるんじゃないかと──

[年老いた族長] どういう意味じゃ?

[報告した村人] 族長、この者の姿をよく見てください……

[報告した村人] もし猟師のところのファン・シャオシーがまだ村にいたなら、この子くらいの年頃だったんじゃないでしょうか?

[年老いた族長] ……!

老人は袖を強く握り締めながら、像の前に置かれた供物台を綺麗に拭くと、古くなった果実とカビの生えた麦の種をそこに置いた。

それから彼は像の前に跪き、額づいた。顔も上げず、言葉も発さぬまま、長い間その姿勢で居続けた。

老人と像。二人きりの荒れ果てた廟は、どうにも空虚だった。

[年老いた族長] この実は去年の冬に蔵へ蓄えておいたものです。心苦しい限りですが我慢してくだされ……三月も終わるというのに、村の老木はまだ芽が出ておらんのです。今年の実入りは芳しくないでしょう。

[年老いた族長] この種をご覧くだされ。ここ二年の干ばつで、わずかな量しか蓄えはありません。年明けから大雨が降り続いたせいで、カビまで生えてしまう有様で……

[年老いた族長] 最近になってようやく晴れ始めましたが、春分はもうすぐ終わってしまいます。いささか遅れが出た分、皆を急かして種を蒔いておるところです。

[年老いた族長] ご先祖様……わしらには他に手段がなかったのです。

[年老いた族長] 荒野に道を通すのは難しい。馳道のように大規模な工事であれば、それに従事する者への待遇はとても良くなる。ましてや殉職した者への補償金となれば、より手厚いものとなるのです。

[年老いた族長] 百万以上もの大金。村が様々なことを成すのには十分な金額です。

[年老いた族長] まずは用水路全体を改修し、信使に依頼して移動都市から新たな灌漑設備を買い付けたり、もっとたくさんの井戸を掘って、畑の水量を保つための貯水をしたり……

[年老いた族長] もし、もしも余剰金が出れば、上等な種や、緊急用の備蓄食料なども買うことができるでしょう。

[年老いた族長] もう随分前から村には食糧の備蓄がない状態でした。ここ数年は収穫もますます減ってきておりますゆえ、万が一食糧が尽きた時のことを考えると……

[年老いた族長] 元々取り決めが成されていた補助金は未だに交付されぬ有様で……謀善村には殊更に金が必要なのです。

[年老いた族長] わしにはあの少年の死体とシャオシーの名を借りるより他に手立てがないのです……

[年老いた族長] 三年経った今、猟師もわしも口には出さずとも、心の中ではすでに理解しておりました。あの子はおそらく荒野で死んだのじゃろうということを……

[年老いた族長] ご先祖様、これが本当に卑劣極まりない所業であるということは、わしも重々承知しております。しかしこれは……唯一の活路なのです。

[年老いた族長] わしの……

[年老いた族長] わしの行為は、すべて村のためなのですから……

[年老いた族長] わしは本当に……

[年老いた族長] 悪人に成り下がるつもりなど毛頭なかったのです……

[年老いた族長] これをあなた様にお伝えしなければなりませんでした。さもなくばわしの心は……

[年老いた族長] あなた様の末裔は役立たずですじゃ。何十年も族長を務めながら、皆の暮らし向きを良くすることも叶いません。ここ三年は、あなた様が眠るこの場所の修繕すら満足にできていない始末です。

[年老いた族長] わしにはあなた様のように、一つの山を切り拓いて、百人以上もの民に安寧の地を与えられるような能力などはありません。

[年老いた族長] 今年で六十七歳になるわしには、もはや畑仕事すらもできません。わしにできるのは、まだ歩ける内に、言葉を話せる内に、皆のためにできうる限り生きるための道を整えてやることだけです。

[年老いた族長] ご先祖様、どうか子孫たちを、この村をお守りください。すべてがうまくいきますように、どうか……

[???] ......

[???] 住職様、人の世の出来事と画中の景色には、果たしてどこに違いがあるのでござろうか?

そう言うと、客僧は目を見開いた。

彼女は山を拓いた先祖の像にもたれかかり、しわくちゃの僧衣の裾を座布団代わりに折って座り込んでいた。脇に置かれたお碗の中には清水が半分ほど注がれている。

その姿は、座禅を終えたばかりであるようにも、今しがた眠りから覚めただけのようにも見えた。

[サガ] そなたから拝借した食糧と水は、ありがたく頂戴仕りまする……

[サガ] 確かにそなたは人ならぬ塑像であるが、住職様はかつてこう仰っておられた。「有情非情、万物に縁起あり」と。ゆえに拙僧も、僭越ながら「そなた」と呼ばせていただきまする。

[サガ] 昨夜は急な雨に降られ、疲れと飢えから一歩も動けなかったため、そなたの背中を借りて一休みさせていただいた。あのような話を盗み聞きしてしまったのも、拙僧の本意ではござらん。

[サガ] しかしながら……

[サガ] 婆山町(ばざんちょう)のような鐘がどの地にもあるとは限らぬ。にも関わらず、鐘を鳴らす人はどの場所にも必要であるのだな……

[食事を届けに来た村人] 口を開けなさい。ファン・シャオシー。

[ファン・シャオシー] ……

[食事を届けに来た村人] 安心して、毒は入ってないから。

[食事を届けに来た村人] 麻辣砂地獣よ……あなたのお父さんが持って来てくれたの。お肉なんて長い間見てないのよ。お父さんももったいなくてあなたに残したんでしょうね。言われた通り、あなた好みに辛く味付けしたわ。

[食事を届けに来た村人] はぁ……ようやく家に帰ってきたっていうのに、最初に食べるご飯がこんな形だなんて残念でしょうけど。

[ファン・シャオシー] ケッ。

[食事を届けに来た村人] ちょっとは口に入れなさいな。空腹で辛い思いをするのはあなたの方なのよ。

[食事を届けに来た村人] 別に本当に死なせようと思ってるわけじゃないんだから。

[ファン・シャオシー] こんなことになるくらいなら、いっそ殺された方がマシだ。

[食事を届けに来た村人] また子供みたいに癇癪起こして。

[食事を届けに来た村人] 勝手に自分の名前を死んだ人にあてがわれて気分が悪いって気持ちは理解できるわ。でも結局はただの名前じゃないの。

[食事を届けに来た村人] これからは心機一転して方小禾(ファン・シャオホー)とか、方小樹(ファン・シャオシュー)って名乗って村で暮らせばいいんじゃないの? 大騒ぎする話じゃないって思わない?

[食事を届けに来た村人] それに、今回あなたが村のために名前を犠牲にすれば、みんな恩を忘れないと思うわ。今後は何があっても、あなたたち家族を大切にするはずよ。平穏に暮らせるんだし悪くないでしょ?

[ファン・シャオシー] ああそうだな。村にいる臼引き用の駄獣も、みんなに勝手な名前で呼ばれて、好き勝手利用されながら平穏に暮らしてるよな。

[食事を届けに来た村人] 何言ってるの、人と駄獣を比べるなんて……

[食事を届けに来た村人] はぁ……でもまぁ、人も駄獣も同じようにご飯を食べて仕事して、同じように生きていくんだし、別にそう変わらないわよね?

[ファン・シャオシー] あんたらがどう生きようと勝手だけどな、俺は人として生きていたいんだ!

[食事を届けに来た村人] 本当に困った子ね。あなたみたいなおバカさんには、何を言ったところで分かってもらえないみたいだわ……

老人が身をかがめて井戸の傍に立っている。その背丈は井戸の釣瓶と同じくらいだった。

木製の滑車が回転し、木桶が吊り上がってくると、彼はそれを脇に置いて腰を伸ばし、大きく息をついた。

桶の中身は、土が沈殿しきっていない泥水である。

飲めはしないが、灌漑に使う分にはちょうどいい。いくつか掘った井戸も完全に無駄になったわけではなかった。

[年長の村人] 族長、力仕事は若い奴らにやらせればいいんです。どうしてあなたがそんなことを?

[年老いた族長] わしがこうして先に水を分けておけば、種まきが終わった者はそれを持っていくだけでいいからな。そのくらいの体力ならまだ残っとる。

[年老いた族長] それに、こんな時にじっとしてはおれんよ……

[年長の村人] ずいぶん女々しくなってしまいましたね。昔、馳道工事を請け負うために皆を連れて隣の村と争った時は、そんな様子じゃなかったのに。

[年老いた族長] それとこれとはまた別じゃよ……

[年長の村人] しかしどちらも村のためです。

[年老いた族長] じゃが、わしの心は未だにざわついておってな……

[年長の村人] まだ何か不安なことでも?

[年長の村人] あの亡くなっていた者のことなら、既に何度も調査をしましたが、知り合いや見かけたことのある者は誰一人いませんでした。

[年長の村人] 明後日役人が来たら、戸籍を調べて記録も済ませ、それから猟師のに頼んで墓標を立てて、泣き真似の一つでもしてもらえば、万事解決ですよ。

[年長の村人] 村の者は一枚岩です。誰一人事情を外に漏らしたりしません。バレるわけありませんよ。

[年老いた族長] 猟師の奴は、何も言っておらんのか?

[年長の村人] とっくに決まったことなのに、何に口を挟むことがありますか? ましてや、今は元気な息子も帰って来たってのに、不満なんて何もないはずです。

[年老いた族長] ……シャオシーの奴はどうしておる?

[年長の村人] 手はずはすべて整えてあります。見張りも立てて門も固く閉ざしていますから、逃げられやしません。

[年老いた族長] 食事はきちんと与えてやりなさい。

[年長の村人] ご安心を。あの子の食事はジョウ・リュウの嫁さんが届けてやってますから、問題ないでしょう。

[年老いた族長] この難局さえやり過ごせば、時間をかけてあの子を説得することもできよう……とにかく辛い目には遭わせんようにな。何といってもまだ子供なのじゃから。

[年老いた族長] はぁ……明後日、明後日さえ無事に過ぎてくれれば……それまではほんに辛い日々が続くのう……

[年老いた族長] 万が一にも手違いがあってはならん……

[ファン・シャオシー] ……

[ファン・シャオシー] そうだ、親父は? どうして会いに来ないの? まさか、親父まで閉じ込めたわけじゃないよな?

[食事を届けに来た村人] お父さんは……

[食事を届けに来た村人] その……何て言ったらいいのかしら……

[ファン・シャオシー] そもそも、この仕打ちは一体誰が言い出したんだ? ジョウ・スーの*山村スラング*か? それとも族長か? ていうか、あんたらどうやって親父を言い包めたんだ?

[ファン・シャオシー] ま、まさか言い出したのは親父自身なのか!?

[食事を届けに来た村人] それは違うわ。お父さんのことをそんな風に思っちゃダメよ……

[食事を届けに来た村人] 元々村の人たちは、あなたがとっくに……いえ……また帰ってくるなんて思ってなかったから。

[ファン・シャオシー] 現にこうして帰ってきただろうが!

[食事を届けに来た村人] もう事故のことは通報してしまったのよ。後戻りはできないの。

[食事を届けに来た村人] 村のみんながそう考えているわ。族長も、あなたのお父さんも……同意したことなのよ。

[ファン・シャオシー] !!!

[食事を届けに来た村人] シャオシー、おばさんの言うことをよく聞いてちょうだい……

[食事を届けに来た村人] あなたが五体満足で帰って来て、みんな心の底から喜んでるのよ。特にあなたのお父さんは、もう一度あなたに会えてどれほど喜んでいることか……

[食事を届けに来た村人] けど謀善村が今どういう状況なのかは、あなたも見たでしょう? 私たちにはどうしてもそのお金が必要なのよ……

[食事を届けに来た村人] うちの娘のことは、まだ覚えている? ちっちゃな頃はあなたをお兄ちゃんって呼んでたでしょ?

[食事を届けに来た村人] こんな田舎の山奥に生まれた上に、病気がちで歩けないあの子を、私やジョウ・リュウおじさんはお金を貯めて、どうにか移動都市に行かせてあげたいと考えてたの。

[食事を届けに来た村人] けどここ最近は、お金を貯めるどころか家にある食糧の備蓄まで少なくなってきてるのが現実よ。

[ファン・シャオシー] 俺にそんな話されても……

[食事を届けに来た村人] あなたが本当は優しい子だってことは分かってるのよ。今は大事な時期だって理解できるわよね。だから村の期待を台無しにするような真似はしないで。村のために一肌脱いでもらえないかしら?

[ファン・シャオシー] あんたら、こんな汚い真似をして恥ずかしくないのかよ……?

[ファン・シャオシー] もう一度言っとくがな、この名前は俺のもんなんだ。絶対認めたりしないからな。

[食事を届けに来た村人] はぁ……とりあえず言いたいことは全て言ったわ。これ以上はどうしようもないわね。

[食事を届けに来た村人] けど、あなたがどれだけ騒いだところで、これはもう決まったことなのよ。覆りはしないわ。

[食事を届けに来た村人] ご飯はここに置いておくから、納得したら食べてちょうだいね。

[年老いた族長] ダージーよ、こんなに暖かく良い天気だというのに、畑仕事もせずにほっつき歩いとるとは何事じゃ?

[憂鬱そうな村人] 鋤が壊れちまったんです。

[憂鬱そうな村人] 村の東側の土地を耕してたら、地面の下に埋まってた石にぶつけちまいまして、鋤の先に亀裂が……

[年老いた族長] 鋤の先なら、わしの家の倉庫に使っておらんやつがあるはずじゃ。取りに行くがいい。

[憂鬱そうな村人] ……

[年老いた族長] まだ何かあるのか?

[憂鬱そうな村人] 族長、鋤のことは何とでもなるんですが、それよりもまずいのは、石にぶつかった時に鋤先が空回りしちまって、源石動力装置が熱で故障しちまったことなんです。

[憂鬱そうな村人] 俺のせいです。源石鋤にちょっとガタが来てるってのはずっと前に気づいてたんです。けど、移動都市の行商が村を通った時に修理をしてもらうはずだったのを、金惜しさに断っちまったもんだから。

[年老いた族長] 前々から言っておったじゃろう。手入れを怠ったまま使い続けてはならんと。だから肝心な時に困ったことになるのじゃ。

[年老いた族長] ……

[憂鬱そうな村人] な……何か別の方法を考えてみます。

[年老いた族長] お前さんが何か考えれば、謀善村の土と石の中から源石動力装置が掘り出せるとでも言うのかね?

[憂鬱そうな村人] ど、どうしてもダメなら、俺が自分で引くって手もあります。昔のご先祖様は、源石農具なんかなかった時代に山を掘って切り拓いたわけだし……

[年老いた族長] 自分で言っていて尻すぼみになる程度の案だろう。

[年老いた族長] 平坦な土地ならまだしも、この村はほとんどの畑が山の傾斜部分にあるんじゃぞ。それに土壌の流出や土砂の堆積という問題もある。人どころか、駄獣の力ですら難しいじゃろう。

[憂鬱そうな村人] それは分かってますが……

[年老いた族長] 今、家に女房がおるはずじゃ。彼女のとこへ行って、わしの歩行車をお前さんに渡すよう伝えてくれんか。

[憂鬱そうな村人] 族長、まさか……

[年老いた族長] あの中には源石動力装置が内蔵されておる。出力は多少落ちるかもしれんが、そこそこ使えるはずじゃ。

[憂鬱そうな村人] あれは族長の不自由な歩き方を見た親方が、工事の終盤にわざわざ移動都市から持ってきた代物じゃないですか……

[憂鬱そうな村人] それに、冬になればそれが頼りでしょう。

[憂鬱そうな村人] 俺が……もしも壊しちまったら……

[年老いた族長] あれはもう壊れとるわい。

[憂鬱そうな村人] え? どういうことです?

[年老いた族長] ……都会の人らが使う物じゃからな。わしには使い方なんぞよう分からん。

[年老いた族長] もう三月も終わりに差し掛かっとる。春に耕して、秋に収穫するとなれば、季節はこれ以上待ってはくれんぞ。

[年老いた族長] 冬が来たとしても、あれなしでだって歩けるわい。それに今急いで種を蒔かねば、冬を越すための食糧が手に入らんのじゃ。

[憂鬱そうな村人] しかし……

[年老いた族長] グズグズするな。とっとと行かんか。

[年老いた族長] はぁ……

[年老いた族長] ん、誰じゃ? そこに誰かおるのか?

[年老いた族長] 年を取ると幻覚まで見えてくるのかのう?

[チュー・バイ] ……

若き剣客は、自分の体がちょうど塀と重なるように少し身を後ろに引いた。

水を運ぶために行き来する村人たちの手によって、釣瓶が回る音が絶え間なく響いている。

チュー・バイは、井戸の傍にいる老人に視線をやった後、今度は地面の上に点々と続く泥水と、入り乱れる足跡に目を向けた。

山村の道は昔からずっとこうだった。晴れた日には人が行き交って煙るほどの埃が舞い、雨の日には地面いっぱいに泥が満ちる。

彼女は歩みを止め、それ以上前には進まなかった。

訊いたところでどうにもならないことはある。それよりも彼女は、あることを確認しなければならなかった。

チュー・バイは小さな家の門を押し開けた。

昨日は人が多かったので見落としていたが、よく見るとその庭は、ずいぶんと荒れ果てていた。

土でまだらに汚れた北側の塀には穴が一つ空いており、まるで前歯を失くした老人のようだった。おそらく数日前に降った大雨が原因だろう。

[チュー・バイ] ……

家の中心に置かれた長椅子は座面が黒光りしている。かなりの年代物のようだ。

その長椅子に、腰ほどの高さの木材が斜めに立てかけられている。猟師が肩で木材の端を押さえながら、鉈(なた)を滑らせていた。木屑が次々と床に落ちていく。

チュー・バイは、その木材は昨日猟師が背負って家に持ち帰っていたものだと気付いた。半分に断ち割られたそれは、カクカクと削り出されているように見えた。

[猟師] 誰だ?

[猟師] チューさんじゃないか……もう出て行ったはずじゃ……

[猟師] 何か忘れものでも?

[チュー・バイ] ……

[チュー・バイ] 木材で何を作るつもりですか?

[猟師] え?

[チュー・バイ] その木材ですよ。

[猟師] ああ、これは……弓をね。

[チュー・バイ] 弓?

[猟師] そう、弓さ。新しく弓を一本作りたいと思ってね。謀善村に来る前は猟師をやってたから、昔の仕事に戻るってことになるかな。

[猟師] 何せこの二年間は不作続きで、畑で穫れる作物も季節を追うごとに悪くなる一方だ。たまには荒野で砂地獣を一匹二匹狩れば、腹の足しになるだろうと思ったのさ。

[チュー・バイ] 胡桃の木は乾燥していて粘り強さに欠けます。弓作りに使えるものでしょうか?

[猟師] ……よく知ってるな。だけど、この痩せた土地じゃ上等な杉の木が生えないんだ。それにこの弓も、戦いで敵を倒すためじゃなく狩りに使う物だから、間に合わせでも十分なんだよ。

[チュー・バイ] てっきり、墓標を作っているものかと思いました。

[チュー・バイ] ファン・シャオシーの墓標を。

猟師は手に持っていた鉈を椅子の上に置いた。

彼は明らかに狼狽していたが、その動きはむしろ緩慢だった。両手を力強く擦り合わせ、どうにか表情を取り繕った口元は歪んだ弧を描いている。

[猟師] とっくに気付かれていたか。

[猟師] あんた、そもそも村を離れてなかったんだな……

[チュー・バイ] 私の考えすぎであればいいと願ってはいました。

[猟師] あんたは謀善村の状況を知らないだろうが……

[チュー・バイ] 釈明は無用です。

[チュー・バイ] あなたの仰りたいことは、何もかもこの目で見ましたので。

[チュー・バイ] 元々は族長を直接訪ねるつもりでしたが、少し考えて、それよりも気になることがもう一つあると気付いたのです。

[チュー・バイ] 自らの手で墓標を作り上げ、息子を死人へ変える時に、人はどういう感情を抱くものなのかと。

[猟師] ……

[猟師] 思ってもみなかったんだ……

[チュー・バイ] あなたまで、ファン・シャオシーは三年前に荒野で死んだと思っていたと?

いや……

そうじゃない。

ダメだ……

俺は反対だ。

確かにシャオシーは村に迷惑をかけてきた。だけど、こんな仕打ちを受けるいわれはない!

それに、シャオシーがもう死んでるだなんて誰に分かるんだ?

ファンさん、よく聞け。あんただって村の状況を知らないわけじゃないだろ? 他に方法があれば俺たちだってこんな真似はしない。

シャオシーがもし本当に生きているんなら、この三年の間にとっくに戻って来てるはずだ。

それにあんたもこの謀善村で一人で生きていくんなら、老後の面倒を見てくれる人が必要だろ。

今は先の話はよそう。シャオシーの名前を使わせてもらったなら、補償金はまずあんたが最初に受け取ることになる。あんたがその中の一部を取った後、残りを村に渡してくれればいいんだ……

あんたら親子二人への償いの意味も込めてな。

補償金はまず俺に渡されることになる。

その金を路銀にすれば、それなりに回れるはずだ。

おかしな話だよな。人生の半分を猟師として生き、外の荒野をさんざん歩き回った挙句、残ったのはケガや病気で弱った体だけ。もう雨風が凌げる場所で生きられればそれでいいと思っていた。

だから必死に金をかき集めて謀善村に土地を買って家まで持ったっていうのに、結局最後はまたそこを離れようとしている。

あれから三年経った。俺は必ず息子を見つけ出して連れ戻さなければならない。

見つかるかどうか、戻れるかどうかすらも分からないが。

[猟師] お嬢さん……いや、女侠さん。あんたは、シャオシーを連れ戻してくれた上、まだあの子のことを気にかけてくれてる。それはとてもありがたいことだ。だがもうこれ以上は放っておいてほしい。

[猟師] 昔、シャオシーは騒ぎを起こして村に迷惑をかけた。やっと帰って来たってのに、また村人たちとトラブルを起こしでもしたら、俺たち親子は本当に居場所が失くなっちまう……

[猟師] それに明後日には役所の調査員が来ることになってるが、その時に何か手違いがあったらおしまいだ。村のみんな、一蓮托生なんだ……

[チュー・バイ] 江南から塞北に来るまでの間、私はあらゆる極悪非道な悪事をこの目で見て来ました。

[チュー・バイ] あなた方が村のために、八方手を尽くして金銭を得ようとしているところに口を挟む気は毛頭ありませんし、挟みようもありません。

[猟師] それならよかった……

[猟師] この件さえ終われば、今後はあの子もこの村で地に足をつけて平和に暮らしていける……少なくともそれだけは保証されるんだ。

[猟師] それだけが俺の望みだ。

[チュー・バイ] ……

[チュー・バイ] しかし村に残ったとして、平穏に過ごせるでしょうか?

[猟師] 村の人たちがシャオシーに手を出すことはないさ……

[猟師] 昨日、移山廟におわすご先祖様の目の前で、族長も村のみんなも、保証してくれたんだからな……

[チュー・バイ] それは単なる口約束に過ぎないでしょう?

[猟師] ……

[チュー・バイ] シャオシーの性格を考えれば、彼がこんなことに納得するはずがないのはあなたも分かっているはず。あなた方が土地を守り抜いたのと同様、あの子は自分の名前を守ろうとしているのです。

[チュー・バイ] まさかずっと閉じ込めておくつもりですか?

[チュー・バイ] あの子が万が一取り返しのつかないことをしでかせば、あなた方の計画全体にまで被害が及ぶでしょう。その時、村人たちはどう行動するでしょうか?

[猟師] ……

[チュー・バイ] 悪意とは、一度鎌首をもたげたなら、止めようと思って止められるものではありません。

[チュー・バイ] 私が何を言っているか、あなたには分かるはずです。

[猟師] せめて明後日までは……

[チュー・バイ] あなたはあの子の父親ですが、解決の手段を持ち合わせてはいないようですね。

[猟師] お嬢さん、何をするつもりだ?

[チュー・バイ] 安心してください。邪魔をするつもりはありませんし、ましてや告発などもしませんよ。そのつもりならファン・シャオシーをここへ連れ戻したりせず、役所に突き出していたでしょう。

[チュー・バイ] しかし村に連れ戻した以上、私にはあの子の身の安全を保障する義務があります。でなければ、私が彼に危害をもたらしたのと同じですから。

[チュー・バイ] しばらくここに留まらせていただきます。

[わがままな子供] ……このボタン何なんだろ。いくら押しても反応しねーや。前の奴は一度どっか押しただけで動かせたんだけどなぁ……

[そそっかしい子供] ねぇねぇ直った?

[わがままな子供] 慌てんなって! もう少しだ。

[そそっかしい子供] 僕にもちょっと見せてってば。撮影機のことなんて知らないくせに一人占めしたがるんだから。

[わがままな子供] お前なんかに渡したら、また壊しちゃうだろ。

[そそっかしい子供] その中の人がケンカしてるとこをもう一回見たいんだよ。前はよく見えないうちに電源が切れちゃったからさ。

[わがままな子供] 触んなって!

[わがままな子供] あっ、こんにちは族長。

[年老いた族長] ……

[年老いた族長] 小平(シャオピン)、小安(シャオアン)、隠さずに出しなさい。

[年老いた族長] こいつはわしの部屋にあったものじゃろう? 勝手に持ち出してはいかん。

[そそっかしい子供] すごく珍しかったから、ちょっと見てみたくて……

[年老いた族長] 何か面白いものが見れるわけでもあるまい。使い方なんて分かっておらんじゃろう?

[わがままな子供] でも、さっきは動いたんだよ!

[年老いた族長] 動いたじゃと?

[わがままな子供] そうそう、このちっちゃい枠ん中に人影が写ったんだ!

[そそっかしい子供] あれって映画だったのかな?

[わがままな子供] 無知なやつだな。映画ってのは移動都市にいる俳優たちが演じてる場面を幕に映すやつのことなんだぜ。でもこの中に見えた人って、いつもこの村に来てる信使の姉ちゃんじゃなかったか?

[年老いた族長] もしやあの者は、一人で来ていたわけじゃなかったのか……?

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