文明人之纂略046
文明人之纂略 作者:黒須輝046 自室 「ふむ、なかなか悪くない」 俺は自室のマットに腰を下ろす。厚みがあって断熱や緩衝などの機能を十分に果たしている。柄は曼荼羅、或いはトルコ絨毯のような色彩。おそら...
文明人之纂略 作者:黒須輝
—————は?
「昔……貴方の御祖父、御曽祖父様が生まれるずっと前、ここは戦場になった。これは史実として残っている。この森を東に抜けると何があると思う?山があって荒野が広がっていて、そこから先は魔物の領域だ。瘴気を撒き散らし人を襲う邪悪な魔物たちのね」
リゼはどう見ても真剣な様子で、言い聞かせるように語った。察するに……マジか。この状況で嘘を吐くのは無意味だし、これから詐術に取り込む算段があるなら相当の策士だ。
魔王や魔物などの単語は異民族の比喩として、大規模な戦闘があった——あるのは事実らしい。
心内が一変、急転直下、あまりの衝撃に絶句。頭の中で梵鐘の音のような低いうねりが、ぐゎんぐゎん、と木霊する。と同時に、何か胸の奥底でマグマのような熱いナニカが込み上げてくるのを知覚する。
「魔王は数百年に一度、人間に戦争を仕掛ける。東から大軍を寄越すんだ。そして衝突するのがここを含めた人間領最東端の村々。このままだと確実に甚大な損害を被るけれど、君の能力があればこの村は無事かもしれない。どう?これを知っても協力してくれないのかい?」
ほぼ脅迫じゃないか。ええ?俺の大事な家族を人質に取って協力しろ?巫山戯るな。お前らが何とかしろ。
「沸いてんのか貴様。遊び過ぎて人が『亡霊』の駒にしか見えなくなったか?あ゙ぁんっ?」
噛みつかんばかりに、胸ぐらを掴んで訊く。
不敬罪?糞食らえだ。お前も俺から家族と、生活を奪うのか。黒須輝の抱える悲しみを、苦しみを、孤独を、無念を、アレックスにも味わえと言うのか。
そんな俺の様子を見て、リゼは下種な笑みを浮かべる。
「ふふっ、遂に正体を現したね」
「正体だと?嗤わせる。これは『怒り』だ。心の底から湧き起こる、人間として至極正常な感情なんだよ!貴様には分からんだろうがなっ!」
噴火、とはこの事を云うのだろう。制御が利かず、止めどなく溢れる衝動に流されている。
「ぅ、きゃあっ!!」
掴んだそのまま地に組み伏せ、ヘッドロックを掛けて樹を背にする。
「狡猾な奴だ。二人で話を、とか戯けやがって。自分はちゃっかり護衛を連れてなあ?3人も」
「なっ……ぅく?!」
耳元で囁くと、リゼは驚愕の声を上げようとした。だが首の締めを強めて制限する。
「おいおい。動揺が隠せてねぇぞ、王女さんよォ?そんな時は4人目を仄めかすなり、ハッタリ嚼ますもンなんだよ」
周囲の状況は視覚だけで捉えるのではない。耳や鼻などの感覚器官に加え、自分なら何処に隠れるかといった思考を総合して把握するのだ。それを一般に気配と呼ぶ。
鍛え過ぎて、姉と共に隠れん坊の出場禁止まで至った能力だ。先日は不意を突かれてしまったが、警戒中ならばそう簡単にはいかない。
「けほっ……だが、君に何ができる?言ったよね、私が王女だって。王族の護衛を甘く見ていないかい?私を守る為なら殺しも厭わない。それが3人。対する君は1人なんだよ」
隠すつもりもないのか、開き直って優勢を堂々と誇るリゼ。
そのくらい俺も分かってる。だからこそお前を盾にしているのだから。しかしながらコイツの読みは甘いな。スクラロース並みの甘さだ。
「そもそも……いつ、私が1人だと言った?」
「それが君のハッタリかい?矛盾してるよ、秘密の話ができる場所と言ったのは君自身だからね」
「ふっ」
やはりこれは何かのジョークなのではと思ってしまう。怒りも醒めてしまいそうだ。また例によってリゼは俺の真意を問おうとするが、寸前、ある声が響いた。
「—————アレックス!アレックス!どこだー?返事しろー。晩御飯だぞー」
父の、太く男らしい声。
「時間切れらしいな。やはり、貴様を信用しなくて正解だった」
いつもながら兄の持つ天賦の慧眼には畏れ入る。お陰で救援を呼ぶことができ、命拾いした。
リゼを粗雑に解放して、自身の肩に付着した土埃を払う。
この女に教える気は無いが、タネは彼女が『犬みたい』と嘲った口笛・指笛だ。口笛言語というものが世界にはあるらしいが、それを真似た通信手段。
本来は畑なんかの作業で、遠くの人に向かって大声を出すのが面倒な時に使う。吹き方も特別なもので、猟師が使うような方法だ。
口笛は『声』よりも情報量が少なくなるが、そこは略号でカバー。3音しか使わないため確実、且つハイパワーで高周波を出せるので、より遠くまではっきり届く。
湿度が高いとその範囲は更に拡がる。
アルファベットの概念が不可欠なので、完全に理解できる人物は唯一人、エレ姉だけだ。《返信不要森ヘ行ク母に伝エヨ》と送り、受け取った姉は母に伝える、晩御飯の用意をする母は父に迎えを頼み、今に至る。
正にドンピシャリ。
護衛達を避けて父に駆け寄る。成人男性が1人加われば反撃の虞もあるし、皆殺しを目的としない限り警護対象を放置してこちらを攻撃するメリットは無いだろう。
「ここです」
「おお、居たか。しっかし、こんな雨の日に何でこんな所来たんだ?」
自分の着ていたポンチョを俺に被せながら、父は不思議がる。
「えーと、話すと長ーい事情があって……」
俺が答えると、「なら別にいい」と面倒臭そうに手を振った。我が子に興味が無いというよりも、理由の有無を尋ねただけなのだろう。目的も持たず来るには危ない場所だからな。
「うん?よく見ればアレックス。お前、酷い顔してるなあ」
「あれ、汚れてますか?」
顔は土に触れていないはずだけど……そう思いつつも頬を拭うと、父は「違う、違う」と笑った。
「表情の方だ。今のお前は……何というか、切羽詰まったような、決断を迫られているような顔だ」
うっ、鋭い。兄の才能はやはり父から受け継いだものだったか。ズバリ内心を見抜かれている。
白状した方が身の為か、と思案していると父は俺の頭をガシャガシャと撫でた。
「アレックスは男だろう?自分の問題は自分で決着を付けるんだ。ただ……」
「ただ?」
父を見上げる。
「ただ一つ言うとしたら、何かを失うための最良の方法は、それを離すまいと踠くことだ。大事なものだからこそ、一旦手離して忍ぶという手もある」
……。
「……父さんにも経験が?」
「ああ、あるさ。何しろ、それで母さんと結ばれたんだからな」
「え?」
「まあ、十幾年も昔の話だ。その頃は俺も熾烈な恋争いをしてたってことよ」
初耳だ。現在の父からは全く想像出来ない。そんな母との馴れ初めがあったなんて。
「己の望むもの、大切なものを見極めてよく考えるんだ。アレックスなら、できるな?」
目を閉じて父の助言を噛み締める。己の望むものを見極める……果たして俺にはできるだろうか?
胸に問いかけ、そして答えを出す。
「はい」
「良い返事だ。家で母さんが温かいスープを用意してくれてる。早く帰ろう」
父はそう言ってまた、ガシャガシャと俺を撫でた。
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