文明人之纂略046
文明人之纂略 作者:黒須輝046 自室 「ふむ、なかなか悪くない」 俺は自室のマットに腰を下ろす。厚みがあって断熱や緩衝などの機能を十分に果たしている。柄は曼荼羅、或いはトルコ絨毯のような色彩。おそら...
文明人之纂略 作者:黒須輝
朝は少し手を離せなかった。顔を隠すための仮面である『ジャック・オー・ランタン』の仕上げに忙しかったのだ。
ポールの寄越したバタフライマスクで公に身を晒すことだけは御免被る。
ハロウィーンでもないのにこのデザインなのは、可愛らしさ重視。誰だって般若や金剛力士より、少し間の抜けた笑顔と対面する方が良いだろう。彷徨える死者、という黒須輝の本質も含意している。
ってのは後付けで、手持ちの道具ではシンプルなものが精一杯というだけだ。
納得できる表情に彫れたのがつい1時間程前。その頃はまだ暗かったことを記憶している。瞳を覗かれないよう内張の目粗い黒布を貼っていたら、いつの間にか日の出を迎えていた。
野営では村にいた頃と同様、毎朝の火起こしを担当していたのだが、上の理由から慌てて幌馬車を出た時には既にジェフが炉の準備を進めていた。
そこまでは問題無かった。彼が火打ち石、或いは埋み火を使えば。
俺は—————俄かには信じがたい光景を目撃してしまったのだ。なんと、彼は右の掌からゴルフボール大の火の玉を出現させたのである。
手品を披露するような場面でもないし、燐寸といったタネや仕掛けは見当たらない。ごく自然な所作で火の玉を操作し薪に着火させた様子から、彼にとっては当たり前の現象なのだろう。
……姉さん、帰りたいです。
安心して水も飲めない不衛生な環境も、指名手配犯のような窮屈な生活も、ポールのダッせぇファッションセンスも耐えてきました。でも、もう限界です。外の世界は複雑怪奇です。
ここまで訳が分からない事態は物心ついて以来だ。何せ、目の前で神秘が起こったのだから。
神秘とは、謂わば科学と対極に位置する概念だ。神秘を否定できないということは、科学の敗北を意味する。そして科学……少なくとも俺の持つ科学というのは、地球を基盤としている。
ここで、生まれて初めて根本的な疑問が浮かび上がる。
―――――ここは地球なのか?
勿論、俺がここを地球と名付ければここは地球だ。しかし、求めている答えはそうじゃない。黒須輝の前提が崩れるか否かの瀬戸際なのだ。しかも、主観を述べるなら、既に崩れ始めている。
月の模様が異なるのは早い段階で知っていた。しかし、何せ家族の顔も思い出せないのだ。記憶違いの可能性もあったし、経緯度の差も勘案し敢えて無視していたのだが、常に表側を向く月は世界の何処から見ても同じはず。仮に『兎』という抽象的な記憶に改竄が無いとすると、明らかに兎ではないこの事実はどうすればいい。
それは文字通り天文学的確率になるが、ここが地球でないのなら辻褄が合う。
そしてもしここが地球でないのならば、地球と同じ宇宙に居るという証明手段はこの世に存在しない。つまり、所謂『異世界』の可能性すらあるのだ。
これでは地球人の蓄積した『科学的』な理論は全く信用できない。
例えば、俺の体は何で構成されている?タンパク質か?毎日飲む水は本当に水なのか?吸っているのは酸素か?それだけではなく、身の周り全て、炭、鉄、塩、酒……燃える?磁力を持つ?塩辛い?酔う?そんなものは根拠とならない!
目に見える色、耳に響く音、鼻に香る匂い、肌に触れる温度すらも、全ての基盤が、異世界の疑惑たった一つで失われる。
同一宇宙にいない、とはそういう事だ。
くそっ……目眩がしてきた。これが夢だったらどれほど有り難いことか。
屈み込むと、目を覚ましたリゼが心配そうに出てきた。
「アル、大丈夫かい?」
「おはようございます……リゼ。ちょっと、もうダメかもしれません」
マスク(仮面ではなく口布)越しでも、彼女には俺の動揺が十分に伝わったはずだ。酸っぱい唾液が舌の付け根から溢れる。旅のストレスも蓄積しているのだろう、胃から突き上げるものをぐっと堪える。
「ねぇっ!一体何があったんだい?!」
「それはこっちの台詞です。彼は、ジェフは一体何をしたんです?」
ジェフもこちらの異常に気付いた。リゼが彼を問い詰める。
「ジェフ!アルはどうしてこんなに具合が悪いんだい?!」
「えっ、私ですか?私はただ焚き火の拵えをしていただけですが……」
彼には事態が飲み込めない様子。
そりゃそうだろう、彼にとって手から火の玉を出すことは日常なのだから。パラダイムが根底から覆るという、稀有な体験でショックを受けているのは、俺一人だけだ。
声を喉から絞り出す。
「聞きたいことがあります……悪魔が、魔法を知らないと言ったら……笑いますか?」
こんな馬鹿な質問は他に無い。餅屋が米を知らないようなものだ。これには二人のみならず、集まってきたポールやセナも目を丸くして驚いた。
「ええっ?!本当かい?そういえば君が魔法を使っているのを見た事がないな。じゃあ今までずっと無反応だったのは……」
やはり、『魔法』の認識は間違っていなかったようだ。しかも彼女の台詞から、俺の気付かぬ内に何度か使っていたらしいことが分かる。
ならば、俺が人間だと思っている存在はホモ・サピエンスではないと修正した方が良いかもしれない。いや、しなければならない。仮にここが黒須輝の故郷である地球だとしても、ヒト型をした『何か』が跋扈する別の世界だ。
そして俺もその一人……ああそうか。
「はははっ!」
「アル……?」
ははは。全く、可笑しな話だ。俺もその一人じゃないか。混乱していても仕方がなかろうに。
状況を受け止めて適応に専念するのが、現時点での最善策らしい。
うん。
思考が大分回復してきたぞ。人間は未知に遭遇した時に進歩する。目の前に未知があるのなら、それを科学するまでだ。もし全く別の世界で、これまでの根拠が全て消えてしまっても、また一から積み上げれば良い。 "Cogito ergo sum" だ。今ここで世界を認識する俺の意識は確実な存在であり、疑う事ができない。
まだ完全ではないが、息を大きく吐いて平静を装う。
「少し……取り乱してしまったようです。治まりました。その『魔法』というものを……詳しく教えてくれませんか?」
相手の反応を窺いつつ、次の思考へと繫げる。
シェアボタン: このページをSNSに投稿するのに便利です。
文明人之纂略 作者:黒須輝046 自室 「ふむ、なかなか悪くない」 俺は自室のマットに腰を下ろす。厚みがあって断熱や緩衝などの機能を十分に果たしている。柄は曼荼羅、或いはトルコ絨毯のような色彩。おそら...
メニュー移動トップページ管理人―黒須輝について管理人にメールを送る『文明人之纂略』の目次なろう作家支援プロジェクトあなたがコメントを開放しない6つの理由新着12文字以内、文字色は黒く noset in...
はじめに こちらは黒須輝が前世で投稿していたファンタジー小説のリメイク版です。活動場所が”小説家になろう”のサイトでしたので、『なろう』感を多分に含みます。ご注意ください。 ...
文明人之纂略 作者:黒須輝047 【身体強化】 「ふぅん、そこまで彩度が高い訳では無いのか……」 新しい生活が始まって一夜が明けた。 リゼからは環境に順応する為にと十日ほど...
作者:黒須輝索引 はじめに 前提として:19/03/03:- ご都合主義を排除できない事柄:19/03/09:- プロットの組み方:19/03/09:/14 管理人がよく使う文字:19/03/25:-...
★詠唱 [20200830] 本編主人公は魔法を無言=無詠唱で使っているが、他の作品では『詠唱』と呼ばれる独特の呪文を唱える工程によってそれを使う設定*1を持つものもある。本節ではこの詠唱の役割と...
★ [2020] 関連 作成 2020/ 更新 0000/00/00 ...
文明人之纂略 作者:黒須輝044 種明かし 「リーゼロッテ様、緊張しましたね」 仮面を被り直しながら廊下を歩く。これ髪の結び目に引っ掛けてるから面倒臭いんだよな。 「リゼに戻して良いよ。それより君、緊...
文明人之纂略 作者:黒須輝045 別棟 「あのぉ……この大所帯は何ですか?」 リゼの案内で連れられたこは城敷地内の一角、別棟となる建造物である。ちょっとした市役所庁舎並み...
★魔力と魔素② [20200824] 前節では世界設定とした魔素、魔力、魔力波の性質について論じた。ここで要約しておくと、①空間は魔素で満ちている、②魔力と魔素は同一の存在であり、形態とエネルギー...
文明人之纂略 作者:黒須輝043 謁見 「お入りください」 守衛さんの案内に合わせて観音開きの大きな扉が開く。向こう側の景色が見えた。大きな広間だ。 高い天井に大理石の床、シャンデリアとステンドグラス...
文明人之纂略 作者:黒須輝042 待合室 城に到着した俺は一旦リゼと別れ、待合室のような場所へ通された。セナが警護してくれている。 こういう部屋をキャビネットというのだろうか。それともサロンかな?ジャ...
文明人之纂略 作者:黒須輝041 入洛(後編) それから約15分後。 馬車が行くのは城下町とでも呼ぶべき市街地の大通り。レンガやモルタル、石造りの家々がぎっしりと道の両脇に並び、人の営みを感じさせる。...
★補助魔法【バフ】 [7e3d91] ファンタジー世界の戦闘用魔法には攻撃、守備の他に補助の効果を持ったものがある。対象の戦闘力を上げるものをバフ(buff)、戦闘力を下げたり状態異常に陥らせるも...
★転生のメカニズム [7e3de1] 転生モノの特徴は二つある。①前世の人格が受け継がれていること②その記憶に劣化がみられないことである。ここではそのメカニズムを考察する。 ①前世の人格が受け継が...
あなたがコメントを開放しない5つの理由 コメント機能の開放にはデメリットが伴う。 言論統制に無駄な労力を割かれる:管理人は「言いたい事があるなら自分のサイトで言え」という価値観の人間。「うるせえ黙れ」...
★「~主義」を軽く説明 [7e3db1] 各政治思想とその立場について論じる。 述べる事柄は有権者として一般的な程度の知識であり、大まかな概説である。それぞれの思想にについて善悪や優劣を評価する...
文明人之纂略 作者:黒須輝040 入洛(前編)▼▽▼▽ さて、本書は魔法・魔術、魔法使い・魔術士・魔導師を意図的に使い分けている。これは本書のみに限った話ではなく、明確に定義されているものだ。 魔法使...
★甲種魔法取扱者 [7e3d71] 魔法を使う者を魔法使い、魔術を使う者を魔術士と呼び、魔法・魔術両方を用いる者と魔法使い・魔術士を合わせて魔導師と呼ぶ 本編では混同しがちな魔法関連の用語を整理し...
文明人之纂略 作者:黒須輝039 邸宅の朝 「うおおおぉっ!かっっくぉいいいぃ!!」 思わず俺は叫んだ。 「アル、興奮し過ぎじゃないかい?」 「いやいやいや、目の前に騎士がいるんですよ?!お伽話にも出...