文明人之纂略046
文明人之纂略 作者:黒須輝046 自室 「ふむ、なかなか悪くない」 俺は自室のマットに腰を下ろす。厚みがあって断熱や緩衝などの機能を十分に果たしている。柄は曼荼羅、或いはトルコ絨毯のような色彩。おそら...
文明人之纂略 作者:黒須輝
じゃぶじゃぶと衣類を擦り合わせる。濯いで絞って木の間に渡したロープに干す。次の衣類を持つ。今日のミッションは洗濯だ。
「おいこらっ! Elcar 、 Neiklom、それ以上進むな!」
興味本位で深みを目指すガキ共を制止して指導する。総勢24名の子供を監視しつつのミッションなので、仕事量はなかなかだ。
「やあ、アル。具合はどうだい?」
うわ、出た。リゼ。
「『うわ出た』って顔してるよ」
ありゃ、面に出てたか。でもなぁ、あまり良い記憶が無いんだよな。兄の言う通り、この数日における生活の乱れの元凶は、大体彼女だし。いや、責めるつもりは無いけどさ。
「これは失敬しました。調子は良いですよ。して、本日は何用で?」
「散歩、といったとこかな。特に当てもなく歩いていたら川の音が聞こえたから来てみたんだよ。丁度、アルの声も響いていたからね」
「お恥ずかしい。しかし良いんですか、護衛のポール氏は見えませんが」
どうやら彼女は大切にされているみたいだから、一人で外出などさせてもらえないだろう。
「彼がずっと側にいては、皆んな怖がっちゃうからね。そこら辺で見守っているんじゃないかな」
成る程ね、シークレットサービス的な。見渡しても視界には姿が入らないし、子供特有の高周波の喧騒が干渉するため、音から探るのもちょっと無理だ。放っておこう。
「そういえば、Leo はいないのかい?」
「レオ……?誰でしょう」
Leonard や Leopold という名の人物はこの村にいないはず。 Leon ならいたと思うけど、彼との関係は希薄で、尋ねる人物として俺は相応しくないだろう。
「エレーナだよ。異国には対応する “Elēonolia” って名前があってね、そこから『レオ』。どう、お洒落でしょ?本人も気に入ってるみたいだよ」
「姉のことでしたか、なんとも猛々しい愛称で……しかし、残念ながらここにはいません。兄と一緒に畑へ回っていますから」
「そうなんだ。レオとは話が合うから居場所を聞きたいところだけれど、グラッツ君と一緒なら諦めるか」
なんだ、兄さん。まだ仲直りしてなかったのか。本当に頑固だもんなぁ。
「ではお帰りですか?ここに居ても、私は忙しいのでお相手できませんし」
下手に岸を彷徨かれるのは、気が気でない。
「いいや、序でだし手伝うよ。洗濯は初めてだから教えてくれると嬉しいんだけれど」
おいおい、どんだけお嬢様育ちなんだ。
別に、24人から1人増えたくらいじゃキャパは溢れないし、こちらの監視下で教える分には構わないけどさ……
「有り難い申し出ではありますが、それはまた今度ですね」
「今度って、それはどういう……」
俺は片手を立てて話を遮り、余った方でピィーと指笛を鳴らす。
「集合ぉーっ!!バディ2列!!」
全員がこちらに注目したのを確認し、号令をかける。
バディシステムは二人組制度とも呼ばれ、人数確認を行う手段の一つである。これなら点呼なんか知らないような幼稚園児にもできて、しかも素早い。
予め決たペアと手を繋いで、ぞろぞろと集まってくる。
「はい、バディ1、2、3、4、5、6!ちゃんと揃ってるな。じゃあ撤収、撤収準備始めっ!」
パン、と手を叩き散開の合図。子供は思い思いの方向へ飛び出す。
「撤収?どうしたんだい、時間切れかい?」
リゼが不思議そうに辺りを観察する。いやぁ、地面を見てても分からないと思うな。
「違いますよ。空。もうすぐ雨が降りますから、ここを離れないと」
「えっ?どう見ても晴れてるじゃないか。そんな気配は感じないけど」
「それは後で話しますよ。私も撤収準備と皆の監視があるので、じっとしていてください」
話し掛けられると集中できないし、異常発生時の判断が遅れる事にも繋がる。
小物洗い用の盥を濯ぎ、干していた衣類をそこに纏めて放り込む。乾いていないので部屋干し決定だな。未洗いの分は風呂敷に包み、回収したロープで結ぶ。
担当の撤収作業が終わって周囲を確認すると、他も完了していた。『片付け中は川に入らない』という約束も守れており、鬼ごっこで盛り上がっているようだ。
名残惜しいだろうが再度笛を吹き、集合の号令。
駆け足で整列するのを見てリゼは「犬みたいだ」と呟いた。気にせず続ける。
「バディ1、2、3、4、5、6!全員いるな。じゃあ副隊長、リッテンちゃん」
全員の無事を確認後、中でも最年長のリッテンを呼ぶ。因みに8歳。
「なぁに?」
年相応の、緊張感が皆無な、間の抜けた返事。だが頼れる人材が彼女だけなのだ。仕方がない。
「荷物を持ってから、皆んなを連れて集合場所まで戻ってください。寄り道はダメ。それと『アレックスはリゼの案内』ってお母さんに伝えてください。はい、復唱」
俺が指折りしながら伝えると、リッテンも虚空を睨んで唱える。
「皆んなを連れて集合場所、寄り道ダメ、アレックスはリゼの案内」
うん、まあ年齢を鑑みれば上出来だ。時間的な余裕はかなり確保しているから、よっぽどでなければ大丈夫だろう。
「それじゃ、行ってください」
「うん」
そう頷くと、24人の大所帯はリッテンに引率され、来た道を帰って行った。
「—————さて、何から話しましょうか」
撤収の号令から30分くらい経ったか。
リゼと二人きりだ。雲は増えたが、まだ陽は眩しい。岸から離れ、草の生えた木陰に腰を下ろす。
「まず、雨が降ると言う根拠からお願いするよ」
ふむ、観天望気の話だな。
「簡単な言葉を選ぶなら『条件が揃った』です。雲の流れ、形、風向き、温度、湿度、それらを過去の気象変化と照らし合わせ、総合して判断した結果、雨が降る蓋然性が高いと決定できる条件が揃いました」
雨というのは我々農民にとって不可欠な存在なので、いつ降るかは常に考えて行動せねばならない。その為、気象予測のノウハウは独自に発達していて、しかもそれなりの精度がある。
俺は「例えば……」と、昔から伝わる天気に関する諺を幾つか根拠付けて挙げた。鳥が低空飛行だったらとか、南風から北風に変わったらとかの話だ。
「納得したよ。しかし、空はご覧の通り晴れている。もし君の予測が正しいとして、天気が崩れるまで作業はできると思うのだけれど」
その分無駄じゃないかとリゼは暗に問うが、実は違う。
「雲は、川上から運ばれます」
日によって風向きはまちまちだが、天気の移ろいは西から東で安定している。水辺に近寄る時は川上がある西の大気状態まで考慮せねばならない。
特に、春の天気はすぐ変わる。
「静かになったので聴こえるでしょう?」
耳を澄ませる。
「えっ?!嘘……」
シャワーのような音と共に、嵩の増えた水が下りてきた。鉄砲水ほどではないが、子供なら容易に呑み込まれてしまうだけの体積はある。
村のこの季節では頻発する、珍しくもない現象だ。上流のどこかで自然に出来た堰が開いたり閉じたりしているのだろう、と婆ちゃんが言っていた。
「さ、雨雲が来る前に戻りましょう。濡れても服を干す場所がありませんからね」
既に湿っぽい匂いが風に混じっている。木々や土の生命力が涌き起つ、雨の匂いだ。
「そう、だね」
俺が立ち上がるよう促すと、リゼは体を強張らせて頷いた。
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