登録日:2015/11/22 Sun 10:54:57
更新日:2024/01/16 Tue 13:05:00NEW!
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「バアル」或いは「ベル」は古代オリエントに於ける最高位の神格。
古くからシュメールで信仰されていたと思しき神性が後にメソポタミアの支配者となったセム語系民族*1の信仰に組み込まれていったと考えられている*2。
元来はセム系言語で「王」や「主」を指す一般名詞であり、シュメール-アッカド神話を継承したバビロニアの主神マルドゥクも「ベル」の名で呼ばれている*3。
狭義では古代カナン*4に根付いていたウガリット神話の主神。
同地に侵入した海洋民族ペリシテ人の信仰にも取り入れられていたりする等、広い地域での信仰を獲得していた。
バアルの名は聖書にも登場するが、長らくキリスト教社会では旧世界の記憶として忘れ去られていた*5。
ウガリット神話の実態や、既に知られていたエジプトやギリシャ神話との関連性が明らかになって来たのはシリア北部で粘土版が発見された20世紀以降*6である。
これにより、同地域で発生したユダヤ教や、以降の一神教の展開の系譜も更に詳細となっていった。
地域毎に多少の違いがあり、土着の神話と習合して変化もしているが多くは天候を支配する天空神にして、雷を操る英雄神とされる。
農耕民族の場合は自然神の要素が加わる場合もあり、これらの要素は民族や地域により主神とは別の神に属性が分散されている場合もある。
これらの神話の伝播、累計神話は世界中に見られるが、ここではバビロニアとウガリット神話での概要を記す。
※異説も多いのであくまでも一例です。
バビロニア
■マルドゥク(ベル)
バビロニアの最高神。
シュメールから引き継がれた翻訳増補編集版「ギルガメシュ叙事詩」と並ぶバビロニア文学「エヌマ・エリシュ*7」にて語られる創造神にして英雄神。
かの「ハムラビ法典」はマルドゥクから下賜されたと記述されている。
DQN気質の祖父(天空神アヌ)と父(創造神エア)が調子に乗って騒ぎ回った挙げ句(?)に自分達を生んだ原初の二柱の神*8に戦いを挑もうと企てた。
それにキレた男神のアプスー(淡水)は制裁を加えようとするが、もう一柱にして妻である女神ティアマト(海水)は夫を諫め、アプスーもそれに従ったことから子等との戦いは回避されたかに見えた。
しかし、全知の神でもあるエアは耳聡くそれを知ると、隙を突いてアプスーを殺害してしまった。
アプスーの持つ主神の証たる「恐るべき光輝」を剥ぎ取り、自らが水の神(創造神)として妻のダムキナと共にアプスーの淡水に移ると、そこで息子マルドゥクを得たと云う。
続いてエアの快挙に調子に乗った神々は、母であるティアマトにも攻撃を開始。
これには流石のティアマトも怒り(そりゃそうだ)、自らの身を恐ろしい怪物に変えると共に七頭蛇、凶暴竜、毒蛇、炎竜、頭蠍尾獣、海の怪物、狂獅子、蠍人間、嵐の魔物、獣人、魚人間…と云った異形の怪物を生み出し、息子にして二番目の夫ともされるキングーなる神を司令官に据えて神々との戦いに挑んだ。
怒り狂う大海の化身たる母神の余りの迫力には仕掛けた側である神々も怯え、逃げ惑うばかりであったが、唯一人マルドゥクのみはティアマトの軍勢に立ち向かい、最終的には原初の母であるティアマトを殺して身を二つに引き裂いた*9。
その肉体により天地が創られ、余ったパーツで世界を構成する月や太陽、川や霧が創られたのだと云う。
この後、新たな世界で生きる神々の代役にして奉仕種族たる人間も創造されたが、その素材は主犯キングーの血液であり、それ故に人間は生まれながらに罪を抱えているのだとも云う。
この原罪の思想は後のキリスト教にまで共通して引き継がれていった。
尚、バビロニア(神々の門)とはマルドゥクの統治する王国の意である。
マルドゥクは古くからシュメールにも存在したとされる神ではあるが、元々はバビロンの都市の守護神に過ぎず、それがバビロンの隆盛と共に創世神話が上書きされて最高神にまで上り詰めたらしい*10。
アッカド神話は多少の名称の違いやアレンジこそあるものの基本的な構造はシュメールと共通している。
マルドゥク(或いはエンリル)は後の支配民族であるアッシリア人にも信仰されたらしく、その威勢は後の旧約聖書「エレミヤ書」で呪詛の様な文言を吐かれている事からも窺える。
【関連する神性】
■アプスー
■ティアマト
各々、淡水と海水の意であり、原典にはそうした記述は見られないものの、現代では共に龍神として扱われたりする。
アプスーは川や地下水、ティアマトは海の象徴。
水源は降雨量の少ない砂漠の地域では生命の源であり、それ故に古代オリエントでは水が生命の象徴として扱われている。
水源の神の要素は、後の地母神の系譜の女神の属性としても組み込まれていった。
■アン(アヌ)
天の神。
一応は最高神だが、遡ったシュメールですら記録に残っている段階では既に「閑な神」と成り果てていた。
■エンリル(エッリル)
大気の神。
当時の最高神。
属性の多くはマルドゥクに引き継がれた。
「ギルガメシュ叙事詩」では特に理由も無く洪水を起こして世界を滅亡させた事で知られる。
西セム語系文化=地中海東岸地域の主神バアルと同一の神と見なされている模様。
■エンキ(エア)
淡水の神。
故に創造の神でもある。
両肩からチグリス、ユーフラテス川が生じている姿で描かれている。
シュメールでは彼がアブズー(淡水、深淵)と呼ばれている。
洪水神話でウトナピシュティムを助けた事から人間に優しい神とされる一方、神としては眉を顰める様な神話も残る。
■ドゥムジ(タンムズ)
イナンナの夫とも愛人ともされる羊飼い。
元来は植物神であり、アッカドのタンムズの姿の方が原型に近いと思われる。
ウガリットではバアルの属性に組み込まれ、ギリシャ神話では美少年アドニスの神話の原型になった。
ウガリット
■バアル(ハダド)
古代カナン(地中海東岸)の主神。
創造神エルの息子であり、彼から主権を与えられた(奪った)若き王にして稲妻を操る英雄神。
豊穣を司る雨神、植物神でもあり、アナトとの関係を含めてシュメールのドゥムジと共通する要素も持つ。
同じくエルの息子である竜神ヤムや死の神モト、挙げ句には父神の筈のエル自身との対立が語られているが、これは元来は他地域(シュメール)の神であったバアルが信仰に入る中で生じた民族や、階級間の対立と混乱が反映されているのでは?と見られている。
古代オリエント(小アジア~エジプト)には同様の特徴を持つ神性が非常に多く、ギリシャや北欧…etc.にも影響が見られる。
バアルとはセム系言語で「王」を指す一般名詞であり、固有の神名としてはハダド(雷鳴)の名があるが、バアルの名が広まり過ぎたのか余り知られてはいなかった。
この名は、矢張りアッカド神話に見られる雷神アダドと同じである。
バアルは後のユダヤ/キリスト教では悪魔(ベルゼブブ、バエル…etc.)の名として伝えられているが、これはユダヤの信仰する「神」の出自が関係しているのかも知れない。
他地域にも伝わったと考えられているシュメール系神話には大河の氾濫を描いた洪水神話、自然災害の象徴たる悪竜退治、冥府下りと不作の時期の到来、死からの再生、英雄神への鍛冶神からの武器の譲渡…etc.の神話がある。
海の民ペリシテ人の信仰でも主神格として迎え入れられており、彼らの信奉するダゴン(植物神、或いは水神)の息子とされている。
「ダガン(穀物)の息子」はウガリットでもそう称されており、バアルが外来神である事を暗に示され続けていたとも考えられている。
【関連する神性】
■エール(イルウ)
粘土版文書に見られるウガリット神話の父神。
バアルの父神とされる。名はセム系言語で「神」を指し、語源は失伝しているが「上」や「力」を意味していたと予想されている。
ウガリット神話内では偉大なる最高神である一方、バアルを素直に認めず兄弟喧嘩をけしかける黒幕としても書かれる。ギリシア神話だと地母神ガイアのような立ち位置だろうか。
バアルが死んだ際には豊穣神の死によって生じた荒れた大地や乾いた渓流を見て驚愕し、バアルを殺すべきではなかったと反省するようになる。
その他アナトに脅迫され渋々人間の王子アクハトの殺害を許したり、二人の女に『夜明け』と『夕暮れ』を孕ませたり等の神話が残っている。
エルと言う名前のこともありヤハウェ(エロヒム、エル=シャダイ)信仰の原型としても研究されている。
ヤハウェ自体はバアル信仰やその他様々なカナン宗教の影響が見られる為、一概にはエールが起源であるとは言えないが、最高神としての厳格な態度には共通点が見受けられる。
■アシェラト(アーシラト)
粘土版文書に見られるウガリット神話の母神。
バアルの母神とされる。ウガリット神話内では生命力を司る太母として扱われており、エールとの間に70人の子供を産んだとされる。
バアルが自分の屋敷を建てる際には彼女に許可を取りに行った。またケレト王が捧げ物の契約を忘れた際には彼に重病の呪いを掛けたこともある。
聖書内で使用される『アシェラ』の文言はアシェラトのイスラエル地域での変化と考えられる。
現在ウガリット神話はその大部分をシリア北西のラスシャムラのウガリット遺跡から見つかった『ラスシャムラ刻文』に求められるが、前述の通りこの刻文強いては遺跡自体が見つかったのが20世紀に入ってからの話である。
その為古い資料ではアナトやアシェラトを、聖書で多用され悪魔化したことにより有名になっていたアスタルトの表記ゆれや変化形と捉えている事が多い。
■アナト
バアルの妹であり、妻ともされる女神。
シュメールのイナンナ女神が起源と考えられており、アッカドのイシュタル、同地域のアスタルトと同一視される。
起源を等しくするアセト(イシス)の居るエジプトにもバアルと共に組み込まれた時期がある事からも信仰の広さが窺える。
創造神エルの娘にして妻とされるが、後の神話では常にバアルに味方しているお兄ちゃん大好きっ娘。
基本的には豊穣を司る慈愛の女神とされるが、恐るべき殺戮者としての側面を持ち、バアルが死の神モトに殺害された際には残酷な手段によりモトに報復している*11。
死せるバアルの復活に関わる事から再生の象徴でもある*12。
神殿が無いと嘆くバアルの為に武力を盾にエルを脅した事まである。
上記の様にオリエントでは聖なる動物として牡牛がよく登場し、神がその姿で信仰される場合もあるが、アナトは牡牛化したバアルと交わる際には牝牛の姿を取って応じたと云う……古代極まってんな。
また、神格化された後の聖母マリア像は、これら地中海全域に伝播したイナンナ女神に帰属する女神の系譜の神話が集約されており、後代にはマリアを航海の女神とする信仰までが生まれた。
後のキリスト教では奇跡の喧伝の為に処女は純潔と同義とされたが、本来の処女は純潔に限らず若く健全な乙女を意味する語でもあり、妻にして母でもある女神にも適用されていた。
■アスタルト(アスタルテ)
アスタルトも同じくバアルの姉妹にして妻であり、航海を守護する海の女神とされる。ギリシア神話に登場する金星と愛の女神アプロディテの原型とも呼べる。
ウガリット神話内では海との関連からか前半のヤムとの戦いの文書での出番が多い。しかし後半になるとめっきり出番が欠如する。
ウガリット以南の地域はアナトよりもアスタルトのほうが信仰に厚く、バアル及びバアルと同一視される主神の妃として人気が高い。
アナトは清純のイメージが強いが、アスタルトは奔放でキリスト教の大悪魔アスタロトの直接の原型となった。
エジプトにヒクソス*13が流入してきた際にバアル・アスタルト・アナトと言ったカナアンの信仰もエジプトに入り込んだ。
■ヤム=ナハル(リタン)
ウガリットの川と海を司る神でありバアルの兄の一人にして最初のライバル。ヤムは『海』、ナハルは『川』を意味する。ゼブル=ヤムなら『海の王子』と言ったところか。
サフォンの神々の集会にて神々からはバアルが王として擁立されたが、最高神にして最大の権力者である父神エールだけはヤムを擁立した為争いとなった。
エールの庇護を盾にして神々や人間達に圧政や重税を敷こうとするが、エジプト方向から来る叡智と鍛冶の神コシャル・ハシスの創り出した二本の棍棒(言わずもがな雷神バアルの持つ武器なので雷霆である)
『追放』<ヤグルシ>と『駆逐』<アイムール>を持ったバアルに胸と額を打ち砕かれ息絶える。
リタンはその名を聖書に登場するリヴァイアサンと同起源とする竜神であり、ヤムの従者か或いはヤムの化身として考えられている。他にもタンニンと言った同種の龍が出てくる、がやはりアナトに倒される。
混沌や自然災害の象徴と考えられており、それを秩序たるバアル(雨)が征する構図を顕していると考えられている*14。
■モト(モート)
ウガリットの死と乾季を司る神でありバアルの兄の一人にして最大のライバル。モートは『死』を意味する。
ウガリット神話内での冥府<ホロン>の支配者であり、兄弟であるヤムがバアルに倒された際にエールが次に彼を擁立した。木属性のバアルに水属性のナハルがやられたので火属性のモートで対抗。
バアルを言葉巧みに自分の領域である冥府に拉致して力を発揮出来ない状態にして殺害した(恐怖で屈服させたとも)。
バアルが消えた地上からは豊穣が去り、大地は砂漠化したと云う*15。
前述の様にアナトの報復を受けて殺害されるが、バアルが復活するとモトも復活する。乾季と雨季は永久に繰り返すということだ。
二神は再び争い、最終的に太陽女神シャプシュの仲裁により敗北を認めバアルを王として認めたとされるが、作物の採れなくなる時期とはバアルがモトの冥府に呑み込まれて屈辱の時を過ごしている期間と一致すると考えられていた*16。
同様の神話は各地に残り、花婿(男神)を花嫁(女神)が救い出す物語として伝えられていった。
エジプトのウシル(オシリス)神話と構図が共通している。
■シャプシュ
ウガリットの司法を司る太陽女神である。名前は『太陽』を意味し、アッカド神話のシャマシュと同語源である。
アッカド神話のシャマシュとは違い女神として登場する。同じく太陽女神を信仰するフルリ人の影響だろうか?
ウガリットは陸路からヒッタイトやメソポタミア、海路からエジプトやキプロス等に繋がるフェニキア交易の中継拠点である為、様々な民族や信仰が入り込んできている。
シャプシュはバアルの戦いの文書では後半モートとの戦いで名前が出るようになる。太陽と乾季、太陽と冥界の切っても切れない関係があるようだ。
モートによって地の裏側の冥界に隠されたバアルの死体をアナトの為に探してきたり、エールの命によってバアルとモートの戦いを仲裁したりする。
シャマシュやその他様々な太陽神と同じく司法を担当していると捉えられる。お天道さまが見てるということだ。太陽は偉大である。
追記修正は古代文字を解読しながらお願いします。
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- 神様世界じゃキリスト教の被害者No.1 -- (2015-11-22 13:59:41)
- バアルだけでなく、ベルゼブブやベルフェゴールも被害者。 -- 名無しさん (2015-11-22 14:39:46)
- ↑そのベルゼブブやベルフェゴールのルーツという説があるのがバアルなのだ。 -- 名無しさん (2015-11-22 20:40:21)
- スパロボZシリーズでもお馴染み -- 名無しさん (2015-11-30 10:56:45)
- バアルの威光が拡大したのかアシェラもバアルの妃とする記述があったっけか。そりゃあ、エル(4文字)も恨むわ。 -- 名無しさん (2016-04-06 13:02:05)
- 超今更だけど「ガッシュ・ベル」の「ベル」ってひょっとしてそういうことだったん……? -- 名無しさん (2020-06-20 06:20:10)
- ↑×6 とは言ってもユダヤ教が頑なかつ攻撃的になったのって所謂バビロン捕囚が主な原因なんで、キリスト教がアレってのを前提にしたとしてもバビロニアの神々の悪魔化被害は「お前らが生んだモンスターだろうが」って面もあるんだけどな。 -- 名無しさん (2021-12-14 22:17:45)
- バアルのようなもの -- 名無しさん (2023-04-13 17:30:54)
- キリスト教が積極的に悪魔扱いした異教の神って実は殆どバアル関連の神々だけだし、その原因は民族対立と言うかむしろ当時はバアル信仰側がユダヤ・キリスト教を弾圧や迫害してたからってのもあるのでユダヤ・キリスト教の被害者扱いはちょっと違うわな -- 名無しさん (2023-11-21 22:31:06)
#comment
*2 にしても、あっさりと組み込まれ過ぎているので以前から共通する信仰の下地があった可能性も指摘される
*3 以前にはエンリルがそう呼ばれており、主神格の尊称なのだと思われる
*4 地中海東岸地域
*5 ばかりか邪神や悪魔として扱われていた
*6 1929年
*7 天地創造の詩=マルドゥク縁起譚
*8 シュメールでは「ラムガ神」と呼ばれる
*9 竜巻で彼女の口を閉じれないようにしてから矢を放った
*10 シュメールではエアやエンキらが自ら原初神を殺害している
*11 「剣で切り、火で焼き、臼でひき、篩にかけ、畑に撒いた」…この描写からも農耕神の性質が判る
*12 同じ起源を持つエジプトのアセト(イシス)がウシル(オシリス)を失った後で得た主権を取り戻す息子(ホルス)を抱く姿はキリスト教の聖母子像のイメージへと連なった
*13 カナアン起源のセム系移民
*14 他の類型神話も同じ
*15 農耕地帯なので死=干魃がモトの属性の模様
*16 聖書にも記されている7年周期の干魃
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