文明人之纂略025

ページ名:文明人之纂略025

文明人之纂略 作者:黒須輝

025 畜舎


 「よお、おはよう Steaky 、 Stewssy 、 Roastack 。食事の時間だぞー」
 今日は兄と畜舎の整備をする日だ。スティーキィ、ステューシィ、ロースタックとは、我が家が飼っている家畜の名前。俺が名付けた。それぞれ、ステーキ、シチュー、ローストである。メス、オス、メス。
 何の動物なのかは……ちょっとよく分からない。
 蹄の数が偶数なので牛の範疇に入るのだろうが、黒須輝が見たことのない種で、 "Jeetalass" と呼ばれている。その名の通りジータラスという土地が原産の種だ。
 色は茶色く、短い円錐形の角を持ち、体高が成体で1.3m程。顔は山羊に近い。体毛が長いので毛織物に利用される他、乳や肉、皮革、骨角と余す所が無く、麦畑で耕耘もする。ただ、オールマイティな分だけ味や質、量などの各パラメータが低い。
 作業内容は餌やり、掃除、ブラッシング。
 飼料は麦藁を乾燥させたものや野菜クズ。ジータラスは色々な物を食べる。
 餌を振って3頭を所定の位置に寄せ、作業中動き回らないよう、首輪を杭に繋ぐ。
 「これで良し。ゆっくり食べろよ」
 次は掃除だ。
 糞や食べこぼしの古い草を熊手で集め、藁や落ち葉と混ぜて堆肥にする。コンポスター(堆肥化容器)というのが畜舎の裏手にあるのだ。ここに人糞が含まれなくて良かったとつくづく思う。
 それが終われば全体の掃き掃除。熊手の目より細かいゴミを取り除き、人間の居住スペースも手入れする。
 奴らの体温は人間より高い。冬の寒い日なんかは家畜で暖を取りながら眠るのだ。その為の居住スペース。畜舎だから、マスクを使うなりして臭いは我慢しなければならないが、それでも凍死するよかマシである。
 この村に雪が降る事は稀だが、冬はとにかく底冷えする。今年も随分お世話になった。
 「アル、順調か?」
 兄さんが戻ってきた。両手には何リットル入るんだという大きな木桶。奴らの給水用だ。
 「順調ですよ。あとはブラッシングをするだけです」
 ジータラス種の長毛は春に夏毛へと生え変わる。今がその時期だ。このタイミングでブラッシングすると、保温性に優れた冬毛がいとも簡単に手に入る。
 これを紡いで毛糸にし、織ったり編んだりして布にするのだ。衣服として使うだけでなく、行商さんに買って貰って生活必需品に交換することもできる。
 「そうか、早いな。じゃあ乳搾りするから櫛掛け、ステューシィから頼む」
 「分かりました」
 兄は木桶をスティーキィとロースタックの前にドン、と置くとロースタックの下にミルクジャーを据えた。
 同じくメスのスティーキィは老いて乳が出なくなってしまった。推定年齢は15歳。ステーキになる日も近い。まあ、本当にステーキにしちゃうと固くて食べられないから、ジャーキィとかピクルスタックになるのだろうけど。
 「ステューシィ、食事中失礼するぞ。大人しくしてくれよ」
 驚かさないよう、目を見てコミュニケーションを取る。十分に俺の存在を認識させてからでないと、蹴られたり圧し潰されて危険だ。
 左手で耳裏をグルーミングしながら、背中にブラシを通す。ふわ、ふわ、と細かい毛が綿飴のように纏わり付くのを専用の袋に集める。それを3頭。
 「……アル」
 「ん?どうしたんですか、兄さん」
 黙々と作業していた兄が徐に口を開いた。
 「大丈夫か?」
 「はい?何の話ですか?」
 脈絡を持たずそう聞かれても、アイム・ファイン・センキューである。
 「あのリゼという女が来てから、お前の様子が変だ。無理してないか?」
 兄のこういった気遣いはいつも適切で畏れ入る。2日連続で昼間から寝込むのは、やはり異常か。
 とはいえ、発熱や嘔吐といった明ら様に酷い症状は出てないからなぁ。
 「うーん……自分でもよく分かりません。元々、私は怠けたい人間ですから、無理しているといえば確かにそうかも知れません。それがリゼによって箍の外れた状態になっただけということも」
 別に嫌々付き合っている訳では無いし、毒を盛られた事も無い。しかし人間、そういう知覚できる繋がりだけが関係に影響するものではない。
 袖触り合うも多生の縁、という言葉もある。
 俺が答えると、兄は「うん……」と唸って続けた。
 「俺は、お前の好きなようにすれば良いと思う。あの女と仲良くなるのもお前の自由だ。だが、自分の身体は大切にしろ」
 彼は本当に伝えたい事を言う時、下を向く癖がある。5年も側に居れば、その真剣さは口調からも読めるので、俺もそれに相応しい態度で受け止める。
 「……分かりました」
 「あとな。心配は要らないと思うが、あの女を信用し過ぎない方が良い。一昨日初めて会った時からずっと、俺の胸に何か引っ掛ってる感じなんだ」
 トントン、と自身の胸を小突きながら兄は忠告を加える。昔から、俺は兄の人を見る目に信頼を置いてきた。
 だが。
 「……それって恋なんじゃないですか?」
 「じゃかしい。俺には……」
 ん?
 「兄さんには……何ですか?」
 ちょっと揶揄ってみる。
 「ん゙ン゙っ!何でもない。俺は母さん所にミルクを届けてくるから、仕事してろ」
 そっぽを向いて咳払い。
 ふーん、兄にもそんな人がいるんだな。むふふ、と鼻から変な笑いが込み上げてくる。誰だろ、上の世代の子供は別でコミュニティがあるから、余り詳しくない。
 黒須輝はどうだったか。確か初恋は、小五の時に図書委員で同じになった……やはり顔は思い出せない。記憶のデータが破損しているようだ。
 「では、私からも一つ」
 ジャーを抱える兄に投げかけた。
 「幾ら信用ならない相手でも、和解くらいはできるんじゃないですか?」」
 彼は頑固な性格で、自分がそうと判断すれば「もういい」と見切りを付けてしまう。
 兄の慧眼に対する俺の信頼は大きい。これからもそれは変わらないだろう。しかし、もし可能ならば『歩み寄る』という能力も身に付けて欲しいのだ。
 判断した上で、相手と接するように。
 「……前向きに検討しておく」
 兄は面倒臭そうに答えた。


 

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