aklib_story_ウルサスの子供たち_選ばされた答え

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ウルサスの子供たち_選ばされた答え

イースチナが宿舎でセルフケアを試みていると、メイがドアを叩いた。 どうやら、メイと共にウルサス学生自治団のメンバーであるナターリアもやって来たようだ。


[イースチナ] ……

[イースチナ] 電源は、つなげました。動きますね。

[イースチナ] もう録画されてますか? あーあー。

[イースチナ] 大丈夫そうですね。

[イースチナ] ……

[イースチナ] ……

[イースチナ] 何を話せばいいんでしょうか。

[イースチナ] ふむ。

[イースチナ] 私が今使っているこの機器は、クロージャさんが貸してくれたものです。用途は……ふむ、申請書に書いた用途は「トラウマを自ら語り再現することでセルフケアを行うため」です。

[イースチナ] ……長いですね。

[イースチナ] 操作は簡単です。電量が足りているか確認して、スイッチを押すだけ……それで録画が自動的に始まります。

[イースチナ] ふぅ……

[イースチナ] (画面に向かって話すだけなら、簡単だと思っていましたが……)

[イースチナ] (難しい、一人で話すのは本当に難しいです。)

[イースチナ] 私の症状を抑制し、克服できないか試してみたいと希望した際、医療部のオペレーターは私にこんなアドバイスをしてくれました――

[イースチナ] 「自分を相手に語りかけてみてはどうか」……

[イースチナ] あっ、今は録画しながら話していますが、誰にも見せるつもりはありません。というよりも、誰にも見せたくありません!

[イースチナ] ふう……リラックスしなさい、イースチナ。そう、思ったことを好きに話せばいいだけです。緊張しないで、自分に聞かせるだけ、何を話してもいいんです。

[イースチナ] ……今はまだ誰にも話すことができないあの件を、ゆっくり、自分に語りかけてみましょう。

[イースチナ] 方法としては悪くないと思っています。

[イースチナ] 以前起きたことに関して……

[イースチナ] 皆さんは、もう何も気にしていないように見えますが、いずれは解決しなければならない問題が山積みなんです。

[イースチナ] それにグムもナターリアも本当は、あの時学校で起きたことを……学校を離れた後に起きたことを、忘れられていません。忘れられる人なんていません。

[イースチナ] ズィマーは……ズィマーは近頃、毎晩のように悪夢にうなされているようです。リェータはきっぱり割り切っているように見えますが……割り切ることなんてできるんでしょうか?

[イースチナ] 私は? 私はどうでしょう。向き合うことはできると考えていましたが、本当に……私にできるんでしょうか?

[イースチナ] 皆さんこの話には口を閉ざします。でもいずれは考えなければいけないんです。

[イースチナ] ……

[イースチナ] ……難しいですね。

[イースチナ] ふぅ……ふむ、少しだけ独り言にも慣れてきた気がします。

[イースチナ] では正式に始めましょう。

[イースチナ] まずは、自己紹介からでしょうか?

[イースチナ] (深呼吸)

[イースチナ] 私は「イースチナ」――もちろん、これはコードネームです。本名はアンナ・モロゾワといいます。

[イースチナ] ふむ、自分の本名を久しく名乗っていなかったので、馴染みがないように感じますね。不思議なものです。

[イースチナ] こちらはヴィカです。

[イースチナ] ヴィカは、私が学生自治団に入る前、一番の友人でした。

[イースチナ] 私は今、ロドスという組織の本営に居住しています。でも「ウルサス学生自治団」の一員でもあります。

[イースチナ] 学生自治団は、私の提案で発足した後、ズィマーが組織を創り上げました。独立した団体ではありますが、大きくはなく、今の団員は五人――

[イースチナ] ズィマー、ナターリア、リェータ、グム、そして私。

[イースチナ] 昔はもっとたくさん団員がいましたが、今は私たちだけです。

[イースチナ] あっ、もちろん、このヴィカも私たちの一員ですよ。

[イースチナ] 今私たちは皆、ロドスの「オペレーター」として仕事をしている……と言って差し支えないと思います。

[イースチナ] 私はこのような生活も悪くないと思っています。働いた分の報酬を得られる――公平でしょう?

[イースチナ] ズィマーはしばらくここを離れるつもりはないようです。彼女は口にしませんが、ここでの生活を嫌ってはいないと思います。私も、このままやっていくのもいいのではないか、と考えています。

[イースチナ] ……ふぅ。

[イースチナ] 実を言うと、私たち五人は皆が皆、同じ学校の学生というわけではありません。

[イースチナ] 私とグム、そしてナターリアは同じ学校、ズィマーとリェータは別の学校の学生でした。

[イースチナ] あ、学校が違うと言っても、ズィマーは昔から有名でしたから、市内近くの学生たちは皆、彼女を知っていました。

[イースチナ] ……ズィマーは生まれつきリーダー気質なんだと思います。実際、彼女は今、私たちのリーダーをやっています。

[イースチナ] 何の備えもしていなかった時に、私たちの都市チェルノボーグは、レユニオンの侵攻を受けて占領されました。

[イースチナ] 色んなことが……起きました。レユニオンが市街地を占領した際、私たちの学校の一部の学生は、無理やりズィマーたちの学校に連行されました。

[イースチナ] 他の学校にも学生が集められていたのかもしれませんが、詳しくは知りません。すべてが混乱に包まれていました。

[イースチナ] 学生たちを集めたレユニオンの狙いもよくわかりません。仕切っていたのは、白髪の少年でした。

[イースチナ] 歳はそれほど上ではないように見えました。もしかしたら私たちより年下だったのかもしれません。

[イースチナ] 彼は現場にいた他のリーダーたちを説得し、私たちを皆、ズィマーたちの学校に閉じ込めました。

[イースチナ] 今思い返してみれば、あまりにも馬鹿げています。

[イースチナ] それからは、十数日にも渡る封鎖と……

[???] アンナ!

[???] ふぅ、良かった。駆けつけたのがあなたで。

[???] 引き上げてもらえる? アンナ。

[???] ……アンナ?

[イースチナ] ……争いがありました。

[イースチナ] 学校内での、生徒同士の争い。そして学校から離れた後の、チェルノボーグ市街地区全体での争い。

[イースチナ] 私たちには、それぞれ向き合わなければいけないものがあります。

[イースチナ] 私たち――

[イースチナ] (この時間ならグムじゃないですよね。だとすると誰が……)

[イースチナ] 今出ます。

[イースチナ] (この録画は停止した前の保存がちょっと手間なので、このままにしておきましょう。)

[イースチナ] どなたでしょうか?

[???] 私だ、私なのだ!

[イースチナ] ……どなたですか?

[???] はぁ? 探偵見習いイースチナ! とぼけるな、私の声がわからないはずはないのだ!

[イースチナ] ふむ、うるさいですね。

[イースチナ] それと前にも言いましたが、私は探偵見習いではありませんよ。

[???] フフ、仲がいいみたいね。

[???] ごきげんよう、アンナ。私もお邪魔するわね。

[イースチナ] ……えっ?

[イースチナ] ナターリア?

[イースチナ] 紅茶をどうぞ。

[メイ] ありがとうなのだ!

[メイ] うーん……いい香りなのだ! ふふーん、きっと良い茶葉を使っているのだ!

[メイ] そういえば、さっきはなかなかドアを開けなかったが、イースチナは忙しかったのだ? 私は邪魔してしまったのだ?

[メイ] もし忙しいのなら、また日を改めてもいいのだ。どうせ私は本を返しに来ただけなのだ。

[イースチナ] いえ、大丈夫ですよ。

[イースチナ] 特に緊急の要件があったわけではありませんから、気にしないでください。

[メイ] そうなのだ……?

[ナターリア] アンナがそう言ってるのだから、気にする必要はないわよ。

[ナターリア] アンナはそんな嘘はつかないから。そうでしょう?

[イースチナ] ……

[メイ] へへん、それなら良かったのだ!

[メイ] でも、イースチナに鍵をかける習慣があるとは思わなかったのだ。

[メイ] 素晴らしいのだ、もう立派に、探偵見習いらしい防犯意識を身に着けているのだ!

[イースチナ] 待ってください、私は探偵見習いではないと言いましたよ。あまり変なことを言わないでください。

[イースチナ] それと、鍵はたまたま事情があってかけていただけです……

[ナターリア] でも、アンナは普段も鍵をかける習慣があるでしょう? あなたが私たちの中では一番慎重な人だから。

[イースチナ] ナターリア、あまりからかわないでください。

[ナターリア] フフ、ごめんなさい。アンナの表情があまりにも可愛らしいから、つい。

[イースチナ] ……はぁ。

[メイ] とにかく、なんと言っても午後のこの時間は紅茶が一番なのだ。うむうむ、素晴らしいのだ!

[イースチナ] 本当に紅茶が好きなんですね。今のあなたの表情は、とろけたチーズのようですよ。

[メイ] えっ? それはどういう意味なのだ??

[イースチナ] ふむ、間抜けということでしょうか?

[メイ] ええっ? なんなのだ、ひどいのだ!!

[メイ] フンッ! まあいいのだ。そんなことよりほら、クッキーを持ってきてやったのだ! 心の広い私に感謝するのだ!

[イースチナ] えっ、クッキーですか? ふむ、少し意外です……

[メイ] 何が意外なのだ?

[イースチナ] すみません。あなたがお菓子を持ってくるなんて予想できませんでした、ただ紅茶を飲ませてもらいに来ただけかと。ええ、すっかり誤解していました。

[メイ] オマエは私がそんな人に見えるのだ!?

[メイ] 刮目するのだ、これは私が特別に用意したお礼なのだ! ハイビス特製の野菜クッキーなのだーー!

[イースチナ] なるほど、ハイビスカスさんですか。ではお帰りください。

[イースチナ] ええ今すぐに、出て行ってください。さようなら。

[メイ] 待つのだ、そんなに抵抗しなくていいのだ。今回の野菜クッキーは爽やかな味で素晴らしいのだ。

[メイ] ほら、これを食べてみるのだ。

[イースチナ] 遠慮しておきます……待ってください、自分で食べられますから、待――

[イースチナ] うう、うぐぐ……!

[ナターリア] フフッ、アハハハ。アンナとメイさんは仲がいいのね、少し羨ましいわ。

[イースチナ&メイ] 変なことを言わないでください、仲がいいわけないでしょう!/へへん、羨むがいいのだ!

[イースチナ] えっ?

[メイ] むむっ?

[イースチナ] まぁ仲が悪いとは言えませんね、まあまあです……

[メイ] 私の記憶違いなのだ、仲がいいわけないのだ!

[イースチナ&メイ] ????

[ナターリア] アハハハハハ。

[イースチナ] ナ、ナターリア!

[ナターリア] ハハ……プッ、アハハハ、ご、ごめんなさい。でもあなたたち、そんなに呼吸が合ってるのに、プッ、アハハ。

[メイ] ぐぬぬ。

[イースチナ] ……はぁ。

[イースチナ] 笑いすぎですよ、本当に。もういいです……それよりも、メイが本を返しに来たのはわかりますが、ナターリアは何をしに?

[ナターリア] えっ、私? 私は最近考えてることがあって、それをイースチナと話したいと思って……

[イースチナ] ふむ。……珍しいですね、なにか重要なことですか?

[ナターリア] もう、私はずっとアンナと仲良くしたかったのよ。

[ナターリア] でも大丈夫、別にそれほど重要なことではないわ。私の話はまた今度でもいいから、今はティータイムを楽しみましょう。

[イースチナ] ふむ……

[イースチナ] あ、メイ! 紅茶を持ったまま動き回らないでください、こぼしますよ!

[メイ] フンッ! 私は子供じゃないのだ、こぼすわけないのだ!

[イースチナ] はぁ……

[イースチナ] 散らかった部屋ですみません。まさか人が来るとは思っていなかったので。

[イースチナ] ちゃんとおもてなしできるような場所ではありませんが、良かったらナターリアもくつろいでいってください。

[ナターリア] ありがとう。じゃあ、遠慮なく。

[ナターリア] こうして見ると、ロドスの宿舎って必要な家具は全部揃っているわよね。部屋もキレイに整っているし。

[ナターリア] とはいえ、昔お友達を家に招いてホームパーティをした時みたいにはいかなそうだけど。

[イースチナ] 待ってください、ナターリア。あなたの言うホームパーティというのは、宴会ほどの規模なのでは?

[メイ] えっ、宴会……なのだ?

[ナターリア] 同じようなものでしょう?

[イースチナ] いいえ! 同じではありません!

[ナターリア] あら、そう?

[イースチナ] 全然違いますよ。

[メイ] うわー、宴会とはすごそうなのだ……

[ナターリア] それほどのものではないわよ。

[ナターリア] それに、そんなパーティをしていたのは昔のことよ。大きな家での生活は、もう今の私とは関係ないわ。

[ナターリア] ソニアもそう。いつもそれでからかってくるのよ。心の中では、昔とはもう違うってわかっているはずなのにね。まったく、口の悪さは直らないんだから。

[ナターリア] もしアンナがいなければ、ソニアはたくさんの人たちと衝突することになったでしょうね。まったく、しょうがない子。

[イースチナ] ……

[メイ] うーん、私はそんなことないと思うのだ。ロドスは人も場所も素晴らしいのだ。前に潜入調査の命令を受けていた時と比べたら、快適さは百倍以上なのだ!

[メイ] それになのだ、イースチナの部屋はかなり片付いているのだ! 本は多いけど、どれもきっちり並んでいるのだ……

[イースチナ] それは普段から気をつけているからですよ。グムも整理整頓に関しては厳しいので。

[ナターリア] あ、そう言われてみれば、グムは確かにお掃除好きね。

[ナターリア] 当時のあんな環境でも、集めてきた物資をきっちり片付けていたものね。

[イースチナ] 今も同じです、何も変わっていません。

[メイ] 当時のあんな環境とはなんなのだ……?

[イースチナ] ……

[メイ] それはともかく、そんなルームメイトがいたなら、幸せか面倒かわからないのだ。

[メイ] むむ、このぬいぐるみは何なのだ?

[イースチナ] !

[イースチナ] ダメっ、それは触らないでください!

[メイ] わぁっ!

[メイ] な、なんなのだ、ビックリしたのだ。

[メイ] そんなに慌てなくてもいいのだ?

[イースチナ] ……

[イースチナ] すみ、ません……

[イースチナ] これは、私にとってはとても大切なものなので。

[ナターリア] それは……

[ナターリア] アンナ……

[ナターリア] まだそのぬいぐるみを持っていたのね。あなた、もしかして――

[イースチナ] それ以上は言わないでください、ナターリア。

言わないで。

[イースチナ] 私は大丈夫です。ええ、大丈夫ですから……

[ナターリア] ……アンナ……

言わないで。

[ナターリア] 当時のことは、私も聞いてるわ……

[ナターリア] あれは……あれはしょうがなかったのよ。誰にも予想できなかったことだもの。

言わないで!

[ナターリア] ……私たちはみんな、あなたのせいじゃないって知っているわ。

もうそれ以上言わないで!

[ナターリア] あと一歩が間に合わなかっただけで、あなたは尽力したのだから……

[イースチナ] ……

[イースチナ] わかっています、ありがとうございます。心配しないでください、ナターリア。

[イースチナ] 私は大丈夫ですから。

私は大丈夫。

これまでずっと、皆にそう言ってきた。

ズィマー、グム、リェータ、ナターリア……全員が私は大丈夫だと信じている。

私自身ですら、そう信じてしまいそうになっていた。

私のせいじゃない。

私のせいじゃないの?

私はただ一歩間に合わなかっただけ。

違う、間に合っていた。

私は尽力した。

……私は尽力した。

――尽力して、ああすることを選んだ。

[メイ] あ、この小説! 私が借りた探偵シリーズの完結篇なのだ?

[イースチナ] えっ? あ、はい、その通りです。

[イースチナ] それはこのシリーズの中でも一番貴重な一冊なんです。稀代の大探偵の最後の一幕がついに……! ふむ、ドクターに頼んで探してもらって、やっと見つけた一冊なんですよ。

[メイ] そうなのだ? 前に実家に戻った時、初版でサイン付きの同じ本を読んだことがあるのだ。

[メイ] あの時は大泣きして……ああ、懐かしいのだ。

[イースチナ] えっ?

[イースチナ] サイン付き、しかも初版……?

[ナターリア] あっ、あらー……ちょっとまずい空気ね。

[ナターリア] 確かソニアが言ってたわ、アンナがその作者のサイン付き著作を探すのにかなり苦労してたって。しかも結局……

[ナターリア] でもしょうがないわね、貴重なものなのだから。

[メイ] (マズイのだ。実家にはそんなものはたくさんあるからと、つい余計なことを言ってしまったのだ!)

[メイ] あ、あの、イースチナ! あー、そうなのだ、この本、貸してほしいのだ!

[イースチナ] ……

[イースチナ] ……別に構いませんが、もう読んだのではないんですか?

[イースチナ] (小声)しかもサイン付きの初版を。

[メイ] それはなのだ……ぐぬぬ、読んだとは言え、昔のことなのだ。だからもう一度読み直したいと考えていたのだ!

[メイ] ま、まさかイースチナのとこでこの本に出会えるとは、ハハハ、私は幸運だったのだ!

[イースチナ] ふむ。

[イースチナ] そこまで言うのなら……貸してあげます。

[メイ] やったのだ! イースチナ、オマエは本当に良い人なのだ!

[メイ] (ふぅ……これで問題ないのだ?)

[イースチナ] はぁ。

[イースチナ] (小声)わかりやすい人ですね。気遣いのできる人になるには、さりげなさがまだ足りませんよ。

[イースチナ] (小声)ですが……ありがとうございます。

[メイ] なんだ、なにか言ったのだ?

[メイ] それにしてもこの野菜クッキーは本当に美味しいのだ、イースチナは食べないのだ?

[イースチナ] 何も言っていませんから、気にしないでください。

[イースチナ] クッキー……本当に変な味ではないんですか? だったら食べてみましょうか……

[イースチナ] そういえば今更ですが、メイとナターリアが一緒にいるとは珍しいですね。お二人は友達なんですか?

[メイ] それはなのだ……それほど深い関係ではないが、先日ペンギン急便を秘密調査した時に、お世話になったのだ。

[ナターリア] お世話だなんてそんな。でもお役に立てて良かったわ。

[イースチナ] ペンギン急便の調査ですか? そういえばこれまでもよく口にしていましたね。まだ諦めていないんですか、意外です。

[メイ] 諦めるわけないのだ! 王室探偵の威信を賭けて――

[イースチナ] 王室探偵の威信とやらは、あなたのおかげでもう無くなっていると思いますが。

[メイ] オマエ……! フンッ、オマエと言い争いはしないのだ!

[メイ] とにかく、今日はたまたま通路で出会っただけなのだ。

[メイ] それよりも、前に貸してくれた小説は素晴らしかったのだ! 読み終えたばかりだから、早く一緒に語り合いたいのだ!

[イースチナ] ああ、あの本ですか。

[イースチナ] あの小説のトリックは、私もとても好みなんです。どうでしたか、見事だったでしょう?

[メイ] 最高だったのだ! 作者はどうやってあんなトリックを考え出したのだ? 最後に真相が明らかになった場面は、身が震えたのだ!

[イースチナ] ええ、私もそうでした。推理要素と文学創作を組み合わせて、現実の心理上の影響を読者に与えるとは……私、このシリーズの中で、この本が一番好きなんです!

[メイ] あーーわかるのだ、私もその気持ちがよーくわかるのだ!

[メイ] 一人称視点の話で、犯人はまさにその本人――うぐ、ぐむむ!?

[イースチナ] バカ! 犯人をばらしてはダメですよ! ナターリアはまだこの本を読んでいないんです!

[メイ] むぐぐ!!

[メイ] ぷはぁ! も、もう少しで窒息死するところだったのだ……

[メイ] うう、痛いのだ、舌を噛んでしまったのだ。ネタバレしそうになった私が悪いとはいえ、イースチナもやりすぎなのだうぐぐーー!

[ナターリア] フフ、アンナって、本当に探偵小説が好きなのね。そんなに興奮して話すことなんて、普段ほとんどないのに。

[イースチナ] うう、そ、そうですか?

[ナターリア] ええ。そこまで面白いのなら、今度私も読ませてもらおうかしら。

[イースチナ] ナターリアも興味が湧いたんですか? 意外ですね、これまでオススメした時はいつも「時間があれば」と言うだけでしたが。

[ナターリア] えーっと、それはね……

[ナターリア] 二人が楽しそうに話していたから、私もその輪に入りたくて。

[イースチナ] そうですか、分かりました。小説仲間が増えるなら、私も大歓迎ですから。

[メイ] ロドスではこういう作品について語り合える人が少なすぎるのだ……ドクターも読むことはあるようだが、忙しすぎていつも捕まらないのだ。

[ナターリア] ドクター……ああ、あの指揮官さんね。

[メイ] なにっ、ナターリアさんも知っているのだ?

[ナターリア] ええ、あの人は艦船内でもちょっと特別だから。それに、あの指揮官さんが戦場の指揮を執る様子も見たことがあるわよ。

[メイ] そうなのだ? それにしても残念なのだ。ドクターにもクッキーを分けてあげたかったのだが、今日は何かの会議をやっているみたいなのだ。

[イースチナ] そんなに気を使わなくても、ハイビスカスさんなら必ずドクターの分も用意していますよ。

[ナターリア] そうね、ドクターの状態はケルシー先生が観察しているとはいえ、それ以外のみんなも関心を寄せているもの。

[ナターリア] 特に医療チームのオペレーターたちね。こないだ私がテストに行った時、ドクターの食事の管理をどうするか相談していたわ。確かまずは……ドクターのおやつを没収するとか?

[メイ] アハハハハ、あんなおやつは没取されて当然なのだ!

[イースチナ] ……グムも私に嘆いていました。本当に、あの人は普段一体何を食べているんでしょうか。

[イースチナ] それとナターリア、テストとは何のテストですか?

[ナターリア] あ、それに関してはひとまず秘密にさせて。まだ完全に決められていないから……今日来たのは、それに関係する話もあったのだけれど。

[ナターリア] でも……

[ナターリア] まあ今日はやめておきましょう。こんな場で言うことではないわ。

[ナターリア] それに、すぐにアンナも知ることになるかもしれないし。

[イースチナ] ふむ。

[イースチナ] ……わかりました。あなたがそう言うのであれば、これ以上は訊きません。

[イースチナ] コホン、本題に戻りましょう。ナターリア、まずは定番の作品から読み始めるのはどうですか?

[ナターリア] あら、その話に戻るの?

[メイ] へへん、これは自分の好きなものを布教するせっかくのチャンスなのだ。

[イースチナ] この話題はそう簡単には終わらせませんよ。

[ナターリア] ……これとない情熱を感じるわね。

[イースチナ] 当然です!

[イースチナ] 探偵小説を甘く見ないでください。優秀な作品には魂が宿っているんですから。

[ナターリア] フフ、アンナらしい考え方ね。でも、うん、その通りね。私も賛同するわ。

[イースチナ] 作中のトリックを考えるのも楽しみの一つですが、私は探偵小説の魅力は決してそれだけではないと考えています。

[メイ] イースチナの言う通りなのだ。でも私は、探偵が犯人の正体を暴く瞬間が一番好きなのだ。

[メイ] 定番のセリフと言えば、やっぱり「あれ」なのだ!

[イースチナ] 「あれ」? それは……

[メイ] 「あれ」なのだ! ほら、「あれ」!

[メイ] コホン。

[メイ] 「真実はいつも一つ、犯人は――お前なのだ!」

[ナターリア] あら、それなら私も知っているわ。名探偵が必ず言うセリフの一つよね。

[メイ] そうなのだ、何度聞いても血が滾ってくるアツいセリフなのだ!

[イースチナ] 確かにそうですね。

[イースチナ] ですが私にとっては、犯人を特定した後に、考えを巡らすところが一番面白いんです。

[メイ] えっ、どういうことなのだ?

[イースチナ] ではメイ、質問です。犯人を見つけて、真相にたどり着いた後、探偵は何をしますか?

[イースチナ] みなさんを集めて真実を語り、犯人を裁きにかけますか?

[イースチナ] でもたとえ真実を暴いても、現行の法律では犯人を裁けないこともありますよね。そんな時、探偵はどうします?

[イースチナ] 法の網をすり抜ける犯人を野放しにしますか? それとも、自ら犯人を裁くために行動しますか?

[ナターリア] なかなか難しい問題ね。現実でもよくあることよ。

[ナターリア] もし私が探偵だったら……

[メイ] ……うーん。

[メイ] なんなのだ、どうしてそんなことを聞くのだ?

[メイ] 突然そんなバカなことを言い出すなんて、今日はおかしいのだ。どこか調子が悪いのだ?

[メイ] ……変なのだ、熱もなさそうなのだ。

[イースチナ] ……私はそんなおかしなことを言いましたか?

[メイ] だって私たちは、真実を暴くだけの探偵なのだ。それからのことは本物の警察に任せるのだ。探偵は万能ではないのだ、誤解してはいけないのだ。

[メイ] 探偵、警察と裁判官、それぞれの仕事は違うのだ、そんなことは常識なのだ!

[メイ] どうしたのだ、なんて顔をしているのだ、そんなにビックリすることなのだ?

[イースチナ] ええ、探偵に罪を裁く権利がないのは、もちろん知っていますよ。

[イースチナ] ただ、あなたの口から「常識」という言葉が聞けるとは、とても驚きました……

[メイ] ちょっと待つのだ? こら、どういう意味なのだ!

[イースチナ] なんでもありません、独り言です。気にしないでください。

[メイ] 今の環境では、一日中殺し合いをしている人も多いのだ。殺人事件であろうと、犯人が誰であろうと、ほとんど誰も気にしないのだ。

[メイ] そんな中で私たち探偵ができることは、せいぜい真相を暴いて、法を守ることくらいなのだ。

[メイ] 私たちには裁きを下す権利はないし、法律の上に立つことなどさらに許されないのだ、私刑を行うなどもってのほかなのだ。

[イースチナ] ……

[メイ] 悪事はどうやっても悪事なのだ、他人を傷つけることは、どのような理由があれど、ただの犯罪と傷害行為に過ぎないのだ。行動の本質はいつまでも変わらないのだ。

[イースチナ] 確かに、そうですね……

[メイ] 人に知られなくとも、裁かれなくとも、自分がやってきたことは、少なくとも自分自身は忘れることはできないのだ。

[メイ] 探偵がやるべきことは、そんな隠された真相をすべて暴き出すことなのだ! うーん、むふふ、口に出すだけでカッコいいのだ!

[イースチナ] やってきたこと……

[イースチナ] ……

[イースチナ] あなたの言う通りです。

[イースチナ] どのような理由があったとしても、白日の下にさらされなくても、既に起きたことは変わりません。

[イースチナ] いつか……

[ナターリア] あら、少し話が重くなってきたわね。

[イースチナ] ……すみません、こんな話をするべきではありませんでした。

[ナターリア] 大丈夫よ。私は聞いていただけだけど、興味深かったわ。でもせっかくのティータイムだし、ここからはもっと明るいお話をしましょう!

[イースチナ] ええ、良い提案です。

[メイ] そうなのだ、お茶も冷めてしまったのだ。

[メイ] あれ? あそこのあれは……

[イースチナ] どうしたんですか、メイ? 窓際に何が……

[メイ] あ、あれなのだ。オマエたちも見るのだ、あれは何なのだ?

[ナターリア] あら? 窓の外に何かあるの?

[ナターリア] うーん……あちらに何かいるわね、あっ、こちらに飛んできた。

[ナターリア] 見たところ、ドローンね。

[イースチナ] ドローン?

[イースチナ] ……本当にドローンですね……どうしてこんなところに……あ、窓の雨除けに引っかかりました。

[メイ] あー……でもロドス艦内はどこでも安全なのだ。安全ならあれこれ考える必要もないのだ!

[メイ] よいしょ。

[イースチナ] バカ! そんなところに登って……危険ですよ!

[メイ] よーし、捕まえたのだ――

[ナターリア] あっ、メイさん、足元に気をつけて!

[メイ] えっ?

[メイ] うわーー!

[イースチナ] ――!

[???] アンナ!

[???] ふぅ、良かった。駆けつけたのがあなたで。

あの日、彼女はそうやって落ちていった。

身体を少し起こすと、風が長い髪の間を吹き抜けた。そのあまりにも現実離れした清らかさに、私は、今起きたことはただの夢だと錯覚しそうになった。

[???] 引き上げてもらえる? アンナ。

声を出すことも、話すことも、動くこともできなかった。

[???] ……アンナ?

優しく触れると、その美しい夢はそうやって落ちていった。

何の音も発さず、ただ指先にわずかばかりの跡を残して。

[???] ……待って、アンナ、何するつもり!?

私はそうやって落ちていく彼女をただ見ていた。

[イースチナ] ……

[ナターリア] メイさん! 不注意すぎるわ! 大丈夫? 怪我してない?

[メイ] イタタ、大丈夫なのだ、心配ご無用なのだ。

[メイ] あれ、ドローンに手紙がついているのだ!

[メイ] あっ、ナターリアさん宛てなのだ。

[ナターリア] えっ? 私宛て?

[ナターリア] 見せてもらえる?

[イースチナ] ……

[イースチナ] !

[イースチナ] メイ……

[メイ] どうしたのだ?

[メイ] わぁ、どうしたのだ、顔色が悪いのだ!

[イースチナ] ……大丈夫です。

[メイ] 本当なのだ? 調子が悪いのだ? 無理したらダメなのだ!

[イースチナ] ふぅ……

[イースチナ] バカ。

[メイ] えっ??

[イースチナ] 目的もわからないドローンを捕まえるために、窓枠によじ登って雨除けにぶら下がるなんて……

[イースチナ] もっと常識を持って行動してください! 手頃な道具を使うか、私のアーツにでも頼ればいいじゃないですか!

[メイ] わ、私はそんなあれこれ考えなかったのだ!

[イースチナ] 次はもう少し考えて行動してください!

びっくりさせないでよ。バカ。

[イースチナ] 手を見せてください。

[メイ] えっ? 別にいいのだ……大丈夫なのだ!

[イースチナ] 先程、左手が窓枠にかすったでしょう。

[イースチナ] 隠そうとしないでください。私の前で嘘を言っても意味はありませんよ。あなたは本当にわかりやすい人ですから。

[メイ] うぐ。

[メイ] なんて洞察力なのだ。

[イースチナ] 私は「探偵見習い」ですからね。あなたが言ったのでしょう。これくらいの洞察力はあって当たり前です。

[メイ] うぐぐぐぐ。

[イースチナ] ふむ、傷も浅いようですので、綺麗に拭いて薬を塗れば……。とりあえずはこれでよし。

[イースチナ] 後ほど、医療オペレーターにしっかり診てもらってくださいね。小さな傷口でも油断は禁物ですから。

[メイ] ただのかすり傷なのだ、そんなに気にしなくてもいいのだ!

[メイ] でもありがとうなのだ、へへ。

[イースチナ] (ため息)

[ナターリア] あら、この手紙、サイレンス先生からのメッセージね。

[イースチナ] サイレンス先生?

[ナターリア] ええ、さっき私が言った、テストに関することよ。

[ナターリア] それにしても、サイレンス先生はすごいわね。どうして私がここにいるってわかったのかしら。

[メイ] ドローンを使えば人を探すことなど簡単なのだ? ケルシー先生を始めとして、医療部の者たちは皆やりおるのだ……

[ナターリア] そう言われれば確かにそうね。

[ナターリア] ごめんなさい、アンナ。私は医療部に行かないと。

[イースチナ] 大丈夫です。そちらの方が大事ですから、行ってきてください。

[メイ] あっ、そういうことなら私も今日はここで失礼するのだ。

[メイ] 本も返したし、次に読む本も借りられたのだ。うむうむ、大成功なのだ!

[イースチナ] 何が大成功なんですか。

[ナターリア] また機会があれば、みんなで一緒にお喋りしましょう。

[ナターリア] うまくいけば……すぐにでも自治団のみんなに良いニュースを届けられると思うわ。

[イースチナ] はい、では期待しています。

[ナターリア] アンナ、あなた……

[ナターリア] ……

[ナターリア] いいえ、何でもないわ。

[ナターリア] また今度。

[メイ] また今度なのだー!

[イースチナ] ……

[イースチナ] ……

[イースチナ] ふぅ……

[イースチナ] 良いニュース……ですか。

[イースチナ] ヴィカ、どんな良いニュースだと思いますか?

[イースチナ] ナターリアとズィマー――ソニアが……うまく仲良くなってくれれば……

[イースチナ] えっ、絶対に大丈夫? はい、私もそう思います。

[イースチナ] ……

[イースチナ] ヴィカ、私はこれまで一度も、あなたを忘れたことはありません。

[イースチナ] もし忘れてしまったら、私を責めますか? 責めますよね。

[イースチナ] 責めない? ……嘘だとわかっていますよ、ヴィカ。あなたは責めないのではなくて、責められないのです。あなたが私に話しかけることはあり得ませんから。

[イースチナ] ずっと私と一緒にいたあなたは、今でも私の側にいるあなたは、私には何も言ってくれません。

[イースチナ] 私たちにはきっといつか、向き合わなければいけない日が訪れます……

[イースチナ] ……ですが、今ではありません。まだその時ではありません。

[イースチナ] どうやら、私はまだまだ弱いようです。今の私には、まだできそうにありません。

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