酸化・還元

ページ名:酸化_還元

登録日:2021/10/02 Sat 17:21:58
更新日:2024/06/06 Thu 10:29:18NEW!
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化学 理系 燃焼 爆発 危険 勉強になる項目 化学反応 アニヲタ理科教室 酸化・還元



はじめに

アニヲタ諸兄は、化学反応と聞けばどのようなものを想定するだろうか?
おそらくだが、溶解爆発毒ガス発生の結晶や溶液といった、ビジュアル的にもド派手で危険なものを想定する人は少なくないのでは?
本記事で説明する酸化・還元は、化学反応の中でも最も身近かつ重要なものの1つであると同時に、そうしたド派手なものが多く存在する化学反応である。


●目次


概要

酸化・還元(Oxidation / Reduction)とは、反応物から生成物が生ずる過程において、電子の移動が行われる化学反応の総称である。
また、反応において一方を酸化させる物質を酸化剤(oxidant),還元させる物質を還元剤(reductant)と呼ぶ。
以下で詳しく説明する。


定義

元来の定義

「ある化学種が酸素原子と結合して酸化物を生成するのが酸化反応,もう一方の化学種が酸素原子を失うのが還元反応」
元来は上記の通り、読んで字の如くの定義であった。


以下に酸化の一例として、鉄Feが赤錆(主成分は酸化鉄(Ⅲ) Fe2O3)となる化学反応式を挙げる。*1

4Fe(s) + 3O2(g) → 2Fe2O3(s)

この例では鉄が酸素O2と結合しているため、鉄が酸化した反応といえる。そのためここでは酸素が酸化剤,赤錆が酸化物である。
一方で、酸素原子を与えた(=酸化『させた』)物質、すなわち酸素に注目すると、こちらは酸素原子を奪われ(=還元『され』)て赤錆となったと見なすことができる。故にここでは、鉄は還元剤として働いているともいえる。
これは酸化と還元は表裏一体、常に同時に起こる反応であることに他ならず、そのため酸化還元反応(redox reaction)とひとくくりにされて呼ばれるのが一般的である。


更にここで反応物質中の電子に注目することでもう少し広い見方、つまり概要で述べた定義ができるようになる。
のだが、その前に必要となるパラメーターについて説明する。


酸化数

ある分子を構成する原子において、その原子の電荷密度が単体(simple substance)*2の時に比べどの程度高い(or低い)かを推し量る目安として、酸化数(oxidation number)というパラメーターがある。
まあここではそういうものがあるということと、以下のルールによって決定されることを覚えておけばおk。


酸化数の決定方法
大前提:単体中の原子:±0、かつある化学種中の全原子の酸化数の和は、全体の電荷に等しい。
1.水素:通常は+1,ただしハイドライド(水素化ナトリウムNaH等)は-1
2.酸素:通常は-2,ただし例外有(例えば過酸化物イオンO22-では-1)。
3.アルカリ金属(ナトリウムNa,カリウムK等):+1
4.2族元素(マグネシウムMg,カルシウムCa等):+2
5.ハロゲン(フッ素F,塩素Cl,臭素Br,ヨウ素I):基本的に-1
ただしフッ素以外は例外有(例えば次亜塩素酸イオンClO-のClならば、決定方法3より+1)。
6.それ以外の元素:1~5と大前提をもとに算出する。
例えば硫酸イオンSO42-ならば、全体の酸化数が-2,上記2よりOは-2なので、
硫黄Sの酸化数をxとすると、-2=(-2)×4 + xよりx=+6.といった感じである。簡単でしょ?


準備ができたところで、現在一般的な定義の説明に移らせていただく。


現在の定義

「ある化学種が電子を放出するのが酸化反応,もう一方の化学種が電子を獲得するのが還元反応」
「反応物を構成する原子の酸化数が増加するのが酸化反応、減少するのが還元反応」



ここで、先に出した鉄錆の生成反応においてもう一度見てみる。


4Fe(s) + 3O2(g) → 2Fe2O3(s)


この反応における各物質の酸化数は以下の通りである。

  • Fe,O2中のO:±0(決定方法1)
  • Fe2O3中のO:-2(決定方法3)
  • Fe2O3中のFe:+3(決定方法3より自明)

よって、反応前後における酸化数の変化を見てみると、
Fe原子は0→+3(増加)なので酸化しており、O原子は0→-2(減少)なので還元している。


そしてこの定義の有利なところは、酸素原子が関わらない化学反応についても網羅できる懐の深さである。
例えば、以下の反応なんかがそうである。

H2(g) + F2(g) → 2HF(g)

見ての通り酸素原子を含まない反応であるが、各々の原子の酸化数に注目すれば、
水素原子Hは0→+1(酸化)、フッ素原子Fは0→-1(還元)であり、紛うことなき酸化還元反応である。


とはいえ、この定義が確立されたことで酸化,還元という用語が一般化された現代においても、
工業化学や実験室で取り扱う酸化還元反応の多くは酸素原子を含む物質により起こるそればかりなので、
「酸化還元反応≒酸素がついたり離れたりする反応」の認識のままでも大体合ってるのだが。


酸化還元の半反応

先述の通り、酸化と還元は常に同時に起こるものであるが、これをどちらか一方、すなわち酸化剤or還元剤の電子の譲渡または享受に注目すると話がわかりやすくなる。
この発想で表現される反応を半反応(half-reaction)といい、反応式内には電子(表記はe-)の移動が明記される。


ここで、先の鉄錆の生成反応について2つの半反応式にばらしてみる。
まず、還元剤である鉄は鉄(Ⅲ)イオンへ酸化しているので、

Fe → Fe3+ + 3e-

次に酸化剤である酸素は酸化物イオンへ還元しているので、

O2 + 4e- → 2O2-

とそれぞれ表記できる。


反応前後で電子は消滅も生成もしないので、これを組み合わせるには足し合わせたときに両辺から電子が消えるよう係数を調製する。すると先の反応式

4Fe + 3O2 → 2Fe2O3

が出来上がるという感じである。


他の半反応式も反応前後の酸化or還元剤の酸化数さえ分かっていれば単純なルールで書けるようになるが、ここでは割愛するので詳しくはググレ。


さて、ここで酸化還元反応とは、化学種同士の電子のやり取りであることを述べた。
ここまで述べれば、「酸化還元反応が起こると電流が生じるってことじゃない?」という疑問に至るのは自然ではないだろうか?
その答えは勿論「真」であり、それを理論的に扱うための概念に、自由エネルギー(free energy)酸化還元電位(Oxidation-Reduction Potential:ORP)なるものがある。


自由エネルギー

ここで話は物理よりに飛ぶ。
ある系についての化学反応(を含めた等温変化)の前後において、どちらの方がどの程度熱力学的に安定な状態にあるかを評価する、自由エネルギーという指標がある。
自由エネルギーの何が自由なのかといえば、系の膨張や化学反応等何かしらのアクションを起こすリソースとして自由に使えるという点であり、
また等温条件下では、系は基本的に自由エネルギーを消費する方向に進む
なお、反応系の体積が一定(定積変化)であればヘルムホルツエネルギー(Helmholz free energy:表記F),圧力が一定(定圧変化)であればギブズエネルギー(Gibbs free energy:表記G)というが、
定積変化というのはちょい特殊な条件付けのため、以下では定圧変化=ギブズエネルギーでの話をする。


基本的に変化量⊿G=(変化後-変化前)で考える。例えばある化学反応の⊿Gについて、

  • G<0→反応前の方が自由エネルギーが豊富=ほっといても反応が進む
  • G=0→反応前後で自由エネルギーは変わらない=平衡状態(現状維持)。
  • G>0→反応前の方が自由エネルギーは少ない=そのままでは反応は進まない

という判断ができるのである。


ここで重要なのは、⊿Gの正負で反応の自発性が分かるという上記の話のみ*3であり、それだけなら何も難しくはない。
山の頂から湧き出た水が川となって海に注がれるのと同じく、高い方から低い方へ移動するというだけの話である。
次からはこの自由エネルギーと酸化還元反応における電子の移動≒電流の発生を結びつける話になる。


酸化還元電位

電気化学においては、ファラデーの電気分解の法則(Faraday's laws of electrolysis)というものがある。
これは電気化学セル*4で起こる酸化還元反応において、
「酸化還元反応前後において各電極で析出or溶解する化学種の物質量は、流れた電荷量に比例し(第1法則)、電荷量が同値の場合は変化した酸化数に反比例する(第2法則)。」
というものである。式でまとめると、

n = Q / (z F) = I t / (z F)

n =析出or溶解した化学種の物質量(mol),Q =流れた電荷量(C),t =電流を流した時間(s),
I = t 秒間に流れた電流の平均値(A),z =変化した酸化数,F =ファラデー定数≒9.65*5×104 (C/mol)
となる。
電子の存在が未発見であった時代に見出された法則*6なので少し回りくどく聞こえるが、要するに、
「ある化学種1 molの酸化数がzだけ変化する際には、z molの電子の移動が起こる」
ということである。
またファラデー定数の正体は電子1mol分の電荷量、すなわち電気素量*7とアボガドロ数の積であることがわかる。


では、ここで半反応式がMz+ + ze- → Mとなる化学種Mの還元反応を考える。
還元するMが1molなら、z molの電子=zF(C)の電荷が移動することになるので、この場合、

n = 1 = It / (zF)⇒It = zF

と変形できる。
ここでこの還元反応前後のギブズエネルギー差を-⊿G(J)とすると、It(C)の電荷量が移動したことで、反応前後でG(J)のエネルギーを外部へ放出していることになる。
すなわち、It(C)の電荷量に⊿G(J)のポテンシャルエネルギーを持たせる程度の電位差が発生しているとみなせるので、その電位差をE(V)とすると、It = zFの両辺に-Eを乗ずることで、

It×(-E) =⊿G=-zFE

という方程式を導くことができる。
そしてこのEを当該半反応の還元電位といい、これにより半反応式を足し合わせた全反応が自発的に進行するか否かは、両半反応の酸化還元電位差⊿Eの正負から判断が可能である。
上記の式の通り自由エネルギーとは符号が逆になるので、E >0の時、自発的に反応が進む


そして酸化還元反応により発生する電位差を利用して電流を作り出す、言い換えれば化学反応のエネルギーを電気エネルギーに変換することを目的に組まれた電気化学セルが電池(battery)である。
また、電池が作る電位差を電圧(voltage)と呼ぶ。


ただし、実用上の注意点が3つほどある。
1つ目は、Eはあくまで相対的な数値であり、また同じ半反応であっても気圧,温度,更にはpH等の諸条件によって違ってくること。
そのため単に酸化還元電位といった場合、標準酸化還元電位(standard electrode potential:表記E0)*8を用いる。
2つ目は、⊿E(-⊿G)から分かるのはあくまで自発的に進行するか否かだけであり、数値が正というだけでは、遅すぎて反応してないも同然なのか、それとも(文字通り)爆発的に反応するのかはわからないこと。*9
ただ経験則として、E ≧ 0.6 Vであれば、反応速度は目に見えて速くなる傾向にある*10
3つ目は酸化還元というより化学実験全般に通ずる話だが、溶質が溶媒と酸化還元反応を起こす可能性があること。
例えば水の半反応式と標準酸化還元電位のpH依存度は以下の通りであり、
酸化剤:2H2O + 2e- → H2 + 2OH- E0 = -0.059pH
還元剤:2H2O → O2 + 4H+ + 4e- E0 = 0.059pH - 1.23
そのため、少なくとも常温常圧の条件下で水溶液を安定に保つには、
当該溶質と上式との酸化還元電位差が0(+0.6) Vを超えないように緩衝液等を用いて液性を保つ必要がある。


酸化還元反応いろいろ

さて、ここまでは基礎的,理論的な話ばかりで退屈であったかと思われるが、ここからは様々な反応例を紹介する。
酸化還元反応が如何に身近なものかがよく分かるであろう。


燃焼,爆発系

  • ガソリンの燃焼:C7H16 + 11O2 → 7CO2 + 8H2O

石油製品の1つであるガソリンは、数十種類以上の炭化水素の混合物であり、危険物第4類(可燃性液体,非水溶性第一石油類)の代表格である。
上記のヘプタンC7H16はガソリンの主成分の中でも耐ノック性が低い(軽い刺激で着火する)物質であり、また燃焼熱も液体で4817 kJ/mol*11とかなり凄まじい。


  • ニトログリセリンの分解:2C3H5(ONO2)3 → 6CO2 + 5H2O + 3N2 + O2

爆薬として有名なニトログリセリンC3H5(ONO2)3は、危険物第5類(自己反応性物質)に指定されており、軽い刺激で上記の爆発的に激しい分解反応を起こす
この反応のヤバさは、爆発の規模もそうだが、何より自己完結していること。
このため助燃剤たる酸素を空気中から取り込まずとも自給自足で賄えるので、一度反応が開始すると易々と止まらなくなり、また消化もしづらい。
第5類が6類中最凶ともいわれる所以である。


  • フッ素ガスと水との反応:2F2 + 2H2O → 4HF + O2

反応のヤバさで上記2つを凌ぐのがこれ。
フッ素ガスは保存は事実上不可能と言われるほどの凶悪な酸化力と反応の激烈さを併せ持ち、その反応性故に人体にも極めて有害。
上記の反応も例外ではないために、空気中に飛散した時点で中毒事故と爆発事故のダブルパンチが炸裂しかねなくなる。
ちなみにこれにより発生するフッ化水素HFも、ガラスや骨を腐食させる超危険物質である。
(´・ω・`)・ω・`) キャー
/  つ⊂  \  コワーイ


色彩変化編

  • 過マンガン酸カリウムの酸化:2KMnO4 + 5(COOH)2 + 3H2SO4 → 2MnSO4 + 10CO2 + K2SO4 + 4H2O

危険物第1類(酸化性固体)である過マンガン酸カリウムKMnO4の水溶液は、希硫酸で酸性にすると鮮やかな赤紫色を呈する。
これにシュウ酸(COOH)2等の還元剤を加えるとマンガン(Ⅱ)イオンに還元されるのだが、こちらはほぼ無色*12であるため、還元剤側に注いでいけばたちまち色が消えていくために、タネを知らなければ大変に不思議。
更に水溶液をアルカリ性に傾けるとマンガン酸イオンMnO42-へと還元するが、こちらは暗めの緑色
この液性によりコロコロ色が変化する様から、ついた呼び名はカメレオン水


  • ベロウソフ・ジャボチンスキー(BZ)反応(Belousov-Zhabotinsky reaction)

10CH2(COOH)2 + 6KBrO3 + 3H2SO4 → 6CHBr(COOH)2 + 4HCOOH + 8CO2 + 3K2SO4 + 10H2O
星の数ほどもある化学反応の中でも、とびきりに不思議で美しいといっても過言ではないのが、このBZ反応である。
ビフォーアフターに過ぎない上記の式だけではその辺は分からないので機構をざっくり説明していくと、


1.まず反応薬であるマロン酸CH2(COOH)2と臭素酸カリウムKBrO3,系を酸性にする希硫酸,触媒兼比色試薬*13フェロイン*14を混合する。
2.すると臭素酸イオンBrO3-と系内の不純物である臭化物イオンBr-が反応し、亜臭素酸HBrO2,次亜臭素酸HBrOを経て、最終的に臭素Br2まで還元される。

BrO3- + 3Br- + 6H+ → 2Br2 + 3H2O

3.2の過程で生じた亜臭素酸が触媒となり、臭素酸イオンとフェロイン中の鉄が反応し、次亜臭素酸を生じると同時にフェロイン鉄が酸化される。

BrO3- + 4Fe2+ + 5H+ → HBrO + 4Fe3+ + 2H2O

この反応は、臭化物イオンが残留している間は極めてゆっくりと進行する*15が、臭化物イオンが枯渇して2がストップすると一気に進み、フェロイン鉄が酸化されることにより溶液の色が変化していく。
4.2で生成した臭素が貯まってくると、今度はマロン酸と反応してブロモマロン酸CHBr(COOH)2を生じる。

CH2(COOH)2 + Br2 →CHBr(COOH)2 + H+ + Br-

5.3で酸化されたフェロイン鉄が、マロン酸とブロモマロン酸をギ酸HCOOHと二酸化炭素CO2へ酸化し、自らは再び2価へ還元される。

CH2(COOH)2 + 6Fe3+ + 2H2O → HCOOH + 2CO2 + 6Fe2+ + 6H+

CHBr(COOH)2 + 4Fe3+ + 2H2O → HCOOH + 2CO2 + 4Fe2+ + 5H+ + Br-

6.4と5の進行とともに再生産された臭化物イオンにより2が再開。
一方で3は次第に収まり、やがてストップするが、臭化物イオンが再び枯渇すればこちらも再開する。
以下、マロン酸か臭素酸カリウムのどちらかが枯渇するまで2から6をループする


といった感じである。


この一連の反応は、スターラーで撹拌しながらであれば溶液の色が一気に赤橙色からに変わり、そこから再び赤橙色に戻る。
シャーレ上等の静止した系ならば赤橙色の水面に次々と青い波紋が広がっていく。
また、発表当時は化学反応とは一つの結果へ収束していくのが常識とされていたところへ、このような周期的挙動を示すものが報告された点でも衝撃的であった*16


反応機構こそ複雑だが、再現はレシピさえ守れば難しくない。
ビジュアルのインパクトは抜群なので、機会があれば一見の価値ある反応。


生命の神秘編

  • 呼吸(breathing):C6H12O6 + 6O2 + 38ADP + 38H3PO4 → 6CO2 + 6H2O + 38ATP

今より約27億年前、これまでに無い特徴を持つ生物が出現した。
その生物は、生命活動の過程で当時の地球大気中に豊富だった地表を温暖に保つガスを消費し、同時にその副産物である生命体のDNAをズタボロに引き裂いて殺す猛毒ガスをばらまく厄介な存在であった。
彼らや彼らと同様の活動を行う生物はその個体数を徐々に増やし、結果として今より約3億年前、
地球は猛毒ガスが蔓延し、赤道直下に至るまで凍結された死の星となっており、地上生物の深刻な大量死滅を引き起こしている。


……というのは本当の話(と目されている)だけど、だいぶ人聞きは悪い。
お察しの通り、この猛毒ガスというのは酸素、地表を温暖に保つガスとは二酸化炭素であり、猛毒ガスを排出する生命活動とは光合成(photosynthesis)のことである。
しかし、この大量死滅を生き延びた生物の中には、この猛毒ガスたる酸素を逆に生命活動のリソース供給に利用する画期的な手法を開発する生物が現れる。
そしてその手法こそ、我々含めた今日の地球生命が生命活動のリソースとしてほぼ例外なく体内に保持する物質、アデノシン三リン酸(Adenosine TriPhosphate:略してATP)の合成にグルコース(ブドウ糖) C6H12O6の燃焼反応を利用する好気呼吸である*17
なお、標準ギブズエネルギーは、ATPの加水分解*18で-31.6 kJ/mol,グルコースの燃焼反応で-2881 kJ/molであり、この値と上式から計算できる、呼吸によるATP合成のエネルギー変換効率は約41.7%
ガソリン車のエネルギー効率が約30%なのと比べると、呼吸が如何に高効率であるかが分かる。
のような知性ある偏性嫌気性生物*19から見れば、さぞかし驚愕ものだろう。


  • アルコール発酵(alcohol fermentation):C6H12O6 → 2C2H5OH + 2CO2

このシンプルな反応こそアルコール発酵、すなわち酒の製造で起こっていることの本質である*20
古今東西のあらゆる文化において、人類はその土地ならではの原料と水から酒を製造してきた。
すなわち酒の歴史は人類の歴史そのものであり、その根本こそ、この酸化還元反応なのである。


なお、アルコール発酵を行う酵母菌にはデンプンを糖に分解する能力はない。
原料に元々糖分が含まれている酒(ワインやシードル等)ならそのまま発酵に移れるが、そうでないビール(大麦)や日本酒(米)等はデンプンを糖分解する工程が含まれる。
そして知っての通り、デンプンを糖に分解する酵素といえばアミラーゼ。大根や蕪、または人間の唾液に含まれるあれである。
そのため古代には炊いた米を担当者がクチャクチャペッしたものを使って発酵させた「口噛み酒」なるものも存在した*21
こんだけ聞くと何かばっちい*22が、
これを担当したのは年頃の見目麗しい生娘達であったともいわれており、現在でもセレブな変態紳士達の主導で密造されていそうである……というのは邪推かしら?


工業化学編

  • 硝石丘:2NH3 + 3O2 → 2HNO2 + 2H2O, 2NO2- + O2 → 2NO3-

ドリフターズでもおなじみ、窒素性肥料や火薬の成分である硝酸塩の古式ゆかしい製造法。
作り方はシンプル。有機物にアンモニア(尿素でも可)を混ぜて屋外に撒く。
すると自然界にいる亜硝酸菌がアンモニアを亜硝酸に酸化し、更に亜硝酸は硝酸菌によって硝酸塩に酸化される。
この反応はじっくりと進み、大体1~3年程度で現実的な生産量を確保できるようになる。
また硝石丘を作るなら、雨が少なく(雨水に溶けて地中深くに浸透してしまう)、周辺に植物が無い(硝酸塩を栄養分として吸い取られる)場所が望ましい。
アンモニア源にうんこを用いるのは大体共通だが、お豊ノブノブは有機物に敵の死体を使っていた。


  • ハーバー・ボッシュ法(Haber-Bosch process):N2 + 3H2 ⇌ 2NH3

20世紀初頭のドイツにて、フリッツ・ハーバー(Fritz Haber)とカール・ボッシュ(Carl Bosch)が開発した、革命的なアンモニア合成法。
元来窒素ガスは不活性ガスにも利用されるほどに反応性の乏しい物質であり、上式の反応などは到底起こせないのだが、
ハーバー博士とボッシュ博士は約20 MPa*23,1000℃の高温高圧に耐える反応槽を開発し、その中で鉄鉱石を触媒としてこの反応を実現させている。
硝石丘でも述べた通り、アンモニアは窒素性肥料や火薬の成分である硝酸塩の原料として重要であり、これを空気中の窒素から合成するハーバー法は、
「水と空気と石炭からパンを作る」「平時には肥料戦時には火薬を作る」と形容され、ドイツのみならず世界中の国々の国力を大きく押し上げることになった*24
やはりドイツの科学は世界一である。
ちなみに時代が時代なだけに御二方ともナチスにはかなり振り回されており、
ハーバー博士は自身が所長を務める研究所へ「ユダヤ人研究者の比率を減らせ」という当局からの要求*25を受けた際、これを拒否する形で辞職。晩年には職にあぶれてドイツを去ることになっている。
ボッシュ博士は反ナチであったために政権と度々衝突し、晩年には心身の摩耗によりサナトリウム病院送りになっている。


化学電池編

  • ボルタ電池(voltaic pile) 公称電圧0.76 V

電解液:希硫酸H2SO4 正極:銅Cu 負極:亜鉛Zn
全反応: Zn + H2SO4 → ZnSO4 + H2
18世紀後半にイタリアの物理学者アレッサンドロ・ボルタ(Il Conte Alessandro Giuseppe Antonio Anastasio Volta)によって開発された、史上初の化学電池*26
シンプルな機構故に電池なる道具の原理を知るのに有用な上、化学史的にも重要なものなので高校の化学の教科書にも載せられている。
なお、電圧の単位であるV(ボルト)は、ボルタ伯の名に由来する。


  • ニッケル・カドミウム電池(nickel-cadmium battery) 公称電圧1.2 V(理論値は1.32 V)

電解液:水酸化カリウムKOH 正極:オキシ水酸化ニッケルNiOOH 負極:カドミウムCd
全反応(右向きは放電,左向きは充電):2NiOOH + Cd + 2H2O ⇌ Cd(OH)2 + 2Ni(OH)2
通称ニカド電池ニッカド電池,カドニカ電池*27とも。
代表的な二次電池(充電可能なタイプ)であり、充電器とともにミニ四駆でお世話になった人も多いであろう電池。
有害物質であるカドミウムを使用する、電圧が小さめ、つぎ足し充電によるメモリー効果 *28 が顕著*29といった欠点はあるものの、
比較的軽量、長寿命、機械的に堅牢、過充電や過放電に強い、生産コスト,保守経費とも安価と特長も多いので、発明から100年以上経った現在でも様々な分野で第一線の活躍を見せている。


  • 鉛蓄電池(lead acid battery) 公称電圧 2.10 V

電解液:希硫酸H2SO4 正極:酸化鉛PbO2 負極:鉛Pb
全反応(右向きは放電,左向きは充電):PbO2 + Pb + 2H2SO4 ⇌ 2PbSO4 + 2H2O
現役としては、マンガン電池やニカド電池以上に古い歴史を持つ電池。
用途は広いが、特に有名なのが自動車のバッテリー。その点ではこの電池を用いた装置を目にしたことのない人など存在しないであろう、超身近な電池。
ちなみに硫酸は不揮発性(蒸発しにくい)の物質なので、電解液量が減った場合は蒸留水だけを継ぎ足せばおk。これ大事。




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  • この単元に入ると化学/化学基礎は急に難しく感じる -- 名無しさん (2021-10-02 18:56:27)
  • ↑中学高校時代はなんとか丸暗記したが、10年以上経った今はもう元素記号単体すら正確に言える自信がない -- 名無しさん (2021-10-02 19:14:51)
  • みんな大好きテルミットも酸化還元反応だよね -- 名無しさん (2021-10-02 21:08:49)
  • 素晴らしい記事じゃないか・・・・ところで大気圧は100kPaだから*24は200倍じゃないか? -- 名無しさん (2021-10-02 21:25:39)
  • 化学式と化学反応式のあるとこに上付き・下付き文字入れたで -- 名無しさん (2021-10-02 01:12:15)
  • 理系ホイホイ -- 名無しさん (2021-10-03 11:00:25)
  • お、おうぅ…… -- 名無しさん (2021-10-03 12:39:44)
  • >Fe2O3中のFe:+3(決定方法3より自明) わからん…ちゃんと計算式書いて… あと(s)とか(g)も説明して… -- 名無しさん (2021-10-03 13:15:05)
  • ↑2x-2×3=0くらい普通に解こうぜ -- 名無しさん (2021-10-03 14:28:57)
  • sはsolidで固体gはgasで気体だった稀ガス -- 名無しさん (2021-10-03 17:26:36)
  • 久々にこういう記事見た気がするなぁ。素晴らしい -- 名無しさん (2021-10-03 20:19:43)
  • 懐かしいしわかりやすい。 -- 名無しさん (2021-10-03 22:12:36)
  • また何か変態が変態な項目を立てておるし(称賛)。酸化は爆薬の重要な基礎現象なので、どこかに「火薬」へのリンクつないでほしい。 -- 名無しさん (2021-10-03 23:29:41)

#comment(striction)

*1 実際の過程は数段階あり、また生成時に水を取り込んだりしているが、説明を簡潔にするためにここでは割愛している。
*2 酸素やヘリウムHe等、単一の原子のみによって構成される分子のこと。
*3 自由エネルギーについてより深く突っ込むと、化学反応の平衡定数の話にも繋がったり、エントロピーやらのクソ分かりづらい概念にぶち当たったりと良くも悪くも話は膨らむが、きりがないのでここでは割愛する。
*4 正負の電極と電解質水溶液で構成される化学系。
*5 厳密には9.64853321233100184
*6 むしろこの法則が電子なるものの発見に繋がる一助となっている。
*7 電子1個が持つ電荷量
*8 1気圧,25℃,pH=0で測定される、同条件の2H+(aq) + 2e- → H2(g)の還元電位との差。
*9 そも化学反応速度は様々な要因が絡み合って決まるものであり、自由エネルギーはその一因に過ぎない。
*10 この加算値を過電圧(overpotential)という。
*11 理論的にはコップ1杯(約180mL)分を燃やせば、0℃の水1Lを一気に100℃の熱湯にできるだけの値。
*12 厳密には薄い桃色。
*13 反応のプロセスを視認するための有色の薬品。
*14 鉄化合物の1種。鉄の酸化数が2価なら赤橙色,3価なら青になる。実験室では原料となる硫酸鉄FeSO4と1,10-フェナントロリンの混合物を入れる。
*15 触媒たる亜臭素酸が生じても片っ端から臭素まで還元されるため。
*16 ただ、あまりの衝撃から当時の学会でも「ありえないだろJK」とすぐには本気にされなかったとか。
*17 上式はあくまで原料と結果であり、実際の反応機構は大変に複雑。
*18 ここでは水と反応してアデノシン二リン酸(ADP)とリン酸H3PO4に分解する反応。上式の38の係数がついた部分。
*19 地球大気レベルの酸素濃度下では生存できない生物。
*20 勿論、実際の反応機構は呼吸同様もっと複雑。
*21 流石に日常的に飲まれる酒ではなく、儀式で使われる特殊なものだったようだが。
*22 まあ唾液には消毒作用があるので、余程口腔内が不健康な人でない限り衛生面はさほど問題はないのだが。
*23 大気圧の約200倍。
*24 ただ、これは各国の土地柄に左右されず食糧,火薬の安定供給が行われるようになったためであり、同時に人口爆発,後発の戦争の長期化といった負の側面も生んでいる。
*25 ハーバー博士もユダヤ人だが、それまでの功績が考慮されお目こぼしをもらっている。
*26 最初の化学電池を組んだのはイタリアの医師ルイージ・ガルヴァーニ(Luigi Galvani)だが、これは端子で繋がれた異なる金属を電解液に浸すと電気が流れるという現象を発見しただけ。この現象を解き明かし、モジュールとして初めて纏め上げたのは紛れもなくボルタ伯である。またBC250年頃にバグダッドで製造されたバグダッド電池なる土器も見つかっているが、本当に電池だったかは不明。
*27 前者は三洋電機の商標,後者は同社の登録商標。
*28 電池を使い切る前に充電した場合に起こる、前回の充電開始時点付近での電圧の異常降下現象。
*29 「ニカド電池は使い切ってから充電すべし」とは当時のミニ四レーサー達の常識だが、これはメモリー効果を防ぐためのもの。

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