桑港けし飛ぶ

ページ名:桑港けし飛ぶ

登録日:2015/10/26 Mon 23:09:02
更新日:2024/01/16 Tue 11:24:09NEW!
所要時間:約 5 分で読めます



タグ一覧
架空戦記 仮想戦記 太平洋戦争 短編小説 プロパガンダ 原子爆弾 サンフランシスコ 立川賢 桑港 桑港けし飛ぶ



桑港けし飛ぶ』とは、1944年(昭和19年)に発表された日本のSF短編小説である。著者は立川賢。
雑誌『新青年』昭和19年7月号に掲載されたのが初出で、正式タイトルは「科学小説 桑港けし飛ぶ」。
ちなみに「桑港」とはアメリカ合衆国・サンフランシスコの漢字表記。



■概要

明治から昭和戦中期の時代にかけて、少なからず執筆された「日本・アメリカ間の戦争」を題材とした一種の仮想戦記作品で、その中でも本作は発表年を見れば分かる通り、太平洋戦争の真っ最中に製作された、正真正銘プロパガンダ文学としての趣きが強い一作である。


内容を簡潔に紹介してしまえば、ズバリ「日本の科学者が僥倖を得た事で原子爆弾、並びに原子力エンジンを動力とした長距離飛行の可能な航空機を開発、原爆をアメリカのサンフランシスコ市街に投下して甚大な被害をもたらし、アメリカが降伏を決断する」……というもの。
前半部分は航空機の搭載燃料と航続距離の関係、ウラニウムの同位体などを発端とする原子力エネルギーの開発に纏わる解説文に割かれており、当時の雑誌購読層である青年層に向けた科学啓蒙小説としての側面も強いといえる。


ここまでの紹介だけでも察せられると思うが、本作は戦時プロパガンダとしての域を出るような作品とは言えず、また内容も決して褒められた物ではない。
何せ、現実にはアメリカが日本に対して行った原子爆弾による民間人の無差別殺戮という暴挙が、この小説では立場が逆転する形で行われ、また原爆攻撃されたサンフランシスコ一般人の惨状などについては全く触れず、爆撃によって日本が勝ち誇るかのような描写となってしまっている。
(広島・長崎に対する原爆投下を、戦争に終止符を討った英雄的行為と見做すのとほぼ同義の内容、と言えば理解し易いか)
文中表現についても「天譴的爆弾を見舞い、彼等の所謂摩天楼を木端微塵に粉砕し、青鬼共をどかーンと天空高く一束げに吹き飛ばして、快絶無比の最後の止めを刺さなければ止まない。それこそ、この戦争の最終場面を飾るに相応しい光景では無かろうか」「アングロサクソンを殺つけるために、今だ!」などと、現代の視点からすれば非常に過激な文言が目立つのも否定できない。
更に言えば、本作が発表された時点では既に戦争の大局は決したといっても過言でなく、日本の敗色は蔓延的に漂っていたのも事実である。


しかしながら、結果的に原爆唯一の被爆国となった日本が、逆に(選択肢さえあれば)投下国になる事に躊躇がなかったとも解釈できる内容、加えて当時の民衆に向けて発表された作品で「敵国の一般人を巻き添えにした攻撃」がむしろ称えられるかのように描かれたということなど、「他国との戦争」という窮状に切羽詰った国民が、如何に「祖国に乾坤一擲の勝利をもたらす幻の新兵器」を渇望していたかという点に着目して、著者や当時の読者の気持ちに想いを馳せてみるのも、当時という時代を振り返って見る機会としては悪くないかもしれない。


本作は2003年に中公文庫より刊行された『明治・大正・昭和 日米架空戦記集成』(編:長山靖生)に収録されており、現在はそちらで比較的簡単に読む事が可能。
同書はタイトル通り、明治~昭和戦中にかけて発表された日米戦争を題材とした架空戦記小説のアンソロジーとなっており、後書きでは収録作の著者に纏わるエトセトラなども紹介されているのだが、立川氏に関する言及は他の著作紹介にとどまり、氏の生没年や経歴などは掲載されていない。
編集付記からして作品そのものの著作権保持者との連絡は付いているようだが、権利者ないし著者本人の意向、もしくは編集側の判断にせよ、やはり本作の内容が内容なだけに、著者の詳細を公にすることが躊躇われたであろうことは想像に難くない。



■あらすじ

時は日米が相対する太平洋戦争の真っ只中。
台北の理化学研究所に勤める初老の化学者・白川博士と、その助手である青年学徒・友枝は、航空機をより早く、遠くへと飛ばす為に石油燃料を用いた接触熱分解の研究に携わってきたが、ある日「神の啓示」が降り、原子力エンジンを用いた長距離航空機の発想を得る。


白川博士は、友人が温泉土産に持ち帰ったという「北投石(ホクトーライト)」なる放射能含有鉱物に着想を得て、その北投石がウラニウム235を含有する事実を突き止め、酸性白土ウラニウムの白土昇華現象、異重原子(イソトープ)の観測を経て、熱分解の研究を今日限りで打ち切り、原子破壊エネルギーを動力とした飛行機、そして爆弾の完成をもってして米国との戦争に終止符を打つべく研究に邁進する。
その中で白川博士が原子爆発により研究所もろとも吹き飛ばされ急逝する事故があったものの、友枝は白川博士がその命と引き換えに立証した原子爆弾の有能性を活かすべく、奮然と立ち上がる。
国家より公式に原子エネルギー航空機関の研究命令を受けた友枝は、動員された多くの科学技術者の助けもあり、遂に念願のウラニウム235を動力とした航空機、そして原子爆弾の試作機を作り上げた。


あくる日、米国・桑港湾口宝島に駐屯していた米軍の湾岸警備隊は、西の空より飛来してくる一機の低翼単葉機を視認する。
慌ててサイレンを鳴らし、高射砲で迎撃する米軍だったが、単葉機は警備隊の真上を掠めてオークランドのブリッジ沿いに桑港市街の上空へと侵入。8千メートル以上にまで上昇した所で、市街めがけて一個の爆弾を投下する。
新型爆弾の標的となった桑港市街は青白い閃光と共に、轟音をあげて僅か一瞬で消滅、警備隊はなすすべもなくその光景を見守るしか無かった。
報告を受けたワシントンの大統領は顔面蒼白になり、更にニューヨークG・E研究所のクーリッジ博士から、市民を代表した大日本帝国への降伏を勧める電文が委員会へ届けられる。
各委員が日本への降伏も止む無しと考える中、虚脱状態となってしまった大統領は、頭の中で逃亡のプランを固めるより他なかった……






追記・修正は戦時中のプロパガンダ事情や切羽詰った国民感情を、ある程度多面的に見ることのできる人がお願いいます。


[#include(name=テンプレ2)]

この項目が面白かったなら……\ポチッと/
#vote3(time=600)

[#include(name=テンプレ3)]


  • 惨状に触れていないってあるが、こんな事を言うのもなんだけど、アメリカだって実験で実際に落としてみるまでどうなるのかいまいち解ってなかった節があるし、ある意味仕方がないと思うんだが… -- 名無しさん (2015-10-27 09:01:57)
  • 「内容が内容なだけに」とあるが、他の作品はどうだったんだろう当時の戦争を題材とした架空小説 -- 名無しさん (2015-10-27 12:51:16)
  • ↑当時の戦争を題材とした架空小説というと、偏見ではあるがこれと同じような「鬼畜米英に勝利した日本万歳」になりそうなものだが……そっちの方が気になった。探して読んでみる -- 名無しさん (2015-10-27 12:53:43)
  • そらまあ、プロパガンダ目的の物語で「桑港の巷はまさに地獄より惨憺たる有様と成り果て、赤剥けに焼け爛れた老若男女が『水が欲しい』『死にたくない』と泣き喚いた果てに死屍累々と・・・」みたいに書いて読者を萎えさせる訳にもいかなかっただろうしね。恐ろしい話だが。 -- 名無しさん (2015-10-27 14:26:08)

#comment

シェアボタン: このページをSNSに投稿するのに便利です。

コメント

返信元返信をやめる

※ 悪質なユーザーの書き込みは制限します。

最新を表示する

NG表示方式

NGID一覧