aklib_story_在りし日の風を求めて_光と影の交錯

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在りし日の風を求めて_光と影の交錯

ミス・クリスティーンの導きでファントムを見つけた人事オペレーターは、プロファイルの内容に関していくつか質問をする。彼の回答に嘘はなかったが、その内容は居合わせた者たちを困惑させた。


レディース&ジェントルメン、ようこそいらっしゃいました。当劇団の最新作をご堪能ください!

この華麗なる演目、余所では見ることはできません。まさにここにしかない至高の楽しみなのです!

目を見開き、耳を澄ませて、この素晴らしい夜をどうぞお楽しみください……

クリムゾン劇団へようこそ――

[ファントム] ……♪

[ファントム] (軽やかな歌声)~♪

Answer.

The shadow in the dark.

[ファントム] 誰だ、闇夜に私を呼ぶ者は。

[ファントム] 時は来たれり、舞台の準備をしよう。

Answer.

The shadow in the dark.

The killer on the stage.

[ファントム] 誰かが囁いている。誰かが歌っている。

Answer.

Your darkness is asking.

[ファントム] 幕が上がり、ライトが灯り、役者が舞台に現れる。

[ファントム] 音が聞こえてくる。誰かが待ち望んでいる。誰かが……

[ファントム] ――喝采している。

But

In the fact who you are.

Who you are.

The shadow in the dark.

[ファントム] 私は何者だ?

[ファントム] 闇夜に彷徨う幽霊、緞帳(どんちょう)裏の幻影、舞台の花形。

[ファントム] 私は……

[演者A] 我はお前が何者かを知っている。

[演者B] 我らはすべて知っている。

[演者C] お前は廃屋の長机の下に身を隠し、悪魔の言葉と漆黒の文字のもとにひれ伏した。

[演者B] 我らは共に歌い、共に稽古を積んできたが、お前の歌こそが至上のものであった。

[ファントム] 何者だ?

[ファントム] この芝居の役者じゃない。なぜここに現れた?

[ファントム] 君たちは……私を知っているのか。

[演者A] 我らが何者かだと? 忘れたのか。

[演者A] どうして忘れることができようか? よくぞ忘れたものだ。悪魔がお前を選び、音楽を教え、台詞を教え、この舞台を味わうことを教えたのだ。

[演者A] お前は魔に憑かれ、導きに従った。だが最後に裏切ったのだ。お前は悪魔を殺し、ここを離れ、今や我らをも忘れてしまった。

[演者A] お前は本当に悪魔をも殺せるというのか?

[ファントム] 違う、そうではない。忘れてなどいない。

[ファントム] 私は……

[ファントム] 私は皆殺しにしたのだ。あの者たちのやり方は間違っていた。

[ファントム] 耽溺も、追随も、美を感じることもすべてが間違っていた。私は彼らを殺さねばならなかったのだ。どうしても――

[演者B] だから、彼らを殺し、我らの呼吸までも奪った。

[演者C] そしてこの舞台の上で、お前は歌を歌い始める。

[ファントム] ……

[ファントム] そうだ。

[ファントム] 君たちは私に殺されたはずだ。なぜ再びここに現れた?

[演者B] 久しぶりだな、我らが親愛なる兄弟よ。

[演者B] 我らはみな故郷を出て、ともに成長した。流れる血こそ違えど我らは家族のようなもの。同じ物を食べ同じ場所に住んだというのに、結末は異なってしまった。

[演者B] もう随分と長くお前と話していなかったな。蝋燭が溶け、我が血は蝋とともに舞台に滴った。それ以来だ。

[演者C] お前と違って芸術の真髄に至らなかった役者は、選別に落ちた不良品と同じ。演じることに愛はあるが、才能はない。

[演者C] ある者は火に飛び込み、ある者は逃走を選んだ。

[演者B] 今もなお過去に、あの夜に留まっている者もいる。歌声は響き、決して止むことはない。

[演者B] おお、時間だ。過去に属する幻影がここに長居はせぬ。我らはこの舞台にいてはならない。

[ファントム] 待て! 行くな――

[ファントム] ゴホッ――ゴホッ、うっ……

[ファントム] ゴホッ……喉が……

[演者A] 悲しいかな、真夜中の幽霊は自分が何者か見分けがつかない。歌声を失ったお前に一体何が残ろう?

[演者A] ここから逃げたとて、本当にこの夜から逃げられるのか?

[演者A] お前は声を出してはならぬ。歌ってはならぬ。

[演者A] 舞台に上がってはならぬのだ。

Answer.

The shadow in the dark.

Answer.

Who you are.

And what you really desire.

レディース&ジェントルメン、幕が下りました……

どうか皆様に素敵な夜が訪れますように……

[ファントム] ……私は、誰なのだ?

[ファントム] 私は、私は……

a.m.08:10 天気/雨天

ロドス艦船 第二船室 人事部

[人事オペレーター] 今回のオペレーターの資料はみんな揃ってるわね。1、2、3……よし、OK。

[人事オペレーター] あれ? これは……この番号は確か前のグループのものよね。誰かがうっかり間違えたのかしら。

[人事オペレーター] 「ファントム」?

[人事オペレーター] これ誰だろう? こんなオペレーターいたっけ。あれ? しかもプロファイルの一部が欠けてる?

[人事オペレーター] ……

[人事オペレーター] 変だなぁ、一体どういうこと?

[ドクター選択肢1] 艦内の生活にはもう慣れた?

[ミント] はい!

[ミント] まだよくわからないこともありますが、スカイフレア先輩がずっと面倒を見てくださっているので、大丈夫です!

[ミント] あ、そうだドクター。スカイフレア先輩から頂いたオペレーターのマニュアルですが、もう全部読んじゃいました。

[ミント] 注意事項がいっぱいで、すごく細かく記載されていましたよ。読んでて面白かったです。一体誰が書いたんでしょう? きっとすごい作者さんですね!

[ミント] 食堂のご飯も美味しいです。スカイフレア先輩に一回り太ったって言われちゃって、ハイビスカスさんのヘルシーメニューのチラシを無理やり渡されちゃいました。先輩だっていっぱい食べてるのに!

[ミント] それと、それと……

[ミント] あっ、ごめんなさいドクター、私、喋りすぎですよね?

[ドクター選択肢1] いや、すっかり馴染んでくれたようで嬉しい。

[ドクター選択肢2] ……

[ドクター選択肢3] 大丈夫。君の先輩も太ったから。

[ミント] えへへ。

[ミント] ここの皆さんは優しい人ばかりで、いろいろ面倒を見てくださるのですごく嬉しいです。

[ミント] 私も早く一人前になって、皆さんのお力になりたいです。

[ミント] ごめんなさい。すみません。やっぱり私、喋りすぎですよね。

[ミント] うぅ、以後気を付けます……

[ミント] そうですよね! 実は私も思ってました!

[ミント] ……あっ、先輩には内緒ですよ。先輩が怒ると本当にドクターの執務室を焼いちゃうかもしれないので……

[ミント] あっ、誰か来ました。

[ドクター選択肢1] どうぞ。

[人事オペレーター] 失礼します、ドクター。

[人事オペレーター] ちょっと確認していただきたいプロファイルがあるのですが、お時間よろしいでしょうか?

[人事オペレーター] ケルシー先生とアーミヤさんから、この件はこちらで処理してもらえると聞きまして。

[ドクター選択肢1] わかった。

[人事オペレーター] どうぞ。

[人事オペレーター] こちらのプロファイルなんですが。

[人事オペレーター] ファントムというオペレーターの経歴に関する記録が不完全で、情報がだいぶ欠落しているんです。

[人事オペレーター] 以前の責任者が誰なのかも不明で……人事部門の担当者記録にも名前は載っていませんでした。おそらく事務的なミスだとは思いますが。

[人事オペレーター] 最近人員が増えましたし、ちょうど在籍している全オペレーターの資料整理を行っている最中で、こういった漏れは割とあるんです。

[人事オペレーター] 大した問題ではありませんが、一応すべて補完する必要がありますので。

[ミント] なんだか大変そうですね……

[ミント] もし人手が必要でしたら、私にもお手伝いさせてください。

[人事オペレーター] あなたは?

[ミント] あっ、初めまして。コードネームはミントです、術師チームの新メンバーとして配属されました。

[人事オペレーター] あぁ、あなたでしたか。確かこの前の任務の途中でみんなとはぐれた方ですよね?

[人事オペレーター] ふふ、あの時、スカイフレアさんカンカンでしたよ。

[ミント] うぅ、本当にごめんなさい、皆さんにご迷惑をおかけしてしまって……

[ミント] 先輩もとても怒ってたみたいで、あの後こっぴどく叱られました。

[人事オペレーター] あれ? あー、いえいえ。あれはあなたに怒ってたわけじゃありませんよ。

[人事オペレーター] スカイフレアさんは後輩の状況に注意を払えなかった自分に怒っていたんです……少なくとも彼女はそう言ってましたよ。

[ミント] え? 先輩が……

[人事オペレーター] スカイフレアさんって、人に厳しくする時が多いでしょう?

[人事オペレーター] でも実際は自分にもっと厳しいんです。この前も、人に文句を言うより先に、自分の不注意を反省していたんです。

[人事オペレーター] それが自分一人のミスでなくても。

[人事オペレーター] 彼女の自分に対する姿勢を見ていると、私なんてまだまだだなぁって思っちゃうんです。だから、たまに怒られることはありますが、なんとも思いませんよ……

[ミント] わかります! 先輩は確かにそういう人ですよね、私、先輩のそういうところ、すごく尊敬しているんです。

[人事オペレーター] ふふ、確かにそのようですね。お手伝いの申し出、ありがとうございます。

[人事オペレーター] 最近、新しい人員をたくさん入れたのですが、私たちのところも、医療チームや後方支援部も、忙しくて手が足りていないのが現状なんです。

[人事オペレーター] あ、ファントムというオペレーターの件に話を戻しますね。

[人事オペレーター] さきほどもご説明した通り、資料の漏れは割とよくあるので、大した問題でなければ、こちらから直接本人を訪ねて確認すればよいのですが……

[人事オペレーター] こちらのファントムさんについては少々特殊というか……つまるところ、本人がまったく見つからないのです。

[ミント] この方って、今は艦内にいらっしゃらないんですか?

[人事オペレーター] いえ、それが、任務記録を見ると、現在は外勤任務には出ていないはずなんです。

[人事オペレーター] ファントムさんはどうやらあえて他のオペレーターと会うのを避けている節があります。それに、資料にある彼のアーツを考えると、探し出すのは容易ではないと思います。

[人事オペレーター] 張り込みをするか、クロージャさんにお願いしてもよいのですが……今は人員に余裕はないですし、後者については、その……

[人事オペレーター] 聞いた話ですが、ファントムさんがロドスに加入する際に少々揉め事があったようで、クロージャさんを怒らせてしまったらしくて。

[人事オペレーター] クロージャさんに、変に仕返しのチャンスを与えないほうがいいですよね? そうなったら何が起こるか想像もつきません。

[ミント] 大変そうですね……

[ミント] そのファントムさんのアーツって、イーサンさんと同じようなものなんでしょうか? それともう一人……えーっと、マニュアルによると……あった、マンティコアさん。

[ミント] マンティコアさんも隠れるのに向いた能力を持ってますよね?

[人事オペレーター] ええ。マンティコアさんが加入したばかりの頃は、みんなで色んな手を使って、やっとの思いでプロファイルを完成させたんです。

[人事オペレーター] なにせ一瞬でも目を離したら、どこにいるかわからなくなってしまうんですからね。本当に難しい方たちです。

[ドクター選択肢1] マンティコア本人も悩んでいる。

[ドクター選択肢2] ……

[ドクター選択肢3] もしかしたら、今もこの部屋にいるかもしれない。

[人事オペレーター] 確かに。

[人事オペレーター] 当時、私たちはメモ書きでしか彼女とのやり取りができず、本当に苦労しました。

[人事オペレーター] ただ、少なくとも基本的な姿勢としては、彼女はとても協力的だったと思います。

[人事オペレーター] そのご様子だと……ドクターも覚えてらっしゃるんですね?

[人事オペレーター] この前なんて、彼女がまだ部屋にいるのを忘れて、ドクターが鍵をかけるところでしたよね。

[ミント] ええ!? マンティコアさんがここにいるんですか!?

[人事オペレーター] 本当ですか、ドクター!?

[人事オペレーター] いや、冗談ですよね? もう、ドクターったらそういうのはやめてくださいよ……

[人事オペレーター] ただファントムさんの場合、マンティコアさんのように本人の意図しないものとは違って、人を避けるために意図的に自分のアーツを使っているだけのような気がするんですよね。

[ミント] そうなんですね……

[人事オペレーター] ケルシー先生もアーミヤさんも、この件についてはドクターがきっと力になってくれるはずだと仰っていました。ドクター、何かいいアイディアはありませんか?

[ドクター選択肢1] ないわけではない。

[人事オペレーター] 本当ですか? よかった、どうすれば彼を見つけられますか?

[ドクター選択肢1] こういう時は、レディーに訊いてみるといい。

[人事オペレーター] レディー?

[人事オペレーター] ドクター、それは一体……

[ファントム] !

[ファントム] ……

[ファントム] またあの夢か……

[ファントム] あの晩の舞台、それにあの者たち。

[ファントム] (……いや、違う)

[ファントム] (あの日、あの晩にそんなことは起こらなかったはずだ。すべては順調だった)

[ファントム] (彼らはもう現われないはずだ。再び現れるべきじゃない者たちなのだから)

[ファントム] (……亡霊たちは、私が殺したはずなのだから)

[ファントム] とめどなく流れる川のせせらぎが私の耳もとで音楽を奏で、こちらへ向かってきたかと思えば、去っていく……

[ファントム] 結局、本当の意味で去った者などいないのかもしれない。

[ファントム] (ん? 足音? この音は……)

[ミス・クリスティーン] ニャー。

[ファントム] 君か、ミス・クリスティーン。

[ミス・クリスティーン] ニャ~

[ファントム] どうした。

[ファントム] 機嫌が良さそうだな。

[ミス・クリスティーン] ニャ、ニャオ。

[ファントム] 大丈夫だ。

[ファントム] 心配いらない。もう慣れた。

[ファントム] あの幻影たち、あの視線は常に私に付き纏う……

[ミス・クリスティーン] ミィ。

[ファントム] ん?

[ファントム] ほかにも客人がいる? もちろん気付いているさ。

[ファントム] ――ドクター。

[ドクター選択肢1] おはよう。

[ドクター選択肢2] ……

[ドクター選択肢3] また足音だけで誰か分かったのか?

[ファントム] 雨だな。

[ファントム] あまり素晴らしい朝ではない。

[ファントム] ……

[ファントム] 人の足音には軽重と緩急があり、多くの情報を伝えてくれる。

[ファントム] 聞き分けるのは容易い。

[ファントム] ドクターのほかにも人がいるな。

[ファントム] 二つとも知らない足音だ。一つは軽く、もう一つは重い。

[ミント] あっ、見つかっちゃいました。

[ミント] すごいですね。とーっても気をつけて歩いてたのに!

[人事オペレーター] 恐ろしく鋭い聴覚ですね……重いのは私でしょうか? 最近、確かにちょっと太っちゃって……

[ミント] えーっと、体重のことを言ってるんじゃないと思いますよ。

[ファントム] ……

[ファントム] それで、何の用だ。

[ファントム] ミス・クリスティーンが客人を連れてくるとは珍しい。ずいぶん気に入られたようだな。

[ドクター選択肢1] それは光栄だ。

[ドクター選択肢2] これまでどこに隠れていた?

[ミス・クリスティーン] ニャ、ニャオ~

[ファントム] ほう、ミス・クリスティーンが賛同している。

[ファントム] 隠れてなどいない。君の目が君自身を欺いていただけだ。

[ファントム] 目、耳、喉、鼻、あらゆる感覚器官は人を欺くものだ。

[ファントム] ……人の記憶でさえも。

[人事オペレーター] とにかく、やっとお会いできてよかったです。初めまして、ファントムさん。

[ファントム] 君は?

[人事オペレーター] 人事部の者です。ご提出いただいたプロファイルに記載されていない項目があったので、確認のためお邪魔しました。

[ファントム] プロファイル?

[ファントム] ……なるほど。ロドスは何が知りたいんだ?

[人事オペレーター] ご協力ありがとうございます。ご安心ください、いくつか簡単な質問にお答えいただくだけです。

[人事オペレーター] あ、その前に、あなたのアーツの制御状況を確認させてください。

[人事オペレーター] ファントムさんのために作られたモニター装置ですが、使用してみて何か問題はありませんでしたか?

[人事オペレーター] 特に普段お使いの際に……例えばこうして話しているときに、アーツの抑制ができなくなることはありますか?

[人事オペレーター] ファントムさんからのフィードバックを参考に、必要であれば後で技術チームが装置の調整を行います。

[ファントム] 問題はない、今のままで十分だ。

[ファントム] モニター装置は、結晶化の抑制および波長と振幅の調整に、ある程度役立っている。

[ファントム] 音節を繋いでメロディーにしない限り、問題はない。

[ファントム] ……感謝する。

[人事オペレーター] お礼なんてとんでもないです。オペレーターのアーツ制御のサポートをするのも私たちの仕事ですから。

[人事オペレーター] 問題なさそうで何よりです!

[人事オペレーター] では次は……ファントムさんの出生地についてです。

[人事オペレーター] 前回のデータ資料を見ると、出生地はヴィクトリア北西部のセライブラソン地区とのことでしたが。

[ミント] セライブラソン……?

[ミント] ……

[ファントム] その通りだ。

[人事オペレーター] うーん……おかしいですね。

[人事オペレーター] ファントムさんにご提出いただいた情報をもとに、ヴィクトリア事務所の方に現地調査に行ってもらったんですが、どうも食い違いがあるようで。

[ファントム] ……

[ファントム] なんだと。それはつまり……

舞台の幕が下りた。

緞帳には血が滲んでいる。

花々は踏みにじられている。

何が起きた?

何かが割れる音がする。晩餐のグラスだ。

キャビネットの塗装が剥がれ始め、通りでは人々が笑っている。

トマトが地面に落ち、花は踏みつけられた。

風がピアノを鳴らしている。

蒸し暑い。舞台のライトが黒いマントを容赦なく照らす。

観衆は道端で拍手喝采している。

――路地裏にいるのは誰だ?

何が起きた?

何が起きたというのだ?

――笑っているのは、誰だ?

[ファントム] セライブラソンが、存在していないとでも?

[人事オペレーター] ……

[人事オペレーター] はい。実はそうなんです。

[人事オペレーター] 調査隊が探したんですが、似た名前の移動都市も地域も見つかりませんでした……

[人事オペレーター] ファントムさん、出身地を公開したくないようでしたら、ほかの選択肢もあります。一時的に秘密保持申請をしたり、関連情報の閲覧制限を設定することもできますよ。

[人事オペレーター] ですが、基本データの虚偽申告となると事情はまったく変わってきます。

[人事オペレーター] 我々は、オペレーターが一部の情報を隠し秘密を保持することも、回答を拒否することも認めています。しかし嘘は……双方の信頼関係を確立する上でマイナスにしかなりません。

[人事オペレーター] お分かりいただけますか?

[ファントム] ……嘘ではない。

[人事オペレーター] え?

[ファントム] 私が話したことは、嘘などではない。

[ファントム] 昔、私を引き取った人が教えてくれたのだ。私はその場所で生まれたと。

[ファントム] その人によれば、村は天災で壊滅し、農地も戦火に呑み込まれたそうだ。そこにたまたま流浪の劇団がやってきて、家を失った子供たちを引き取ったらしい。

[ファントム] 劇団とともにその地を後にしてからは……一度も戻っていない。

[ファントム] その地について私が知っているのは、名前だけなのだ。

[ミント] ……

[人事オペレーター] そんな。一体どういうことでしょう……その方が間違っていたということはありませんか?

[人事オペレーター] もしくは、ファントムさんの記憶違いということは?

[ファントム] ……

[ドクター選択肢1] おそらく間違えたのだろう。

[ドクター選択肢2] ……

[ドクター選択肢3] この件についてはまたあとで検証しよう。

[人事オペレーター] はぁ、ひとまず今はどうしようもできませんね。

[人事オペレーター] とにかく、故意に虚偽申告をしたのでなければ、基本データは現状特別扱いとして、今後、補足あるいは修正を加えれば問題ありません。

[ミント] え、それでいいんですか?

[ミント] こういうプロファイルはもっと厳格なものかと思ってました。

[ミント] ヴィクトリアの大学は、この手のことにはかなり厳しいですよ。もしプロファイルに問題があれば、退学になる可能性もあります。

[人事オペレーター] 一般的には、確かに厳しくあるべきですね。

[人事オペレーター] でもロドスの人員構成はわりと特殊ですし、事情が事情ですから絶対というわけにもいきません……

[人事オペレーター] クオーラちゃんのような例もありますよ。彼女は本当に何も覚えていないので、こちらとしても打つ手なしというわけです。

[人事オペレーター] ほかにも特殊な事情のあるオペレーターの場合、ロドスの脅威にならないと判断されれば、それなりに融通を利かせているんです。

[ファントム] ……

[ファントム] すまない。

[人事オペレーター] えっ? あ、いえ、気にしないでください。

[人事オペレーター] さっきのお話が事実なら、この件はファントムさんのせいではありませんし……とにかく、後でまた調査してみます。

[人事オペレーター] それでも判らなければ、事実をそのまま上に報告し、あとは上の判断に任せるだけですから。

[人事オペレーター] あまり心配されなくて大丈夫です。アーミヤさんはこういうことに関しては厳しく追求したりしませんから。

[人事オペレーター] えーっと、ほかには……そうそう、ファントムさんがロドスに加入したきっかけは何だったのでしょう? これも必要事項でして。

[人事オペレーター] ファントムさんは感染者なので、やはり鉱石病の治療のためでしょうか?

[ファントム] いや。

[人事オペレーター] え、違うんですか?

[ファントム] 人を探している。

[人事オペレーター] 人探しですか? ロドスのオペレーターですか?

[ファントム] ……確信は持てない。

[ファントム] あることをはっきりとさせるために、事情を知るその人物を探している。

[ファントム] 過去からやって来た亡霊たちが、街角に、窓辺に、そして私のすぐそばに立っているんだ……

[ファントム] 私はその者たちを振り払わねばならない。

[ファントム] しかし本当の過去を見つけ出さなければ、それらを振り払うことはできないだろう。

[ミント] どういうことでしょう……

[ミント] どうして、その人がロドスにいるって分かるんですか?

[ファントム] ……

[ファントム] 音楽が聞こえた。

[ファントム] 音を聞いたのだ。その音が私をここへ導いた。手がかりはここにあると。

[ファントム] ――答えはここにあるのだと。

[人事オペレーター] ……

[人事オペレーター] (ドクター、ドクター!)

[人事オペレーター] (ファントムさん、本当に大丈夫でしょうか? なんだかヤバそうですが、医療チームによる再検査は必要はないんでしょうか??)

[ミント] (鉱石病は確かに聴覚に影響しますし、さらには神経や思考にまで影響した例もあります。ファントムさんもまさか……)

[ドクター選択肢1] 彼の状態は鉱石病のせいだけではないと思う。

[ファントム] 何の話だ?

[ドクター選択肢1] なんでもない。

[ドクター選択肢1] そうだ、一つ訊きたいことがある。

[ファントム] ……?

[ファントム] どうした。

[ドクター選択肢1] クローゼットに掛けてあるその目立つ服は昔の舞台衣装か?

[ファントム] ……何のことだ? クローゼット?

[ファントム] そんなものは――

[ファントム] !?

[ファントム] あの服は……

[ファントム] なぜ……いつから……

[ファントム] あれはここにあるべきじゃない――!

クローゼットは花束でいっぱいだ。

緑がかった曇り空。

コンクリートの柱には目があって、木の葉は溶けていく。両側には座席がある。

万雷の拍手、街行く人々の喝采。

踊りだすゴミ箱、誰かが歌っている。

誰かが歌っている。

――誰かが歌っている。

赤色が滲んだ衣装。踏みにじられた花。

座席には誰もいない。

街には誰もいない。

[ミント] (セライブラソン、セライブラソン……おかしいなぁ、どこかで聞いた気がするけど……)

[ミント] (うーん……どこだったっけ……)

[ミント] ああっ……

[ミント] ぜんぜん思い出せない!

[ミント] もういいや。後で本を借りてきて調べよう。

[ロドスオペレーター] こんにちは。

[ミント] うわっ!!

[ロドスオペレーター] あ、ごめんなさい。驚かせちゃいました?

[ロドスオペレーター] 君は……新入りのオペレーターさんでしょう。お困りのことでも?

[ミント] ご、ごめんなさい、あなたのせいじゃないんです。私が過剰に反応しちゃっただけです。

[ミント] ちょっと分からないことがあって、ぼーっとしちゃってて……

[ロドスオペレーター] へぇ? 私に何か手伝えることはありますか?

[ロドスオペレーター] 遠慮はいりません、驚かせてしまったお詫びに聞かせてください。私に手伝えることなら力になりますから。

[ミント] お気遣いありがとうございます……!

[ミント] ロドスの皆さんはやっぱり親切ですね……

[ロドスオペレーター] フフッ、お褒めの言葉ありがとうございます。

[ロドスオペレーター] それより、「思い出せない」ってどうされたんですか?

[ミント] あっ、聞かれちゃいましたか。セライブラソンっていう地名について考えていたんです。聞き覚えがあるんですけど、どこで聞いたのか思い出せなくて。

[ミント] セライブラソンってどこかで聞いたことありますか?

[ロドスオペレーター] ……

[ロドスオペレーター] ええ、よく知っています。

[ロドスオペレーター] まさか、再びその名を耳にするとは思いませんでした。

[ミント] えっ、ご存知なんですか!?

[ロドスオペレーター] もちろん。当然知っていますよ。

[ロドスオペレーター] 私は昔、そこで暮らしていましたから。

[ロドスオペレーター] 私も人づてにその名を聞いたんですけどね。今に生きる人は、その地名について語ることはないでしょう。過去に葬られるべき残骸だけがその名を覚えているのです。

[ロドスオペレーター] 彼と彼の言葉はすべて、過去の中で朽ち果てていったのですから……

[ミント] ……?

[ロドスオペレーター] ごめんなさい、ちょっと話がズレましたね。

[ロドスオペレーター] お時間はありますか? もしよかったら、お聞かせしましょう。

[ロドスオペレーター] セライブラソンとあの土地の人々、家族を失った子供たち、村を通りがかった流浪の劇団について……

[ロドスオペレーター] 洗いざらいお聞かせできますよ。

[ロドスオペレーター] では、静かな場所へ移動しましょう。

[ロドスオペレーター] ……長い長い物語ですから。

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