エイシンフラッシュ(競走馬)

ページ名:エイシンフラッシュ_競走馬_

登録日:2022/04/09 Sat 09:46:06
更新日:2024/06/18 Tue 11:55:21NEW!
所要時間:約 16 分で読めます



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なんとなんと皐月賞3着馬!


逆襲のムチが飛んで、内田博幸エイシンフラッシュ!


(2010年5月30日 第77回日本ダービー実況 フジテレビ塩原恒夫アナ)


エイシンフラッシュEishin Flashは、日本の元競走馬・種牡馬。
2010年の東京優駿(日本ダービー)を制し、古馬戦線でも活躍した。


ウマ娘 プリティーダービー』におけるエイシンフラッシュはこちら→エイシンフラッシュ(ウマ娘 プリティーダービー)




【データ】


生年月日:2007年3月27日
父:キングズベスト
母:ムーンレディ
調教師:藤原英昭
馬主:平井克彦
生産者:社台ファーム
産地:千歳市
セリ取引価格: -
獲得賞金:7億5,607万円
通算成績:27戦6勝[6-3-6-10]
主な勝鞍:10'日本ダービー、12'天皇賞(秋)


【誕生】


2007年3月27日生まれの牡馬。
父は凱旋門賞アーバンシーの半弟にして英2000ギニー*1馬キングズベスト。
その父は、既に日本でもエルコンドルパサーキングカメハメハを輩出していたキングマンボである。
母のムーンレディはドイツで生産・調教され、ドイツセントレジャーなど重賞を4勝した名牝。


母馬の胎内にいるうちに輸出され、日本で誕生した「持込馬」であり、両親はともにドイツ牝系の出身という日本では珍しい血統の持ち主。


黒く引き締まった馬体と先端を均等に切り揃えた尻尾が特徴的な馬で、特に調教での動きは目を見張るものがあった。
そんなエイシンフラッシュは栗東気鋭のトレーナー、藤原英昭調教師に預けられ、競走馬としてのキャリアをスタートする。


【現役時代】


黎明の光

2009年7月12日、阪神芝1800mの新馬戦でデビュー。
ここでは5番人気と微妙な評価を受け、結果も6着といいところなく終わる。
休養を経た10月の未勝利戦を勝ち上がり、続くOP競走萩Sを3着と好走。
自己条件に戻ったエリカ賞では大井競馬出身の剛腕、内田博幸騎手を鞍上に迎え、直線で豪快な末脚を繰り出して勝利。
無事賞金を積み増し、クラシック戦線に臨むことになる。


勝利の栄光

明けて3歳。
エイシンフラッシュはGⅢ京成杯から始動し、1番人気に応えての勝利を飾る。
これで春のトライアルは順位を気にせず叩きに専念できる……はずだったが、不運にも熱発。
皐月賞はぶっつけ本番で挑むことになってしまう。


この年のクラシック戦線はメンツが揃い、近年でも屈指のハイレベル世代と評判であった。
サンデーサイレンス系からはヴィクトワールピサとヒルノダムール、キングカメハメハ系からはローズキングダムとルーラーシップが覇権を狙い、
他系統でもエイシンアポロンやアリゼオが気を吐いていた。
こうした中で順調さを欠いたエイシンフラッシュは評価を落とし、11番人気で皐月賞に出走する。
しかしレースではあがり3位タイの末脚で追い込み、3着と好走。
「直線の長い府中なら」との期待感を持たせつつ、ダービーの優先出走権を確保する。


迎えた大一番、日本ダービー
レースは歴史的なスローペースで進み、勝負は直線での末脚比べに持ち込まれる。
エイシンフラッシュはこの展開を最大限に活かし、あがり3ハロン32.7秒という驚異の末脚を繰り出して勝利。
7番人気の低評価を覆し、見事ダービー馬の称号を勝ち取った。


鞍上の内田騎手は6度目の挑戦で嬉しいダービー初制覇。大井の東京ダービーとジャパンダートダービーも合わせ、史上初の「三大ダービー制覇」を成し遂げた。
藤原英昭調教師と馬主の平井豊光氏も初のダービー制覇であり、初物づくしの勝利となった。
また、この時のあがり3ハロン32.7秒は現在に至るまで破られておらず、ダービーの末脚レコードとして君臨している。


藤原英昭調教師の脳裏には亡き2頭のことが浮かんだ。
1頭は毎日杯で粉砕骨折により予後不良となったザタイキ、落馬した武豊は全治半年の重症・長きにわたるリハビリと成績低迷に苦しむことになる。僚馬であったザタイキが亡くなった1枠1番からエイシンフラッシュは優勝したのだった。
もう1頭はダービー前日の金鯱賞で安楽死となったタスカータソルテ、重賞3勝・海外遠征を果たした厩舎のエースの死にはかなり思うところがあったようで「天国から後押ししてくれたのかもしれない」と語っていた。


並み居るライバルたちを打ち倒し、掴み取った栄光。
───これが2年以上にも及ぶ苦難の始まりであったと、当時誰が思っただろうか。


黄昏の日々

ダービー制覇後は夏場を休養に充て、GⅡ神戸新聞杯から始動。
ここはローズキングダムの2着と上々の滑り出しだったが、肝心の菊花賞を筋肉痛で出走回避。
これで歯車が狂ったか、ジャパンカップと有馬記念では直線での伸びを欠き、掲示板外の凡走。
両レースの勝ち馬は同期のローズキングダム*2とヴィクトワールピサであり、ダービーの勝利は「展開に恵まれただけ」という声もあがる始末であった。


年が明けても悪い流れを払拭しきれず、産経大阪杯と天皇賞(春)は同期のヒルノダムールに連敗。
宝塚記念もアーネストリーの3着と勝ち切れない。
天皇賞秋とジャパンカップは着外に終わり、有馬記念ではなんとか持ち直すもオルフェーヴルの2着。
気づけば年間未勝利となり、神戸新聞杯以来の連敗は9にまで伸びてしまった。


幻惑の閃光

ここからは例によってディープな話となる。


レース予想の重要なファクターのひとつとして、「追い切り」での動きがある。
「追い切り」というのはレース前に行う強い調教のことで、ここでのタイムや動きぶりで馬の調子がおおよそ判別できる……と言われる。
馬券を当てたければまず追い切りを見る目を養え、との主張も聞かれるくらいには重要なものであり、
大レースの前ともなれば多くのファンや関係者が目を皿のようにして映像を確認する。


さて、エイシンフラッシュの話に戻る。
前述したとおり、エイシンフラッシュは黒く引き締まった見栄えのする馬体であった。
そのうえドイツ出身らしく(?)非常にまじめな性格で、追い切りは常に抜群の動きを見せていた。
ダービー前の追い切りも素晴らしい出来で、追い切りを重視する馬券師の皆さんは挙って単勝馬券を買い求めたのである。
結果は7番人気を覆しての勝利。皆さんさぞ鼻が高かったことであろう。


繰り返しになるが、エイシンフラッシュの追い切りは常に抜群の出来だった。
しかし上述のとおり、ダービー以降のエイシンフラッシュは勝利が遠く、着外になることもしばしばであった。
最高の馬体で抜群の動きをしているのに、レースになると着外。
なまじダービーで馬券を当ててしまった分、見捨てるに見捨てられない。
……そしてついた綽名が「馬体詐欺師」である。
しまいには「エイシンフラッシュの調教は見たら駄目(買いたくなるから)」なんて言われ、
ダービー馬でありながらネタ馬同然の扱いを受ける始末であった。


こうなってしまった理由は、エイシンフラッシュがとにかく難しい馬であるということに尽きる。
馬の末脚には「瞬発型」と「持続型」があり、エイシンフラッシュは前者に該当する。
騎手がゴーサインを出せば一瞬でトップスピードに達するが、その分持続力に欠けるのである。
日本競馬は基本的に、ある程度のスピードを長めに発揮できる「持続型」の方が有利とされており、「瞬発型」の馬は仕掛けどころが難しい。
早すぎれば最後に垂れるし、遅すぎれば届かない。
なんとも騎手泣かせの馬で、陣営の苦悩は想像に難くない。


……そのうえ、エイシンフラッシュはこの手の馬としては珍しい問題も抱えていた。
末脚を発揮するためにはある程度の体力が必要となり、つまりハイペースだと伸びない*3のである。
加えてこの馬はとても真面目に走るため、前に馬を置いて強制的に我慢させてやらないと伸びない*4という難点もあった。


よって、エイシンフラッシュが勝つためには、


  • レースが直線までミドル~スローペースで進む
  • 道中は馬群の中に入れて我慢させる
  • 直線で馬群を捌き、最善のタイミングでゴーサインを出す

という最高の条件を揃えてやらねばならないのである。


どう考えても無理ゲーです、本当にありがとうございました


しかしまあ、泣き言を言っていても始まらない。
追い切り派の馬券師やエイシンフラッシュに騙される会馬自身を愛するファンの期待を一身に背負い、エイシンフラッシュは2度目の古馬戦線を戦うことになる。


閃光復活

正念場となった2012年。
5歳になったエイシンフラッシュは適鞍を求め、ドバイ遠征を決行する。
エイシンフラッシュの馬体は世界のホースマンにとっても衝撃的だったらしく、「日本からものすげえ馬体のドイツ馬が来たぞ!!」との声があがったという。
俺たちの目は節穴じゃなかった!
しかしレースでは直線伸びを欠き、モンテロッソの6着に敗退。
遠征明けの宝塚記念もまったくいいところがなく、オルフェーヴル復活の激走を後方から眺めるだけの6着に終わる。
秋初戦となった毎日王冠は自己最低を更新する9着。
もはや復活の糸口すら見えず、ダービー馬の栄光も今は昔といった有様であった。


そして迎えた大一番、天皇賞(秋)。
このレースはなんと天皇皇后両陛下(当時)を御迎えした天覧競馬*5となり、例年以上の注目を集めていた。
エイシンフラッシュは鞍上に短期免許で来日していたイタリアの名手、ミルコ・デムーロ騎手*6を迎え、レースに臨む。


……しかし、多くの馬券師はエイシンフラッシュを「用無し」とみていた。
一番の理由は快速の逃げ馬シルポートの存在で、レースが100%ハイペースになると確定していたからである。
エイシンフラッシュはスローペースでなければ最後伸びない。だけどスローペースには絶対にならない。
当日は単勝5番人気となったが、これでさえも見込まれ過ぎと言われるくらいであった。
みんな調教見ちゃったんですねわかります


ゲートが開くと、件のシルポートが想定通りに猛ダッシュ。
1000m57.3秒という破滅的なペースで飛ばし、後ろを大きく引き離して逃げる展開となった。
この時点でエイシンフラッシュは用無し、ああ今回もダメだったか……とファンは溜め息をついた。


……だが、実情は少々違っていた。
シルポートは力のある逃げ馬ではあったが、GⅠでの実績はここまでマイル戦線での8着が最高。
2000mのGⅠでは力不足と言わざるを得ず、ゆえに他馬の騎手からは存在を軽んじられていた。
まるで最初からいなかったかのように、その走りは無視されていた。


視点を後ろに移す。
シルポートの後ろには気鋭の3歳馬───カレンブラックヒルがいた。
この馬はミドルペースで逃げ粘るレーススタイルが持ち味であり、前哨戦の毎日王冠も2番手でレースを進めて勝利している。
他馬の注目はこちらに集まっており、事実上レースを引っ張っているのはこの馬だった。
つまり、ハイペースなのは見た目だけ。
実際はカレンブラックヒルが引っ張るミドルペースで、エイシンフラッシュにとってはベストの展開だったのである。


───第1の条件、クリア───


視点をさらに後ろ───エイシンフラッシュに移す。
エイシンフラッシュは6枠12番からの発走だったが、鞍上のデムーロ騎手は巧みに馬を誘導し、
同じく外枠からの発走となっていたダークシャドウの後ろにつけた。
左には内ラチ。馬群の中で自然に減速し、体力を温存できる展開。


───第2の条件、クリア───


レースが進み、先頭のシルポートが直線に向く。
逃げるシルポートは当然インコースを進んでおり、そのまま失速して沈む流れである。
他馬の騎手たちは最内の一角をシルポートの「排出口」と想定し、自らの馬をやや外側に誘導した。
エイシンフラッシュの前が開け、勝利への光跡が形成される。


───第3の条件、クリア───




───すべての条件は、今ここに揃ったのである───



デムーロ騎手の鞭が一閃、それまでの鬱憤を晴らすかのようにエイシンフラッシュは駆けた。
シルポートよりさらに内側、安全確保のために空けられた領域を一直線に突き抜け、粘るカレンブラックヒルを抜き去る。
失速するシルポートを置き去りにし、なおもゴールに向かって加速する。
先行策から外を回したフェノーメノに半馬身先んじ、エイシンフラッシュは栄光のゴールへと飛び込んだ。

ダービー馬エイシンフラッシュ!
再びこの府中で輝きました!


(2012年10月28日 第146回天皇賞秋実況 ラジオNIKKEI舩山陽司アナ)


閃光、復活
エイシンフラッシュは天覧競馬という最高の舞台で輝きを取り戻し、2年半ぶりの勝利をもぎ取ったのだった。


そしてこの後、競馬史に残る名シーンが生まれる
ウイニングランを終えたデムーロ騎手が天皇皇后両陛下のいる貴賓室付近で下馬し、そのまま脱帽。
ターフに片膝をつき、さながら西洋の騎士を思わせる最敬礼を行ってみせた*7
両陛下も手を振って応えられ、スタンドからは割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。


しかしここでひとつ問題も生じていた。
JRAでは、馬体に異常がある、もしくは異常の可能性がある場合を除き、計量を終えるまで馬を降りてはならないという規則*8があるのである*9
もちろんこの一件も審議の対象となったが、「陛下の御前で不正などできようもない」というJRAの空気を読んだ判断で不問になった。
……と言われているがこれはあくまで俗説で、実際どういう判断で不問となったかは定かではない*10


この後は毎日王冠で1勝を挙げるにとどまり、2013年ジャパンカップの13着を最後に引退。
翌年から種牡馬入りした。


【引退後】


実績面ではやや劣るが、日本馬産の主流から大きく外れたヨーロッパ色濃いめの血統でありながら、日本競馬向きと言える出色の末脚を誇り、加えて種付け料が格安に設定されたことからなかなかの人気を博した。
しかし、なかなか中央重賞馬を輩出できないなど成績はイマイチで、年々種付け料は下がり続け種付け数も減少。
種牡馬引退も視野に入り始めた中、2022年には前年デビューの産駒オニャンコポンが父と同じ京成杯を制し初の中央重賞勝利を成し遂げた。
更には同年5歳となったヴェラアズールが京都大賞典を勝利し、続くジャパンカップでも父を彷彿とさせる閃光のような末脚で差し切り勝ち、産駒初のGⅠホースとなるなど、その大活躍に多くのファン・関係者が驚愕した。


そのおかげもあって2024年現在も種牡馬として健在で、またヴェラアズールが種牡馬入りして後継の道も開けた。
クラシックで三冠を分け合った同期のうち、ヴィクトワールピサはGⅠ馬を輩出するもトルコへ輸出。
菊花賞馬ビッグウィークは種牡馬になれず乗馬→功労馬となる中、ようやく重賞馬・GⅠ馬を輩出した彼のこれからに目が離せない。


【主な産駒】


以下は2024年2月時点での代表的な産駒。


ヴェラアズール

2017年の産駒で産駒初のGⅠ馬。馬名はスペイン語で「青い帆」の意で、青毛の馬体と母のヴェラブランカ(ポルトガル語で「白い帆」)から連想して名付けられた。
母父がクロフネという血統ではあるが、それ以上に脚部不安*11を抱えていたこともあってデビューしたのは3歳になってからでダートで勝ち上がった。
1勝クラスで勝利するもその後勝ち星が1年以上ないまま2勝クラスを彷徨っているような成績だったが、2022年になり体質が改善されたこともあって芝へと転向。
初戦の2勝クラスの淡路特別を勝利し、その後は3着の好走を2回見せ3勝クラスのジューンSを勝利し5歳でOP入り。
初の重賞挑戦で京都大賞典を選択、稍重の中上がり33.2の豪脚を発揮し、5歳にして重賞初勝利。
続戦しGⅠ初挑戦となったジャパンカップでは、(タレント不足気味だったせいもあるが)単勝4.5倍3番人気とOP入りして間もない古馬とは思えない評価を受け、
レース上がりが34.2となった上がり勝負の競馬で上がり最速タイ33.7のまるで父親のような閃光の末脚で馬群を叩き割ってGⅠ初勝利
2022年、ついにGⅠ馬を、それも父が4度挑戦して勝てなかったジャパンカップの舞台で輩出してみせた。


管理している渡辺薫彦調教師にとっても騎手から転向し、開業7年目にして初のGⅠという栄誉を手にした。
なお2着だったシャフリヤール*12を管理していたのは藤原英昭調教師。自身に初のダービー制覇を齎した馬の産駒に敗れたことには「エイシンフラッシュに負けた」とかつての愛馬の仔にしてやられたことに悔しさを滲ませつつも「負けるならこの馬だけだと思っていた」と今でも愛馬への愛着を感じさせるコメントも残している。
また、同じタイミングでウマ娘のサポートカードガチャがSSRエイシンフラッシュ、SRナリタトップロードピックアップだったのがサインだった*13とネタにされた


だがこれ以降掲示板外が続くなど勝ち星を挙げられず、連覇を目指した翌年のジャパンカップで7着に終わった後屈腱炎が判明、元々上記のように脚に不安があり既に6歳という年齢。
近走成績からもこれ以上の現役続行は難しいと判断され2023年12月に引退、種牡馬入りすることが発表された。
母系は母母父SSや母父クロフネと主流色が強いが父の血統独自性もあり、優駿SSでの種牡馬入りが予定されている。
怪我に泣かされたがそんな中でも重賞・GⅠを獲れた彼からどんな産駒が誕生するか楽しみである。



オニャンコポン

2019年産駒で初の重賞馬。
新馬戦を勝利し百日草特別も勝利するなど順調な滑り出しを見せるも初GⅠとなるホープフルSでは11着。
しかし翌月の京成杯で勝利し産駒初の親子制覇を成し遂げた。
これによりGⅠでも親子初制覇を期待されクラシック戦線に挑戦するも皐月賞では6着、次走にして本命のダービーでは8着に敗れ親子初GⅠ制覇の夢は潰えた。
その後もなかなか結果を出せておらず、マイル路線への転向も行ったが勝利は挙げられておらず、しかも2023年は骨折のため大半を棒に振ってしまった。


名前の由来は西アフリカ・ガーナのアシャンティ人に伝わる神由来……ということになっているが、
アニヲタ的にはこの名前は進撃の巨人の登場キャラの名前に使われているのが特に有名で、馬主の田原邦男氏は他にもアニヲタ的な名前を付けまくっている方であるため……お察しください。
ついでに言うと一度改名を挟んだ馬名であり、元の名前は「レオンハート」。
本人から競馬関係各所、果ては京成杯の時に放映中だったアニメ進撃公式までこのネタには乗っかりまくっている。頼まれすぎだよオニャンコポン。


余談だが田原氏は他にも自身の馬がGⅠを勝った時に無職だった*14なんてエピソードも持つ。


【創作作品での登場】


ダービー回では「他の馬達が大喧嘩している脇でさらっと勝ちを貰う」オチ担当で終了したが、『2013春』収録唯一の主役回である第146回天皇賞(秋)回ラスト(フラッシュソロバージョン)と、同巻収録の『挫折がオレを強くする』冒頭(史実再現図)であの最敬礼が再現されている。


ドイツ血統の要素を強く反映してれっきとしたドイツ人で、性格も典型的ドイツキャラとしてデザインされている。
勝負服もドイツの民族衣装ディアンドルがベースで、好スタイルも相まってレース中を始めとして前傾姿勢になると谷間がくっきり見えすぎてヤバいと評判。畜生!貯めてたジュエル使わす気か運営!
最敬礼もキャラに落とし込みやすいのもあってかよくフィーチャーされており、サポートカードのイラストや育成ウマ娘のG1勝利ポーズ、シナリオ中の描写にと引っ張りだこ。その流れのせいか別に主戦じゃなかったのにデムーロネタも多い。

趣味はケーキ作りという意外な一面持ちだが、パティシエである父の教えを徹底的に守った結果、1gの誤差も許さない程とにかくこだわりすぎる超完璧主義者。
そんななので秒単位でスケジュールを組むなど生真面目なのだが、そういったキャラにありがちな想定外の出来事に極端に弱いという面に加え、頑固で不器用という面も持っている。


【余談】


馬体詐欺

散々馬体詐欺についてネタにしたが、エイシンフラッシュの実際の単勝回収率は260%*15という優秀な数字である。
ダービー後だけ見ても136%となり、詐欺どころか大幅に儲かっていることにはご留意いただきたい。


なお、エイシンフラッシュは調教では素晴らしい動きを見せていたことから、管理していた藤原調教師は「どのようなレースでも勝利を期待させてくれる馬」として身内で『アイアンホース』と呼んでいたという。


ドイツの馬産の話

競走馬を評価する際、ファン目線では「馬の父親」に注目しがちである。
しかし生産者側は逆に「馬の母親」を重要視しており、どんな種牡馬をつけてもよい仔を出す繁殖牝馬も実際に存在している*16
こうした牝馬を「かまど馬」と呼び、その血は牧場の誇る財産として大事に受け継がれてきた。


ドイツの生産者はこの「牝馬重視」の考えを徹底しており、自身の影響力をあまり出さない「薄味」の種牡馬を活用することで
優秀な繁殖の血を保護しつつ代を重ねる方針をとっている。
こうして産まれた牝馬は世界の主流血統を持たず、世界中どこの国に行っても配合相手に困らないという特色を持つ。
日本の生産者も積極的にドイツの牝馬を輸入しており、牡馬ではマンハッタンカフェ、牝馬ではビワハイジといった名馬が輩出されている。
エイシンフラッシュもそうした流れの中で日本にやってきたわけである。


ちなみにドイツの牝馬には「名前の頭文字を親の名前の頭文字と一致させる」というルールがあり、
血統表を見るだけですぐにドイツ出身とわかるよう配慮されている。



追記・修正は馬体に騙されなかった方がお願いします。


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  • 天皇賞のレース描写書いた人の文章力凄いわ。臨場感や盛り上がりがまるで小説を読んでるみたいだった -- 名無しさん (2022-12-01 07:39:27)
  • なんつうか、色々なイベントを経て来た、面白いお馬さんなんだな。 -- 名無しさん (2022-12-05 03:16:32)
  • ヴィラアズールがフラッシュ産駒で初のG1馬か -- 名無しさん (2022-12-05 03:32:15)
  • この馬が勝った当時のダービーの項目がほぼ改稿されずにあるようだけど、当時の彼の周りへの評価が見られて面白いと感じたな。 -- 名無しさん (2023-03-21 22:29:37)
  • 産駒はなんで改名したんだ?改名前の方が普通にカッコいい名前じゃん -- 名無しさん (2023-06-28 08:26:13)
  • ヴェラアズール引退か…タイホくんといいイクイノといい立て続けに来るなぁ -- 名無しさん (2023-12-06 14:02:30)

#comment(striction)

*1 日本でいうところの皐月賞にあたるレース。
*2 1着入線のブエナビスタが進路妨害で降着したことによる。
*3 ハイペースなら前が潰れやすくなるため、末脚で勝負する差し・追い込みの馬は一般的には有利となる。
*4 これ自体は実のところエイシンフラッシュに限った話ではなく、とある騎手は「基本的に馬の末脚は前に他の馬を置いてやらないと溜まらない」と解説している。
*5 100年以上の歴史がある日本競馬界においても、天覧競馬は1899年と2005年秋の僅か2回のみしか行われていなかった。
*6 デムーロ騎手が通年の騎乗免許を取得したのは2015年のことである。
*7 さらにこの時、デムーロに釣られたのかフラッシュ自身も軽く頭を下げるような動きをしている。
*8 斤量調整用のおもりをレース前に捨てておき、入線後にこっそり拾い直すというような不正を防止するため。
*9 そのため、同じく天覧競馬である2005年天皇賞(秋)を勝ったヘヴンリーロマンス鞍上の松永幹夫騎手と後に2023年天皇賞(秋)を勝ったイクイノックス鞍上のクリストフ・ルメール騎手は馬上から最敬礼している。また、2007年の日本ダービーは皇太子徳仁親王が観覧した台覧競馬となったが、こちらも勝ったウオッカ鞍上の四位洋文騎手は馬上から最敬礼している。
*10 表立った処分こそなかったがお説教はされたらしい。事前の伝達が「勝った騎手は最敬礼すること」という紛らわしいものであったため、JRA側も強く非難できなかったとの説もある。
*11 1歳時の2018年に北海道胆振東部地震を被災。放牧から帰ってきた際に左前脚の球節を骨折しており、一時はヴェラアズールを所有する一口馬主クラブ法人「キャロットファーム」が出資会員に対してキャンセル案内を届けたほどの重傷だった。その後骨片摘出手術を経て回復したが、その後も骨瘤を発症するなど苦難に見舞われた。
*12 父ディープインパクト。主な勝ち鞍は2021年の日本ダービー、2022年のドバイシーマクラシック。
*13 ナリタトップロードは渡辺薫彦が主戦騎手であったため。なお渡辺が騎手時代に唯一手にしたGⅠはナリタトップロードでの菊花賞であるため、今でもトップロードには並々ならぬ愛着を持っている。
*14 ゴールドマン・サックスに長年勤めるほどの超エリートサラリーマンだったが後にリーマンブラザーズに転職、しかし会社倒産によって職を失った時期にブラックエンブレムが秋華賞を制したことで「初GⅠ制覇の無職オーナー」という異例の肩書を持つこととなった。
*15 海外2戦を除く。
*16 たとえば1997年の年度代表馬エアグルーヴはデビューした10頭の産駒が全て勝ち上がっており、うち2頭はGⅠを制している。また、シーザリオは3頭のGⅠホースを輩出しているが、3頭とも父親が異なる。

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