登録日:2015/05/24 Sun 16:49:32
更新日:2024/01/15 Mon 10:29:35NEW!
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剣豪小説 武士 短編 藤沢周平 秘剣 バッドエンド 二股 親友 悲運剣芦刈り
藤沢周平の短編剣豪小説。世に語るべからざる「秘剣」を身につけた武士と、その周辺の人々を主人公に据えた短編小説のシリーズである”隠し剣”シリーズの内の一編。
初出は文芸誌「オール読物」の1978年3月号。
現在は”隠し剣”シリーズを纏めた短編集「隠し剣孤影抄」(文春文庫)に収録されている。またその他、藤沢氏の全作品を収録した「藤沢周平全集」の第16巻に収録されているが全集だけあってこっちは生粋のファンでもなければ手を出しにくいであろう。
□概要
秘剣を題材とした短編剣豪小説”隠し剣”シリーズの第七作目。前作は「女人剣さざ波」、次作は「宿命剣鬼走り」。シリーズではあるものの、基本的に各話間に繋がりは無く、これ一話で完結する。
婚約者がいるのに嫂に浮気した男が婚約者の兄貴にNice boat.されかけたのを返り討ちにし国元を出る話。勝ち組人生を送って来た男が一つの間違いにより転落する様を描く。
バッドエンド度が高く、なんだかんだで登場人物のほぼ全員が何かしらの不幸を背負うという有様。
然し同時に斬り合いの描写の完成度も高く、特に秘剣に対峙し、それを克服しようとする剣客の描写はこれまでの隠し剣シリーズとは一味違った魅力を持っている。
【物語】
曾根炫次郎が、嫂の卯女と道ならぬ関係を持ってからもう一年以上の月日が過ぎていた。
事の発端は炫次郎の兄新之丞の病死にある。新之丞は長男であり、曾根家の当主であった。卯女という妻との間に一子も設けていたが、本編開始前に病没。不幸にも唯一の子が若年で、何より娘であったため相続に適わず、代わりに炫次郎が曾根家の当主として立つ事となったのである。そしてそれと同時に曾根家との縁の無くなった卯女は新之丞の一周忌を目安に元居た家へと戻される事が曾根家の親族会議で決定される。
卯女も、新之丞の死には衝撃を受けたものの親族会議の沙汰に関しては異議を挟む事もなく、平穏のままに曾根の家を去る事になるように思えた。
そんな日常が一変したのは親族会議から数日あまりの後。卯女が突然炫次郎の寝間に忍び込んできたのである。炫次郎もまた卯女の誘いを受け入れた。だが炫次郎は卯女との関係を持ったものの、それも一周忌を過ぎるまでの事だと割り切っていた。一周忌を過ぎれば卯女は実家に戻るであろうし、それよりそもそも炫次郎には許嫁がおり卯女もそれを知っているのだから。
然し、炫次郎のそんな考えとは裏腹に、卯女は一周忌を過ぎて三月たった今も曾根家の主婦として居着き、炫次郎と関係を持ち続けていた。
そんなある日、炫次郎は堀田嘉兵衛に呼び出される。堀田は炫次郎とその許嫁の奈津の仲人を務めた人物であった。
炫次郎と奈津の婚姻は既に祝言の日取りを決めるところまで進んでいたが、新之丞の不幸もあり一旦中断していた。それが一周忌を三月過ぎても未だに進展が見られず、奈津の実家の石栗家がしびれを切らして炫次郎を呼び出したのである。
同席していた奈津の兄麻之助に婚姻について問い詰められる炫次郎であったが、卯女との問題も解決していない現状では奈津を嫁に迎える事も難しい。炫次郎は適当な理由をでっち上げ、祝言までの日を稼ぐ事に成功するが、そこで炫次郎は自分に関する噂が立っている事を聞かされる。その噂とは、卯女が曾根の家を去らないのは炫次郎との間に関係を持っているからだ、という的を射たものであった。
その後、炫次郎は剣の同門で友人である石丸兵馬に相談したりと卯女との問題を解決する為に行動するが、特段の変化もなく日々が過ぎて行く。
決定的な出来事が起こったのは七月も終わり。
その日、勤めを終えた炫次郎は麻之助に呼び出される。麻之助は炫次郎と卯女の関係に関する決定的な証拠を見つけ、奈津との婚約を解消するように炫次郎に迫ってきたのだ。
炫次郎はそれに関しては承知するものの、麻之助はそれだけではなく炫次郎と卯女の関係について上に届け出ると言い募る。炫次郎はそれについては承服出来ず、遂には麻之助を斬り殺してしまう。
だが果し合いでもなく人を手にかける事は当時の法に従っても大罪であった。大罪人となった炫次郎はその日の内に脱藩するが……。
【人物】
○曾根炫次郎
百石を取る曾根家の次男。本来は家を継ぐ立場にはなかったが、兄新之丞の病没により曾根家を継ぐ事となる。
四天流と呼ばれる剣術の遣い手であり、藩内でも五指に入る程の剣客。その天分は十九の時には既に表れており、同年の藩内の練武試合において五人抜きを演じ一躍剣名を藩内に轟かせた。
その試合が原因で曾根の家とは別に五石二人扶持で別に家を立てる(要するに曾根家から独立し、新しく自分の一族を作る)ように藩から内示を受ける。その際に配偶者として奈津との婚約が成立した。
実際、新之丞が病没する直前にはこの件はかなり進んでいたらしく、既に住む家も決まっていたとの事。
ところが新之丞が没し事情が一変。次男である炫次郎が曾根の家を継ぐ事となり、内示の件はお流れとなる。だが、奈津との婚約に関しては生きており、その事が今回の悲劇を生む遠因の一つとなる。まぁ直接の原因は卯女の誘いを断らなかった自身にあるのだが。
別家を立てる事となった際、四天流の秘剣である「芦刈り」と呼ばれる剣を伝えられる事となる。芦刈りは不敗の剣と囁かれるだけでその正体は瑶と知れない。木剣試合においてこの剣を遣われた兵馬は腕が痺れたと感じたらしいがその正体は……。
あらすじを読んで解るようにかなりのっぴきならない事情を抱えてしまった人物。最初に誘ったのは卯女の方であるが、麻之助を斬った後、一旦家に帰った際に「奈津のことを愛しいと思った事は一度も無い(意訳)」とかのたまうあたりやっぱり……。
その前に「奈津(とその家族)の明るい気質が好ましい」と地の文にあるがきっとライクでありラブではなかったのだろう。
上記したが相当の剣の遣い手であり、並の相手では歯が立たない。その為脱藩した炫次郎の討ち手として選ばれたのは……。
○石丸兵馬
八十石取りの石丸家の部屋住み。
部屋住みとは要するに家に養ってもらっている状態のことを言う。長男の場合家督を継いだ時点で城にも上り、部屋住みから当主へとレベルアップするが、それ以外の次男以降はどこぞの家に婿入りしない限りほぼ間違いなく一生を部屋住みで終える。現代風に言えばニートと化すのである。
例外は炫次郎のように某かの手柄を立てる事で新しく家を立てるか、もしくは跡取りの無い状態で自分より上の兄弟に不幸があった場合。どちらにせよ、運と実力が必要となってくる。
とはいえ、部屋住みの場合剣に学問にと自分の時間を好きに使えるため、そういった実力が一番伸びるのもこの頃。
兵馬もそんな部屋住みの例に違わず剣術に打ち込んでおり、炫次郎と同門の四天流で皆伝を受けている程。
流石に秘剣を受け、家を立てる事を認められた炫次郎と比べ実力はやや劣るが、同様に剣で才能が開花した人物でありそんな事もあってか炫次郎とは昵懇の友と言える仲。卯女との関係を唯一兵馬にだけ打ち明けているあたりからもそのことは伺える。
そんな彼であるから、炫次郎の脱藩には心を痛めているが、そんな彼にもやがて更なる追い打ちがかけられる。
○卯女
曾根家の元当主、新之丞の妻女。新之丞が没し若くして寡婦となる。
その後、親族会議で元居た家へと戻される事が決まり、何を思ったか炫次郎と関係を持つようになるのは上記の通り。
新之丞との間に一子を設けていたが、その子は炫次郎の養子となることが親族会議で決められる。卯女から見れば旦那が死に、家には置いてもらえず、唯一の子供とも引き離される形となる。
作中ではあまり心理的な描写が炫次郎の事を愛してはいた模様。それが旦那が生きていた時からの事なのかは不明。
二次元の未亡人の例に違わず描写が一々エロい。
○奈津
七十石を喰む石栗家の娘。炫次郎の許嫁。控えめながら明るく朗らかな性格。
恐らく作中一番の被害者。許嫁との婚姻が伸びたと思ったら許嫁はその嫂に寝取られ婚約解消。挙句兄を斬り殺される。何の落ち度もないのにこの仕打ちである。しかも許嫁だけあって作中、分りやすく炫次郎に好意を向けておりその分炫次郎の心の内との落差が辛い。
後半になるとフェードアウトする。
以下ネタバレ注意
かちっともう一度木剣が触れ合った時、鈍い音がして兵馬の手はすっと軽くなった
握っていた拳先一寸のところから、木剣が折れ飛んでいた
炫次郎の麻之助殺害と脱藩は、一日と置かず藩の知る所となった。
藩は炫次郎の追手として、同じ四天流の遣い手で剣名も高い兵馬を指名する。通常、こういった追手は家中のものの中から選ばれるため、部屋住みの兵馬が選ばれる事は異例と言ってよかった。それを兵馬の父は喜ぶが、友人である炫次郎を斬れと命じられた兵馬の心中は複雑である。
だが武士として、藩命に逆らう事は出来ない。炫次郎を斬る覚悟を決めた兵馬は、四天流の師である市子典左エ門を尋ねる。それは炫次郎を倒すために絶対に必要な事。
即ち、芦刈りを破る。そしてその為に、芦刈りがどのような剣かをもうひとりの秘剣の遣い手である市子に問うためである。
市子は苦渋の表情を浮かべながらも、兵馬に対し芦刈りの正体を告げる。
芦刈りは、立ち合う剣を、ことごとく折る
そう、芦刈りの秘剣の正体は、相手の刀を折る事で武器を奪う。そういった意味での不敗の剣であったのだ。
芦刈りの正体を知った兵馬はそれを破る工夫を為すため、市子の下を辞する。そんな彼の背中に、市子は言葉をかけた。
芦刈りは、不敗ではない。それを破る剣も四天流の中にある
それから一年以上後。翌年十月。
遂に脱藩した炫次郎の行方が知れる。炫次郎は江戸の片隅に小さな百姓家を借り、そこで細々と暮らしていたのだ。
炫次郎の行方を知った兵馬はその百姓家へ繋がる道を監視し、その翌日、帰宅した炫次郎と兵馬は遂に対峙する。
炫次郎は変わっていた。頬は痩せこけ、目の下には隈。皮膚は乾燥し眼は陰惨な影を湛え、かつての炫次郎の面影は無くなっていた。
だがその腕は少しも鈍ってはいなかった。藩命を背負った兵庫は炫次郎と尋常の勝負をする気はなく、四人の部下を連れ彼らと共に炫次郎と対峙していたのだが、その内三人は瞬く間に切り伏せられ、最後の一人は戦意喪失し使い物にならなくなった。最終的には炫次郎と兵馬の一騎打ちのような構図が出来上がっていたのだ。
炫次郎と兵馬は対峙し、その呼吸が合った途端、同時に踏み込んでいた。二人の邂逅は一瞬の事であった。
打ち込んできた兵馬に対し、炫次郎は芦刈りで以て迎え撃ち兵馬の刀を折り飛ばす。だがそれは兵馬の考えていた通りの展開であった。兵馬は太刀が折られるのと同時に鯉口を切っていた小刀を抜き、その一刀を炫次郎の頸部に叩き込んだのだ。それは四天流で用いられる二刀の刀法であった。師の市子が言った通り、秘剣破りの刀法は四天流の中にあったのだ。
兵馬は炫次郎の死顔を看取る。その顔は、まるで芦刈りの秘剣を破った兵馬に笑いかけようとしたかのように穏やかなものであった。
その後、帰郷した兵馬は卯女が自害した事を知る。炫次郎が討ち果たされた事を知っての事である。その知らせは炫次郎を討った時以上に兵馬の気を暗くしたのであった。
追記・修正よろしくお願いします。
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▷ コメント欄
- 誰が悪いとかは簡単に言えるけど、じゃあどうすれば皆幸せになれたのかを考えると、結構悩む。炫次郎が拒んでいたら卯女はやり直せるとは言え積み上げたもの全部無くすわけだし。 -- 名無しさん (2015-05-24 17:09:38)
- 時期も悪かったよねぇ。婚約前ならそのまま絃次郎の嫁に収まってたろうし。結婚後なら卯女さんもあそこまで大胆に迫らなかったろうし -- 名無しさん (2015-05-24 20:16:12)
- 藤沢周平は時期によって暗いし、NTRはちょくちょくあるしで精神状態やばいんでないかと -- 名無しさん (2016-03-23 14:04:12)
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