山の小字 - 埼玉県の小字
記載がない。 安台飛地:安台の西方の飛び地。現存。明治14年の字届書には記載がない。 さいたま市地形図では北原飛地となっている。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和52年12月
記載がない。 安台飛地:安台の西方の飛び地。現存。明治14年の字届書には記載がない。 さいたま市地形図では北原飛地となっている。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和52年12月
記載がない。さいたま市地形図では西の一部になっている。大西:明治14年の字届出書には記載がない。1987年に片柳二丁目になった。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和62年8月、平成2年3月、平成3年3月
り膝子村から編入した。西浦(元膝子分):飛地(元膝子分)から続く水路敷に現存。飛地組替により膝子村から編入した。高木(元膝子分)参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)
き):現存。簀子(すのこ):飛地組替により塚本村に編入した。前田:大宮光陵高校のあたり。現存。明治14年の字届書には記載がない。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)
:飛地組替により塚本村に編入した。井苅:現存。明治14年の字届書には記載がない。参考文献・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1) ・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 埼玉県報 昭和45年6月、昭和46年7月
14年の字届書には記載がない。1971年に大字島根字道下、字前に編入した。西松ノ木(にしまつのき)下割(しもわり)後内新田八反田参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和44年9月、昭和45年6月、昭和46年
。北五反田(北五反田耕地)(きたごたんだ):現存。嵪欠(嵪闕耕地)(ままかけ):大宮開成中学・高校 芝川グラウンドの近く。現存。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)
に編入し、1979年に大字三崎になった。悪水向(あくすいむこう):芝川の対岸側の区域。現存。大野(おおの):北方の飛び地。現存。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和29年8月、昭和54年3月・ 行政文書
み):七里駅の周辺。現存。風渡野往還上西遺跡がある。往還上東(往還東上)(おうかんひがしかみ):現存。門前下(もんぜんした)寺下参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)
新田分):思い出の里市営霊園のあたり。現存。区域を流れる内田川がある。小池下旧加田屋参考文献・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 埼玉県報 平成9年3月
1981年に一部が東宮下一・二丁目になった。中里遺跡がある。新西(しんにし):現存。参考文献・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 埼玉県報 昭和56年10月
組替により南中野村に編入した。江川:現存。明治14年の字届書には記載がない。新田:現存。明治14年の字届書には記載がない。芝宮下参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)
:現存。1986、1988年に一部が深作一丁目、宮ヶ谷塔四丁目になった。 新田(しんでん):1985年に宮ヶ谷塔一丁目になった。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和60年7月、 昭和61年8月、昭和6
ヶ谷塔一丁目になった。綾瀬: 明治14年の字届書には記載がない。 1983、1985年に卸町一・二丁目、宮ヶ谷塔二丁目になった。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和58年7月、昭和60年7月、昭和63年
訪台の南西。綾瀬:飛地組替により堀崎村から編入したと思われる。1983、1985年に卸町一・二丁目、宮ヶ谷塔一・二丁目になった。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年) ・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和58年7月、昭和60年7月、昭和61年
新田になった。三王(さんおう):現存。1977年に一部が大字西山新田になった。沖割:1977年に大字三浦、大字西山新田になった。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和52年12月
。中川下(元高鼻分):大宮自動車教習所のあたり。現存。飛地組替により高鼻村から編入した。大字新右衛門新田にバス停「高鼻」がある。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市地形図(縮尺2,500分の1)
染谷一・二丁目になった。八石(はちこく)内田(うちだ):思い出の里市営霊園のあたりに現存。1990年に一部が染谷一丁目になった。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 平成2年3月
ある。見沼代用水東縁に架かる海崎橋がある。 深作飛地:大字深作の中の見沼代用水東縁沿いに現存。明治14年の字届書には記載がない。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和47年4月、昭和61年8月・ 住居表示
→新郷村大字前野宿→川口市大字前野宿現在の地名:川口市大字前野宿上野(かみの):現存。下野(しもの):現存。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 川口市地形図 1/2500
川口市大字峯前(まえ):現存。後(うしろ):現存。大字峯にバス停「峯後」がある。峯後遺跡がある。北谷(きたや):北谷に編入した。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 川口市地形図 1/2500
に編入した。八貫野(はちかんの):飛地組替により二ッ宮村に編入した。粕田:原の南方。現存。明治14年の字届出書には記載がない。下参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ さいたま市 地形図(縮尺2,500分の1)・ 埼玉県報 昭和59年6月
下前谷:戸田土地区画整理で新設された小字。1968年に新曽南一~四丁目になった。新曽さくら川に架かる下前谷橋、前谷橋がある。 参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 戸田土地改良区現形図・ 埼玉県報 昭和36年12月、昭和51年3月、昭和58年11月 、昭和62年
目、本町五丁目、南町、戸田公園になった。町名「南町」に受け継がれている。南町に南原会館がある。南原町会がある。南原遺跡がある。 参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 戸田村全図(昭和8~13年)・ 戸田土地改良区現形図・ 埼玉県報 昭和43年10月、昭和45年5月
。1983年に笹目七・八丁目になった。笹目七丁目に夏浜公園、夏浜会館がある。荒川左岸排水路(さくら川)に架かる夏浜橋がある。 参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 戸田土地改良区現形図・ 埼玉県都市地図集 昭文社 1983・ 戸田都市計画西部土地区画整理事業 従
8年に坂下町三丁目、三ッ和一~三丁目になった。三ッ和一丁目に細沼公園、三ッ和細沼保全緑地がある。小渕字細沼第1・2遺跡がある。 参考資料・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 鳩ヶ谷市の歴史 ~年表・文献・史料編~・ 川口市地形図 1/2500・ 埼玉県報 昭和40年5月、
爪からの編入と思われる。1965年に(旧)南五丁目になった。田向:樋爪からの編入と思われる。1965年に(旧)南四丁目になった。参考資料・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 鳩ヶ谷市の歴史 ~年表・文献・史料編~・ 埼玉県報 昭和40年5月、昭和46年4月、昭和47年11
畑田(はただ):現存。1965年に一部が(旧)南七丁目になった。南鳩ヶ谷七丁目に畑田稲荷神社がある。辻字畑田第1~4遺跡がある。参考資料・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 鳩ヶ谷市の歴史 ~年表・文献・史料編~・ 川口市地形図 1/2500・ 埼玉県報 昭和40年5月、
ら):荒川の堤外地。現存。1983年に一部が笹目五丁目になった。飛西原(元下笹目分):現存。飛地組替により下笹目村から編入した。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 土美耕地整理組合第二区 確定図・ 向田土地改良区 現況平面図・ 戸田都市計画西部土地区画整理事業
。1967年に本町一~三丁目、坂下町一~四丁目、桜町一・六丁目になった。鳩ヶ谷町の道路元標があった。鳩ヶ谷字町添第1遺跡がある。参考資料・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 鳩ヶ谷市の歴史 ~年表・文献・史料編~・ 鳩ヶ谷町耕地整理施行地及之隣接スル土地現形図、確定図・
わない):町谷の西方の飛び地。飛地組替により里村に編入した。北谷(きたや):諏訪内の西方の飛び地。飛地組替により里村に編入した。参考資料・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 鳩ヶ谷市の歴史 ~年表・文献・史料編~・ 鳩ヶ谷町耕地整理施行地及之隣接スル土地現形図、確定図・
):現存。曲田(元浦寺分):境橋の近くの水路敷に現存。屋敷添(元浦寺分):鳩ヶ谷駅の西方に現存。堤外(元浦寺分)深町(元浦寺分)参考資料・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 鳩ヶ谷市の歴史 ~年表・文献・史料編~・ 川口市地形図 1/2500・ 埼玉県報 昭和42年5月
木橋(ねぎのはし)がある。根木橋遺跡がある。 堤外(ていがい):荒川の旧堤外地。現存。1983年に一部が笹目八丁目になった。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 戸田土地改良区現形図・ 戸田都市計画西部土地区画整理事業 従前の土地図・ 戸田都市計画事業北部第一
存。1982年に一部が大宮市に編入した。隣接する指扇領別所にも字滝沼がある。滝沼自治会がある。参考文献・ 上尾市史 第八巻 別編1 地誌・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 上尾市遺跡地図・ 埼玉県報 昭和57年11月
飛び地。飛地組替により上戸田村に編入した。菖蒲沼(しょうぶぬま):荒川の旧堤外地にある飛び地。飛地組替により下戸田村に編入した。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 埼玉県北足立郡蕨町全図(大正15年)・ 蕨町宮田耕地整理施行地及之ニ隣接スル土地水面現形図、確定図
が田島二丁目になった。西前野(にしまえの):現存。渡場(わたしば):現存。内間木前(元台分):現存。内間木前(元根岸分):現存。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 描かれた朝霞 絵図・地図に見る郷土の風景・ 内間木村全図(昭和4年)・ 埼玉県都市地図集 昭文社
):現存。高山通(たかやまとおり):現存。中芝原(なかしばはら):現存。重瀬(おもせ):現存。隣接する下内間木にも字重瀬がある。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 描かれた朝霞 絵図・地図に見る郷土の風景・ 内間木村全図(昭和4年)
に位置する。現存。北井房(元志木分):新河岸川の旧流路の蛇行部に囲まれた区域。現在の新河岸川の対岸(志木市側)に位置する。現存。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 描かれた朝霞 絵図・地図に見る郷土の風景・ 内間木村全図(昭和4年)・ 朝霞市土地宝典 内間木地区
:現存。1970年に一部が栄町二・四丁目になった。混在する台にも字街道向がある。藁附道向:現存。混在する台にも字藁附道向がある。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 描かれた朝霞 絵図・地図に見る郷土の風景・ 朝霞市土地宝典 朝霞地区(1986年)・ 朝霞町東耕地
屯地となっている。1970年に栄町四・五丁目になった。近隣の新倉、下新倉、白子、膝折、溝沼にも字(東、西、下、南)広沢原がある。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 描かれた朝霞 絵図・地図に見る郷土の風景・ 埼玉県報 昭和45年5月・ 行政文書 町字区域変更(昭
(なかみち):1974、1983年に(旧)北原二丁目、朝志ヶ丘三丁目になった。久保(くぼ):1983年に朝志ヶ丘二丁目になった。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 描かれた朝霞 絵図・地図に見る郷土の風景・ 内間木村全図(昭和4年)・ 埼玉県報 昭和49年8月・
バス停「中野下(なかのした)入口」「中野下坂下」「中野下中央」「中野下住宅」がある。かつてバス停「中野下引返場」があった。 参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 郷土の地名 志木市史調査報告書・ 埼玉県志木市(第一次、第二次)住居表示新旧対照案内図・ 埼玉県報
地、三原一丁目に下の原第3児童遊園地がある。下の原町内会、下の原南部町内会、下の原文化会がある。下の原第二~四遺跡がある。 参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 描かれた朝霞 絵図・地図に見る郷土の風景・ 埼玉県報 昭和45年5月
消防本部のあたり。1977年に溝沼一丁目になった。輿居塚(こしいつか):岡の中の飛び地。1961年に大字岡字天ヶ久保に編入した。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 描かれた朝霞 絵図・地図に見る郷土の風景・ 埼玉県報 昭和36年12月、昭和45年5月、昭和49年
丁目、(旧)北原二丁目、朝志ヶ丘一丁目になった。西原二丁目に北割公園がある。北割・西原遺跡がある。川端(元岡分)川袋(元宮戸分)参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 描かれた朝霞 絵図・地図に見る郷土の風景・ 内間木村全図(昭和4年)・ 埼玉県報 昭和49年8月・
組替で横曽根村から編入したと思われる。1964年に丁張町二丁目になった。昭和39年の埼玉県告示では字丁張八丁目と記載されている。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 埼玉県北足立郡蕨町全図(大正15年)・ 横曽根耕地整理組合地区確定図・ 埼玉県報 昭和33年5月、
る。 沼内(沼田):芝川と見沼代用水東縁に挟まれた区域。行衛の中に飛び地がある。現存。1989年に一部が北原台一丁目になった。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 川口市地形図 1/2500・ ゼンリンの住宅地図(川口・蕨・鳩ヶ谷) 1989年
→川口市大字東貝塚現在の地名:川口市大字東貝塚若宮(若宮耕地)(わかみやこうち):現存。大字東貝塚に新郷若宮公園がある。参考文献・北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 川口市地形図 1/2500
たと思われる。諏訪山(すわやま):現存。大字新井宿に諏訪山公園、諏訪山第2公園がある。諏訪山町会がある。新井宿諏訪山遺跡がある。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 川口市地形図 1/2500
。西新井宿北田遺跡がある。神明崎:笹根の南方の飛び地。現存。新井宿から編入したと思われる。隣接する大字新井宿にも字神明崎がある。参考文献・ 北足立郡新座郡各村字届書(明治14年)・ 川口市地形図 1/2500