文明人之纂略044

ページ名:文明人之纂略044

文明人之纂略 作者:黒須輝

044 種明かし


 「リーゼロッテ様、緊張しましたね」
 仮面を被り直しながら廊下を歩く。これ髪の結び目に引っ掛けてるから面倒臭いんだよな。
 「リゼに戻して良いよ。それより君、緊張してたのかい?」
 「そりゃあもう、蛇に見込まれた蛙ですよ。あんなに沢山の兵士に囲まれたこともありませんし」
 「にしては余計な事が多かった気もするけど。今も、君は既に君じゃないんだろう?」
 虚を衝いてリゼは俺の仮面を捥ぎ取った。ヤバい、そこはまだ実体がな……い。
 「まさか2回目にして早くも見破られるとは」
 先程と同レベルだとバレるらしい。術の簡略化の為に実体を持たせていなかったので、デコイの頭は煙のように揺らぐ。
 「いや、見破った訳じゃないよ。私はアルの思考を読むことにした」
 「私の?それは何という魔術ですか?」
 「魔術じゃなくて、純粋な行動予測さ。君は、君が考え得る最善の行動をとるだろう?ということは論理的・統計的に私が君と同じ答えを出せれば、君を管理できるはずだよ」
 うわぁ……考え方がマッドだ。神童と呼ばれるだけある。ゲーム理論とプロファイリングで人間の行動を予測しようなどとは、普通思わないだろう。
 だが驚くことに、彼女は既に成功例を示している。
 「参ったなぁ……」
 ぽりぽりと頭を掻く動作をデコイにさせる。
 「というか、よく長時間保つね。魔力切れとかないの?」
 「ええ。魔素に情報を与えるだけなので、これぐらいの消費量なら回復が上回ります」
 「魔素に情報を与える……?君は何を言ってるんだい?」
 やはりな。この概念はまだ生まれていなかったらしい。もし生まれても秘匿するだろうしな。
 「魚の目に水見えず。身近にあるものは却って目に見えないという諺ですが、似たようなものですね。魔素は空間に満たされていますが、変質していない状態で意識に作用することは稀です」
 「蜃気楼のようなものかい?」
 「良い喩えです」
 蜃気楼は空気の密度が偏ることで光が屈折する現象だ。
 我々は普段、空気を透明だと捉えているが、密度が変われば同じ空気でも屈折率は変わる。その現象に気付いて初めて、そこにある空気の塊を視認することができるのだ。
 「それを意図的に起こすため、魔素に指令を出す小さな核を作ります。そして空間の相対座標を指定し、応答する魔素に特定色の光を反射させるよう情報を与えれば……」
 「……魔力の漏出を最少に抑えたまま自分の影を【映】せる。反射する光は自然にある光だから察知もされにくい」
 「その通り」
 その名も【幻影】。
 手本としたのは電光掲示板だ。ランプの点灯・消灯で文字や図形が表示され、ものによれば動いたりする。その時、ランプそのものが動く訳では無い。ランプをコンピュータで制御して秩序立った映像にしているのだ。
 「それじゃあ、物を持ったりはできないんじゃないかい?」
 「ああ、その時だけ中に骨を入れるんですよ。【腕】のようなものを。ですから見破るならそこですね」
 待合室で少女に出された紅茶のカップを持てたのはそれ故だ。
 「はぁ……参ったなぁ」
 「お互い様ですね」
 「アル。君、まだ何か隠してるね?」
 「いや……えっと、どうでしょう」
 さっとリゼが手を振るう。魔素由来の鋭い剣が握られており、それは本体の俺を確実に仕留める軌道だった。
 ここは回避……いや、敢えて何もしない。最善手を外す。
 「なっ?!」
 「ふふ、予測できました?」
 彼女の刃は俺の首から30cmのところで、ピタリと音も無く止まった。
 【幻影】と【光学迷彩】を応用して、与える情報を【硬化】や【結合】に設定すれば、攻撃を受けた時だけ作動する【範囲防御システム】になる。
 隠し事を見抜かれ、居場所も突き止められてしまったが、一矢報いることはできたかな?
 「1勝2敗で私の負けです。白状しますよ」
 「できれば最初から素直に喋ってくれると助かるよ」
 彼女との間に魔力で透明な板を【出現】させる。ディスプレイのようなものだ。
 「実は……魔法が使えるようになってから、通って来た道を全て記憶しています」
 マッピングしてきた地図を表示する。単位がおよその『メートル』なので修正は必要だが、縮尺はかなり正確だ。
 「……あ、そう」
 彼女は「だから何?」とでも言いたそうだ。
 「これを見ても?」
 今度は【幻影】を応用して3Dホログラムのように一つの部屋を浮かばせる。天井が高く、ステンドグラスとシャンデリアがあり、扉の正面奥は少し高台になっていて……
 「こ、これは玉座の間じゃないかっ!余計な事はしないでって頼んだよね?!」
 リゼが声を荒げる。
 「あの場で魔法を使ったのかい?」
 魔法というのは一種の武力であって、承諾も無くそれを行使するという事は宣戦布告と解釈されても文句を言えない。どんな些細な術でもだ。故に、彼女はこれほどの激しい剣幕を見せている。
 「いえ」
 「だったらどうしてこんな正確な模型ができるって言うのさ!」
 俺は強く糾弾される。こうなることが分かってたから隠したかったんだけど。
 怖ず怖ずと口を開く。
 「はぁ……見えてしまうんですよ」
 「何が」
 「物質の境界です。自然空間にも魔力は存在していますでしょう?それが魔素や物質と干渉し合って私に届くと、意識して魔法を使わなくとも情報として勝手に処理されるんです」
 ここら辺は自分でもよく分からない。リンゴを見て『赤い』と認識するように、壁を見て『向こうに人がいる』と認識されてしまうのだ。
 謂わば【眼】。
 勿論、範囲が限られているので遠くの事象は見通せないが、近距離だと気持ち悪いくらい見える。
 「そんな事が有り得るのかい?常人なら間違い無く発狂してしまうだろうに」
 「ええ、辛いですよ。何せ、目を瞑っても周りが見えてしまうのですから」
 あと、勘弁して欲しいのは様々な方向から飛んでくる正体不明の粒子。エネルギーが大きくて『【眼】障り』だ。
 「それは……お気の毒に」
 叱る気力も削がれたのか、憐憫を滲ませる声音で俺を慰める。まあ、同情されてもな。
 「どうも」
 とだけ返す。
 こんな事、村にいた頃は無かったのに……いや、一度有った。リゼとボードゲームをした時だ。自分の意思に関係無く『見えた』。何らかの作用で脳が暴走的に稼働していると考えられる。
 「少しすれば体も適応してくるでしょう」
 「長旅で疲れているんだよ。十分休んだ方が良いね、早く部屋に戻ろう」
 部屋と言われても分からん。戻ると言われても初めての土地だ。俺は彼女の案内に任せるしかなかった。


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