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マリア・ニアール_MN-ST-2_ワイングラス
マリアの勝利の裏で、代弁者と無冑盟も動き始めた。全ての陰謀は、次の大きな試合へと向けられている。
[企業職員] チャルニー様、詰問やクレームの連絡が後を絶ちません。これ以上対応は……
[代弁者チャルニー] それでもなんとかしなさい。まだ聞く耳を持っている相手には、少なくとも「勝利」と「価値」は別物だと説明してやるのです。
[企業職員] は、はい!
[代弁者チャルニー] ふぅ……
[代弁者チャルニー] ……タイタス様、本当にこれ以上検査は必要ないのですか?
[左腕騎士] 必要ない。私がアーツを発動する前に気絶させられただけだ。言い換えればそれがあの娘の限界だ。致命傷を与えるとなると、まだまだ――
[代弁者チャルニー] 失礼を承知で言わせていただきますが、この度の試合は少々想定外でした。
[左腕騎士] フンッ……
[左腕騎士] 心配は無用だ。この試合の結果に関係なく、ブレイドヘルム騎士団全員を、メジャーに連れていく。
[代弁者チャルニー] 自信がお有りのようで、安心しました。
[代弁者チャルニー] ですが、あなたが全力を出していればマリア・ニアールに勝機などありませんでした。この度の想定外の敗北により生じた問題の対応をお願いしてよろしいですか?
[左腕騎士] もちろん。言い訳をするつもりもない。
[代弁者チャルニー] 巨額を投じてくれる複数のスポンサーとの縁は切れてしまうかと。もしかしたら騎士団の方は――
[左腕騎士] 表向きの勝敗にのみ固執し、利益を動かす本質を知らぬ連中なら、私と手を結ぶのにふさわしくない。こちらから願い下げだ。
[代弁者チャルニー] まったくその通りですね。
[代弁者チャルニー] 話題性とは利益に直結します。お客様は目に見えるものにしか興味を示さないものです。つまりは、ある種の感覚的な刺激にのみ反応する……それも無自覚に。
[代弁者チャルニー] しかし、タイタス・トポラ様もご自身の「敗北」を値踏みするとは想定外でした……
[左腕騎士] 私の我慢の限界を探っているのか、代弁者風情が。
[代弁者チャルニー] いえ、これは大変失礼いたしました……下の者が面倒な要件を片付け次第、直ちにここから立ち去らせていただきます。
[代弁者チャルニー] では次はメジャーの会場でお会いしましょう、タイタス様。
[マリア] そうだったんだ……ソーナたちがそんなことを……
[ゾフィア] 感染者のバトルロイヤル競技か、聞いたことがあるわ……いいえ、そんなものは「競技」とは呼べないわね。
[ゾフィア] 騎士の一族であろうとなかろうと、誰だって競技騎士になることはできる。自分の実力が騎士協会に認められれば、貴族の仲間入りを果たすことも……
[ゾフィア] でも感染者は……
[老騎士] 感染者の参戦が許されたとしても、彼らを社会を支える柱として扱う国家はないじゃろうな。だから、新たに別枠でルールを設けたんじゃろう。
[老騎士] 感染者は金が稼げる上、生きる道が得られるが、生涯ただの娯楽を提供する道具となり下がるのじゃ……ふん、このような施しはまやかしに過ぎんわ。
[老騎士] おっと、別に他意はないのじゃが。
[老職人] まったく、あんたというヤツは。もう少し言葉を選べないのか?
[老騎士] 選んだところでどうなる? 敵は目の前に迫っとるんじゃぞ!
[ゾフィア] 確かに、感染者のことは放置できないわ……でも、今はそれを心配している場合じゃないのよ。
[マリア] ……うん。
[マリア] あの二人は自分たちの力だけで感染者としての待遇を改善した……それで救われた人もたくさんいる。
[マリア] もし、何かを変えたいなら、進み続けなきゃいけないんだ。
[老騎士] ……マリアもそんなことが言えるような騎士になったんじゃのう。その姿をマーガレットが見たらきっと喜ぶじゃろうて……
[老職人] 耀騎士が死んじまったような言い方はやめてくれ! まったくこの老いぼれが!
[老騎士] お主が勝手に曲解しただけじゃろう、コーヴァル!
[マリア] ……
[ゾフィア] マリア? どうかしたの?
[マリア] な、何でもないよ……
[プラチナ] チャンピオンウォールかぁ……おしゃべりするのには向かない場所なんじゃない?
[プラチナ] ……歴代のチャンピオンたちの写真、黒騎士のお姉さんなんて三枚もあるんだね。
[プラチナ] 長い間、メジャーに君臨してたのにまったく老けてないなんて……うわ、ウソでしょ。なんか、私より若く見えてきたんだけど……
[代弁者チャルニー] ご冗談を、お嬢様。
[プラチナ] これが血筋の力かぁ。いいなぁ、羨ましい。
[代弁者チャルニー] 黒騎士は騎士競技の歴史に深く名を刻みました。アーツの使い方すらも全くわかっていなかったリターニア人が、あの「黒騎士」に成長するなど、当初は誰一人思いもしなかったでしょうね。
[代弁者チャルニー] しかし、「黒騎士」の時代はとうの昔に終わっています……彼女はすでにカジミエーシュにもいません。
[プラチナ] アンタたちが、金づるを簡単に手放すなんてね。
[代弁者チャルニー] ……統率力のあるチャンピオンには確かにファンも多くつきます。しかし、過度なワンマンショーが続けば、長い目で見れば競技業界全体の発展の妨げとなってしまうのですよ……
[代弁者チャルニー] 例えば、新人が黒騎士に挑戦するという図式、これは確かに話題性はあるのですが、いつまでたっても挑戦者が勝利できなければ……つまらないではありませんか。
[代弁者チャルニー] 黒騎士の競技者としての晩年も、それほど良いものではありませんでした。彼女を排除しようと目論んでいた者たちを集めたら、それだけで競技場が一杯になるほどです。
[代弁者チャルニー] しかし、黒騎士は運に恵まれていました。彼女が進退窮まっていたまさにその時、イェラグの大物の目に留まったのです。
[代弁者チャルニー] その方はそれなりの価格を提示し……誰もを納得させました。
[代弁者チャルニー] 合理的な世代交代というのも、競技業界の進歩の現れです。
[プラチナ] ……そして、この空いている部分は――
[プラチナ] 耀騎士の場所だよね。
[代弁者チャルニー] はい、ご説明は不要のようで。
[プラチナ] この人は見覚えがある。前回優勝した血騎士だよね。
[代弁者チャルニー] 血騎士の強さと恐ろしさは、騎士競技史上、類のないものでした。ですが、本人はきちんと状況を判断できる方でしたので、こちらも手を焼かずに済みました。
[プラチナ] あまり薬を使い過ぎちゃダメだって、忠告してあげた方がいいよ。騎士だって貴重な商品でしょ?
[代弁者チャルニー] ……肝に銘じておきます、お嬢様。
[プラチナ] それで? 商業連合会の代弁者が、ただおしゃべりをするためだけに私を呼びつけたわけじゃないでしょ?
[代弁者チャルニー] このような場所にお呼びして申し訳ありません。メジャー開催中はお客様にチャンピオンウォールを開放いたしますので、事前に視察しておかなければと思いまして。
[代弁者チャルニー] もちろん、お嬢様との会話を邪魔されずに済む、数少ない場所でもありますので。
[プラチナ] あぁ……はいはい、また仕事の話でしょ。どうせ仕事からは逃げられないし、おとなしく聞いてあげるよ。
[代弁者チャルニー] それが仕事の話だけでもないんですよ……ラズライトのお二方が今どうしているかご存じではありませんか?
[プラチナ] ……アンタにそれを聞く権限はないよ。まあ、聞かれたところで私も知らないし。
[代弁者チャルニー] 実は少し、興味深い話を小耳に挟みまして……
[代弁者チャルニー] 何が起きているのかはわかりませんが、ラズライトのお二方が部隊を引き連れて同時に動いているという情報が――
[プラチナ] ――あぁ、聞こえないな、何も聞こえない。
[代弁者チャルニー] お嬢様。
[プラチナ] ……
[代弁者チャルニー] 他の責任者の申請には全て目を通しました。しかし、ラズライトの力が必要なほどの「大事件」は見受けられません。しかも、お二方揃ってというのは――
[プラチナ] アンタが気にかけるようなことじゃない。商業連合会の命令に従っているまで、ということしか言えないよ。
[代弁者チャルニー] そうでしたか……それなら安心しました。
[プラチナ] ……まったく、私を信用してないって感じだね。
[代弁者チャルニー] どういうことでしょう?
[プラチナ] 私に上位の人のことを聞いても無駄なことくらい、最初から知ってるでしょ。つまりこれは「未熟なプラチナ」への警告ってわけだ。はいはい、わかったよ。
[代弁者チャルニー] ……ご聡明ですね。しかし、私の用心も仕方がないことなのです。上層部が私に隠し事をしていたとしても、私には完璧に任務を遂行する義務がありますので。
[代弁者チャルニー] それと、可能であれば、お嬢様の部下に監視していただきたい人物がいるのですが。
[プラチナ] 誰?
チャルニーは、横の壁にある空白部分を見つめて言った。
[代弁者チャルニー] ムリナール・ニアール。
[代弁者チャルニー] 無能なゴミだとは思いますが、やはり我々のこれからの計画に水を差されないためにも、必要なことかと。
[代弁者チャルニー] そしてこの件、最後までお嬢様自らが責任をお持ちください――
[マリア] いたた――! も、もっと優しくしてよ……
[ゾフィア] 大人しくしてなさい! この薬、高いんだから!
[ゾフィア] 戦いでの身の振り方をちゃんと教育しなかったのは私の落ち度ね。引き際を見極めるのだって立派な技術なんだから。さぁ、髪をどかして……
[マリア] 私だってここまでだとは思って――うわぁ、いたたっ!
[ゾフィア] イングラに続いてトポラと対戦だなんて……ひどい怪我も負わずに五体満足ってだけで運がいいわ……
[ゾフィア] はい、服を着てもいいわよ。
[ゾフィア] 数日は動き回らず安静にしていなさい。万が一後遺症が残ったら、騎士としては致命的なんだから……私みたいになってはダメよ。
[マリア] ありがとう、おば……ゾフィア姉さん。
[ゾフィア] ……
[ゾフィア] マリア、あんな戦術……どうやって思いついたの?
[マリア] 戦術っていうよりは、追い詰められてとっさに……って感じかな。
[マリア] あの時は「倒されずにいればきっと勝機がある」って、それしか頭になかったから――
[マリア] あいたっ!
[ゾフィア] そんな安易な考えで、体に鞭打つような戦い方はやめなさい! 蓄積された怪我や疲労は、次の戦いを厳しくするだけよ!
[マリア] ごめんなさい!
[ゾフィア] はぁ……左腕騎士の油断に付け入る隙があったから良かったようなものの、人をいたぶるのが趣味の変態が本気になってたら……大変だったわよ。
[マリア] え、ゾフィア姉さん、あの人と戦ったことあるの?
[ゾフィア] 彼が正式にブレイドヘルム騎士団の一員になった後、初戦の相手が私だったのよ。
[マリア] そ、そうなんだ……
[マリア] ……それでどうなったの?
[ゾフィア] 彼は決して誰にも、自分のデビュー戦について語らない……それが答えよ。
[ゾフィア] でも、それもしょせん過去の話……騎士競技に勝敗はつきものよ。彼が執着しているのは私ではないわ。
[マリア] ……タイタスさん、お姉ちゃんのことも知ってたみたい。
[ゾフィア] ええ。団体混戦で彼を含むブレイドヘルム騎士団のメンバーが、同時に三人まとめてマーガレットに討ち取られたの。そんな悪夢のようなことをすんなり受け入れられる騎士なんていないわ。
[マリア] お、お姉ちゃんってそこまで容赦なかったんだ……
[ゾフィア] あの時はマーガレットも若かったのよ。
[マリア] ……お姉ちゃんは、当時どう思ってたのかな?
[ゾフィア] どうって?
[マリア] 私の記憶の中のお姉ちゃんは、騎士競技を何よりも嫌ってたような感じだから……ムリナール叔父さんと考えが近いのかなって思ってた時もあるの。
[マリア] でも、結局は騎士競技に参加して、耀騎士にまでなった……
[ゾフィア] ……私にもわからないわ。でも、誰よりも騎士競技の意味について理解していたんじゃないかしら。
[ゾフィア] それでも、マーガレットは騎士競技の頂上にまで登りつめた……
[ゾフィア] 私みたいに単純にマーガレットの偉業に感服して、衝動的に騎士を目指した人だって少なくないわ。
[マリア] えへへ……私もちょっとそれが理由だったりするんだよね……
[ゾフィア] マーガレットがあの大会でチャンピオンになった意義は、ひょっとすると私や君みたいな人を増やせたことにあったのかもしれないわね。
[マリア] そうなのかな?
[ゾフィア] さあ、どうかしらね。
[マリア] 例のロドスっていう場所で、お姉ちゃん元気にやってるかな……
[マリア] あぁっ――!
[ゾフィア] な、何よ? 驚かせないでちょうだい!
[マリア] け、剣が欠けちゃってる……
[ゾフィア] はぁ……近頃ちゃんと手入れしていなかったもの、刃こぼれしても不思議じゃないわ。
[ゾフィア] 自分で何とかできる?
[マリア] ううっ、コーヴァル師匠の工房を借りればできるかも……
[老騎士] ……
[老職人] おいどうしたんだ、フォー? ボケーっとしやがって。運転に集中しろよ。車を降りてタクシーに乗るぞ。
[老騎士] 今降りたら、確実に轢いてやるわい……実は今、あの小リスの二人のことを考えておったんじゃ。
[老職人] ……感染者か。
[老騎士] あの日は危うく矢を射つところじゃったわい。二人を襲った連中はまさか……
[老職人] おそらくそうだろうな。
[老騎士] 奴らはマリアにも目を付けたんじゃろうか? なぜじゃ?
[老職人] ……考えすぎだろ。あんまり悪い想像はしてやるな。
[老騎士] ……
[老職人] ……
[老騎士] 明後日は雨かのう?
[老職人] 曇りだとよ。
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