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更新日:2024/03/26 Tue 13:32:34NEW!
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ゲゲゲの鬼太郎 鬼太郎第4期 京極夏彦 陰陽師 言霊使い 憑物落とし 拝み屋 小学校 学校 神回 京極夏彦の本気 京極堂 鬼太郎 目玉おやじ 猫娘 ぬりかべ 一刻堂 やりたい放題京極堂 砂かけ婆 子泣き爺 一反木綿 子供たち置いてけぼり 腹話術士ではない
「次回、ゲゲゲの鬼太郎。『言霊使いの罠!』」
「この世に不思議なものなどないのだよ!」
一刻堂とは『ゲゲゲの鬼太郎』アニメ四期の第101話『言霊使いの罠!』に登場するゲストキャラクターである。
陰陽道いかるが流の流れを汲む憑物落としの拝み屋で、目玉親父曰く妖怪の天敵。
護法童子、瀬戸大将、小鬼を式神として使役し、力ある言葉によって妖怪の存在を消滅させる。
原作者である水木しげるの四人の弟子*1の一人である京極夏彦が同話の脚本を担当し、更に一刻堂のデザインおよび声優を担当したことで話題となった。
京極氏は本作の脚本を往年の東映まんがまつりのノリで書いたと証言しており、一刻堂は氏の代表作『百鬼夜行シリーズ』の登場人物である京極堂に意図的に似せたキャラクターとなっている。
黒い着流し・黒手甲・赤い鼻緒の下駄という恰好、常に不機嫌そうな表情、やけに早口な喋り方と京極堂を彷彿とさせる特徴がそこかしこに見受けられる。
また、住んでいる屋敷の前にはどこまでもだらだらといい加減な傾斜で続いている坂が広がっているが、こちらも京極堂の自宅前にある眩暈坂のパロディになっている。
作中での「名前がないものは、存在しないに等しいのだ」という発言は、現代メディアにおいて紹介される妖怪がいずれも名前があった=分かり易い存在として記録されていたお蔭で歴史の闇に消えずに済んだことを意識してのものと思われる。
京極氏によって投げかけられた鬼太郎の存在意義に対する問いは、後述するようにアニメ製作スタッフにも少なからず影響を与えるに至った。
【一刻堂誕生から放送に至るまでの簡単な経緯】
それは1997年2月某日、とある打ち上げ会場でのこと。
当時四期鬼太郎は、OPおよびEDを担当していたバンド「憂歌団」や大の水木作品マニアとして知られる俳優の佐野史郎をゲスト声優に招き話題を呼んでいた。
彼ら以上の豪華ゲストを招きたいと考えていた鬼太郎の制作スタッフは、酒の席ということもあってか思い思いに次のゲスト候補を口にしていた。
そんな中で飛び出したのが、妖怪をテーマにした小説を次々と発表し、うち一冊が日本推理作家協会賞を受賞して当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったデビュー三年目の小説家・京極夏彦の名前である。
京極夏彦にシナリオを――
このべらぼうな提案に真っ先に食いついたのが前任の番組プロデューサー・清水慎治。
清水氏の行動は早かった。その年の夏に鬼太郎を含む東映アニメフェアが全国で封切られたが、もうこの時点で京極氏に話は通していたという。
そして映画上映中の8月頭に、約束通り京極氏から初稿が送られてきた。
元々デザイナーとしてテレビ業界でも仕事の経験があった京極氏は、なんとこの段階できちんと製本した状態で送ってきたうえ内容も一発OKだったという。
8月中旬、スタッフに衝撃が走る。
頼んでもいないのに京極氏が一刻堂のキャラをデザインして清水氏に渡してきたのだ。
前述の通りデザイナーとしても活動している京極氏が提出したラフ画には、詳細な色指定や一刻堂が身に着けている小道具類のデザイン、表情パターンなど必要なものが全部描かれており既に完成状態だったという。
事実、キャラクターデザイン担当の荒木伸吾は「手をくわえる必要はほとんどなかった」と証言している。
9月初旬、またしてもスタッフに衝撃が走る。
京極氏が一刻堂の声優も担当することが正式に決まったのだ。
早い段階で清水氏がオファーを出していたのだという。ただ、当初は学校の先生とか端役をお願いする予定だったそうな。
未定だった同話の監督も、京極作品ファンの角銅博之が担当することになり、9月下旬から絵コンテ作成作業が開始された。
声優初挑戦である京極氏に配慮して、アフレコがキャラの口の動きに合わないような事態になっても演出でカバーする方針に決まったという。*2
10月初旬、話を聞きつけたフジテレビ側から年末特番として放送したいとの話が舞い込んでくる。確定した放送日は1997年12月28日。
その後も京極氏を交えて絵コンテやブラッシュアップされた一刻堂のデザインのチェックが行われた。
そして11月中旬、遂にアフレコが行われる。
当時の京極氏は著者近影を見ても分かる通り、実は和服よりも洋服を着用している機会が多く、この日も所属している水木氏の愛好会「関東水木会」の会員Tシャツ(言うまでもなく京極氏デザイン)を着て現場を訪れている。
緊張のため前夜はほとんど寝ていないとのこと。
しかしながら懸念されていたアフレコ時のミスはまったく起きず、それどころか凄まじい早口で喋るため画面内の口パクの方が逆に遅れてしまうという当初危惧されていたのとは真逆の事態が起こってしまったそうな。
流石に「マイクの前を代わる代わる移動してのアフレコ」や「台本の頁を捲る際のノイズ」といった部分でミスは起きたようだが、肝心の演技に関しては一切問題なく、収録が押すようなこともなかったという。
「ほんとに初めてとは思えないほどマイクの使い方、口パクのあわせ方、そして何より演技がすばらしかったです」 ※鬼太郎役、松岡洋子 談
「何も申し上げることはありません。実に堂堂たる声優ぶり」 ※目玉親父役、田の中勇 談
アフレコ収録が終わった後も編集作業は続けられ、12月5日に初号が完成したのであった。
【作中での活躍】
打倒鬼太郎を目論むぬらりひょんに、先祖が交わした契約を盾に担ぎ出される。
悪いと思いつつも、夜の小学校にて式神を使い、宿直の教師を脅かすという形で鬼太郎を誘き出すことに成功。
また、事前にねずみ男を協力者に仕立て上げ、確実に鬼太郎が調査に乗り出すよう手を打っていた。
夕暮れの小学校校庭にて瀬戸物を合わせた式神である瀬戸大将と無数の小鬼を使役し鬼太郎を追いつめる。
鬼太郎は駆けつけた仲間たちによって救助され、更に小僧の姿をした式神・護法童子を迎撃に向かわせるものの逆にそれがきっかけで式神の本体である土中の古道具の存在を知られてしまう。
しかしそれはすべて一刻堂の罠だった。
鬼太郎とその仲間たちは、鬼太郎を中心に円を描くような配置に誘導されていたのだ。
次の瞬間、校庭に巨大な五芒星が浮かび上がり鬼太郎たちの動きを封じてしまう。
満を持して屋上から登場すると、誰だと問う鬼太郎に決めゼリフを披露する。
「憑物落としの拝み屋ですよ」
「いいかね、この世に不思議なものなどはない。だから君達のようなものはいらない」
そして砂かけ婆を皮切りに、鬼太郎の仲間たちを次々と力ある言葉によって消していくが、ぬらりひょんと朱の盆の失態により術が解けて失敗してしまう。
それでも動揺せず、失敗を理由に元々不本意だった約束を無効とし、ぬらりひょんと完全に縁を切り「あなた方はこの世にいてはならぬもの。しかしいなければならないものでもある」として鬼太郎たちと和解するのであった。
【一刻堂と対峙した妖怪たち】
「さあ、この世にあるべきでないものはこの世にいてはならぬ。遥か遠くの言葉の果てに、去るが良い!」
「砂をまき散らすのはつむじ風!」
- 砂かけ婆
必死に抵抗するも、言霊によって砂山とそれを巻き上げるつむじ風に変えられる。
本来の砂かけ婆は「特定の場所を通っていると砂が降ってくる」という現象を表す言葉のため、このような姿に変えられたと思われる。
彼女が消される直前、「わしは、ええと……なんでもいいわい。わしはわしじゃ!」という言葉を放っているが、ある意味ラストシーンでの目玉親父の台詞に通じるものがあると言えるだろう。
だが動揺したままでは単なる「負け惜しみ」「雑音」にしかならなかったようだ。
「もう遅い! 見ろ。あそこにはきれが一反!」
- 一反木綿
言霊によって一反の布切れに変えられる。
実際の伝承も、風で飛ばされた木綿の布を誤認したものだとするのが一般的である*3。
「そこには朽ちた壁!」
- ぬりかべ
瀬戸大将に圧倒されダウンしたまま言霊によって朽ちた壁へと変えられる。
実際の伝承は「道を歩いていたら急に前に進めなくなる」という現象を表す言葉であり実像は存在しないため、ストレートに壁になったと思われる。
なお、水木氏によるデザインの元ネタは海外の真鍮作品である。初期の妖怪図鑑にはまんまのデザインで掲載されていたため、鼻が存在する。
「かぼちゃがぺらぺらしゃべっちゃおかしいなあ」
- 子なき爺
懸命に砂かけ婆のことを思い出そうとするも、言霊によってかぼちゃに変えられる。
消される前に口にした悲鳴のような言葉は、彼の仲間たち、とくに砂かけ婆への思いがこもっていたがそれだけではどうにもならなかった。
彼の正体が「かぼちゃ」というのは、似た性質(赤ん坊のような声を出して人の背中におぶさる)のコナキババアという妖怪が、家まで背負って帰ったらかぼちゃだったという伝承からきたと思われる。*4
え、じゃあ爺自体は何なのかって?
実は徳島県の三好市という場所に実在した赤ん坊の声真似の得意な徘徊老人が正体。
地元では子供のしつけとして「〇〇の爺が来るぞ」という風に使われていたらしく、それが同じ四国地方のゴギャナキという妖怪の伝承と混同されて本に載ってしまったらしい。
「おっと、それからそこの、ペットを抱いた御嬢さんも君の仲間なんだろう?」
- [[ねこ娘>猫娘(ゲゲゲの鬼太郎)]]
動けなければ、格闘戦オンリーのねこ娘にとってはどうしようもない状態だと言えるだろう。そのまま言霊によって猫を抱いた少女の姿に変えられてしまった。
ねこ娘は原作では「妖怪」「半妖怪」「奇病を患った人間」と設定が混在しているが、たいていは妖怪扱いである。*5
しかし今回の彼女は、珍しく「人間と猫が混ざって生まれた妖怪」、すなわち半妖怪か、かなり人間に近い存在として描写されており、わずかな出番ながらもすさまじいインパクトを残した。
そしてこの「女の子」はいったい何者なのか、どういう名前なのか、どうして「ねこ娘」になったのか、どうして一人称や口調がねこ娘(およびそのルーツであり人間の寝子)と全く違うのか、それら一切は不明となっている。
余談になるが四期のDVD-BOXに描かれたねこ娘の集合イラストではこの「猫を抱いた少女」が、第89話に登場する大人になったねこ娘と、鬼太郎を挟んでちょうど反対側に位置して配置されている。
「いくら流行りだからってこんな悪趣味なオモチャを持ってるとは、最近の子供はどうかしているなあ」
- [[目玉親父>目玉おやじ]]
鬼太郎の父親。
言霊によってぬいぐるみのマスコットキャラにされてしまう。
一刻堂は悪趣味と評していたが、現在は本当にゲーセンのプライズ品になるわ、各都道府県のご当地ストラップになるわ本当に流行っている。
設定上、目玉親父はぬいぐるみではなく自分の腐乱死体から腐り落ちた目玉(ナマ)なのだが、さすがにそれは再現できなかったのだろう。
- [[鬼太郎>ゲゲゲの鬼太郎(キャラクター)]]
幽霊族の末裔の少年。
言霊使いとの戦いにおいて、己を失いかけ消滅の危機にさらされる。
最後に残り、妖術も通じなくなった彼は、絶望と恐怖、苦痛に身悶えし泣きそうな声をこぼすなどいつもの彼からは信じ難いほどの弱さを見せている。
「そうだ、僕は鬼太郎だ。ゲゲゲの鬼太郎だ!」
興奮したぬらりひょんと朱の盆のやらかしによって自分の名前を認識したことで、術から逃れ「ゲゲゲの鬼太郎」としての自分を取り戻す。
矢継ぎ早に父の、そして仲間たちの名前を呼んでいき全員の術を解いて形勢を逆転するのだった。
今回の一件で思うところがあったらしく、戦いが終わった後も自分たちの存在について考えるように。
- [[ぬらりひょん>ぬらりひょん]]
初登場以来の「妖怪弁護士」の肩書きを使ったり、伝承にある通り「誰にも気づかれないまま屋敷に上がり込み、堂々とした態度でキセルを吸う」という特殊技能を披露するなど、かなり力の入った演出となっている。
この能力の表現については、スタッフ間でも評判が良かったことが後述する書籍にて明かされている……が、尺の都合で一歩間違えればカットされていたらしい。
また陰陽道いかるが流についてもかなり造詣が深いらしく、契約を盾に一刻堂が憑き物落としを断れないようにするだけでなく、朱の盆に一刻堂の張った結界について解説する描写も。
しかし最後の最後で自ら台無しにしてしまった。
「参考までに教えてやろう。貴様は……」
一刻堂はぬらりひょんの正体がタコであると述べていたが、これは岡山県の伝承で、海から現れるタコのような姿の妖怪がぬらりひょんだとされているため。
「古盆一枚!」
- 朱の盆
ぬらりひょんの側近。正体は古い朱塗りのお盆。
序盤では障子をいきなり開けて相手を驚かそうとする、伝承通りの能力を垣間見せている……が、あいにくと相手が悪すぎて全く通じなかった。三期の朱の盆は、一般人相手になら一度ならず脅かせる場面があったのだが……。
ちなみに、一刻堂による憑き物落としを観戦している際に『胡蝶の夢』そのまんまの台詞を発言している。その原典の『荘子』は道教や陰陽道にも影響を与えている。
- [[ねずみ男>ねずみ男]]
今回は一刻堂の手先として、鬼太郎達を学校へ呼び出すべく暗躍する。
一刻堂とぬらりひょんの存在感がありすぎて、あまり目立ってはいない。
「忘れたね? 君も消えてなくなりたいか?」
何気に鬼太郎ともども最後まで「本当の名前」が明かされなかった。
そもそもこの二人は父母から生まれて純粋に受肉した者であり、ほかの面々と違って「正体」があるのかはかなり怪しい。
実際はどういうところだったのかはかなり気になるところ。
【その他の登場キャラクター】
- 護法童子
「あれは私の法力が正しいものであることを保証する護法童子だ。君の負けだよ」
一刻堂が使役する、陰陽師を守護する式神。
炎の一輪車に乗って宙を飛び回り、赤子のような笑い声を上げながら銅剣を振り回して攻撃する。
最後は術が解けた鬼太郎たちの反撃を受け、一刻堂の懐紙に戻る。
実際に絵巻物などに描かれた護法童子とは異なり、水木氏のアレンジが存分に盛り込まれてマスコット的な可愛らしさを獲得している。
- 瀬戸大将
一刻堂が使役する巨大な式神。背中に巨大な急須を背負っているのが特徴。
複数の瀬戸物が組み合わさって構成された体を持つ。巨大な枹を武器にし、ぬりかべを押し倒す怪力で戦う。
本体は古い瀬戸物のため、鬼太郎の妖怪アンテナにも反応しない。
土中に埋められていた茶碗を子泣き爺に割られたことで消滅する。
意外に思われるかもしれないが、上記の護法童子ともども実は本作の制作が決定するまで水木氏のイラストは存在しなかった。
- 小鬼
一刻堂が使役する式神。
皿が埋められた場所から無数に湧き出し、相手の体に纏わりつく。
土中に埋められていた皿を鬼太郎に掘り返され割られたことで消滅する。
これ以外にも作中ではカラスの姿をした式神が登場している。
- 村上祐子、鈴木翔太、谷本 淳
鬼太郎と交流のある小学生トリオ。
学校で起きた事件の解決のために妖怪ポストへ手紙を出す。
三人組は実は一つ前の第100話にも出演予定があったようなのだが、諸事情で出番がバッサリカットされてしまったらしい。そして三人ともこの第101話が実質最後の出番となった。
「僕達って、本当は――」
「なァに、気にするな鬼太郎。ないと思えば何もない。あると思えばすべてある。
わしらを知っている人がある限り、わしらはここにおるし、こうしてわしらがいる限り、これが現実じゃよ」
「そう――ですね」
【ゲゲゲの鬼太郎 解体新書】
鬼太郎アニメの30周年を記念して出版された、函入りの豪華本。
30周年記念と銘打ってはいるが、実質『言霊使いの罠!』の特集本としての側面が強い。
内容は水木しげると京極夏彦の師弟対談、『言霊使いの罠!』の企画から完成に至るまでの制作ドキュメント、キャスト&スタッフインタビュー、設定資料集、本書発売時点ではどの本にも未収録だった水木氏の復刻作品収録など非常に充実している。
- 複製台本
本書の目玉。上述した初稿台本のレプリカ。
放送ではカットされたシーン(神社でねずみ男と一刻堂が出会うシーンなど)や削られた台詞、変更された台詞も確認できるため、非常に資料性が高い。
従来のアニメ台本の1.5倍の文量があったため、スタッフは削るのに苦労したとのこと。
なお、東映アニメーションの資料室には常時5~10冊の予備が保管されているらしいのだが、『言霊使いの罠!』の台本のみ閲覧用の一冊を除いてすべて持ち去られた後だったそうな。
- 一刻堂再登場! そして、真実は語りつがれる……
本書のもう一つの目玉。
ディレクターの西尾大介による、映像化しないことを前提に描き下ろされた絵コンテ。
原作の『吸血木』のエピソードを基に、今回のテーマを発展させた内容。
西尾氏曰く、『言霊使いの罠!』のシナリオを見た四期スタッフ全員が「これは我々がやらなければならない内容だった」と後悔しており、この絵コンテは京極氏が投げかけた問いに対する一つのアンサーとして作られた。
ファンの中には、これこそが四期鬼太郎の真の最終回だとする声もある。
以下、多少端折ってはいるが概要を記す。
広島県三次町。
夜明けの地方都市を、目に見えぬものどもによる百鬼夜行が練り歩くシーンから始まる。*6
小さな村の診療所にて、二人の男が話をしている。村の診療所に勤める若い医師と村長だ。
医師は、母親から聞いたという戦時中の話をしていた。夜、幼い母が目を覚ますと、隣で寝ていたはずの父親がいつの間にかいなくなっていたという。
「真珠湾の前じゃからこっそり出ていったんじゃろう…」
「で…その、あんたのじいさんは?」
「昭和21年に帰ってきたそうです。でも早くに亡くなりました…」
「わしの息子はついに帰ってこんかった。よくよくこの村は若いもんが居座らんように出来とるらしい…」
村の入口には、たくさんの赤い木が立ち並んでいた。村人はこの二人を残して全員が木へと変わってしまっていた。
事件解決のために鬼太郎が呼ばれたが――。
「鬼太郎…」
一本の赤い木を見上げながら、ねこ娘がぽつりと呟く。
鬼太郎もまた、村人と同じように木に変えられてしまったのだ。
「わしも間もなく、あの赤い木になって、村の入口に立つんじゃろう…。これでこの村もしまいじゃ…」
村長は自分の腕に生えた木の芽を医師に見せると、村から早く出ていくよう告げた。
だが医師はそれを断ると、腕まくりをしてみせた。
「おお…芽が!」
「ということです…」
「あんたがこの村にふらっときて…どれ位たつかな…」
「もう…10年になりますか…」
「やっと村の人間になれたような気がしますよ…」
その頃、鬼太郎が変化した木に、一羽の白鷺が舞い降りた。
白鷺がクチバシで突いた箇所が急激に膨らみ、ちゃんちゃんこ模様の巨大な実がなる。
呆然と様子を見守るねこ娘の背後から声が聞こえてきた。
「私の術で妖気の通り道を開けたのです!」
振り向くと、そこには一刻堂の姿が。
「あ…あんた…」
「キミの仲間が知らせに来たんです。以前キミたちには少々迷惑もかけたことですし。それに、空気まで騒ぎはじめたんでね…」
「わたしにできることはここまでです。あとはキミ達のチカラ次第です」
場面は再び診療所へ。
表の通りが騒がしくなったことに気づいた医師が、玄関から外へ出てみると――。
「あ…!?」
彼の目の前には、先ほど村長に話した幼き日の母が、亡くなった祖父が。
一方、村長もまた戦死した息子の姿を見ていた。最後に見た時と変わらぬ姿の息子を。
涙を流しながら村長が答える。
「うん、うん…わかったよ…。ずっと一緒じゃな…」
診療所の前の道では、冒頭と同じく百鬼夜行が練り歩いていた。どこにも二人の肉親の姿はない。
しかし二人は静かに行列を眺め続けるのだった。
夕闇が迫る中、蘇った鬼太郎は合流した仲間たちとともに元凶である妖怪のびあがり*7と対峙していた。
その様子を遠くから眺める一刻堂。彼の右手に白鷺が舞い降り、折り紙へと変化する。
「あると思えばある…ないと思えばない…」
山の端から、風を巻き起こしながら巨大なのびあがりが迫ってくる。
「…そして、真実は語りつがれる…」
闘志に満ちた目でのびあがりを睨みつける鬼太郎のアップで、物語は終わりを迎える。
【余談】
本作が放送されたのは上記の通り12月28日。冬コミの真っ最中である。
そのため鬼太郎&京極ファンは、ワンセグもなかったこの時代にわざわざポータブルテレビを持参して待機列で見ていたとか。
本来ぬらりひょんと朱の盆は第99話にて物語から退場する予定だったが、そのことが京極氏に伝わっていなかったため脚本に登場してしまい、急遽妖怪王編のシナリオを変更することで対応している。そのせいで妖怪王編で変化したキャラが突如元に戻った。
2018年にサービスが開始されたアプリゲー『ゆる~いゲゲゲの鬼太郎 妖怪ドタバタ大戦争』(現在はサービス終了)に、四期を代表する敵キャラクターとして護法童子、瀬戸大将を引き連れ参戦している。
基本的に六期、五期のキャラクター中心の同作において大抜擢と言えるだろう。
京極氏が脚本だけでなく声優としても起用されたのは、同年に日本推理作家協会所属の作家陣による文士劇が上演されたのがきっかけ。
『名探偵コナン』などで知られる辻真先が台本を執筆し、北方謙三や綾辻行人といった錚々たるメンバーが出演している。
京極氏はそこで京極堂そっくりのキャラを演じ、長台詞もこなしている。
この劇は当時BSにて放送されており、角銅氏も演技や発声に関してはまったく心配していなかったという。
上記の通り監督の角銅氏は京極氏のファンであり、それゆえに京極氏が大好きと公言して憚らない『必殺シリーズ』のオマージュ演出を作中に入れている。
具体的に言うと一刻堂の屋敷に忍び込んだぬらりひょんの一連の挙動と、ラストの夕焼け空。
京極氏からは大層喜ばれたとのこと。
本作を機に、京極氏は自身が原作を務めた映像作品を中心に俳優・声優・ナレーションとして出演するようになったほか、同じ事務所の大沢在昌、宮部みゆきとともに毎年朗読会を開催していた。
学校で襲われた先生の名前はそれぞれ木場先生と関口先生。
百鬼夜行シリーズに登場する同名キャラを意識したファンサービスである。「わはは、僕を出さないとは実にいい度胸じゃあないか」
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▷ コメント欄
- 子供の頃に見た話では一番記憶に残っとるなこの話 -- 名無しさん (2018-11-30 00:51:33)
- 鬼太郎史上でも五指に入る強敵じゃない?一刻堂 -- 名無しさん (2018-11-30 07:25:23)
- ↑相性が最悪なんだよな。ただ敵意持ってるわけじゃなく義理立てというか先祖の契約のせいでやっただけ。今後敵対することはないだろうってのは不幸中の幸い。 -- 名無しさん (2018-11-30 10:01:34)
- 東映アニメーションの50周年のアニマックスの特番で、もう一度見たいエピソードの投票で選ばれたのがこの話だったね -- 名無しさん (2018-11-30 10:15:51)
- 番組終了の危機を救ったぬらりひょんとかいうタコ -- 名無しさん (2018-11-30 11:22:57)
- ↑3寧ろ味方側にもかかわらずとんでもないデウスエクスマキナになるな。家業柄人に仇なす妖怪は見過ごせないだろうし -- 名無しさん (2018-11-30 15:23:49)
- ↑3 そうでしたね!このエピソードも印象深くちょっぴりトラウマでしたね・・・それにしても真の最終回にして、一刻堂が再登場するエピソードがあったのは知らなかったです!↑2タコというか、オタコンコナスというか・・・( 汗 でも、京極さんのおかげで己自身の生存し、番組に引き続き登場することも出来たんですよね・・・。 -- 名無しさん (2018-11-30 17:48:57)
- 某世界観でいう所の神秘が力を失うってこう言う事なのかもしれんな -- 名無しさん (2019-04-02 12:22:02)
- 敵であるぬらりひょんと契約するとは…昔は人間と妖怪はズブズブの関係だったのかね -- 名無しさん (2019-04-02 13:58:58)
- これ、敵の声優のセリフが聴き取り易くて凄かった。早口で喋りまくってるのに、なんであんなに聴き取り易いんだろう。 -- 名無しさん (2019-09-06 19:53:59)
- ↑おっそろしいことに声優じゃなくて小説家なんだよねこの人……あと聞き取りやすいのは本人の声質もあるとおもう。 -- 名無しさん (2019-09-06 20:18:31)
- 妄想の産物を無に帰すという能力は、ボヘミアン・ラプソディーの逆バージョンみたいだな -- 名無しさん (2020-01-03 21:06:38)
- 原始宗教の呪術で名を奪う・崩すことで対象の本質に干渉するってのはあるけど、名前を奪うことがそのまま対象の存在理由の否定になるってのが凶悪過ぎる。女神転生の「観測の力」でも物理的に悪魔を撃破したという過程を経て“殺した”という結果を観測者が認識する必要があるのに、言葉一つで解体だもんなあ -- 名無しさん (2020-04-06 01:16:52)
- だから妖怪ウォッチのぬらりひょんの戦闘モードはタコみたいなのか -- 名無しさん (2020-06-01 23:55:31)
- ↑2 特殊な力というのもあるだろうが、妖怪の歴史をひもとき、その由来となった文化や現象をことごとく完璧に把握している一刻堂の博覧強記ぶりが脅威。まさに妖怪の天敵 -- 名無しさん (2020-06-02 11:53:12)
- 500年前なんて今とは段違いに妖怪に襲われる人は多かっただろうに、どういう経緯でぬらりひょんと契約したんだろう -- 名無しさん (2021-12-01 19:01:25)
- むしろ今以上に妖怪が凶悪な時代だったからこそ、あまり敵対的じゃない妖怪を選んで手を組む必要があったのかもね -- 名無しさん (2022-01-01 21:39:43)
- なんちゅう豪華な話や・・・。 -- 名無しさん (2022-01-01 22:35:54)
- 「わはは、僕を出さないとは実にいい度胸じゃあないか」←この世界の彼はどうなっているのだろうか -- 名無しさん (2022-01-01 22:47:45)
- ↑12別の作品で言うところの幻想入りもこう言うことなんだろうな -- 名無しさん (2022-04-06 00:44:22)
- 報告されていたコメントを削除しました。 -- 名無しさん (2022-09-17 19:48:12)
- 木場の旦那と関口先生まで名前だけでも出てるなんて。グレートですよ、コイツは。 -- 名無しさん (2023-07-14 20:31:28)
- 妖怪はもちろん、創作全体に通用する話だよなあ…マジで傑作 -- 名無しさん (2023-08-16 04:37:20)
- 著作権保護のための対応としてタイトル名を『言霊使いの罠!(ゲゲゲの鬼太郎)』から『一刻堂(ゲゲゲの鬼太郎)』に変更し、記事中にて紹介されている書籍に記載されていた情報を中心に編集・再構成を行いました -- 名無しさん (2023-08-26 02:30:23)
- ↑×6正直、榎さんが妖怪におくれを取るとはとても思えませんし。 -- 名無しさん (2023-08-27 20:47:32)
#comment
*2 実際に映像を見てみると、一刻堂の登場シーンは遠景だったり後姿だったり口元がシルエットだったりと口の動きが極力映らないように演出されている。
*3 伝承が残る鹿児島県大隅地方では、弔いのために白い木綿の布を旗代わりに立てるという風習がある。
*4 ただし、そのエピソードが掲載された本自体、資料性はあまり高くない点に注意されたし。
*5 原作『釜鳴』や『国盗り物語』などでは半妖怪を蔑視しており、アニメ三期では妖怪にのみ働く結界(ねずみ男には効かない)に引っかかる描写があるといった感じ。
*6 当時水木氏が三次の近くにある葦嶽山に興味を持っていたこと、西尾氏の出生地であり土地勘があったことから舞台に選ばれたとのこと。
*7 その後、のびあがりは第109話に登場している。
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