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更新日:2024/07/05 Fri 10:55:40NEW!
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ちゃおホラー 阿南まゆき ブラッディ・リリィ 小学館 漫画 透明少女と少女 雑に身体能力が高い燈子ちゃん 新感覚ロマンチック・リリィ・ホラー
あなたと手をつないで どこまでも堕ちたい…
『透明少女と少女』はちゃおデラックスホラー2011年7月号に掲載されたホラー短編。
作者は百合とホラーとミステリーに定評のある阿南まゆき。
この時期阿南まゆきがよく描いていた百合ホラーガールズホラーもの。
少女同士の友情を起点とした人間の狂気を描いた作品。
主人公の燈子は孤独な女の子。だがある日美沙という友だちが出来ることになる。
仲良くなっていく二人だが、美沙はとある窮地に陥っていた。
そして美沙を守るため、燈子は徐々に狂気に堕ちていく……。
ということで少女間の絆のダークさを描いたホラーであり、オカルト要素はなし。
せいぜい燈子の身体能力が人間離れしていることくらいしかオカルト要素はない。
その分人間の狂気を描いている。
2013年に阿南まゆきのホラー短編集『ブラッディ・リリィ』に収録された。直訳すると「血まみれの百合」。
レーベルがちゃおであることが最大のホラーな例の短編集である。
後述するが本作は雑誌版と単行本版で微妙に違いがある。
【ストーリー】
私のあだ名は透明人間
私は人よりも気配がしないらしい
実の母親がそう言うのだから他人はもっとそうだろう
私から話しかけない限り誰も私に気が付いてくれない
私はいつもこの世界でひとりぼっちだ
高校生の樋口燈子は小さいころから存在感が薄くいつもひとりだった。
母に話しかければ驚かれ、クラスメイトに声をかければ不気味がられる。
誰にも気が付かれない孤独な生活に心を痛め続ける毎日。
趣味の発明を楽しむことで日々を紛らわせていた。
そんなある日、燈子に話しかける者がいた。
私同じクラスの原田美沙 何してるの?
彼女の名前は原田美沙。美沙に話しかけられたことは燈子にとって驚くべきことだった。
燈子は入学してから誰かに話しかけられたことは一度もなかったのである。
自分が見える美沙の存在に戸惑う燈子。だが美沙は朗らかに「私にはちゃんと樋口さんが見えているよ」と言うのだった。
このことは一度だけではなく、美沙はよく燈子に話しかけてきてくれた。
彼女は私の目をまっすぐ見つめてくれた
彼女は私がどこにいても見つけてくれた
こんなこと人生で初めてかもしれない
こうして二人はよく遊ぶように。
ある日燈子は彼女の明るい雰囲気に気圧され、思わず「原田さんみたいな明るい人が友だちだったら楽しいだろうね」と言ってしまう。
そんな燈子に美沙は「私たちもう友だちじゃない!」と明るく手をつなぐのだった。
美沙はこれからは燈子と名前で呼び合いたいと申し出る。
それに対し燈子もおずおずと「美沙」と呼ぶ。
そうして二人は親友のような間柄になるのだった。あと何故か背景に百合の花が咲いていた。
彼女の手はやわらかであたたかくて…
私は自分の存在理由を見つけた気がした
けれども、二人の幸せは長くは続かなかった……。
少しして美沙はだんだんと元気がなくなっていったのである。
心配する燈子に対し、美沙は涙ながらに事情を話し始めた。
美沙の家が営む地元の商店街には危機が起こっていた。
近所にオープンした大きなスーパー「お得マート」。そのスーパーに美沙の商店街のお客が取られそうになっているのだ。
お得マートはわざわざ商店街まで来てビラを配るなど、悪質ないやがらせまでしていた。
このままじゃうちのお店つぶれちゃうかもしれない
もしかすると引っ越さなくちゃいけなくなるかもしれない!
その言葉に燈子は衝撃を受ける。せっかく仲良くなった美沙と別れることになるかもしれない。
涙を流す美沙に、燈子はそっと手をつなぐ。あの日とは逆に燈子が美沙を慰められるように……。
この手をはなしたくないよ…
そうして一緒に帰り美沙の家の近くまで寄ると、また商店街ではお得マートの店員が宣伝をしていた。
美沙が慌ててやめるように言うが、店員は聞く耳を持たない。
それどころか周りに見えないようにしながら、美沙を突き飛ばしてしまう。
「こんなボロ商店街オレたちが何もしなくても勝手につぶれんだろ」と美沙にささやきかけると、店員はまた宣伝に戻っていった。どうしようもない理不尽に、美沙は涙を流すしかなかった……。
これは燈子が怒りを燃やすには十分な出来事であった。
それから燈子はとある計画を企てた。自分の力でお得マートを潰すため。
燈子が用意したのは花火から取り出した少々の火薬と、先日発明した明かりのつく目覚まし時計。
しばらくして燈子は小型の爆弾を完成させた。彼女の計画とはお得マートでボヤ騒ぎを起こすこと。
そして燈子は黒いコスチュームに着替えると行動を開始した。
深夜。燈子は閉店後のお得マートに忍び込んでいた。どうやって店内に侵入したんだ……?
店の中にはまだ先ほどの店員が残っていた。だが燈子の透明人間としての力により気が付かれることはなかった。
燈子は調理室に忍び込むとガスの元栓を開け、小型爆弾を置いた。あとは自分のいた痕跡を消すと店から去るのだった。
あとはお得マートの末路を確認するだけ。
そうしてタイムリミットは徐々に近づき……ゼロになると同時に、爆音と共にお得マートが吹き飛んだ。
私の美沙にいじわるした罰よ
闇と炎の中、燈子は狂ったように笑うのだった。
店から燈子までの距離と爆発の規模を考えると、燈子まで衝撃が来そうなものだが普通に無傷だった。
この事件で住民から批判を受けたお得マートは撤退していった。もちろん本当の犯人が見つかることはなく……。
そうして燈子と美沙の日常には平穏が戻ってきたのだった。
それから少しして、商店街には少しずつお客が戻ってきた。そのおかげか美沙は少しずつ元気が戻ってきている。
美沙は優しい性分ゆえに事故のような形で町から出ていくことになったお得マートのことが心残りだった。
そんな彼女に対し燈子は「美沙は自分の幸せだけを考えていればいいのよ」と優しい言葉をかける。
そして燈子は、そっと美沙を抱きしめる。
ねえ…美沙 ずっと私の友達でいてれる?
…ええ もちろん
だって燈子は私のためになんだってしてくれるから
美沙は抱き合いながら、燈子には見えないよう邪悪な笑みを浮かべていた。
全て美沙の計画通りだった。美沙の行動はお得マートを潰すためのもの。
美沙が燈子の友だちになったのは、単に彼女を利用するためだけだったのである。
孤独な彼女の心に付け入り、自分の操り人形にするために……。
そうすれば燈子は勝手にお得マートに敵意を向けてくれるはずだから。
その結果美沙の思惑通り燈子は店を潰したのだった。美沙にとって燈子とは都合のいい駒でしかない。
そして燈子は、美沙が自分を利用していることに気が付いていたというか、鏡と窓ガラスの間で抱き合っていたため、反射で美沙の邪悪な笑みが見えた
けれどそれでもよかった。燈子は分かっていながら美沙のために動いていたのである。
どんな理由であれ、美沙は初めて自分に気が付いてくれた人間なのだから……。
たとえ操り人形だとしても、美沙が自分を見つめてくれるならもう求めるものは無かった。
美沙の心の中には悪魔が住んでいるけど 私の中にもいるの
美沙を泣かす人はみんな死んでしまえばいいと思っているもの
邪悪でかわいい美沙
なんでもあなたのお望みどおりに
抱き合う二人の影は、まるで悪魔のようにいびつなものになっていた……。あと背景に何故か百合の花が咲いていた。
【登場人物】
◆樋口燈子
透明少女。
阿南まゆき作品特有のチートスペック少女。自分から動かない限り誰にも気が付かれないステルス能力、目覚まし時計と少量の火薬で爆弾をつくる破壊工作スキル、鍵がかかっているであろう閉店後のお得マートに当然のように侵入する謎の能力を兼ね備えた超人。
同作者のミステリー作品「ナゾトキ姫は名探偵」に出演していればかなり凶悪な犯人になれただろう。
「孤独な少女」よりかは「工作員として稀有な才能を持った少女が平和な日本で生まれてしまった」が近いかもしれない。
何より恐ろしいのは美沙に対する狂愛。たとえ利用されているだけだとしても、初めて自分を見つめて手を差し伸べてくれた美沙は、大切な人なのである。これからも美沙の愛のため彼女のお望み通り行動していくのだろう。
ちなみに『ブラッディ・リリィ』の主人公は大体殺人歴があるが、みなナイフによる刺殺をしている。ガス爆発を引き起こしたのは燈子だけ。
◆原田美沙
少女。……タイトル通りだとこう表記するしかない。
明るく朗らかな少女だがそれは表の顔。実際は他人を利用することも厭わない邪悪な悪魔。
お得マートについて伝えた時に「引っ越すかもしれない」と強調したのが何気に策士。美沙が大好きな燈子はそれ言われたら動かざるを得ない。
これほどの策士が何故反射で邪悪な笑顔がバレるというポカをしたのかは不明。もしかしたら燈子は本性を知ったうえで自分に従ってくれると考えたのかもしれない。
よくよく考えると彼女も何気にすごいことをしている。燈子が工作員なら美沙は諜報員。
彼女の行動は「お得マートを潰すために燈子と友だちになった」というもの。シレっと言っているが裏を返すと燈子が店を潰すだけのスキルを持っていると知っていたということになる。つまりステルス能力持ちの燈子を見つけ出し、本人に気が付かれないよう調査し、「コイツならやれる」と判断したということ。だからどうやったんだよ……。
リリィ×ダリア*1といい、桐子×芳花*2といい、『ブラッディ・リリィ』の女子組はやたらハイスペックである。
◆お得マートの店員
見えないように美沙を突き飛ばしたり商店街で営業妨害したり、それなりに悪役として頑張っていた。
敗因は目的のためなら手段を選ばない美沙と、美沙のためなら殺しも厭わない燈子という最凶タッグを敵に回したことだろう。
モロに爆発に巻き込まれているが生死は不明。まあ『ブラッディ・リリィ』に登場する男性キャラは軒並み死んでいるため、この人も怪しい気がするが……。
【余談】
- 雑誌掲載版との違い
加筆修正されたため雑誌版と単行本版では多少違いがある(ここまで紹介したのは単行本版)。
全体的に加筆されている部分は多い。何も書かれていない白背景が書き込まれたりスクリーントーンが追加されたり。
また燈子の後半の黒いコスチュームは雑誌版ではベタ一色だったが、単行本版だと陰影が追加されている。コスチュームに着替えた直後のコマは燈子の表情や翻るスカートなども描き直された。
一番違うのがラストページ。
まずはイラスト。雑誌版では抱き合う二人の姿が引きで描かれていたのに対し、単行本版ではアップになっている。加筆された美沙はもはや人間とは思えない邪悪な顔芸をしている。
また「美沙の心には~」から始まる燈子のモノローグは雑誌版ではかなり短い。
邪悪でかわいい美沙
あなたが望むならお望みどおりに
あなたが私の手をはなさないかぎりね
単行本版と比べると「みんな死ねばいいと思っているもの」のくだりがなく、「手をはなさないかぎりね」とあるので結構印象が違う。
雑誌版の燈子はあくまで相互利用関係だが、単行本版では完全に心酔しきっている。
雑誌版は「あなたの手をつないでどこまでも堕ちたい」→「彼女の手はやわらかであたたかくて」→「この手をはなしたくないよ」と来て最後に「あなたが私の手をはなさないかぎりね」でオチる構成になっている。
ちなみに雑誌掲載時のアオリ文は「新感覚ロマンチック・リリィ・ホラー」だった。
この手の話でいつも言われることだが。せいぜい背景に百合の花が咲くくらいしかリリィ要素のない本作を「リリィ・ホラー」と名付ける理由は不明。
- ほんとうにあったこわい恋愛
本作はちゃおホラーコミックス『ほんとうにあった恋愛』に収録……されていない。
されたのは同じく『ブラッディ・リリィ』作品の『ふたごみたいなふたり』。
『透明少女と少女』は収録されていないのだが、『ほんとうにあったこわい恋愛』の表紙には何故か燈子と美沙が写っている(『透明少女と少女』の扉絵の流用)。
理由は不明。
そしてこの手の話でいつも言われることだが。少女同士の狂愛を題材とした『ふたごみたいなふたり』が『ほんとうにあったこわい恋愛』に収録された理由は不明。
ちなみに『ふたごみたいなふたり』の雑誌掲載時のアオリ文は「大反響! 戦慄のリリィ・ホラー」だった。
『ふたごみたいなふたり』以前に公式で「リリィ・ホラー」とされたのは『ブラッディ・リリィ』と『透明少女と少女』*3。
あんなぶっ飛んだのがちゃおっ娘から大反響だったのか……。
それにしても、結局リリィ・ホラーってなんなんだよ……。
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*2 『悪魔の本は誘惑する』に登場する二人の少女。めちゃくちゃ強い。
*3 『ふたごみたいなふたり』と『透明少女と少女』の間の阿南まゆきホラーに『保健室で見る悪夢』がある。しかしこれは短編集『ブラッディ・リリィ』に収録されているものの「リリィ・ホラー」とは扱われていない
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