文明人之纂略046
文明人之纂略 作者:黒須輝046 自室 「ふむ、なかなか悪くない」 俺は自室のマットに腰を下ろす。厚みがあって断熱や緩衝などの機能を十分に果たしている。柄は曼荼羅、或いはトルコ絨毯のような色彩。おそら...
文明人之纂略 作者:黒須輝
「うおおおぉっ!かっっくぉいいいぃ!!」
思わず俺は叫んだ。
「アル、興奮し過ぎじゃないかい?」
「いやいやいや、目の前に騎士がいるんですよ?!お伽話にも出てくる鎧の騎士がっ!」
朝の空気を吸うために庭へ出ると、ポール、セナ、ジェフの3人は武装した出で立ちで出発の準備をしていた。
武装といっても、イラクの米兵のようなタクティカルで彩度の低いものではない。
キルトらしき厚手で刺し縫いを施された赤いズボンの上に、腿から脛の前面を覆う小具足。上半身は胸、肩の形に合わせた数パーツ構成の板金と、前腕から手の甲まで覆う籠手。背面を飾る八芒星と獅子の図柄は、音に聞く王家の紋章だ。
腰には鼠蹊部を保護する鎖帷子の垂と長短一対の剣が挿されている。
ロマン。歴史。カッコイイ。
その威風堂堂たる出で立ちに、俺は完全に魅了されてしまった。徹夜明けもあって感情の昂揚が止まることを知らない。
そんな俺にジェフが兜のバイザーを跳ね上げ、和やかな目元を見せる。
「そうか、そうか。カッコいいよな。お前も男の子だもんな?だがなぁ、俺らは騎士じゃないんだよな。馬には乗らないから歩兵なんだぜ」
「そうなんですか?リゼの護衛だから、てっきり近衛騎士かと思ってましたが」
首を傾げるとリゼが解説をしてくれる。
「はははっ、それは無理だよアル。近衛は陛下直属だからねぇ、第七王女だと流石に私用許可は下りない。信用できる兵を借りられただけでも、父上に感謝だよ」
へぇー、そういう仕組みなのか。
「でもカッコいいことには、変わりないですよね?迫力あるなぁ……」
「そう言って貰えると鼻が高(たけ)ぇ。今日は都まで全速力だ。振り落とされないように気を付けろよ」
スプリンターのように軽やかな腿上げを実演し、ジェフは俺の頭を強く撫でた。頼もしい大きな手だ。
「でもその装備で走るんですか?重いですよね?」
見たところ鋼だから、重量だと10kgはゆうに超えるだろう。確かに護衛達は海兵隊のような、はっきり言って羨ましいほどの隆々たる体躯だが、走るとなるとまた別だ。
疑問を口にすると、ジェフは快闊な笑い声を上げた。
「くはは!俺らそんなヤワじゃねえから気にすんな。それに、足で走る時間はそう多くない。大半は馬車の後ろに掴まって見張ってるだけだかんな」
緊急走行時の消防車で稀に行われる乗り方か。ゴミ収集車だと乗車積載方法違反になるとか聞いた覚えが。要は立ち乗りである。御者台の死角を補い、非常時にはすぐ降車できるポジションだ。
「おいジェフ、馬の整備はどうなってる」
ポールの声。
「おっと、そろそろ怒られそうだ。ではリゼ殿下、アル坊、どうぞごゆっくり。用意ができましたらお呼び致します」
彼は敬礼をして駆けて行く。
「ちょっと楽しくなってきましたね」
ロマンだよなぁ、これは。絵画とか、美術館のような遠い世界の文化を直に触れられるというのは面白い。
「アルは……少し落ち着いた方が良いね」
生まれた時からその環境にいるリゼは、俺の様子に呆れている。まあ、田舎者だと思ってくれても構わないよ。
「さて、私たちも身支度しないと。こんな身形じゃあ、城へ戻った時に叱られちゃうからね」
あ、やっぱり窶してたのか。どう見ても『御忍び』だったしな。
「ドレスでも着るんですか?」
「そうだよ。手伝ってくれると嬉しいな」
「え、着替えの?でも私、男ですよ。そういうのは貞操的によろしくないのでは?」
都会のモラルや文化にはまだ詳しくないが、やっぱり未婚の女性が家族以外の男性に肌を見せるのはマズいのではなかろうか。それとも俺の村が時代遅れなだけか?
「あー、勘違いしないでおくれよ。君に裸体を見せる訳じゃない。身の回りの細々としたのをさ、礼装を着ると動作が緩慢になるから」
ネイル失くしたから探して、とかそんな感じか。そうだよな。【腕】を使えば複雑な服でも助けを借りずに着られる。
「あ、でも髪は結わえて欲しいかも」
「私が?しかし都会の流行や様式は知りませんよ」
地球では頭に鳥籠や戦艦を乗せるなんてのも歴史上あった。それに俺は独学だから業界のルールを知らない。
「そこは君の感性に任せてみたいね。私は君の髪型、結構好きだよ。だからその本気を見せてくれないかい?」
なんという無茶振り。でもそこまで期待されたらなぁ……
「承りました。精を尽くします」
精霊演舞の時のスタイルが今のところ全力かな。
「ありがとう。ところで、君の服は完成したのかい?一晩中起きていたみたいだけれど」
「ええ、なんとか。しっかし、魔法ってのは便利ですね。夜でも灯りが必要無いんですから」
これがコア博士の云う、『視界外の状況把握』なのだろうか。今までは月明かりを必死に集めていたが、もう難儀することはない。
「君の成長は麻のように速いね。どれ、先にそっちを見せてくれないかい?」
「勿論、どうぞ部屋へ案内します」
屋内へ戻り、自室にリゼを招く。寝る為だけの部屋で実家の2倍くらい面積があるのだから、空間の無駄遣いと言う他無い。ホームシックになりそうな広さだ。
「これです」
出来立てホヤホヤの服をお披露目する。
「……何だい?これは」
「中着です。シャツとパーカーの間に着ます」
「自立しているように見えるけど……どうやって着用するのかな?」
まあ、確かに見た事ないだろうし、戸惑うよな。
「こうやって……よいしょ、頭から被るんですよ」
ボタン類を備えない、貫頭衣風のベストだ。首の上まで覆う襟が付いていて、弛張の調整は肩と側面のベルトで行う。
『ボディアーマー』と呼ぶのが、概念として最も近しい。
本来はエレ姉との格闘で、もう少し競技を安全にできないかと模索していたもの。
作製の着手前にリゼが来てしまったため、兄には気の毒な思いをさせてしまった。今頃体力の有り余った姉の打撃を生身で受けている頃だろう。南無。
「何かと物騒でしょうから、急遽拵えました」
考えていた目的とは異なるが、身を守るという用途は同じだ。田舎とは環境が違うからな。犯罪率とか人の悪意とか。
ボディアーマーを隠すように、灰色のパーカーを羽織る。前からだと黒い立襟が目立ってしまうものの、後ろからならフードの弛みで見えない。
「全体に硬い板が入っているみたいだね。木か鉄の板かな?」
リゼは俺の胸を叩いて尋ねる。
「当初はそのつもりでしたが、魔法を覚えることができたので変更したんですよ。何だと思います?」
「また勿体付けて。少し【覗く】よ……コレは……?よく分からない素材だ」
リゼが魔法を使って分析を試みるも、失敗する。やったぜ、俺の勝ちだ。どうやらこの世界、少なくとも彼女の知識の範囲ではまだ知られていない物質らしい。
「ふふふ……ずばり、炭と化した石です」
化合物としての名称は炭化ケイ素。セラミックスの一種で、本格的に硬い物質となっている。この素材を選んだのは庭の土と竃の木炭で合成できると踏んだからだ。
昨日は夜通しこの生成のために試行錯誤していた。
魔素だとすんなり上手くいったが、実物の原子で構造を再現するのはやはり難易度が違う。魔力切れを何度も起こして心身共にヘロヘロだ。
どうも単体より化合物、単純な化合物より高分子化合物と、分子量が大きいほど技量やエネルギーの要求レベルが高まるらしい。
「本当に、君と魔法の相性は抜群だね。父上も喜んでくれるだろう」
ほう、国王陛下が。それは故郷の皆も誇りに思ってくれるに違いない。
2人で駄弁っていると、ノックの音がした。
「リゼ殿下、御準備は宜しいですか?」
ポールだ。
「あちゃー、のんびりしすぎた。寝間着のままだよ……アル!私の部屋に来て。着替えなくちゃ!」
「殿下!全く、貴女ってお方は」
扉から支度の済んでいないリゼが慌てて出てきたのを見て、ポールの叱責が飛ぶ。彼女は一目散に部屋へ向かった。
「すみません、手伝ってきます!なるべく早く終わらせますので!」
俺も後を追うしかない。
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