炭焼き又六

ページ名:炭焼き又六

登録日:2019/10/29 (火) 01:57:37
更新日:2024/05/13 Mon 10:47:20NEW!
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漫画 読み切り 短編 白神山地 狩猟 寓話 鬼六 廃人 山犬 復讐 ホラー 子殺し 絶望 炭焼き又六 呪みちる あなたが体験した怖い話 ライオンの首 呪みちる作品集 1996-2012





"鬼"が"人間"の心を得た時、本当の絶望が男を襲うーーー!!





炭焼き又六とは、呪みちるによる漫画作品。


【概要】

ホラー漫画家である呪みちるが執筆した読み切りの短編漫画作品。


雑誌『あなたが体験した怖い話』に掲載され、後に『ライオンの首 呪みちる作品集 1996-2012』にて単行本収録された。
現在はホラー漫画の無料試し読みが可能なサイト『恐ろし屋』にて無料公開されている。


ホラー漫画では定番の復讐題材の作品だが、徹底的に後味が悪い内容なのが特徴。
ネットで正式に無料公開されている事から、ネット掲示板などでも内容が取り上げられる事がある。
物語の形としては「閉ざされた聖地に伝わる愚かで悲しい寓話」と謳われている。


【あらすじ】

秋田・青森の両県に広大な原生林を広げる白神山地。そこには人智を超えた神秘があるが、そんな白神の森に伝わるとある話がある…。


白神山地を歩く一人の旅の僧は大きな音に気が付き、熊なのではないかと警戒する。
ところが、音のする方向から出てきたのはあまりにも気持ち悪すぎる人型生物の姿だった。
それは身の丈六尺余りで、額には特徴的な十字傷を背負っており、胸には子供の物と思われる骸骨を抱えていた。


特に危害は加えられなかったらしい僧は、麓の村に辿り着いて村人にその詳細を語り、人食い鬼なのではないかと推測していた。
しかし、話を聞いた村人は何かを察したような苦々しい雰囲気に包まれて、僧はその様子を不思議がる。
出てきた村人の代表(名主?)らしき男性は、それは鬼ではなく山奥で炭焼きをしていた「又六」なる男だと口にする。


「話せば長いことになる」と切り出した名主は、大型の山犬を平然と狩るほどの荒々しい男だった又六に関する昔話を語るが…。


【登場人物】

白神山地を旅していた高齢の男性の僧。
白神の森を通る最中に謎の化物と遭遇する事になり、麓の村にてその体験を報告する。
遭遇した化物を人食い鬼と推測して村人達に語っていたが、そこで村の名主と思われる人物から化物の正体を知られされる事になる。
森の中での大きな物音を聞いて熊だと推測した際の反応を見る限り、修行者なだけあって落ち着いている模様。


  • 又六

白神山地で彷徨う謎の生命体の正体とされる男。額に特徴的な傷があり、化物化する前の時点で目付きの悪い荒々しい容貌をしていた。


天涯孤独の猟師であり、森の奥で鳥や獣を採ってそれで自給自足の生活をしている。
白神山地の主と思われる大型の雄の山犬を仕留めるなどその腕前は高い。
しかし、誰とも付き合わずに荒んだ暮らしをしていた事や無茶をする性格から、里の村人からは「鬼六」と名付けられて避けられていた。


ある日、狩猟を終えて自宅に帰宅すると、家に侵入して勝手に飯を食べていた女性に激昂。
おぬいと名乗るその女性の事情を聴くも、拒絶して追い出そうとするが…。


  • おぬい

ある日、又六の住む小屋に勝手に入り込んで鍋の飯を食べていた女性。


人買いに売られる途中で逃亡し、三日三晩飲まず食わずで山中を彷徨った末に又六の小屋に辿り着いた。
もう帰る場所がないために又六の小屋に女房として身を置く事を頼むが、又六に即刻拒否られて出ていくように指示される。
それでも必死に頼み込み、何度追い払われても戻ってきて家事を行って献身的に尽くす姿を見せる。
勘のいい人は名前でもう正体を察するはず


  • 村人

白神山地の麓の村の人々。僧の話を聞いた途端に全員何かを察した気まずい空気になり、名主らしき男性が真相を伝えた。
又六が健在だった時代には、彼が殺して晒していた山犬の遺体を見て驚いて話題にしていた。
荒々しい生活を送る又六の事は「鬼六」と名付けて、全員で避けていた。
しかし、物語全体の描写を見ると村八分などにしていた訳ではなく、単に少し距離を置く程度の関係だった模様。


【結末(ネタバレ注意!)】

おぬいの行動に根負けして、自身の小屋に妻として渋々置いておくことにした又六。


おぬいから夕飯を提供されていたある晩、家にいつの間にか置かれていた花の存在に気が付く。
それはおぬいが綺麗だからと摘まんできた野花であり、又六が気に入らなかったら捨てると言う。
おぬいと暮らす内に微妙に心境が変化しつつあった又六は、狩猟の際に野花を見て何かを考え始める。


そして狩猟から帰宅すると、いくらでも生えているので欲しければ採ってくると摘まんできた花をおぬいに渡す。
又六の行動に感激して涙を流して感謝するおぬいを見て、又六の目には普通の人間らしい輝きが出てきた。
この出来事で又六は初めて他人を愛しいと思う気持ちが芽生え、今まで気が付かなかった人間らしい感情も感じ取れる成長をし始めていた。


やがてある日、元気に大泣きする女の子の赤ん坊を抱える産婆と出産を終えたおぬい。
描写されない合間に又六はおぬいと夫婦としての行動に至っていたらしいが、出産の現場に居合わせた又六は自身の子が生まれた実感を味わい始める。
赤ん坊を抱える又六は涙を流し始めておぬいに感謝を伝えるのだった…。


出産を終えた後の夜、流れ星が見える星空の下で炭焼きへの転身の意をおぬいに伝える又六。
子供が出来たことで現在の生活は出来ないと思い始めた又六は、炭焼きなら森の恵みがあれば生活が出来るとして、動物の殺生を今日で辞める事にする。
里の人間にも自身へのあだ名である「鬼六」と呼ばせないと決めた又六は、明日から「炭焼き又六」になる決意を固めた。


炭焼きに転身した又六は家族のために働き、里に炭を納付しに来ていた。
堅実に仕事を行う又六の変わりように感心する声に対し、名主はおぬいのおかげだとしてその良妻っぷりを褒める。
きっと孤独な又六を哀れんだ山の神がおぬいを送り込んでくれたのだろうと名主は推測を述べるのだった。


「ちい」と名付けられた又六の娘は、歩けるようになっていた。
今度里に下りたら雪靴を買おうと決める又六に対し、雪はまだ早いと返すおぬい。
そんな彼女に又六は、おぬいに世の全てを憎みだけでなく自身が世に生まれたことを呪っていた事を告白する。
しかし、今は世界の全てに感謝する気持ちに変わったという又六は、子供を守っていくと伝えた。
だが、そんな又六の頼れる発言をおぬいは嬉しいとは言うが、表情はどこか何とも言えなさが含まれていた。



うれしい あんたがそういってくれて…



その年の雪が初めて積もった晩、小屋に帰宅する又六。
しかし、戸を開けた瞬間にそこに見えたのは腕を食い千切られて血塗れで絶命しているちいの遺体だった。
ちいの損傷した遺体は無惨に食い殺された証であり、小屋の中には大きな山犬の足跡が残されていた。
ショックで買ってきていた雪靴を落とし、呆然とした顔でちいの遺体を抱える又六。


するとおぬいがいないことに気が付いた又六は、彼女の名を叫んで小屋から出る。
おぬいの姿はどこにも見当たらなかったが、近くの木の枝におぬいが着用していた着物が血に染まって引っかかっていた。


この一連の悲劇は村にも伝わったようだが、村では山犬の仕返しだと噂される事になった。
かつて又六の殺した山犬の仲間が又六の子供を殺して女房も連れ去ったのだろうと推測が行われた。


又六は気が狂ったようにおぬいを探したが、その行方は全く知れなかった。
やがて春と秋を迎え、また冬の季節が来訪して1年が経過した。
その時にはすっかり骨となったちいの遺体を抱え、おぬいの着物を引きずりながら森を彷徨う又六の姿が見かけられるようになった。
目が飛び出るような状態で見開き、髭が伸びて身体も黒く染まった「廃六」とでも呼べるその廃人化した姿は、目撃した者は恐怖心を抱いていた。



又六がそうなってからは随分な時間が経過したとのこと*1だが、まだ妻を探していたのかと呟く名主。
惨い話であるため、名主はせめておぬいの屍が見つかれば又六は少しは救われるのかもしれないと述べる。
しかし、一連の話を聞いた僧は腕を組んで何かを考える様子を見せる。


口を開いた僧は、おぬいの屍は永遠に見つからないと断言した。
又六がかつて仕留めた山犬は雄だったかと確認した僧は、おぬいの正体はかつて又六に仕留められた山犬の妻が人間の女に化けた存在だと述べ始めた。
その推察に唖然として口を開ける名主に対し、又六の妻となったおぬいの行動を「恐るべき復讐」だと表現する。


山犬はその気になれば又六を殺せたが、何故それをしなかったかというとそれでは一瞬の苦しみに過ぎないからだという。
しかも又六は世の全てを憎み生まれたことを呪っていたので、そんな人間を殺害しても尚更意味はない。
ならば人間らしい幸福や感情を与え、絶頂を迎えた瞬間で全てを奪い去れば遥かに残酷で大きな苦しみを又六に与えられる。


その復讐内容の考察を聞いた名主は、それでも自分が腹を痛めた子供を殺す行為の理解に苦しむ。
それでも僧曰く、山犬の夫婦は人間以上に情が深いので、目的を果たすためなら我が子でも迷わず手にかけられると述べる。
その話を聞いた名主は、復讐のためにそこまでする事に恐怖心を覚えていた。
僧も確かに恐ろしく凄まじいばかりの怨念だと評するが、同時におぬいの視点に立ったような言葉を言い残した。



ーーーしかし

山犬の女房もそれだけ殺された夫を愛していたということですよ…



僧と名主が会話を交わしていた頃の夜、風が吹く中でおぬいを探す又六を見つめる山犬の姿があった。
そして僧が又六と遭遇して以降、又六の存在は完全に見られなくなったようである。



その後 又六を見た者はいない

彼は今でも白神の森をさまよっているのだろうか


【備考】

短編ではあるこの作品だが、一応いくつかの考察できる点が存在する。


  • 又六の粗暴さに関して

作中でも粗暴な人間として説明され、村人からも避けられて孤独に暮らしていた又六。
しかし、物語をよくよく読んでみると彼が明確に荒んでいるような行為に出ているシーンはなかったりする。


又六が作中でおぬいに激昂するシーンは悪人っぽい雰囲気であるが、よく考えると自宅に侵入して勝手に飯を貪り食われているので当たり前の反応である。
それどころかその後におぬいの自分語りを一応聞いている辺り、むしろそれなりに親切な態度と言えなくもない。
このようなおぬいへの態度に加えて、村人が自身を鬼六と呼んでいる場面に遭遇しても苛立つ程度であり、人に危害を加えるタイプの人間でもない様子。


自身を破滅への道へと誘い込んだ(かもしれない)動物への残虐な狩猟行為も、生活の為の行動でもあったので完全な悪行とは言い難い。
炭焼きでも生活できたのに、改心する前はただ一人だけ村を避けて狩猟生活をわざわざ選択していたのは、色々と考えられなくもないが。
また、狩猟の意図がどうであれ、山犬(おぬい)側に憎まれるのは必然だっただろう。


このように上述したような視点で見ると、自身の雰囲気や人々の扱いに反して悪意は抑え込んでいた方な人物なのかもしれない。
ただし、「目に入る物全てを憎んでいた」と告白している辺り、言う程粗暴ではなくとも異常な人物だったのは確かであるとも言える。
また、又六が距離を置いている里に自身が狩った山犬の遺体を縛って見せ付けるように置いていたのは、悪趣味な意図が見えなくもない。


最初から完全な異常者として振り切っていなかったからこそ、おぬいの行動を見て人並の感性に改心してしまったとも考察できる。


  • 僧の考察は当たっているのか?

冷静に考えてみると、明かされたおぬいの正体や一連の行動の真意に関してはあくまでも僧の推測という形で語られている。
悲劇の真相はおぬいと死んだちいしか知りようがなく、普通に村人の噂の方が正解の可能性も残されている。
ちなみに、僧は物語冒頭で又六を人食い鬼だと推測するも結果として正解を間違えている事も思い出してほしい。


物語の流れや最後の描写的には、僧の考察が完全に正解なのは疑いようはないのだが。
それに僧の考察が真実であろうがそうでなかろうが、結局は又六には救いがないので大した変わりはない。







追記・修正は、人間に化けた山犬の雌と子供を作った後に色々あって廃人になってからお願いします。


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  • 救いがないのぉ。 -- 名無しさん (2019-10-29 11:43:12)
  • 「おぬい」が「おいぬ」になっていくところがありました。 -- 名無しさん (2019-10-30 09:50:15)
  • 又六が仕留めないなら他の子供が山犬に襲われるだろうから、山犬の逆恨み気味 -- 名無しさん (2019-10-31 17:09:23)
  • ↑山犬「いや人間襲うと撃たれるんで猪で生きてましたよ」みたいな生態だと全くの無意味な殺戮になるぞ。知能レベル高いんだから無差別に人間襲ってた設定が明確じゃない以上はなあ -- 名無しさん (2019-10-31 17:32:46)

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*1 ただし、随分な時とは言われているが村人の様子を見るに数年程度の時間経過の可能性が高い。

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