文明人之纂略041

ページ名:文明人之纂略041

文明人之纂略 作者:黒須輝

041 入洛(後編)


 それから約15分後。
 馬車が行くのは城下町とでも呼ぶべき市街地の大通り。レンガやモルタル、石造りの家々がぎっしりと道の両脇に並び、人の営みを感じさせる。
 内陸部という制約からベネチアなどには及ばないものの、右手には一定の水量が確保された溝渠も。独特な都市構造だ。水源は何処だろうか。我々は流れを遡る方向に進んでいる。
 「口を押さえてどうしたんだい?車酔いかい?それとも家畜小屋の臭いが酷いとかかな?」
 「いえ……ちょっと感動で」
 文化住宅やビルに慣れた黒須輝、自然に囲まれて育ったアレックス。その両者にとって新鮮な外の景色は、心なるものを強烈に打つ。口を自由にすると先の二の舞になりそうだ。
 確かに人口密度故の汚さはある。しかし、だからといってこの歴史、風情、趣きといった文化的価値を否定することはできない。
 「私の言った通りだろう?」
 「ええ、誠に遺憾ではございますが」
 これだけ魅力があるのを知っていながら、あんな挑発を仕掛けるのはズルいよ。
 「ところで、この美しい街並みは何年程前からあるのでしょう?」
 早速質問する。リゼは俺の反応が可笑しいのか、或いは俺が彼女のホームタウンに興味を持った事が嬉しいのか、楽しそうに頷く。
 「そうだね、およそ500年前だったかな。我が一族の城が落成したのは3682年だから」
 古いなぁ。それより、また興味を惹く言葉が出たぞ。
 「3682?それはいつを基準に決められたものですか?」
 紀元というのは別に全世界共通ではない。西暦というのはイエス・キリストが生まれた翌年を元年としているが、日本では嘗て神武天皇の即位年を元年としていた。
 だからこそ零式艦上戦闘機は皇紀二六〇〇年の下2桁である00が名前に当てられているのだ。
 「その説明が必要だったね。基準は女神がこの世界に降臨して人類に啓示を与えた年月日だよ。そして、降臨した土地が聖教会の本部となる。君は不満だろうけれど」
 女神?ということはヤハウェやシッダールタではないらしい。ヒンドゥ教も多神だから違う。
 こちらの文化圏において、神という存在はただ一柱だ。名前は無く、『あの存在』の訳語として『神』を当てていたが……リゼは今、明らかに女性のニュアンスを含ませた。
 これは地母神的な偉大なる力に対する擬人化か、それとも本当に性別として女なのか。
 「因みに今年は4168年だよ」
 情報を追加してくれる。
 42世紀とは、人類も安定してんなぁ。この感じだと西暦であれ、2000年ちょっとで地球の人類が魔法を使えるようになるとは思えないし……黒須輝の知る歴史とは関係が無さそうだ。
 「日付もお願いできますか?」
 「春季 Gualsia の月の4日だよ」
 全く分からん。そもそも太陽暦なのか、太陰暦なのか、一月当たり何日あるのかすら分からん。
 参考までに、俺の暦で表すと今日は3月24日だ。
 「ええと……一年は何日で、幾つ月があって、春季ガルシアは何番目で、ひと月は何日か、この田舎者に教えて頂けませんか?」
 「ずっと思ってたけど、君は随分とコマかいよね……全てに答えると、一年365日。91日で4等分に季節を分けて、30日で区切るから……今は7番目の月だね」
 7月4日か。どこかの国が独立を祝ってそうな日だな。
 話に依ればその女神が降臨した日が1月1日らしい。リゼの云う法則なら、秋季ガルシア月1日だろうか。
 英語ではヤヌスからアウグストゥスまでの8人プラス4でローテーションしているが、こっちは3人ローテのシーズン制を採用しているようだ。
 残りの2人は Aria と Hedkia という何れも女性。胡散臭い話だが、教典では彼女らが女神の神託を受けた初代の巫女となっている。
 「丁寧に御教授くださり、ありがとうございます」
 「造作も無いよ。ほら、あの壁を通過したら貴族街に入る。雰囲気も変わるから楽しんでよ」
 おおう、外から見えていたのはこの防壁か。この中に城があるとするなら、滅茶苦茶デカい要塞だな。野球場何個分あるんだろ。
 問題は敷地面積が増えれば外周も比例して増えることだ。
 魔法がある分だけ工期の短縮はできると思うけど、それでも数kmの壁を一朝一夕で築くのは不可能。工費も無視できない。500年という歴史の厚みが垣間見える建築物だ。
 馬車は一度停車し、街に入った時と同様の手続きを済ませて関門をくぐった。馬の歩みはかなりゆっくりになっている。
 ほほう、リゼの言葉通り雰囲気が全然違う。なんというか、『グランド・ジャット島の日曜日の午後』を彷彿とさせる非常に長閑な空気が漂っている。人の量が疎らとなり、設けられた塀はかなり高い。
 リゼは貴族街と言っていたから、江戸藩邸のような屋敷用地なのかな。
 「あ、敬礼されてますよ」
 豪奢なドレスを着用し、従者を侍らせた貴婦人がこちらに向かって最敬礼をしている。
 ロイヤルカーテシーというものだろう。初めて生で見た。
 「あれは Iora Wrazzel のご夫人だよ」
 イオラは王の部下の位として上から3番目、日本語だと伯爵に相当する称号だ。
 ラゼル伯爵夫人ね、1人ずつ覚えていこう。これからはリゼの近くで動くのだから。
 出会う人のことを彼女に聞いていたら、いつの間にか第二の壁が迫ってきた。深い壕も掘られ、城壁の名に相応しい貫禄だ。気が引き締まる。


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