太田窪の小字 - 埼玉県の小字
参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 大浦和市全地図(昭和9年)・ 浦和南部土地区画整理事業 大字・字界変更図・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和29年1月・ 行政文書 町村制(明治44年、大正3年)、市町村区域内変更(昭和42年度)、町
参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 大浦和市全地図(昭和9年)・ 浦和南部土地区画整理事業 大字・字界変更図・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和29年1月・ 行政文書 町村制(明治44年、大正3年)、市町村区域内変更(昭和42年度)、町
理組合 諏訪入工区・ 浦和市大谷口第二土地区画整理事業 大字界・字界の変更(案)・ 浦和南部土地区画整理事業 大字・字界変更図・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 行政文書 町村制(明治44年)
郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 土美耕地整理組合換地説明書・ 浦和西南土地改良区現形図、確定図・ 浦和市全図(昭和48年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和54年6月・ 行政文書 廃置分合等(昭和60年度)、住居表示(昭和61年度、平成2年度)、町
ガールによって管理されています。 サミネビジターセンター 当園の自然について体験・学習することができる施設です。周囲の森林に関しての資料や地形図なども併設図書館でご覧になれます。 +サミネビジターセンターの詳細を開く-閉じる aaaa 山岳渓流ゾーン████m級の山が連
ガールによって管理されています。 サミネビジターセンター 当園の自然について体験・学習することができる施設です。周囲の森林に関しての資料や地形図なども併設図書館でご覧になれます。 +サミネビジターセンターの詳細を開く-閉じる 【今後追記予定】 山岳渓流ゾーン████m級
飛地。1991年に大字太田窪字善前南、大字大谷口字明花、字明花南に編入した。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 平成3年6月・ 行政文書 町村制(明治44年、大正3年)、町字区域変更・住居表示(昭和52~53
土地ノ現形並予定図、西浦耕地整理組合換地説明書・ 油面下流土地改良区 関係区域の見取図・ 浦和市第二次住居表示整備事業施行区域・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和54年6月・ 行政文書 廃置分合等(昭和60年度)
査平面図 第11号、第12号(大正3年)・ 大宮市土地宝典 馬宮地区(昭和56年)・ 浦和市土地宝典 大久保地区(昭和60年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和45年6月、昭和46年5月・ 行政文書 町村制(明治40年、大正3年、大正4年)、市町村区域
立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 荒川堤外地調査平面図 第11号(大正3年)・ 浦和市土地宝典 大久保地区(昭和60年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和44年9月、昭和45年6月、昭和46年5月・ 行政文書 町村制(大正3年)、市町村区域変更関
四本の竹を立ててしめ縄を張り、祭祀の場としていたのが由来。四本竹遺跡がある。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)
座郡各村字届書(明治14年)・ 浦和市全図(昭和26年)・ 宮本土地区画整理組合 字区域変更図・ 芝原土地区画整理事業 区域図・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 三室西土地区画整理事業 換地図・ 埼玉県報 昭和48年3月、昭和51年3月、昭和52年12月、昭和54年3
存。2002年に一部が東浦和五・六丁目になった。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 浦和市全図(昭和48年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 平成14年12月
(明治14年)・ 土合村耕地整理組合第一区拡張区域現形図・ 土美耕地整理組合換地説明書・ 浦和市第二次住居表示整備事業施行区域・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 行政文書 住居表示(昭和61年度)
駒前土地区画整理組合字 区域変更図・ 中尾第二特定土地区画整理事業 従前の土地図・ 浦和南部土地区画整理事業 大字・字界変更図・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 中尾不動谷・駒前土地区画整理事業 換地図・ 埼玉県報 平成14年12月・ 行政文書 市町村区域内変更(昭和
村字届書(明治14年)・ 浦和市全図(昭和48年)・ 芝原土地区画整理事業 区域図・ 浦和市土地宝典 尾間木地区(昭和60年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和52年12月、昭和60年10月、平成14年12月・ 行政文書 町村制(明治44年)・ 大間木
やはら):荒川の堤外地の飛び地。現存。八百野:荒川の堤外地の飛び地。現存。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)
より西貝塚村に編入した。堤外(つつみそと):荒川の堤外地の飛び地。現存。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年) ・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)
部が榛松三丁目、新堀町になった。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ ゼンリンの住宅地図 川口市(北部) 1974・ 川口市地形図 1/2500・ 川口市(第21次)住居表示 新旧対照案内図
の字届書には記載がない。新田:現存。明治14年の字届書には記載がない。芝宮下参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)
載がない。 1983、1985年に卸町一・二丁目、宮ヶ谷塔二丁目になった。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和58年7月、昭和60年7月、昭和63年1月
田屋川に沿った区域。内田(元加田屋新田分):思い出の里市営霊園のあたり。現存。区域を流れる内田川がある。小池下旧加田屋参考文献・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 埼玉県報 平成9年3月
塔四丁目になった。 新田(しんでん):1985年に宮ヶ谷塔一丁目になった。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和60年7月、 昭和61年8月、昭和63年1月
戸(うりかやと):北方の飛び地。現存。天神下:風渡野天神社の北方にある飛び地。現存。明治14年の字届書には記載がない。参考文献・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)
大字深作の中の見沼代用水東縁沿いに現存。明治14年の字届書には記載がない。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和47年4月、昭和61年8月・ 住居表示対照表 春野1~3丁目・ 春野4丁目 旧新地番対照表
われる。1983、1985年に卸町一・二丁目、宮ヶ谷塔一・二丁目になった。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年) ・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和58年7月、昭和60年7月、昭和61年8月、昭和63年1月、平成4年2月・ 住居表示対照表
往還上東(往還東上)(おうかんひがしかみ):現存。門前下(もんぜんした)寺下参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)
られている。菱沼(ひしぬま):東宮下団地のあたり。現存。東方の飛び地を含む。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)
。飛地組替により高鼻村から編入した。大字新右衛門新田にバス停「高鼻」がある。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)
目になった。曽根(そね):現存。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ ゼンリンの住宅地図 川口市(北部) 1974・ 川口市地形図 1/2500・ 川口市(第11次、第14次)住居表示新旧対照案内図
ち)台甲二(だいこうのに)新屋敷参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ ゼンリンの住宅地図 川口市(北部) 1974・ 川口市地形図 1/2500・ 川口市(第11次)住居表示新旧対照案内図
左衛門新田に編入したと思われる。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ ゼンリンの住宅地図 川口市(北部) 1974・ 川口市地形図 1/2500・ 川口市(第11次、第14次)住居表示新旧対照案内図
田(うしだ):現存。1914年に新設された小字。藤右衛門川に架かる牛田橋がある。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 川口市地形図 1/2500・ 行政文書 町村制(明治44年、大正3年)、町字区域変更・住居表示(昭和54年度)・ 川口市(第20次、第23次)住居
(まるやま):現存。中田(なかだ):現存。大字蓮沼に中田公園がある。山崎(やまざき):現存。大字蓮沼に山崎公園がある。参考文献・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)
ある。中川八幡遺跡がある。大山(大山耕地)(おおやま):北方の飛び地。現存。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)
うはり):飛地組替により前川村から編入した。1914年に大字芝字中田に編入した。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 川口市地形図 1/2500・ 埼玉県報 昭和33年5月、昭和35年3月・ 行政文書 町村制(大正3年)、町字区域変更(昭和50年度)、町字区域変更
:思い出の里市営霊園のあたりに現存。1990年に一部が染谷一丁目になった。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 平成2年3月
部が大字西山新田になった。沖割:1977年に大字三浦、大字西山新田になった。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和52年12月
水判土村から編入した。江戸尻土地改良区の換地説明書に記載がある。尼ヶ崎谷間参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)・江戸尻土地改良区 換地説明書・ 埼玉県報 昭和46年5月、昭和59年6月
村に編入した。粕田:原の南方。現存。明治14年の字届出書には記載がない。下参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和59年6月
より塚本村、宿村に編入した。山本:現存。明治14年の字届書には記載がない。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和46年7月
た。二江川(ふたえがわ)塚田(つかた):飛地組替により二ッ宮村に編入した。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)
により塚本村に編入した。野通(のどおり):飛地組替により塚本村に編入した。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)
した。前田:大宮光陵高校のあたり。現存。明治14年の字届書には記載がない。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)
に飛び地として現存。飛地組替により水判土村から編入した。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 馬宮村のあゆみ・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和45年6月、昭和46年5月、昭和46年7月、昭和59年6月
に編入した区域。馬宮村第二馬宮尋常小学校の敷地があった。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 馬宮村のあゆみ・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)・ 行政文書 町村制(明治40年)
ラザになった。近隣の指扇、西遊馬、二ッ宮、佐知川、土屋にも字井戸尻がある。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和46年7月、昭和59年6月
。円蔵寺(円蔵寺耕地)(えんぞうじ):飛地組替により塚本村に編入した。井苅:現存。明治14年の字届書には記載がない。参考文献・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1) ・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 埼玉県報 昭和45年6月、昭和46年7月
すいむこう):芝川の対岸側の区域。現存。大野(おおの):北方の飛び地。現存。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和29年8月、昭和54年3月・ 行政文書 区域内変更(昭和32~34年度)
分)から続く水路敷に現存。飛地組替により膝子村から編入した。高木(元膝子分)参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)
老沼西公園がある。 合ノ野:現存。明治14年の字届書には記載がない。原前参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)