文明人之纂略043

ページ名:文明人之纂略043

文明人之纂略 作者:黒須輝

043 謁見


 「お入りください」
 守衛さんの案内に合わせて観音開きの大きな扉が開く。向こう側の景色が見えた。大きな広間だ。
 高い天井に大理石の床、シャンデリアとステンドグラスのモザイク画など、聖堂やモスクのような宗教施設を思わせる造り。正面には玉座。段差を登って少し高い位置にあり、側近らしき人物や甲冑の近衛兵も控えている。
 まさに権力者の空間。
 「失礼致します」
 リゼから余計なことは言わないでくれと再三釘を刺されたので黙ったまま礼をし、先に進む彼女を追う。これは無礼じゃないらしい。寧ろ許可もなく発言するな、だと。
 彼女が立ち止まったので俺も倣い、両膝を着き俯いた最敬礼の姿勢で待機。
 玉座に御坐すのはリゼの実父でありデール王朝の君主、 Götleam 12世だ。国で唯一人の存在なので氏姓はなく、呼び名はグートレアムのみ。
 彼女によると俺の村は準州みたいな扱いで、直接統治されている領域ではないらしいが、頭を下げるならこの人だろう。
 「この度は拝顔の機会を設けて頂き、恐悦至極に存じます」
 リゼが恭しく口上を述べた。
 「うむ、用件は聞いておる。その者が例の……」
 低い声。陛下は言葉を選ぶようにして口籠もる。幾ら王と雖も、それは畏れ多いようだ。
 「はい。悪魔の子と思われます」
 臆せず言えるリゼの胆力が結構好きだ。
 彼女の一言で、場内が色めき立つ。俺への視線が好奇心から、何か悍ましいものを見る眼差しに変わった。
 「者共、落ち着け。悪魔の子よ、面を上げ」
 一喝。俺は王の命に従い、顔を上げる。
 逆光で見えにくいが、金髪碧眼の、俗に謂うアーリア人種の男が座っていた。髭を蓄え冠を戴き、貫禄も王そのものである。
 「発言の許可を与える。其方、名は何と申す」
 リゼから聞いてなかったのか、と内心毒吐きながら口を開く。
 「お初お目に掛かります、 Aquila と申します」
 当然だが本名など言わない。この名は契約の中で定めたものだ。意味はイタリア語で『鷲』。由来は勿論、黒須『アキラ』から。
 「ではアキラよ、お前は何故顔を隠している」
 お、質疑応答の時間か。
 「これが、我が主人リーゼロッテ様との契約によって定められた正装でございます故」
 安全の為、素顔の露出は最小限に留める事。公に出る際は混乱を避ける為、覆面を正装と認める。
 「契約、とな。リーゼロッテ、真か」
 「違いございません」
 リゼの回答を聞いて王は小さく唸った。
 「アキラ、そもそもお前が悪魔の子である証拠はあるのか」
 実子が悪魔と契約したとなれば、親も非難の対象となり得る。況してや王族なら、対外関係にも逆風が吹くことだろう。心配して当然だ。
 俺は答える。
 「ございません。悪魔の証明とは、古来より不可能の代名詞でございます」
 あー、少し『余計』だったかな。後でリゼに怒られそうだ。
 「なら、リーゼロッテとの契約は無効でないか」
 「私が何者であろうと、契約は有効でございます。私を迫害から庇護してくださるリーゼロッテ様に、報恩としてこの能を捧げる。私が悪魔である蓋然性の高さから結ばれたものではございますが、あくまで私人間の雇用契約に過ぎません」
 安全保障の対象は俺と村であり、悪魔ではない。そして俺の主人はリゼ以外あり得ない。だからこそ彼女を『殿下』ではなく『様』付けで呼ぶのだ。
 王は長考の後、ゆっくり頷いた。
 「良かろう。では、朕(われ)はアキラを悪魔の子とは認定しない」
 そう、それで良い。悪魔という確たる証拠も無い現在においては、自身に都合の良い如何なる解釈も可能だ。
 「承りました」
 リゼに倣って恭しくお辞儀をする。
 「ところでアキラ。朕が仮面を外せと申さば、其方は否むか」
 続いて質問が飛んで来る。
 やはり気になるか。自分の城で人相も分からない存在を抱えておくのは許容し難いらしい。これは仮定の形を取った要請だ。
 流石に俺が来ることを知っていながら聖教会関係者を同席させる事はないだろうし、個人的には今後の円滑な関係構築を考慮すると受諾した方が吉に思う。
 さりとて独断はし兼ねるので、リゼに意見を仰ぐ。
 許可するジェスチャーが返ってきた。但し、余計な事は絶対にするなよ、とのことだ。マスクの下にまたマスクが……などの御巫山戯は禁止らしい。
 素直に帯を解いて顔を晒す。
 「ふむ、面が割れても如何という事は無さそうな顔立ちだが……まぁ好きにするといい。以上だ、下がって構わん」
 退室の許可が出たので数歩後ろ向きに下がり、再度お辞儀をし、回れ右でリゼと扉を出る。
 一先ず、「引っ捕らえろ!殺せ!」という対応でなくて安心した。俺の身柄は外交のカードとして諸刃の剣だ。ココの王様とは互いに利を得られることを願う。


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