登録日:2022/11/22 Tue 08:40:03
更新日:2024/06/27 Thu 12:59:50NEW!
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ティム・バートンも驚いたウソのような本当の話
その絵に描かれた“サイン”には、POPアート界を揺るがす秘密が隠されていた――!
大きな瞳だけが知っている。
概要
『ビッグ・アイズ』(原題:Big Eyes)は、2014年12月25日にアメリカで公開された伝記映画。
日本ではギャガ配給で、2015年1月23日に公開された。また、同年閉館の映画館・TOHOシネマズ有楽座の最終封切り作品でもある。
監督・製作は『エド・ウッド』以来、20年ぶりの伝記映画となる[[ティム・バートン>ティム・バートン]]。
脚本はその『エド・ウッド』でもバートンとタッグを組んだスコット・アレクサンダーとラリー・カラゼウスキーのコンビが担当した。
本作の題材は、60年代のアメリカで一大ブームを巻き起こした女流画家マーガレット・キーンによるポップアート作品『ビッグ・アイズ』シリーズにまつわる物語。
今なお古さを全く感じさせず、日本の少女マンガやアニメ、奈良美智の絵*1にも通じる作品の数々。
当時は薬局やスーパー、どこでもその絵を見かけたというのだから、その影響力の大きさがうかがえるであろう。
しかし、その絵が背負っていたものは妻が描き続けた絵を夫が自作だと騙り、名声を得ていたというゴーストペインター事件で、当時のアート界を揺るがす一大スキャンダルとなった。
日本では公開の前年に「全聾の作曲家」佐村河内守氏のゴーストライター騒動があったため、それを思い出した方も多いだろう。
また、本作にはバートン作品でおなじみの「ゴシック調のダークな絵作り」「珍妙なデザインのキャラクター」「怪奇・幻想もの、B級映画へのオマージュ」といった要素は一切なし。
事前情報を知らずに観た後に調べた場合「えっ、バートンの作品だったのこれ?!」となるかもしれない。
しかし、「目」という題材はキャスティングでバートンが重視してきたものであり、本作にも「目」にまつわる演出がある。
さらに「世間から隔絶された主人公」というテーマを見れば、「ああやっぱりバートンの作品だ」と思えることだろう。
あらすじ
物語の発端は、1958年の北カリフォルニア。
横暴な夫から逃れるため、マーガレットは娘のジェーンを連れて、自由の街サンフランシスコへとやって来た。
しかし、当時のアメリカは男性優位社会。妻は夫に養われて当たり前という価値観であり、仕事のない女性が離婚することはあり得ないとされていた。
働いた経験のないマーガレットにできるのは絵を描くことだけで、どうにかベビーベッドに絵を描く仕事を得たり、公園で似顔絵を売ったりとギリギリの生活を強いられていた。
そこに救いの手を差し伸べたのは、常に笑みを絶やさず、口が達者なウォルター・キーンという男。
彼はマーガレットの才能を見抜いたばかりか、「母子家庭は娘を養育する場として相応しくない」という理由で親権を奪われそうになっていた彼女と結婚までしてくれた。
しかし……
彼女の『ビッグ・アイズ』シリーズが売れ出すや、ウォルターは自分の作品だと騙るようになりだしたのだ。
内気なマーガレットは勢いに押されて言い返すこともできないまま、次第に朝から晩まで狭い部屋でひたすら絵を描かされる状態に追い込まれていく。
一方で富と名声を手に入れたウォルターは、セレブ達と派手に遊んで回るなど、贅沢三昧の日々を過ごしていた。
娘や友人にすら真実を言うことが出来ず、精神的に追い詰められていくマーガレット。
が、やがて夫のとんでもない秘密を知った彼女は、遂に一世一代の反撃に打って出るのだった……!
登場人物
- マーガレット・キーン
演:エイミー・アダムス/吹き替え:松本梨香
主人公。
似顔絵を描くことに天賦の才能を持ちながらも、男性優位社会の中で燻っていた所をウォルターに見出される。
その画風は「大きな悲しげな目をした子供」。
彼女曰く「人は何でも目を通して見るでしょ。目は心の窓なの」。
しかし、売れる前はパンケーキやら巨大ジェリービーンズやらに例えられており、当時の感覚では芸術扱いされないレベルで理解不能だったようだ。
ウォルターの天才的な売込みにより、彼女の『ビッグ・アイズ』シリーズは一世を風靡するほどの大ブームとなるが、やがて彼はこの作品を自分のものだと騙るようになっていく。
彼女にとっては当然可愛いわが子を奪われたような気分だったが、だからと言ってウォルターの話術がなければ売れることもなかったので、強く言い返すこともできない。
さらに絵のサインに苗字の「Keane」としか書いてなかったことも災いし、「僕らの作品と呼ぼう」と言いくるめられてしまう。
このように、当時の社会風潮に逆らってまで横暴な夫から逃げながらも、その後稀代の詐欺師に捕まってしまったり、
教会でやむを得ずに娘に嘘をついていることを懺悔しても夫を擁護されたりと、その境遇はとにかく薄幸の一言。
その矛盾した境遇から次第に周囲や自分が『ビッグ・アイズ』化する幻覚まで見始めるようになってしまう。
それを振り払おうとモディリアーニ風の自画像を描くも、売り込む才能の無さ故にほとんど相手にされないのだった……
が、1963年のある日、夫の描いていたという風景画が実は他者のものであり、その絵のサインを自分の名前に上書きしていたものだったことを偶然知る。
そのことを問い詰めても見苦しく言い訳を続ける夫の姿を見て、いよいよ亀裂が深くなっていく。
身の危険を感じるレベルにまで至った彼女は、娘と共にハワイへ高飛び。
布教しに来たエホバの証人の教えも後押しとなって、現地のラジオ局にて真相を暴露。
それでも嘘をつき続けるウォルターに完全に愛想をつかした彼女は、遂に慰謝料1700万ドルの訴訟を決意。
裁判長の「1時間以内に『ビッグ・アイズ』の絵を描く」というお題には余裕で答え、見事勝訴することができた。
ちなみに実際には慰謝料は取れなかったとのことだが、ご本人は「それだけはね、まあ、いいわ。くれてやるわ、あんなもん!」と言い切ったという。
胆力パネぇ……
ラストでは再婚し、ハワイからサンフランシスコに戻った後新しい画廊をオープン、絵を描き続けていることが語られる。
そして映画公開から月日が流れて2022年6月26日、94歳で天寿を全うしたことが報じられた。
- ウォルター・キーン
演:クリストフ・ヴァルツ/吹き替え:内田直哉
マーガレットの夫となる画家で、パリの風景画を専門に描いている……のだが、本業は不動産屋のセールスマンだという。
曰く「画家として身を立てたかったが、仕事を辞める勇気がなかったから」らしい。
常に張りついたようなニコニコ笑顔で、極めて口が達者。
例としては、子供の絵ばかり描くということでロリコン疑惑が上がった時は「あれは戦災に遭った幼い子供達です。その姿を見て画家としての人生が始まったのです」などと反論。
こうして世間の涙を搾り取り、人気を不動のものとした。
さらに絵が高価で売れなくても、誰もがチラシを手に取っているのを目にして10セントで有料化することを思いつき、結果的に大儲けしたりするあたり商才もただものでない。
客は「高価な本物の絵」ではなく、「コピーでも構わないから、好きな絵を手軽に入手したいだけ」という心理を彼は見抜いたのである。
まさしく大量消費時代のアートの先駆けと言えるだろう。
しかし、嘘に嘘を重ねていくにつれて、次第に横暴で空疎な本性が明らかになってくる。
ディックとのインタビューで「女性の絵は売れない」と言い放ったり、前妻との娘をいきなり連れてくる、NY万博の絵をキャナディに酷評されてブチギレる、
「低俗で何が悪い!」と開き直る、マーガレットに八つ当たりした挙句アトリエに火をつける、離婚を要求されても絵の権利を全て渡せなどゴネる……
訴訟を起こされてもなお新聞社の後ろ盾を得て強気だったが、新聞社への虚偽罪が却下された途端「うちは虚偽罪、君は名誉棄損だろ?」と弁護士に去られてしまう。
にっちもさっちも行かなくなった彼は弁護士無しで自らを弁護するという離れ業*2を見せつけるが、結局裁判知識は見ていたドラマからの付け焼き刃でしかなかった。
怒涛の一人芝居にあきれた裁判長は、ここで真偽を見極めるためのとっておきの手段を使う。
それは2人に「1時間以内に『ビッグ・アイズ』の絵を描く」というお題を出すことだった。
……余裕綽々の態度から一転、これまで絵を描いたことのなかったウォルターの表情が瞬く間に凍りついた。
あれこれ言い訳してカンバスが真っ白なままのウォルターに対し、マーガレットはあっという間に描き上げていく。
これにて勝負あり。口だけ達者で中身は空っぽの男のメッキは、こうして全て剥がされたのであった。
ラストではその後も彼は絵の作者だと主張し続けたが、新作を描くことはなく、2000年に無一文となって他界したことが語られる。
全編を通して胡散臭いオーラを漂わせており、演じたクリストフ・ヴァルツの怪演が光るキャラクター。
実際マーガレットご本人から「クリストフ・ヴァルツの姿、声、行動──すべてがウォルターそのものだったの」と太鼓判を押されるほどだったという。
- ジェーン
演:デラニー・レイ、マデリン・アーサー(10代)
マーガレットの娘で、前夫との子。
風貌が奈良美智の絵っぽい。
ウォルターのことは最初から信用しておらず、10代になった時にはその秘密に感づいていた。
母親から嘘をつかれていてもその境遇に共感し、さらには訴訟も応援してくれるいい子。
- ディック・ノーラン
演:ダニー・ヒューストン/吹き替え:田原正
ゴシップ記者で、本作の語り部。
成り上がっていくウォルターを追いかけるが、マーガレットが自身にスキャンダルを暴露しなかった件に腹を立てていた。
- ディーアン
演:クリステン・リッター/吹き替え:下山田綾華
マーガレットの友人で、本名は「ディアドラ」。
早い段階で「女流画家と片っ端から寝てる」と、ウォルターの本性に感づいていた。
夫婦が大成功を収めた後も友人であり続けたが、ウッドサイドの豪邸に引っ越したマーガレットの元を訪ねた時、秘密を知られそうになったウォルターに追い出されてしまう。
が、こんな目に遭ってもマーガレットとの仲は揺るがなかったようで、彼女が真相を暴露した時は晴れやかな表情を見せていた。
- ルーベン
演:ジェイソン・シュワルツマン/吹き替え:矢野正明
画廊のオーナーで、ウォルターのことを露骨に嫌っている。
ウォルターの絵ばかりか、彼の持ち込んだマーガレットの絵も「イラストの通信教育で入賞するレベル」と酷評するが……
その後ウォルターが大成功を収めていくのを見て、ますますフラストレーションをため込んでいくのだった。
- エンリコ・バンドゥッチ
演:ジョン・ポリト/吹き替え:北田理道
有名ジャズクラブのオーナー。
ウォルターは彼に「店の壁を絵を飾るために貸してほしい」と依頼。
その後、2人の絵をトイレの近くに飾られたことに腹を立てたウォルターが掴みかかったことにより乱闘に。
この時の様子がパパラッチされたことがきっかけで『ビッグ・アイズ』シリーズが知られ、完売。
が、乱闘直前にマーガレットの絵が売れた際、ウォルターは自分の描いた絵だと偽っていたのだった……
- ジョン・キャナデイ
演:テレンス・スタンプ/吹き替え:向井修
NYタイムズの大物芸術評論家。
テレビでウォルターについて「彼の絵には何の魅力もない」と一刀両断し、その空疎さを見抜いていた。
さらにNY万博の教育館のパビリオンに出品された新作をも酷評。ブチギレたウォルターを淡々といなしていく。
そして見苦しい様子を晒し続ける夫の姿を、マーガレットはどこか冷ややかな眼差しで見つめていたのだった。
余談
〇映画評論家の町山智浩氏はインタビューでマーガレットに、
「旦那はこの映画を見れなくて悔しいですね。この映画でものすごい悪役として描かれてる旦那にこの映画を見せてやりたかったですね」と言ったところ、
彼女は「いや、あの旦那はね、たぶん悪役になっても自分が映画になったってことで喜ぶようなバカな男よ」と答えたという。
まあ、ある意味彼らしいというか……
〇ラストを見る限りでは正当な評価を受けられるようになったように見えるマーガレットだが、実際はこのスキャンダルの影響で色物扱いされ、一時期忘れ去られてしまったのだという。
そこで立ち上がったのは、はぐれ者の味方バートン。
子供時代に『ビッグ・アイズ』シリーズの大ブームを経験していた彼は「ああいう事件はあったけれども、彼女自身の絵はいいんだ!」と主張。
色々な所で作品への愛情を表明していた。
実際、彼女の作品の膨大なコレクションを所有していたり、恋人だったリサ・マリーやヘレナ・ボナム=カーターの絵を描いてもらっているほどなので、その愛情の深さがうかがえるであろう。*3
そして「みんなあの事件のせいで、あの絵を純粋に見るっていうことを忘れているじゃないか。じゃあ、映画にしなきゃ」ということで作られたのが本作。
これにはマーガレットも「死ぬまでにこれが映画になって本当によかったわ!」と大喜びだったとか。
つまりバートンは、エド・ウッドに続いて世間から忘れられていたクリエイターを再び救ったことになる。
バートンの次回作は、同じ時間を繰り返しながら生きる異能の子供たちをめぐる物語であった。
追記・修正は、誰かの功績を騙らず、自分の力で成功を掴んでからお願いします。
参考文献
キネマ旬報2015年2月上旬号(キネマ旬報社)
TBSラジオ『たまむすび』
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▷ コメント欄
- 立ち直るきっかけがエホバの証人ってのが複雑だよね。特に新興宗教にどうしても抵抗が出る今となっては。 -- 名無しさん (2022-11-22 21:04:37)
- 芸術ってなんだ? -- 名無しさん (2022-11-23 07:10:09)
- 芸術と美術品は似て非なるものなのさ -- 名無しさん (2022-11-24 22:36:57)
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*2 脚本家二人組曰く、このシーンはあれでもリアルと比べて抑え気味らしい……
*3 出典:https://www.hollywoodreporter.com/news/general-news/sales-margaret-keane-paintings-soar-733435/
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