文明人之纂略040

ページ名:文明人之纂略040

文明人之纂略 作者:黒須輝

040 入洛(前編)


▼▽▼▽

 さて、本書は魔法・魔術、魔法使い・魔術士・魔導師を意図的に使い分けている。これは本書のみに限った話ではなく、明確に定義されているものだ。
 魔法使いとは魔力を操作して世界の理に干渉する者を指す。一方で魔術士は魔力を操作して人の内面に干渉する者を指す。前者は例えば【灯火】といった魔法を使い、後者は【認識阻害】(後述)などの魔術を使う。
 魔法を使う者を魔法使い、魔術を使う者を魔術士と呼び、魔法・魔術両方を用いる者と魔法使い・魔術士を合わせて魔導師と呼ぶ。
 展開する魔法が美しく、人々を魅了する魔法使いのことを尊敬の念を込めて『魔術師』と称する場合があるが俗称であり正しい言葉ではない。

▲△▲△

 ガラガラガラ、と石畳で舗装された道を駆ける。時速は20kmくらいか。
 馬車は幌付きの荷台から立派なボックスシートに変わった。往路で邸宅に保管していたものらしい。
 対面には瞳の色と同じ、碧色のワンピースドレスを着たリゼが座っている。額には翡翠のティアラ。髪型はちょっと凝ったシニヨンに仕上げた。うなじの辺りを撫でる仕草を見るに、気に入ってもらえたらしい。

▼▽▼▽

 人の内面に干渉する技術を魔術と述べた。その対象は自分自身であったり、複数の他者であったりする。広く知られているのは身体の筋力や耐久性を上昇させる【身体強化】や、隠密行動に用いられる【認識阻害】がある。
 それら魔術は医学、心学とも密接に関係していて、【身体強化】では筋肉や骨格の仕組み、【認識阻害】では人が認識する過程を知らねばならない。
 難解なように聞こえるかもしれないが、対象が誰にせよ、人間ならば大まかな心身の仕組みは似通っているため、自分にできることは相手にもできると考えてよい。
 尚、【治癒】は身体の物質を他体組織から掻き集め、体内の魔力を活性化させて回復力を高める、魔法と魔術の混合技術である。
 但し、人により魔術への抵抗力が異なるので効かない場合もある。魔術士に比して治癒士なる職業の者が多いのは、人間の抵抗力が傷病時に落ちるためである。

▲△▲△

 走っている時間は少ないと聞いたが、御者のポール以外は警戒の為か頻繁に乗降車を繰り返す。にもかかわらず、馬車が速度を落とさず進み続けているのは、人馬共に魔術的な効果が付与されているからのようだ。
 ふむ、どうやら効果は【疲労回復】の類らしい。
 マグロや渡り鳥は抗疲労の化学物質を多く持っていると聞く。その中で人間に有効な成分を投与すれば、より長く速く走れる……なんてな。確実に言えるのは、彼らほどのパフォーマンスを求めるなら、元の肉体が強靭であらねばならない事だけだ。
 それにしても、魔術ねぇ。
 肉体の内面に干渉というのはやはり脳や神経系も含むのだろうか。もし『前世の記憶』が俺の記憶領域に施された強力な魔術なのだとしたら、こんな小僧の脳に大人の脳がダウンロードできたのも頷ける。
 問題はストレージへのアクセス権限があるだけなのか、完全にインストールされたのかだ。というのも、黒須輝の記憶はアレックスのそれと異なり、劣化がみられない。物心ついて5年経った今でも、地球の語彙や観念は健在だ。
 そんなデータを格納しているストラクチャがクラウドなのか、自前の不揮発性メモリなのかを知る事は己の謎を解く上で重要な意味を持つ。
 リゼの誘いに乗ったのは、これら手掛かりを掴む狙いもある。
 ところで。
 「リーゼロッテ様」
 俺は彼女をそう呼んだ。公式な場での態度は先の『契約』によって取り決められている。対外的には原則彼女の従者・従業員という体裁だ。
 「何だい?」
 「これだけの速度なら直ぐに到着しますよね?」
 当たり前だが、20km/hは1時間で20km進む計算である。都に一番近い街なら、半時間程で着いてもおかしくない。東海道の宿場町間も平均すると9kmくらいだし。
 「もう街の外縁が見えるはずだよ」
 リゼが窓を指すと、その先には見るからに広大な城塞が、都市という裾野を広げて鎮座していた。
 「あ、本当ですね」
 ここからだと防壁やチェスのルークのような構造物、高く聳える尖塔が見える。目測ではあと10分くらい。
 「甲冑で興奮していたくらいだから、君にとっては刺激が強過ぎるかもしれないね」
 くつくつと笑う。何だよ、俺を馬鹿にして。
 「私は文化とか文明を楽しむのが好きなんです。別に燥いでいたわけじゃありませんから」
 「まあ、そういうことにしておくよ」
 今に分かる事さ、と彼女は窓の外を見遣った。


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