ルーカンラントは誇りのために死ぬ。
イグニシアは愛と信仰のために死ぬ。
アウレリアは、止められない好奇心で死ぬ。
そして、ハーファンは汚辱に塗れようとも生を模索する。
葦生い茂る冥府
オーギュストには知りたいことがあった。
吸血鬼に魅了されて狂ったなどと不穏な噂が広まっている従兄弟のルイ。
自らの竜の杯に仕掛けられた、古い時代の呪い。
いずれも長年彼を苛んできた問題だ。
既に解決したことだからと言って、無かったことにはできない。
奴隷化呪術の基礎を作り上げたロムレス。
不死者によって沢山の奴隷を消費したキャスケティア。
呪術的な金属を打ち込んで奴隷を加工するギガンティア。
南方大陸は、奴隷を好む文化によって長らく支配されている。
南の教えでは、魂は永遠だと説く。
神の元で罪は赦され、束縛は解かれ、栄光と安息が与えられる。
不滅の頸木を科せられ、未来永劫冒涜され続ける屍者とは違う。
西では、魂は流転すると考えられている。
個としての自己は洗い流され、新たな生命に生まれ変わる。
自由意志を剥奪され、穢れた生命として蘇生させられる屍者とは違う。
東でも、北でも、形こそ違えど、死は救いだ。
「吸血鬼は捕食した人間の血肉と魂を自らの中に保持している。
これらの血肉と魂を再生することで、吸血鬼は他者の姿や人格を着ることができる。
また、より上位の力を得た者は、独立した眷属としてそれらの人間を再生する」
「潜伏した吸血鬼を確実に識別する方法は、未だ確立していない」
「どんな手段をとっても、潜伏した吸血鬼は人間と認識される。
着られている人格すらも、自分が既に死んでいることに気づかないほどだ。
その者が哀れな犠牲者に牙を剥き、喰らいつこうとするその瞬間まで」
奇譚「消えた男」
昨年の春から、イクテュエス大陸では霊脈関連の施設に対する攻撃が繰り返し発生していた。
大陸中央の霊脈の中心であるリーンデース地下層への、呪術的に作られた怪物の侵入。
各地の霊脈によって封印されていたキャスケティア時代の墳墓への、同時多発的な盗掘。
そこに西北部の霊脈の要であるニーベルハイムへの詐欺が加わると、偶然の一言で片付けるわけにはいかなくなる。
「こそこそと隠れて糸を引いている輩の狙いは、北の大陸に布かれた魔法的守護の弱体化か」
「半分は正解だ。さすがだね、クラウス君」
「エドアルト、ならばもう半分はなんだと言うんだ」
「霊脈に関わる事件以外で、キャスケティアの遺物が原因となった事件があっただろう?」
エドアルトの問いに、クラウスは自身が巻き込まれた事件を思い出す。
奇しくも、それはリーンデース地下への怪物の侵入と同日に起こった事件だった。
それを切っ掛けにクラウスはキャスケティアの遺物が、人々を危機に陥れていたことを思い出す。
クラウスを〈来航者の遺跡〉に誘い込んだ魅了の首飾り。
オーギュストを竜から転落させる原因となった酩酊の鐙。
そして、〈炎の魔剣〉の遺跡発掘現場で起こった事故も、魔法の遺物に起因していた痕跡が確認された。
どれもこれも最小の力で、最悪の悲劇を狙った卑劣な手法だった。
「公爵家の子女、将来有望な竜騎士、専門知識に秀でた学徒。いずれも国家にとって有益な人物の暗殺が狙いか。
しかし、確実に殺せるとは限らない、不確実な手段ばかりだぞ」
「危険だけれど必ずしも死ぬわけではない、というのが重要なのかも知れない」
「そんな手ぬるい吸血鬼がいるとは思えんがな」
「仲間や家族、恋人……大事な人を奪われた者は、それまでと同じようには生きていけない。
愛や友情や誇りを喪った者の心は、程度の差はあれ、捩じ曲がり易くなる」
「その心の隙をついて、手駒にしようというわけか。例えば、あのルイ・オドイグニシアのように」
ルイは降臨祭の事件以来、ずっと塔に幽閉されている。
今もなお吸血鬼の関与や眷属化の疑いをかけられ、尋問や調査が続けられていた。
彼もまた未来ある王族の少年だったが、肉親の怪死を境に何者かに偏った情報を吹き込まれ、歪んでしまったのだ。
「手駒か……僕の意見は少しだけ違う」
「では、お前はどう思っているんだ、エドアルト」
「きっと彼
は寂しいのではないかと、そう考えているよ。自分と同じように考え、同じように動いてしまう他者を求めているんだ。手駒ではなく、心が同じ色に染まってしまった同類が欲しいんだ」
「心を同じ色に、か……。そう言えば、カルキノスでも同じような言葉を聞いたな。お前も僕と同じモノになる、だったか」
「……仮説を裏付ける、貴重な証言だったね」
「しかし、それにしたって、やり方が不確実すぎる。狂王を僭称する割には、よほどの臆病者なのか、極端な秘密主義者なのか」
「どうだろうね。秘密主義はともかく、臆病というのは違う気がするけど」
「お前はどう考えているんだ、エドアルト?」
「うーん、この仮説はまだ推測の域を出ないんだけどね。彼は何らかの事情で、直接的に事件に関与できない状態にあるんじゃないかな。それどころか、自由に眷属を増やすこともままらないのかもしれない」
「分からんな。何故だ?」
「例えば、身動きが取れない状態でどこかに幽閉されているとか。それ故に、手駒を通じて間接的に事件を起こしたり、呪物をばらまいて罠を張ったりすることしかできなかった。……というのは、どうかな?」
「仮にも狂王の僭称者だぞ。何だその情けない事態は」
「まったくだよ。そもそも、誰が狂王を騙るほどの人物を幽閉出来たのかって話だしね」
敵の尻尾を攫んだ瞬間に煙となって消えてしまったかのような、クラウスはそんな錯覚を覚えていた。
まるで、この敵は何重にも重なった騙し絵の向こう側にいるかのようだ。
学園の七不思議7
- 古い空間魔法による現象だ。簡単に説明すると、現実の回廊を複製し、継ぎ目が分からないように接続しているんだ。どこまでも、何度でも、無限にな。
- エーリカの革鞄が持ち込めなかったのは、空間にかけられた防御機構だ。無限に拡張された空間に、別の拡張された空間を入れると、後者の拡張空間を中心に空間崩壊が起こる。結界などで食い止めなければ崩壊はどこまでも爆発的に拡大していき、全てを巻き込んで消滅する。
- 大丈夫だ。防御機構も働いていたから、古いと言っても空間崩壊しない程度の安全装置は組み込まれた時代のものだろう。
- 結界化されているだけだ。ドアの開閉こそ不可能だが、破壊すれば俺たちは元の空間に戻れる。無限回廊も次の午前二時が来るまで消滅するようだ。ドア側ではなく、中庭側に出ても脱出できるぞ。その場合、無限回廊は壊れずに持続するが、脱出した者が再度進入することはできない。通り抜けでの移動はリスクが高いから避けたほうがいいだろうな。壁までは安全が保証できない。
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クラウスの視線を辿ると、一ヶ所だけ薄く開いたドアがある。そのドアの隙間から、金色に輝く何かがひらひらと部屋の中に入っていくのが見えた。
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向かい側の壁に鏡が一面かけてあるのを除けば、部屋の中には何もない。鏡は上半身が映る程度の大きさで、楕円形の枠には複雑な装飾が施されている。表面が曇っているせいか、鏡には何も映っていなかった。どう見ても、この鏡は何らかの魔法道具ではないだろうか。
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ゆらりと鏡の中の景色が揺れた。三人分の魔力を吸って、鏡にかけられた魔法が起動したのだ。
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30年前のフレデリカ(当時19歳)と繋がった。
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