古都の妖怪 おぼろ車(ゲゲゲの鬼太郎)

ページ名:古都の妖怪 おぼろ車(ゲゲゲの鬼太郎)

「古都の妖怪・おぼろ車」とは、ゲゲゲの鬼太郎・アニメ版第四期の25話のエピソード。
放送日は1996年の6月23日。
脚本は大橋志吉氏、作画監督は八島善孝氏。


【ストーリー】


夜の京都、その市内でカーチェイスを繰り広げる二台の車。京都でやることじゃねえだろうに……
競り合う二人……と、車のバックミラーに何か巨大な影が映った。
車に見えたそれは、屋根のような天蓋を備えた、古めかしい牛車だった。
しかも、あろうことか高速で走る現代の自動車を悠々と追い越していく。



……だが追い越される瞬間、走り屋は己の目を疑った。




その牛車には、巨大な鬼の顔が浮かび上がっていたのである。




怪物――朧車に睨み据えられた青年はパニックを起こし、ハンドル操作を誤ってガードレールに激突。
もう一人も激しく追い回された末、対向車線を走っていたトラック(こちらの運転手も朧車を目撃してパニクっていた)と接触し、双方事故を起こしてしまった。
三台もの自動車を破壊させた朧車は、殺意さえ込めた瞳で人間達を睨んでいた……




立て続けに起こる自動車事故と、その都度報告される車の妖怪。
事ここに至り、鬼太郎の下にもカラスの連絡が入った。
さっそく鬼太郎は一反木綿に乗り、目玉おやじとともに京都へと急行。
事故現場で霊気を探っていたが、反応は全く無い。



京都市長と警察署長も一連の事故に頭を悩ませていた。
お陰で「丘の上の開発工事」も一向に進まないという。
そこに、役人が一人の面会希望者の名刺を持ってきた。



「妖怪コンサルタント 代表取締役 ビビビのねずみ男」



「いやあ、この街には私のような有能な男が必要かと思いましてねえ?」
「妖怪コンサルタントを始めてウン十年、この私にはなんでもお見通しですよォン? 妖怪の匂いのするところォ、すぐに参上いたします」
「まあ、こういう時はプロフェッショナルに任せてくださいな! 私、妖怪さざえ鬼とか、見上げ入道、かに坊主、白粉婆に猫仙人などなど、実に数多くの難事件を解決してきましたあ! 私が妖怪をオオ――追っ払ってみせましょう?」
「大丈夫。全てお任せを……ああ、ただしコレがかかることは、お忘れなくぅ?」



すさまじい勢いでまくしたてるねずみ男だったが……市長や署長は、実に胡散臭そうな目で睨み付けるのだった。



◇ ◇ ◇



夜になり、ねずみ男は「妖怪を招く祭壇」……まあ粗大ゴミを積み上げたエセ祭壇を作り、妖怪をおびき寄せようとしていた。
そして、現れたところに妖怪退治の「魔除けの札」を貼り付けるつもり……らしい。
ちなみにその「魔除けの札」だが……なぜか猫娘達の姿、つまり本物の妖怪を描いた札。
視聴者目線からすればズッコケものだが、なにせ本物なので市長達への威圧にはなった。


「さあどれにしますう? 一枚二十万円ですが?」
「そっ……そんなに?」
「効き目は保障しますよン? 特にこの猫顔の女の札なんて、もぉう最ッ高!」


詐欺同然の手口だが、背に腹は代えられず、すがるしかないかと傾き始める市長達。
もちろん札そのものは偽物であり、ねずみ男は売りつければさっさと雲隠れするつもりだった。



ところが、真夜中の鐘が鳴った頃、不意に奇妙な音が一行の耳に届いた。
……彼らの背後から、青い鬼の顔を浮かべた巨大な車、朧車が姿を現したのである。


逃げようとするねずみ男だったが、当然市長と署長に取っ捕まり「魔除けの札」を貼るよう強制される。
そして当然、ねずみ男と偽のお札で何が出来るわけもなく、殺意満々の朧車に轢かれてしまった。




そのねずみ男の断末魔の叫びを、たまたま近くにいた鬼太郎が聞きつけた。
路地を駆け抜けた鬼太郎。その目前を駆け抜ける朧車。
さすがに目玉親父は一見して朧車と見立てたが、その表情を見た彼は「いったい何を怒っておる?」と徒ならぬ気配を感じていた。
とにかく放ってはおけない。鬼太郎は一反木綿を呼び、全力で後を追った。



交差点ばかりの京都の道を突進する朧車。
当然、信号機などは意にも介さない。
顔を出したトラックや自動車が、信号を無視して走る車の怪物に驚き次々と事故を起こしてしまう。
放っておけばますます被害が増える。鬼太郎はなんとか声を掛ける。


「朧車! やめろ!! 何をそんなに怒ってるんだ! 朧車……訳を話すんだ! そして、こんな事はもうやめるんだ!」


声を掛け続ける鬼太郎。しかし、朧車は苛立ちを込めた目で睨むばかりで返事さえしない。
そのまま市内を駆け抜けると、郊外の大きな丘へと去っていき――そこで消えてしまった。
見失ったと残念がる鬼太郎達。とにかく、この辺りを探ってみることにした。



◇ ◇ ◇



実は、この丘の上には「市立民族博物館」があった。
朧車は牛車の妖怪である。手がかりがありそうだと考えた鬼太郎親子は、翌日の夕暮れに訪れた。


だが、その時には既に展示品のほとんどはトラックに乗せて運び出されていた。
運送業社に丁重に礼を言いながらも、溜め息を吐く館長……振り返った彼は、「最後の客」となった鬼太郎を嬉しそうに出迎えた。
この博物館は長年存続してきたが、今日を最後に閉館する事になっていたのだ。
既に展示品は全て運び出し、たった一つ大きすぎてどうにもならなかった牛車しか残っていないという。


牛車――と聞いて驚く鬼太郎。興味があるなら、ということで、館長は案内してくれることになった。
館長とともに廊下を歩く鬼太郎……雰囲気が良いと感じる鬼太郎だったが、この博物館は長い年月で老朽化が著しく、閉館後は解体してしまうという。
丘も切り崩し、病院にすることまで決まっている。


「風情のある建物なのに、もったいないですね……」
「ありがとうございます……この博物館とともに歩んで四十年、私も、博物館と一緒に引退しますよ……」
「……そうですか……」
「明日の朝から工事が始まります……」


寂しげに……しかし、どこか安堵したように、年配の館長は静かに語るのだった。



展示室に残された牛車は、轅ながえ*1があるなど多少違うものの、朧車と同じ赤い屋根を持っていた。
溜め息を吐く鬼太郎に、館長が最後の解説を始める。


「この土地は、元は遺跡でしてな。そこから、刀と一緒に木片が発見されたんです」
「木片……」
「それを調べてみましたら、牛車の一部であることが分かりまして……こうして、再現したんですよ。しかし、これだけは大き過ぎて引き取り手もないんで……ここに置いたまま、処分することになりました……」
「え……?」
「私とともに、リタイヤです……」


穏やかに微笑む館長を、鬼太郎は静かな無表情で見つめていた。



しかし、とにかく鬼太郎はこの牛車を調べてみた。
真っ先に目に付くのは、車輪に付いている泥や傷。
そんなものが展示品に付くはずがない。これが朧車だと断定する目玉親父。
しかしその運命も今日いっぱい……鬼太郎親子は、捨てられることに反発して暴れているのかと想像するが……




そこに、聞こえてくる甲高いダミ声。いつの間にか、部屋の入口にやたら大きな荷物を抱えたねずみ男が立っていた。
何でここにいる、と双方訪ねる二人。妖怪退治を請け負っていたねずみ男は、ここに牛車があると聞いてやってきたという。
で、何を考えているのかというと……背負ってきた薪で、一気に焼き払おうというのだ。絶対反撃されるだろ……ていうかここ屋内だぞ!
当然、屋内でそんなことをやられては堪らない。しかも問答無用の凶行とあって、鬼太郎は当然反対。しかしねずみ男も轢かれた恨みもあって譲らない。


……だがその時、ねずみ男の背後で牛車が動き始めた。
気配を感じて振り向いた瞬間、妖光を発し、牛車が朧車へと姿を変えた!


「おのれ……この俺を燃やそうとしたな!?」


青い顔を憤怒に歪め、朧車が咆哮する。地響きのような憎しみの唸りを上げて、彼は木造の車輪を高速で回転させた。
暴走を始めた彼は、まずは何のためらいも無くねずみ男を再び轢殺死んでない。
完全に逆上した朧車は、博物館を飛び出すと、既に夜の闇に落ちていた京都市内へと突進した。



「ぬぅぅぅぅぅ、ぬおおおおおおお!!!」



このまま市内に出ればどれだけの被害になるか分からない。
と、鬼太郎は一反木綿に「朧車の横に付けてくれ」と言い出した。乗り移って、話をしてみるという。
赤い屋根へと飛び移った彼は、後ろの扉を開けて中へと入った。


車の内部は、再現したレプリカなので比較的新しい。
しかしその中で一カ所だけ、木材の色の違う場所があった。
それが遺跡から発掘した木片であり、朧車の核といえる部位なのだ。


……暴走牛車の中とは思えないほど穏やかな内部を歩き、鬼太郎は右手を木片に合わせ、ゆっくりと眼を閉じた。



◇ ◇ ◇



暗闇の中を超えて、鬼太郎は過去へと――朧車の心の中へと立ち入った。



古い古い時代……この京都が、かつて華やかな都であった頃の記憶。


『なんだ、お前は!!』


不意に、空から響く声。いや、それはこの世界そのものの声だった。


「お前が牛車の霊、朧車か……?」
『そうだ……!』


やっと答えた朧車に、鬼太郎は問いかける。どうしてそんなに怒り、暴れるのかと。
……ためらうような一拍を置いて、朧車は答えた。



『俺は人間を乗せるのが仕事だった……あの丘の上の主人は俺を大事にしてくれていて……幸せな日々を送っていたんだ……牛達とも、とても仲が良かった……』


鬼太郎の前を横切る、記憶の中の牛車――それが、古い時代の朧車だということは、鬼太郎にも何となく分かった。


だが、不意にその世界は紅蓮の炎に呑み込まれてしまう。
そして、聞こえてくるのは戦乱の怒号……源平の争乱か、はたまた応仁の乱か……


『だが大きな争い事が起こって主人達は殺されてしまった……俺も小さな木片を残して燃えてしまったのさ……』



『それから……どれだけ経ったのだろう……俺は永い眠りから目が覚めた……』


幾百年、はたまた千年もの月日を経て、小さな木片となった彼が掘り起こされたのだ。


『ありがたいじゃないか。俺を再現してくれた……しかも主人の屋敷のあった所に! ……嬉しかった……』


穏やかに……安らかに語る朧車。乗せる人間はいなくとも、彼の姿を見てくれる人間達の前で、朧車は安らかに鎮座していたのだ。


『だがあの建物は取り壊されるという。それだけではない! あの丘も崩してしまうというではないか……!』


そこで、朧車の記憶の世界が消えてしまう。
彼の声に怒りと憤慨の声が戻ってくる。



『あの丘とともに、俺は何百年も生きてきたのだぞ……!!』




『それを人間達は…………あの丘を……!!』






『許せるものかあッ!!!』




青白い鬼の顔で、朧車は鬼太郎へと怒りの眼差しを向けた。
鬼太郎は、何も答えられなかった。





外では朧車はなおも市内を疾走し、一反木綿はその上空を追いながら鬼太郎達の身を案じていた。
既に夜は明け、太陽が東天に白く輝いている。
と、一反木綿と朧車の眼は、遠方からやって来る大型の工事車両の群れを発見した。


『ぬうっ……!』


顔を歪めた朧車が、車体を曲げつつ急停車。鬼太郎もいぶかしげな表情のまま顔を出した。



……その鬼太郎が眼にしたのは、これまで以上の憎悪と激怒を宿した鬼の顔。



――明日の朝から工事が始まります――



鬼太郎の脳裏に館長の声が蘇り――鬼太郎はやっと、朧車は「特に工事車両を狙っていた」事を悟ったのだ。
だが、それを口にした瞬間、朧車はすさまじい勢いで車輪を動かし、己の鼻先を工事車両の群れへと向けた。


「な、何をする気じゃ!?」
「お前まさか、あのトラック達を……!」


『……あの丘を壊させるものか……』


「無茶じゃ! 相手は鉄の塊じゃぞ!!」
目玉親父も止めようとするが、その声はもう届いていない。



『あの丘を……あの丘を…………!!』




『壊させるものかああぁあぁぁッ!!!』




地響きのような咆哮を発して、朧車の車輪がコンクリートの大地を擦り上げる。
千年の歳月を宿した車の怪物が、鋼鉄の巨獣めがけて突進した。



「朧車ああぁあぁぁぁぁぁ!!!」










『あの丘は壊させんぞおおおおおおお!!!!!』








黄色のショベルカーを乗せた運搬トラックが、真横からの衝撃で浮かび上がり――
――古びた牛車が、破片となって宙へと舞った。






単眼の親子と白布の九十九神は、二つの車が倒れ、一つが砕けるのを、ただ目撃していた。


それだけだった。



◇ ◇ ◇



「そうですか……そうだったんですか……かわいそうな事をしました……」


鬼太郎の手に残った、千年前の木片……それを前にして、元館長は悲しげに呟いた。
共に並ぶのは、寂しげな市長と諦めたような表情の警察署長……そして彼らの視界の先では、古い博物館を解体し、丘を切り崩していく工事が粛々と進められていた。


「……だが、これも時代の流れなんだよ」
「分かってますよ、市長」


元館長は、とっくに自分を納得させていたのだろう。穏やかな笑みで、全てを受け入れていた。


「ああ、その木片……私が貰っていいかねえ。大事に、させてもらうよ……」


どこまでも静かに願う館長……鬼太郎は、ただただいつも通りの無表情で元館長を、そして崩される丘を見つめていた。






「朧車は、自分の居場所を守りたかった。ただそれじゃったのにのぅ……」
「…………父さん…………」
「うん? ………………。こうやって、わしらの住む所が、どんどん無くなっていくのかのう……」





妖怪が単なる加害者ではなく、人間の存在に圧迫されていき、それに反抗する、というストーリー。
それ自体は鬼太郎シリーズでは決して珍しくないが、本作の特色は「妖怪が最後は敗北する」ということだろう。
例えば、同じ四期の十一話「毛羽毛現とがしゃどくろ」はむやみな環境破壊をしていた人間を懲らしめ、自然の豊かな森を守り抜くことに成功した。
しかし、今回は抵抗した朧車は死亡し、彼の望みも叶えられず、そもそも彼と心をともにする者も無く、まさに「自然の流れのままに」滅び去ったという点で、非常に大きな特色がある。





【登場人物】
鬼太郎
「………………………………」
今回、多発する交通事故の影に妖怪の存在を察知して介入した。


四期の鬼太郎は他期に比べて好戦的ではなく、暴れる妖怪達にも対話の余地がありそうならば説得を優先する。それがそのまま通ることは希だが(たいていは話を聞いてもらえず、戦うことになる)、最後は話が通じることも決して少なくない。
しかし、今回は朧車の暴れる理由を理解しながらどうすることもできず、彼の死と、彼の望みが押し潰される現実を見続けることになる。


鬼太郎がどれほど神通力を持とうが、どれだけ努力しようが、覆せないものはあるし、どうにもできない事だってある。
そして、それが様々な要因が絡んで一つの流れを組み立てていく人間社会ならなおのこと。
ゲゲゲの鬼太郎も、『現実』という壁にはどうすることもできなかったのだ。
そして全てが終わり、朧車の夢が壊されていくのを傍観し、わずかに声を震わせながらも、鬼太郎は最後の最後まで表情を変えないのだった。



今回鬼太郎が接触したのは、朧車を含めて年配の人物ばかりであったため、鬼太郎の受け答えの丁寧さも合わさって実に大人びた印象を受ける。


目玉おやじ
「それにしてもこやつ、今日いっぱいの運命だったとはのう……」
一目で朧車と断定するなどの場面はあるが、情報収集はほとんど鬼太郎がやっていたので比較的印象は薄い。
ちなみに、朧車が博物館から飛び出してねずみ男を轢き潰した際、鬼太郎はねずみ男を案じて声を掛けているが、目玉親父は一言たりとも言及していない。
夜叉の時もそうだったが相変わらず扱いは悪いようだ。


ねずみ男
「いい夜ですねェ……いかにも妖怪が出そうですなァ……」
独自に怪奇事件を察し、解決すると騙りながら偽のお札を売り飛ばそうとする、相変わらずのがめつさを披露している。
しかし今回は本筋に全く絡んでおらず、鬼太郎との会話シーンは博物館内部のほんのわずかなもののみ。
ドタバタした挙げ句に散々怒らせた朧車に轢かれて退場した。まあ毎回オープニングで輪入道に轢かれてるから、もう慣れっこだろう。


今回は掻き乱すだけ掻き乱して本筋には全く関わらなかった彼だが、前回はあの「ねずみ男の悲恋」を描いた陰摩羅鬼の事件で、
さらに次回は「ねずみ男の本音」が漏れた天邪鬼の事件だった。今回の扱いの軽さはその反動だろう。


一反木綿
「おお、ずいぶんと古い寺や家がありもすのぉ」
鬼太郎の乗物。
実は彼も「物が妖怪に変化した」という意味では朧車の仲間のようなものなのだが……残念ながら本編には全く絡んでいない。
四期の一反木綿は他期に比べても特に布らしいひらひら感が演出されているが、今回は朧車を追い回す都合上、風に煽られていつもよりもずっとはためいている。



朧車
『あの丘とともに、俺は何百年も生きてきたのだぞ……!!』
「人間の開発に居場所を追われ、世界の流れに抵抗する妖怪」という、鬼太郎シリーズでは定番の立ち位置だが、彼の抵抗は何一つ実を結ばず、彼自身も命を落とした。


多くの自動車事故を引き起こし、描写こそ無いが少なくない負傷者を出したと思われ、いくら彼なりの事情があったにせよやりすぎな点はある。
しかし、朧車は決して人間と言う存在が憎くてしょうがなかったと言うわけではないし、人間を侮蔑してもいない。
牛車として使われていた頃を回顧するときは優しげな声色を発していたし、展示品として第二の生を与えられたことには「ありがたいじゃないか……」とまで語っている。


また、主人や居場所を奪った戦乱にも感情を挟まず淡々と語る様子や、自分が廃棄されることには全く言及しなかったことなど、本質は理知的で穏やかな性格だったのだろうことを想像させる点もある。
おそらくだが、丘は残りつつも博物館と朧車だけが解体、ということになったとしたなら、彼は自らの運命として受け入れられたのではないだろうか。


だが、結局「時の流れ」は彼の思いを酌んではくれず、必然として彼の命も願いも滅び去ってしまった。



館長、市長、署長
「いやあ最後の最後に、こんなかわいいお客さんが来るとは……」
今回登場した人間社会の代表的な彼らも、決して悪意があったわけではない。
この三人も、そして工事関係者達も、だれ一人として悪意は無く、己の運命を受け入れ、粛々として必然の道を歩んでいただけである。


また、館長は人生の大半をこの博物館とともに歩んでいたと自負しており、ある意味で朧車の立場に最も近い立場にあったが、その彼も博物館の解体・丘の切り崩しに付いては一切反対していない。
それどころか、最初から受け入れている。


結局、朧車の抵抗は「道理も無く、理解者も無い」、最初から無理な話だったのだ。



妖怪が悪いわけでも、人間が悪いわけでもなかった。
「悪者をやっつければ万事解決」という話ではなかったし、そもそもこの問題を解決する方法など、鬼太郎にできる事など、最初から無かったのだ。


それでも、朧車の無惨な死を悼んでくれる人間がいたと言うのは、鬼太郎にとってせめてもの救いだったのかも知れない。




【余談】
今回の京都市長の担当声優は茶風林氏。
つまり目暮警部そのまんま。残念ながら鬼太郎は探偵ではない。
なお、朧車の担当声優は大友龍三郎氏。朧車のすさまじい憤怒と、その奥底の悲しみの念をこれでもかとばかりに熱演している。



後の四十三話「反乱!妖怪化けぞうり」にて、古い物を大事にしない人間に反乱を! と決起した「九十九神」の化け草履に対して、ねずみ男は
「大事にするって言ってもよォ……片っぽだけの古草履どうやって使えってんだあ? 鍋敷きにでもすンのか?」
と発言。化け草履が「そ、そう言われると……」と返事に詰まる一幕がある。
朧車も、結局は死を受け入れるしかなかったのだろう。



今回は「人間社会に適応できず、抵抗するも敗れ、滅びるしかなかった古き妖怪」という話だったが、
後の「山の神・穴ぐら入道」はこれと同じテーマを扱っている。
そちらも「古き妖怪の抵抗と滅亡」「開発に掛ける人間達の必死な思い」「鬼太郎の涙」と印象深い要素が非常に多く、
四期鬼太郎を代表する、どうにもならなかった物悲しいエピソードとして名高い。



原作「朧車」はカロリーヌの登場する例のエピソードであり、今回とは全く違う。
このエピソードで朧車が好きになってから、原作の朧車を見ると、その扱いの小ささに大変がっかりする。





追記・修正は丘の上でどうぞ。


4期の鬼太郎は、カオスな回もあるけど、後味が悪いエピソードも結構、あるんですよね・・・特に穴ぐら入道のエピソードは・・・はふー( ションボリ )。 -- 名無しさん (2018-07-17 19:50:28)
全体的に90年代特有のノリって感じはするんだよね四期 -- 名無しさん (2018-07-17 21:02:09)
これ読んでると館長さんやさしい人なんだろうね。ただ開発の波にはどうしようもなかったけど。 -- 名無しさん (2018-07-17 21:54:17)
4期放映中のPSゲームにも朧車出てたな。そちらでは和解できたけど。 -- 名無しさん (2018-07-17 23:49:41)
ゲームの朧車は抵抗の末、社守れてよかったな。社の移動は許容できたっていう点含めて、ある程度は納得してくれるがキレると手が付けられなくなるタイプ -- 名無しさん (2018-07-18 02:12:55)
最期は可哀想なことだが、朧車自体はなんだかんだで大切にされて、一度燃えても二度目の人生を迎えることもできたわけで、終わりが良くはなかったがトータルで見ると悪くない人生だとも思う。大切にされなければ付喪神にもならなかったし、再現されなければ第二の人生もなかった。喜んだり悲しんだりする心がない牛車のまま一生を終えるのとどちらが幸せかはわからない -- 名無しさん (2018-07-18 15:44:37)
思い出したわこの話。最後が切なかった。 -- 名無しさん (2018-07-18 20:23:22)
市長たちが欲深いわけでもない普通に善良な人なのがなぁ… -- 名無しさん (2018-07-19 00:26:01)
跡地に建つのが病院なのがまた切ない… -- 名無しさん (2018-07-19 23:20:54)
やるせない -- 名無しさん (2018-08-07 08:58:50)
メタな見方をすると、アルビダ鬼太郎・バギーねずみ男・クロコダイル朧車とワンピース系って捉えられる気も。 -- 名無しさん (2018-10-24 12:58:44)
3期映画ではカロリーヌちゃんを轢き殺す憎まれ役を演じていたりする…… -- 名無しさん (2020-12-08 18:27:02)

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