文明人之纂略029

ページ名:文明人之纂略029

文明人之纂略 作者:黒須輝

029 Sabbath


 「おはようございます。こんな早くから門番なんて、大変ですね」
 翌日早朝、俺はリゼが滞在する館へ赴いた。ポールとはまた別の、若い男が門に立っていた。プリンセスをこんな数人で警護しなきゃならないなんて、さぞ神経の摩り減ることだろう。
 「何の用だ」
 男は俺を一瞥すると、剣の柄に手を置いて威嚇した。
 「リーゼロッテ様にお会いしたく思いまして。取り次いでもらえませんか?」
 「昨晩あれだけの狼藉をして、会わせてもらえると思うか?」
 両手を挙げ敵意が無いことを示しながら述べるも、対応は変わらずだった。当たり前だよな、相手からすれば俺はテロリストか大逆犯にしか見えないのだから。
 「そこをどうにか。無理なら会わなくても構いません、壁越しにお話するだけでも」
 食い下がる。
 「駄目だ駄目だ。一体どんな胆をしてるのかは知らんが、殿下はまだ寝台にいらっしゃる。こんな早くにやって来るなど、無礼に過ぎるぞ」
 「おかしいなぁ……私の予想ならとっくに起床なさっているはずなのですが」
 あれれ~?と、大袈裟な演技をする。男の眉がピクリと動くのを見逃さなかった。
 「何だと?」
 「少し考えれば分かりますよ。一国の王女様が外出をなさるのに護衛の数が少な過ぎます。ということはそれだけ危険もある訳で、可能な限り期間を短くしたいはず。身分も明かした、おまけに交渉も決裂した。この村には長く居られないとするならば、日が出て直ぐには出発したい。じゃあ今頃眠ってる大馬鹿者なんて何処にいます?」
 なんなら昨日の事件直後には発ちたかっただろう。だが雨だったので翌朝に延期したと、ここまでは推測可能な範囲だ。
 はあ、と男は大きな溜息を吐いた。
 「個人的な事を言えば……惜しいよ。君の能力は間違い無く本物だ。しかし、本物であるが故に恐ろしい。我々は何を差し置いても殿下の命をお守りせねばならない。帰ってくれ」
 そう、か。
 一頻り推理を聞いた後、彼は柔らかな口調で俺を諭す。これ以上は無理らしい。
 まあ、元々お互い住む世界が違うもんな。残念だが、仕方ない。
 「待って!」
 と、踵を回らせて立ち去る寸前、静かな朝に声が響いた。
 「リゼ様っ」
 それに続き主を諌める声。折角出てきてくれたならと、顔を向ける。
 「おはようございます。お元気で」
 この後は姉との日課があるため、手短かに別れの挨拶を告げた。門扉越しに立つリゼは見るからに不機嫌そうだ。
 「勝手に一人で納得しないでよ。 Jeff 、アルを中に入れてあげて」
 「しかし」
 ジェフと呼ばれた門番は躊躇う。職務を全うするなら彼の判断は正しいが、主人の命令に背くこととなる。
 内心、貧乏籤を引いたと思っているに違いない。
 「……彼が私に危害を加えるつもりなら昨日の内にやってる。心配は要らないから入れなさい」
 そんな典型的な板挟みに陥る彼を、リゼは勢いで押し切った。ジェフは渋々頷くと門を開いて案内する仕草を示した。諦めかけていたが、テーブルには着けたらしい。
 数分歩き、やがて俺は応接室に通された。促されるままソファに座る。こんな『ちゃんとした家具』がこの村にあったなんて、と内心驚いている。
 「もう、顔も合わせてくれないものだと思っていたよ」
 リゼは苦笑を隠さずに言う。
 「怒りを向ける相手は貴女じゃない、と気付いたんです」
 冷静になって一晩じっくり考えてみると、彼女に矛先を向けるのはお門違いだ。本当の敵は聖教会であり、元凶の魔王とやらである。
 昨日俺が激情に駆られたのは、理不尽な運命を目の前のリゼに投影してしまったからだと気が付いた。嘘を吐かれた事に対する怒りも入り混じっていたのだろう。
 情に棹させば流される、とは漱石だったか。
 「それで、アル。こんな朝早くに王女様を叩き起こすくらいなんだから、口から出るのは朗報なんだろうね?」
 相対するリゼは談話に取り掛かった。否やを言わせぬ気概だ。
 先走らないよう、俺は一呼吸置く。
 「朗報かはリゼ次第です……単刀直入に聞こう。悪魔に魂を売る覚悟があるか?」
 ここからは身分など関係無い。一対一の対等な、契約の為の交渉だ。
 俺の姿勢、そして問いを受けて、リゼは不敵な笑みを浮かべる。
 「無論、端(ハナ)からそのつもりだよ。そうでなくちゃ、こんな命を危険に晒すことはしないからね」
 「それはよく考えた末の回答か?私と手を組めば確実に聖教会を敵に回す。その上、そちらの求める能力が私にあるかは博打の域だ」
 少し軽率な回答に思えた俺は、リターンがハイかすら不明な、単なるハイリスクであることを今一度確認する。
 黒須輝の記憶は紛う事無き特殊で、所謂『悪魔』の特徴には当て嵌まっているかもしれないが、確証がある訳ではない。オッズが他人より少し高いだけで、外れる可能性は十分にあるのだ。
 「承知の上さ」
 リゼは茶を啜って首肯した。
 「なら良い。では本格的な契約内容を協議しようじゃないか」
 当然、これは俺がリゼの助力をするというだけの片務契約ではない。もし相手がそのつもりなら即破談だ。
 求めるのは安全保障。この村を出れば俺は何の影響力も持たない小僧となる。聖教会の手が俺のみならず、家族へ延びる可能性だって無視できない。
 托生に値するだけの条件が絶対だ。
 これが、人生最大の正念場であることは間違い無いだろう。


 

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