文明人之纂略046
文明人之纂略 作者:黒須輝046 自室 「ふむ、なかなか悪くない」 俺は自室のマットに腰を下ろす。厚みがあって断熱や緩衝などの機能を十分に果たしている。柄は曼荼羅、或いはトルコ絨毯のような色彩。おそら...
文明人之纂略 作者:黒須輝
「あのぉ……この大所帯は何ですか?」
リゼの案内で連れられたこは城敷地内の一角、別棟となる建造物である。ちょっとした市役所庁舎並みの規模があるここでは、男女数十名が活動しているようだ。
「私が信用している人たちだよ」
部下といったところか。となると、その内の半分が世話係だとしても生活の全てはここだけで済ませられるんじゃないか。
「まるでプチトリアノンだ」
「ん、“Petit Trianon”って?」
「あー、いや。何でもないです。昔話に出てくるお姫様の屋敷がそういう名前で」
ベルサイユ宮殿の敷地にある擬似的な村で、マリー・アントワネットがルイ16世から与えられた離宮だ。目の前のそれとは様式が異なるけれども、近い雰囲気を醸している。
「その昔話、聞いてみたいね」
「あまり良いものではありませんよ。嫁ぎ先では他所者として陰口を叩かれ、貴族としての義務と自由への願望に板挟みされて最後は革命で処刑される、そんな一人の女性の物語です」
「それは……作り話だとしても嫌だね。そういうのはやっぱり大団円でなくっちゃ」
「おや。リゼは案外、夢想家なんですね」
もっと身も蓋も無い現実主義者だと思っていた。
「どうもその類の話は自己に投影してしまって苦手だよ」
「ふぅむ、成る程。世界の見方が違うというのは面白いです」
関連する人物として、ポンパドゥール夫人の話をすれば彼女も満足してくれるだろうか。
「お帰りなさいませ、リゼ様!」
2人で話していると、建物の中から女の子が飛び出してきた。燻し銀のような髪と琥珀色の瞳、俺と同じくらいの年齢で紫色をした緩やかなドレスを着ている。
「何方様ですか、この可愛らしいお嬢さんは?」
リゼの帰りが余程嬉しいのか、謎の少女から降り注ぐ笑顔が眩しい。
「ただいま。アル、紹介するよ。この子は Ellybak Krone だよ。クローネ侯爵家の御息女で、私の友人。 Elly と呼んでる」
なんと、そんな高位の。侯爵は公爵に次ぐ2番目の爵位だ。
「お初お目に掛かります、エリーバク様。アキラと申します。アルとお呼びください」
リゼの友人ならと仮面を外し、貴婦人に対する敬礼をした。エリーバク・クローネはちょこんと答礼をする。
『エリーバク』とは高山に咲く百合の一種に由来するのだろうが、その名前に負けない可憐さを彼女から感じる。
「アル様、宜しくお願いします。エリーとお呼びください」
「承りました、エリー様」
「エリィ……」
シュンとなってしまった。俺が『様』付けで呼んだことに不満のようだ。何故だろう、彼女の中で譲れないルールがあるのか?
「アル。エリーは友達として仲良くなりたいみたいだよ」
「いや、しかし……対等ではありません」
様で呼ばれたら様で返すのがフェアってもンだろうに、リゼの「呼んでやれよ」という圧力は凄まじい。エリザベス嬢の落ち込みも俺の罪悪感を掻き立てる。
「……エリー」
「アル君」
エリーは満足したようだ。
でもどうしてこの子はここにいるんだ?クローネなる家から寄越された人質なのか、リゼの言葉そのままに単なる友人なのか。
「さあ、アル。君を部屋へ案内しよう。これから君が過ごす部屋だ」
「おっと、そうでしたね。お願いします」
思わぬ出会いに本来の目的を忘れていた。リゼの様子から察するに、新しい寝床はこの建物の一部屋が与えられるようだ。まるで校舎に住むようでワクワクが止まらない。
暫く彼女に連れられている内に、この施設の全体像が凡そ掴めてきた。
構造は石造の3階建て。大まかに、エントランスを下辺とする『凵の字』となっており、全ての面から芝生の中庭を望むことができる。一部が吹抜けとなっていて、そこが重要な空間である事が推測された。
人員は男女半々くらい。男性の中にはポールのように親衛隊を構成している者もいるのだろう。馬が数頭いて宿舎もあるから、常駐しているらしい。
「ここだよ」
俺の部屋は『凵』の向かって右手、1階の最奥に宛てがわれた。なかなか長い廊下を歩かねばならないらしい。
「すまないね、慣習で昔から客間はここなんだ。」
「いやいや、立派なものを用意していただいて感謝ですよ。中へ入っても?」
「勿論。君の好みが分からなかったから、家財道具は基本的なものしか入れてない。注文は受け付けるよ」
扉を開く。
室内にはベッドと暖炉、食卓と椅子が見える。がらんとしていて華美な装飾もなく、俺にとっては住みやすそうだ。窓が大きくて日当たり・風通し共に良好なのは嬉しい。
食卓の上にはずっと預けていた、俺のショルダーバッグが置いてある。
「いえ、当分はこのままにしておきます。ただ石床のままだと足元が寂しいので、厚めの敷物があれば嬉しいです」
靴を脱いで寛げるスペースが欲しい。
「それだけかい?分かった、直ぐに手配しよう……にしても、君は相変わらず質素だね」
「起きて半畳寝て一畳。人間どれほど豊かになろうとも、起きて寝るには少しの空間で足りますから」
「君はどこか霊峰の修験者ってこと、ないよね?」
俺が仙人に見えるってか。
「全く。正真正銘の俗人ですよ。言ったでしょう?私の求めるものは故郷に帰ること。必要以上に持つと、捨てるのが大変ですからね」
「……そうだったね」
「さて、部屋の位置は分かりました。休息を取るつもりでしたが……先に挨拶回りをしたいので、案内お願いします」
「君も疲れているだろうに、律儀だね。そういうことなら喜んで引き受けよう」
「お世話掛けます」
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