益州侵攻戦

ページ名:益州侵攻戦

登録日:2010/04/29 Thu 21:29:41
更新日:2023/08/10 Thu 12:09:32NEW!
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三国志 中国史 劉備 益州侵攻戦 ちょくちょく蒼天風味




益州侵攻戦とは三国志における劉備軍と劉璋軍との戦闘である。
これにより、劉備は宿願であった中原に届く足掛かりの地を手に入れることになる。


[発端]
益州を支配していた劉璋幕下には野心家の張松、孟達、法正らがいた。
彼らは劉璋幕下では出世出来ないことを悟り、211年劉璋にこう進言する。


「漢中の張魯、凉州を平らげ侵攻の兆しを見せる曹操の備えとして劉備を蜀に入れるべし」


劉璋は王累らの説得虚しく劉備を迎え入れ、劉備もこれを快諾、劉備に葭萌を守らせる。
劉備は支配した先のことを考え、民衆の心を得ることに集中していたが、その最中報告が入る。


ホウ統「大駒が動いた、向かう先は中駒。
さて、どう出るね?未だ小駒の玄徳殿。」


212年冬、曹操軍濡須に現る。
同盟を結んでいた劉備に援軍の要請が孫権へと届いた。



[開戦]
年を経た213年。
劉備はホウ統、法正らと対応を協議。


ホウ統「策は上中下三策」


劉備「上だろうが下だろうが、人ん州(ち)乗っ取りゃ不義。不仁・不忠も道連れよ」


ホウ統「ならば中策」


上策は昼夜兼行での成都奇襲、中策は葭萌の兵を吸収しての侵攻、下策は一旦白帝城まで撤退、であった。


劉備は孫権への援軍を口実にして兵力移動を開始。また、目付役の高沛と楊懐を呼び出す。


劉備「あんたらの軍は欲しいがあんたらを説得してる時間はねぇ」


二将を斬殺するとその兵を吸収し、連れてきていた黄忠魏延らを自ら率いて侵攻開始。
また、荊州からも張飛趙雲諸葛亮らが長江を遡り攻め上がっていった。


[劉備ルート@]
始めこそ劉備軍が圧倒していたのだが、一度破った張任、劉循の守るラク城は頑強に抵抗。
包囲中にホウ統が流れ矢に当たり戦死すると戦況は膠着してしまう。


[荊州勢ルート@]
張飛、趙雲、諸葛亮らは益州に攻め入ると各自別ルートを取り、成都を目指す。


張飛は巴群より侵攻、主将厳顔は寡勢ではあったが頑強に抵抗。
張飛は遂に厳願を捕らえると、厳顔に詰問。


張飛「俺は大軍でお前の守る城を攻めたのに何故早く降伏しなかった」


厳顔「貴様達は無礼にも我らが州を犯した。蜀には喜んで首を斬られる者は居ても降伏する者はおらん!」


張飛はこれに怒り、部下に命じて首を斬らせようとしたが、厳顔は臆せず


厳顔「どうした、さっさと首を斬れ。何を怒ることがある!」
と続けては張飛も感心し、縄目を解いて賓客として厳顔を扱うこととなった。


このエピソードにて厳顔は忠節の人として中国にて有名になり、また張飛の成長ぶりをも示している。


趙雲は別道より侵攻、江陽などを攻め落とし進んでいった。


諸葛亮はホウ統戦死の知らせを聞くと進路変更をし、ラク城包囲中の劉備に合流した。



[劉備・諸葛亮ルートA]
ラク城は諸葛亮との合流後に落城。守将の張任を斬り、劉循を降らせた。


これにより、遂に成都は丸裸となった。



[合流]
劉備・諸葛亮が成都にたどり着くと程なくして二城を落とした張飛、並びに三城を落とした趙雲が合流する。


成都を包囲して数日、劉備陣営にとある知らせが入った。


「北方の雄、馬超が帰参を求めている」


劉備は喜び、李恢を使いに遣り「むむむ…」「何がむむむだ!」して馬超を帰参させる。


この知らせを聞いた成都城内は恐慌に陥る。
さらに重臣の許靖をはじめ、李厳・厳顔ら名だたる武将の早すぎる投降で追いつめられていた劉璋のもとに、一人の使者が訪れる。


簡雍「いんや、殿さん。蜀の道端に遊んでる子供らァみんなきれいに笑ってたぜ」
豊穣の地を与えられながら戦乱にあえぐ中原に見てみぬふりを続けてきた劉璋に、簡雍の言葉はただただ優しかった。


劉璋「簡雍、伴をなさい」



214年5月、成都開城。
3年に渡って繰り広げられた戦はこうして終止符が打たれた。




戦後、劉璋一族は劉循を除き皆荊州に移住。
劉璋は呂蒙の侵攻時に呉に降伏し、その後1年ほどして病死した。
子らは代々呉に仕えたが、劉循は蜀から離れることはなく、生涯蜀将として働いた。


[戦後]


諸葛亮、法正らは伊籍や綿竹を守備していた李厳らと共に「蜀科」を制定する。


今回の戦いに功があった張飛、趙雲、黄忠、魏延らは昇進。


劉備は安定した中原の足掛かりとなる地を得たが、孫権勢力との関係は悪化してしまう。
孫権は「貸与した長沙・桂陽・零陵の三郡を帰せ」と迫るが、本から荊州は劉表の長子より寄与された領土と考える劉備は
「凉州を得たら返してやっから黙れひよっこ」とのらりくらりと躱したために、
呂蒙の荊州攻撃となり、一触即発の事態を招くこととなる。


この時は諸葛兄弟の会見にて解決されたが、盟を結んでいる劉備・孫権間には緊張が走ることとなった。


とりあえず荊州方面が片付いた劉備は、漢中へと侵攻することになる。




追記、修正宜しくお願いします。



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  • 蒼天色強すぎて臭い記事だわ -- 名無しさん (2015-06-08 23:52:36)
  • ごめん元ネタに詳しくないせいか読みにくい。全くネタに走るなとも言わないけど正確よりな記述もあった方がいいのでは -- 名無しさん (2019-11-22 15:27:51)
  • BB三国伝BBWでこれしなかったのは、尺の問題もあるけど、三国伝劉備に他人の国取りをさせるわけにはいかなかったからだろうなあ。あえてするとしたら、劉ショウを悪い支配者という設定にする、とかだろうか? -- 名無しさん (2021-03-31 18:25:10)
  • この戦の時に劉焉が生きてたら「玄徳殿は儂の恩人なのにお前は何をしとるんだ!」って劉璋に怒鳴りそう -- 名無しさん (2023-03-25 13:15:41)

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