文明人之纂略046
文明人之纂略 作者:黒須輝046 自室 「ふむ、なかなか悪くない」 俺は自室のマットに腰を下ろす。厚みがあって断熱や緩衝などの機能を十分に果たしている。柄は曼荼羅、或いはトルコ絨毯のような色彩。おそら...
文明人之纂略 作者:黒須輝
「実は……さ」
帰り道、リゼは俯き加減に切り出した。その表情は、十やそこらの子とは思えない、葛藤や迷いに満ちたものだった。
「どうしました?急に思い詰めた様子で」
人生相談とかされても乗れないぞ。或いは家に帰りたくない、人間関係にストレスを感じる、なども同様だ。
一体どんな内容なのかと構えていると、彼女は意を決したように口を開いた。
「さっき散歩って言ったけど……本当はアル、君を探してたんだ」
「へ?あ、そうですか」
拍子抜けた。そんな事に何を躊躇していたのだろう。
それとも俺に会うための特別な理由でもあったのだろうか。例えば愛の告白とか。いや冗談ではなく、この年頃になるとマセた女の子から受けることは稀にある。 波風立てずにお断りするのは至難だ。
「えぇと、アル。他の人には聞かれたくない話があるんだ。どこか……人の来ない、人目に付かない場所を、知らないかい?」
……この娘は何を抜かしとるんだ。逢瀬ってやつか?これが性の低年齢化ってやつか?
いやいや、決めつけるのはまだ早い。リゼは聞かれたくない『話』と言った。もしかすると真っ当な事情があるのかもしれない。
「うーん……それじゃあ村の外れの森に行きましょうか。幸い、私はリゼの案内をしていることになっているので怪しまれることはないでしょう」
完全に信用できる相手ではないが、一旦呑もう。
「君に任せるよ」
俺の提案に、彼女は承諾した。そこはキノコ狩りや木材の調達くらいにしか人の訪れない静かな場所だ。中型哺乳類にも遭遇するため、深入りは禁止されている。
尤も、墓場が近くて不気味なので子供が近付く事は滅多に無い。
「—————♫♫♬♩♩♫♬♫♫♬♬♩♬♩♩♩♬♫♩♬♫♬♩♫♫♩♫♩♬♩♫♫♬♫♫♬—————」
「綺麗な音色だけれど、何故口笛を吹くんだい?」
「獣除け……ですかね。存在を知らせることで鉢合わせを防ぐことができます。ここら辺で良いですか?」
森の入り口から少し奥まったところに腰を下ろす。雨がしとしと降り始めたので広葉樹の木陰を選んだ。どんよりと薄暗い。
「うん、すまないね」
リゼは小さく謝った。
「いえ、お気になさらず。それで、話というのは?」
俺が尋ねると、彼女はまた一つ、「うん」と頷いて語り出した。同時に、ぽつりぽつり、と頭上に広がる枝葉が雨音を奏で始める。
「一昨日、私は君に勝負で負けたよね」
ん、それはあのボードゲームのことか?途中で頭痛に苛まれ、朦朧としていたが確かに勝ったことは覚えている。
しかし、それがどう繋がるのか。意を汲めず、「はぁ」と曖昧な肯定を返す。リゼは続けた。
「負けたの、あれが初めてだったんだよ。悔しかったなぁ……しかも相手は初心者だなんて」
まあ、そういう事もあるだろ。ゲームなんて時の運だし、ビギナーズラックなる言葉もあるくらいだ。
「まさか、それを言いたいが為だけに?」
「いいや、本題はここから。アレックス、君の能力を見込んで率直に頼みたい。私と一緒に来てくれないかい?」
……この娘は何を抜かしとるんだ(2回目)。アレか、その手の世界大会があって、俺はそこに出場するとかいう、スポ根マンガ的な流れか。
ヤッテランネーと、肩を竦める。俺はこの村から出るつもりはない。
「最後まで話を聞いて欲しい。私の名は “Lihzelotte-Neikora Diksin os Dēill” 、この国の……王女だ」
……この娘は(3回目)。リーゼロッテ=ニコラ・ディクシン・オス・デール?直訳すると『デール家第七女リーゼロッテ=濡烏の』になる。
心境はフォントサイズ72で『はあっ?!』であるが、混沌が極まって口も開かない。とにかく続けてくれ、と手振りで返す。
「今から10年前、 “Equlos” から神託が下った。その内容は『数年のうち、東方で人の形をした悪魔の子が生まれるだろう』だった」
“Equlos” とは教会、聖堂を表すチャーチではなく組織としての教会だ。オーソドックスとも異なるので、謂うなれば聖教会か。
また、『悪魔の子』とはチャイルドではなく幼体、ジュヴナイルのニュアンスに近い。
「『悪魔の子』の特徴を知ってるかい?」
知らね。首を横に振る。
「並外れた思考力と、その黒い髪だよ」
「……下らない迷信です」
やれやれ。今度は呆れて物が言えぬ。
魔女狩りと変わらないオカルトだ。そうやって敵を作り退治することで自身の権力を誇示し正当化する、常套手段。笑止。
「アルが何と言おうと、聖教会の力は強大だ。世界は君の存在を容認しないだろうね」
チッ、と舌を鳴らして頭を掻き毟る。全く腹立たしい限りだ。こちとら穏やかな生活送ってんだよ。邪魔すんなよ。
「大体、それならリゼ……リーゼロッテ様?も黒髪じゃないですか」
そう、10年も前なら彼女だって該当するはずだ。並外れているかは判断しかねるが、それなりの思考力もある。外見的特徴も申し分ない。
「ああ、リゼで良いよ。余所余所しいのは勘弁だ。それで、アルの指摘だけど……私じゃないよ。『濡烏の』は洗礼名だからね。黒髪は公認なのさ」
クッソぉ、結局権力じゃねぇか畜生め。
「身代わりって訳ですか」
「おっと、勘違いしないでおくれよ。私は君の力が必要なんだ。その『悪魔』の力がね」
「誰が『お前は悪魔だ』と言われて協力しようと思います?」
嫌に決まってんだろーが。聖教会が黒髪を探しているなら毛を剃ればいい話だ。賢い奴を探しているなら馬鹿を演じればいい。
反抗心を剝き出すも、リゼは織り込み済みなのか頷いて人差し指を立てた。
「勿論、承知しているよ。だから、君に一つの情報を提示しよう。この村は……アルが大人になる前に破壊される可能性がある」
あのさぁ……もうちょっとマシな嘘は吐けないものかね?それとも土地区画整理かダム建設でよっぽど族議員が煩いのか。
「根拠を示せ、という顔だね。それは残念ながら今は持ち合わせていないけれど—————」
リゼはそこで言葉を一旦区切り、神妙な面持ちで俺の瞳を覗き込む。今から重要な事を言うぞ、という意志を示しているようだ。
俺もちょっと緊張して唾を飲む。
軈て、彼女が口を開いた。
「—————魔王が人間を攻めてきたらここは戦場になって多くの血が流れるだろうね」
なっ?!
「ㇷ゚fぉッ!」
言葉の意味を理解した俺は、噴き出してしまった。
傑作だ。成る程今頃気付いたよ、俺はこの盛大なるジョークに一杯食わされた訳だ。マジかよゲームに勝った仕返しにしてはヤり過ぎだろぉ?!
ははっ!笑いが止まらん。
「あのぉ、アル。何故君はそんなに笑ってるんだい?」
「はっは!だって、だって『魔王』ってぇ!くっ、私を田舎者だと思ってバカにしてるんでしょぉ?ふっヒヒ……いくらなんでも、リゼ、それは騙されませんよっ」
お伽話で婆ちゃんから聞くようなストーリーだ。危ねえ、もう少しで信じるトコだった。
雨も強くなってきたし帰ろう。
立ち上がろうとすると、リゼに腕を掴まれた。
「何ですか?もうすぐ日も沈みますから帰りましょうよ。今日は私の負けで構いませんから」
「いや……落ち着いて。私の話は、嘘じゃない」
—————え?
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