文明人之纂略046
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文明人之纂略 作者:黒須輝
協議を終えた俺は一行を家へ招き、家族に今までの経緯と概要を説明させた。皆は突然の物々しい面子と王族の暴露に驚いてはいたが、騒がずに聞いてくれた。
後は身内で話をさせてくれ、と頼むとリゼは快諾して席を立った。
扉が閉まり、部屋がしんと静まる。
「……リゼの言った通り、私は彼女と契約しました。表向きは商家入門の勧誘を受けたという名目の下、村を出ることになるので、外部には内情を漏らさないようお願いします。彼女との協議で安全を確約させたとは言え、限界がありますから。私の存在を知られないことこそが最も重要なのです」
導入としてまず真剣に念を押す。実際のところ、俺の身の安全は当初考えていたよりも楽観できることが分かった。常にリゼの側にいれば王族級の警護が受けられるからだ。寧ろ敵対勢力に人質を取られる方が心配だ。
「ごめんね、アル。私が黒髪に産んだばかりに背負い込ませて……なのに、守ってやることもできないのね」
まず口を開いたのは母だった。ぽろぽろと涙を溢して自責する。
俺は子供を産んだことがないのでその気持ちは理解できないが、察するに相当な責任感・無力感に苛まれているのだろう。母の泣き顔なんて初めて見た。
「母さん、私は……大丈夫。これは自分が決めた道ですから」
何とフォローして良いのやら。難しいな、人間って。
「アレックス。それが結論なんだな?」
昨日の件からこの展開を予想できていたかは不明であるが、父は母と対照的に動じない様子を見せる。俺の決断に任せてくれるらしい。
「はい。この村を、家を、私の大切なものを守る最善の選択だと考えました」
頷いて肯定の意を示す。
「どうしてアルなの?」
黙っていたエレ姉が怒気を含んだ声で問う。俺でなければならない理由、か……
「私しかいないからです」
「答えになってない」
「すみません」
「謝らないでちゃんと答えて」
「……」
「私たちよりも王女様の方が良いんでしょ?」
「そんなことはありません」
「だったらどうして遠くへ行っちゃうの?」
「少しの辛抱です。直ぐに帰ります」
「直ぐって、いつよ?」
「……」
「お祭り、『精霊演武』。今年もやるって約束したよね?」
「……。すみません」
「アルのバカっ!!嘘吐きっ!!!」
姉はガタっと椅子から立ち上がると、勢いよく家を飛び出してしまった。
開きっぱなしの玄関から朝日が差し込む。
「アル、追わなくていいのか?」
兄が訊くも、俺には無理だ。
「私は……バカで嘘吐きな、ダメな弟です」
喩え追いついても、掛ける言葉が見つからない。姉の言う通りなのだ。その証拠として、俺は彼女の問いに何一つ答えることができなかった。
兄は心底呆れて頭をぽりぽりと掻く。
「はぁ~、全く……肝心なところでバカなんだから、しょーがねぇ弟だな。エレーナの事は俺に任せろ。頭整理したら夜にでも話し合え」
そう言って姉を探しに向かってくれた。本当に頼れる兄だ。
「ありがとうございます。世話かけます」
背に礼を言う。
「それにしても時間が無いな。アレックス、挨拶回り行くぞ。支度しろ」
兄に続いて父も席を立つ。
「お義母さん。妻を、ルイーザを任せて良いですか?」
「ああ、気になさんな」
そして未だ啜り泣く母の面倒を婆ちゃんに託した。
リゼに拠れば出発を延期できるのは1日だけとのことだ。明日の朝には出発なので、それまでに村長やご近所に『説明』をし、出立の荷造りもせねばならない。確かに時間が無い。
慌てて俺も椅子から降りた。
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