イチイヅタ

ページ名:イチイヅタ

登録日:2013/8/28(水) 19:45:42
更新日:2023/11/20 Mon 10:59:03NEW!
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海藻 生物 外来種 ミュータント 世界の侵略的外来種ワースト100 紫外線 突然変異 救世主 汚名返上 キラー海藻 イチイヅタ フェザー



 イチイヅタ(Caulerpa taxifolia)とは、海藻の仲間であるイワヅタ類の一種。


 体全体が緑色をしている「緑藻」と呼ばれるグループに属している。海底を這う根っこのような『匍匐茎(ほふくけい)』部分と茎や葉っぱを思わせる『葉状部(ようじょうぶ)』部分で構成されており、後者の形がどことなく針葉樹である「イチイ」に似ている事が学名(と和名)の由来になっている。


 精子と卵子がギシギシアンアンするお馴染みの有性生殖の他、体の一部がちぎれて新しい個体が出来る無性生殖で増える事が可能。後者では増えた個体は元の親と同じ遺伝子を持つクローンとなっているが、基本的には有性生殖が主流で、無性生殖は波にさらわれたりなどの事故でそうなる事が多いようだ。主に沖縄以南やカリブ海といった熱帯・亜熱帯地方に多く生息し、寒い場所は苦手。また、海藻と言う事で水深20mより下の場所では光合成が出来ずに枯れてしまうようだ。


 見た目の綺麗さなどから水族館の水槽などでよく育てられており、『フェザー』と言う名称で販売されている事もある。



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 ……さて、ここまでは通常のイチイヅタについて紹介した。



 ここからは、もう一つのイチイヅタ、通称「キラー海藻」と呼ばれるものについて紹介する。
 先に言っておくが、これから説明する事は決してSF小説や漫画の内容では無い。全て実際に起きた事である。



目次




●誕生の経緯

 前述の通り、イチイヅタは世界各地の水族館の観賞用水槽で多く飼育されている。その中の一つに、地中海沿いにある小さな国「モナコ」にある水族館があった。
 この水族館の近くの海でやけに大きなイチイヅタが発見されたのは1984年の事。水族館の排水に混ざって外に流れ出たと考えられている。周りの自然環境から断絶されている場合が多い水族館から生物が脱走すると言うのは今もよく騒がれており、昨今ではペンギンの連続脱走が記憶に新しい人も多いかもしれない。しかし、今回外の世界に流出したのはただの海藻、しかも暖かい海にしか住めないはずのイチイヅタ。冬になると水温が結構低下する地中海の中ではそう長くは生きられず、全て枯れてしまうだろう。
 この時は、誰もこの海藻に気を留める事は無かった。



 ……しかし、それが悪夢の始まりだった。このイチイヅタは、既にとんでもない存在へと変貌を遂げてしまっていた。


 実は、この水族館では水槽の中を殺菌するために「紫外線ライト」を浴びせると言う方法をとっていた。イチイヅタは新鮮な海水が必要なのだが、いちいち新しい海水と取り換えるのも面倒、と言う事で紫外線を使って消毒を行っていたようである。しかし、細菌を殺す作用があると言う事は当然イチイヅタにとっても過酷な状況が強いられているという事。何度も何度も紫外線を浴びせられ続ける中で、イチイヅタの一部の遺伝子に変化が生じた。「突然変異」を起こしてしまったのである。



●能力

 紫外線によって突然変異を起こした『変異型イチイヅタ』。それに伴い、いくつもの恐ろしい能力を身につけてしまっている。



1.低温耐性

 最初にも述べた通り、通常のイチイヅタは熱帯や亜熱帯の海に適応しており、海水の温度が20℃より下になってしまうと枯れてしまう。地中海の水温は月によって結構低くなる事もあり、イチイヅタが住むには向いていないはずである。ところが、この変異性イチイヅタはそんな低い温度の海水の中でも生育する能力を身につけてしまい、なんと10℃まで耐える事が出来るようになってしまった。しかも15℃以降になると途端に元気になり、活発に成長を始めてしまうと言う。


2.毒性

 イチイヅタを始めとする海藻は、ウニや巻貝、魚と言った様々な海の草食動物たちの大好物である。しかし、いつも食べられてばかりと言う訳では無く、地上の植物と同じように様々な形の対抗手段を有している。このイチイヅタが属しているイワヅタ類は体内に「」を有しているのが特徴で、解毒作用にも影響してしまうと言う恐ろしい毒である。ただし、普通のイチイヅタでは微量のためにそこまで大きな影響を及ぼす事は無い……


 ……そう、「 普 通 」なら。


 お察しの通り、変異性イチイヅタはこの毒性が何と10倍から100倍にもパワーアップしてしまった。当然こんな恐ろしい存在を食べる動物はほとんどいない。しかもこの毒、体内に蓄積されるどころか葉状部(葉っぱみたいな部分)から外部に微量に放出されており、周りの微生物にまで被害を与えている。生態系が滅茶苦茶になるのは言うまでもないだろう。ただし、人間にはこの毒素は効かないといわれている。


3.水深

 普通のイチイヅタは、水深20mを超えると光合成が上手く出来ずに枯れてしまう。だが、変異性イチイヅタは水深100mにまで生息できる事が確認されている。さすがに大きさは小さくなるものの、僅かな光でも生き続けるとんでもない生命力を身につけてしまった。


4.根を生やせる場所

 最初にも述べたが、イチイヅタは『匍匐茎(ほふくけい)』と呼ばれる根っこのような部分を砂の上などに伸ばし、体の位置を保っている。普通のイチイヅタは砂の上を好み、そこで子孫を残しているのだが、変異性イチイヅタは一切場所を選ばない。匍匐茎を固定できる場所があれば、岩でも泥でも砂でも陣地を確保していくのである。挙句の果てには別の植物の上に堂々と根っこを生やしてしまう事もあるようだ。


5.再生能力

 そして、恐らく最も恐ろしいと思われる力がこれである。


 イワヅタ類に属する海藻は再生能力に優れており、体が千切られてもすぐに元通りに治す事が出来る。こちらも最初に述べた通り、普通のイチイヅタも波にさらわれるなどの要因で引きちぎられてしまった時、両方の個体が新たな場所に根を生やし、元通りの姿になる事で個体数を増やす事が出来る。


 だが、この変異型イチイヅタではこの能力までもパワーアップを成し遂げてしまった。


 実は変異型イチイヅタは通常の物と違い、有性生殖をする機能を持っていない。個体数を増やすには、自分の体から文字通り分かれたクローンを増やすと言う「無性生殖」と言う手段のみを使っているのだが、その方法が容赦無いものになっているのである。


 根っこが千切れて新しい個体が生まれ……
 葉っぱが千切れても新しい個体が生まれ……
 何千もの欠片になれば何千もの新しい個体になり……


 ……どういう手段を取っても、増えに増えて増えまくるのである。しかも、僅か数ミリの破片が存在しただけであっという間に再生し、海底を埋め尽くす大群落を創りだしてしまう、と言うのだからたまらない。お前は富江か。


6.乾燥耐性

 さらに、この凄まじい再生能力を補うかのように、変異型イチイヅタは「乾燥」にも強くなってしまった。一週間以上海水につからず陸上に放置されても生き続けると言うのである。当然ながら、普通のイチイヅタはこのような能力など持っていない。



 ……もう一度言う。ここまで取り上げた能力は、全て変異型イチイヅタ……いや、「キラー海藻」が本当に身につけてしまった力なのである。




●被害

 既にタグでネタバレしているのだが、現在このキラー海藻ことイチイヅタは『世界の侵略的外来種ワースト100』の一員として名を連ねている。ここで取り上げられている生物は、どれも各地に侵入し、生態系や人々の生活に甚大な被害を与えているものばかりである。当然ながら、このキラー海藻も地中海を中心に世界各地に分布を広げ、問題を起こしている。


 地中海で最初(1984年)に見つかった群落の大きさは僅か1平方メートルであったが、1989年には2ヘクタール、1997年には3000ヘクタール、そして今や10000ヘクタールと言う超大規模な群落を形成。この群落の中で生育する生物は、そのほとんどが同一の遺伝子を持つキラー海藻のみ、どこまで進んでも見えるのは緑色の絨毯だけである。他の海藻は生存競争に負けて枯れ果て、魚やウニなどの草食動物は猛毒に耐えかねて姿を消し、それらを食べる肉食動物もその姿を見せない。もはやキラー海藻の生い茂る海には、生態系は意味をなさないものになっているのだ。まさに「緑色の砂漠」である。


 さらにその被害は地中海だけに及ばず、世界各地に広がっている。前述の通り、乾燥に非常に強くなった事で地中海から漁船のネットなどにキラー海藻の破片が紛れこみ、それが別の海に放たれる事で生息範囲を拡大しているのである。特にオーストラリア近海やアメリカでその猛威を振るっている。


 そして、海洋大国である日本でもキラー海藻の分布が確認された事がある。後述の通り、その後水温に耐えられずに全滅した事で被害は抑えられたようだが、世界各地の船が行き来すると言う現状からすると油断は一切できない。もし、暖かい太平洋側で一度でも群落を作られれば……。


●対策など

 当然ながら人間側も手をこまねいている訳では無く、地道に引っこ抜く、シートで覆って光合成を阻害する、ホースで一気に吸い取るなど様々な手段で駆除に乗り出している。
アメリカで勢力を広げたキラー海藻に関しては、群落を発見してから徹底的な駆除を行った事で撲滅に成功したようだが、地中海のように広まりすぎた場所では駆除は非常に困難……と言うかもう無理とされた。
何せ、例え全て狩り尽くしたとしても、その破片が辺り一面に散らばればやがてそれらは一気に再生を始め、駆除を行う前よりもさらに緑の砂漠が大きくなってしまう可能性だってあるのだ。
今や駆除を諦めて、バイオエタノールの材料として有効活用しようと言う動きもあるほどである。
 一方で、キラー海藻の駆除に生物を使おうと言う動きもある。
普通のイチイヅタが分布するカリブ海には、これを好んで食べると言うウミウシ「ロビゲット・セラディファルシ(Lobiger Serradifalci)」が存在する事が知られている。これを利用して、キラー海藻を全部美味しく頂いてもらおう……と言う計画なのだが、元々暖かい場所にいる彼らは寒い場所に耐えられるのか、元いた海藻まで根こそぎ美味しく頂かれてしまうのではないか、などの理由により、今の所実現していない。


 今やほぼ無敵と言う様相であるキラー海藻だが、乗り越えられない壁が無い訳ではない。前述の通り、日本で確認された群落は自然に全滅していったのだが、その理由は分布していた場所にあった。よりによって、あの極寒の日本海側(石川県)の海に根を伸ばしてしまったのである。いくら低温耐性があったとしても、雪や嵐が吹き荒む冬の日本海に耐える事は出来なかったようである。





 ここまで紹介したとおり、キラー海藻こと(変異型)イチイヅタは、今や世界中の脅威と化している。しかし、一つだけ忘れてはならない事がある。


 半世紀以上前、日本で製作された一本の映画をご存じの人は非常に多いかもしれない。戦争からの復興を進める日本を一頭の巨大な怪獣が襲い、東京を壊滅させ、そして人間の作りだした兵器によって息絶える話である。この作品で登場した怪獣もまた、通常兵器が通じない肉体や、放射能を含む恐ろしい熱線を武器に、映画の中の日本を混乱と破滅の渦へと巻き込んでいった。だが、この怪獣の正体は、古代に住んでいた爬虫類が人間による水爆実験によって変貌を遂げてしまったものだと言う。そして、その後も幾多もの生物が、原爆実験や水爆実験などによりと化し、映画の中で日本を始めとする地球の脅威となっていった。


 勿論、これらの話は映画の中の物語。しかし、それと全く同じ事態は既に「キラー海藻」として現れている。


 海の生態系や漁業を脅かす恐るべき存在。だが、これを生み出した真の原因は、私たち人類にあるのだ……。

























●余談

 ちなみに、同じ海藻の仲間であり、日本ではすっかりお馴染みである「ワカメ」だが、実は海外では食用にされる事が非常に少なく、むしろ繁殖力の凄まじい厄介者になっている。その結果、こちらも『世界の侵略的外来種ワースト100』に認定されている。
 詳細はこちらも参照。


 というか、あのキラー海藻と肩を並べるワカメって……。



これだけの猛威を振るったイチイヅタだが、驚くべきことに現在、地中海やアドリア海のイチイヅタ問題はほぼ終息している。
イチイヅタは下水口など有機汚染物が沈殿した環境でよく育つため、実は汚染されていた海の環境にマッチして増えただけで、
水質が改善されたことによって鎮静化したのではないか?と言われている。
さらに驚くべきことに、イチイヅタの群落には、以前よりも種類も数も多い海洋生物が生息するようになっていた。
つまり、それまで手の付けようのない悪党と思われていたイチイヅタは、海の環境改善に一役買った救世主にすらなったのだ。*1
つくづく、外来種問題はどう転ぶかわからないものである。


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  • ワカメと違ってこいつは煮ても焼いても食えんな -- 名無しさん (2013-08-29 20:40:45)
  • 突然変異する以上の放射線を浴びせたらどうなるのっと。
    -- 名無しさん (2013-08-30 06:01:00)
  • ホント、お伽噺ってかSFの世界だわな…事実なんだけど -- 名無しさん (2013-08-30 10:58:44)
  • BYDO「お、仲間か?」 ELS「これはチャンス」 -- 名無しさん (2014-03-07 00:49:30)
  • ワカメにも紫外線浴びせるか -- 名無しさん (2014-06-10 20:47:40)
  • ↑味噌汁からワカメが消えるぞ -- 名無しさん (2015-02-14 20:02:19)
  • なんでこんな…狙ったようにタチの悪い変異を… -- 名無しさん (2015-03-16 22:35:18)
  • 狙ったわけじゃない、元々持っていた能力の全てが100倍化してしまったというだけのことだ・・・ -- 名無しさん (2015-09-27 23:51:09)
  • まさにハンドレッドパワー。まさにミュータント。 -- 名無しさん (2016-09-07 20:48:50)
  • 現時点では定着はしてないけど一時期日本で確認されたためか日本の侵略的外来種ワースト100にもなってるんだよね。 -- 名無しさん (2016-12-26 20:22:23)
  • いや待て…あのイチイヅタですら成体ではなかったとしたら…ん? -- 名無しさん (2017-04-21 16:58:19)
  • 本文に書いてないけど、こいつって「単細胞生物」なんだよね -- 名無しさん (2017-08-22 10:42:33)
  • だが、日本人なら・・・フグの卵巣すら解毒方法探して食っちゃう日本人の手にかかれば、食用にする方法がひょっとしたら・・・ -- 名無しさん (2017-12-14 15:30:46)
  • イチイヅタの沈静化とその後の海洋の浄化の話は書かないんだな。まあ、ここは情報の正確性じゃなくてセンセーショナルなネタが求められる場所だから当然か。 -- 名無しさん (2018-06-24 10:36:56)
  • こいつをどうにかしてバイオマス燃料に出来ないものか… -- 名無しさん (2018-06-24 10:47:40)
  • ウミウシの仲間でイチイヅタの数をコントロールできるみたいだね。(ttps://en.wikipedia.org/wiki/Elysia_subornata) -- 名無しさん (2018-09-19 11:52:02)
  • ↑3 ここはwikiだから間違いやその後の研究なんかは自分で編集してもいいんですよ、というかご存知ならやってくださいお願いします -- 名無しさん (2018-09-19 12:03:50)
  • マジでSF映画やフィクションの世界から来たみたいなやつだ、これが海藻じゃなくて生物なら映画一本作れそう -- 名無しさん (2018-09-20 20:29:34)
  • その後が気になって英wikiとか読んでみたら、懸念とは裏腹にこの藻は海洋汚染を除去し、魚の多様性はもちろん在来の藻の回復すら助けているとか書いてあって「!?」ってなった。日本語wikiも無いし、誰か実情に詳しい人いたらまとめて欲しいな。 -- 名無しさん (2020-04-25 20:31:09)
  • 追記。フレッド・ピアス『外来種は本当に悪者か?』にその後が詳しく書かれているそうな。曰く、元々の海洋汚染を餌として爆発的に繁殖したのであって、それを食い尽くした10年後には自然と騒ぎは終息し、かえって生態系は豊かになったとか。近所の図書館に置いてないから又聞きだが…。 -- 名無しさん (2020-04-25 20:53:17)
  • ↑近所の図書館でその本見つけたので追記しました。しかし、この記事だけでも、もはや打つ手なしとしか思えなかったのが、意外な理由で…本当に物事はどう転がるかわからないと、改めて思い知らされた -- 名無しさん (2020-07-11 21:51:58)
  • ↑お疲れ様。本当にドラマチックだよね。風の谷のナウシカ原作版における、粘菌の大暴走とそれを受け容れた腐海生態系を思い出したのは自分だけではないはず……。 -- 名無しさん (2020-07-12 14:32:20)
  • 腐海かよ -- 名無しさん (2023-05-06 15:16:38)
  • まじでリアル腐海だな。 -- 名無しさん (2023-05-06 15:30:34)

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*1 フレッド・ピアス著 藤井留美訳『外来種は本当に悪者か?』P89-P93

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