文明人之纂略024

ページ名:文明人之纂略024

文明人之纂略 作者:黒須輝

024 無題


 やれやれ……日光の次は月光かよ。
 目を開けると青白い部屋の中にいた。どうもこのところ日中を満足に過ごせていない。周りを見渡せば家族は皆、思い思いの場所に横たわって寝息を立てている。
 寝室と雖もベッドなどはなく、床の間に藁の筵と防腐・蚤除けの燻しが施された毛皮を敷くのがこの村のスタイルだ。
 姉の姿が見当たらないことから、俺を抱き枕にしているのは彼女だろう。姉は何故か俺の項を嗅ぐのが好きらしく、こうなる。お陰で身動きが取れない。
 脱出を諦めて暫くぼーっとしていると、軈て室内の明度が高まって暁が訪れた。そろそろ炉に火を入れる時間だ。
 さて、俺が選べる選択肢は3つ。まず、このままエレ姉が起きるのを待つ。次に、何とかして抜け出す。そして、姉をくっ付けたまま炉まで行く。
 とはいえ、前二者は不可能に近い。火の準備を2日もサボる訳にはいかないし、姉の拘束は解けそうにない。
 それ故に俺は宛ら鰐がデスロールするかの如く、体を捻り捩りつ回転させて寝室の外を目指す。
 「……起きてますよね?」
 小さく呟く。
 「この、寝坊助」
 耳元で声。
 やはりな。締める力が不自然だと思った。
 「寝坊助は言い過ぎじゃないですか。半日ばかり余分に目を瞑って伏せていただけですよ」
 姉はまだ解放してくれないので、アザラシのように蠕動で進む。重い。
 「それを『寝坊』っていうのよ。もぉ、私の心配なんか知りもしないで……気持ち良さそうな寝顔なんだから」
 ああ、確かに済まない事をした。謝ろう。しかし、それは俺の耳を甘噛みしても良いという正当な事由とはならない。
 避ける、噛む、振り払うという、仔猫の戯れ合いを彷彿させる不毛な攻防を繰り返しつつも、なんとか家族を起こさずに寝室を出た。
 「はぁ、はぁ、取り敢えず。おはよう、エレ姉」
 「おはよう、アル」
 挨拶は大事。
 暴君の機嫌も直ったらしい。妨害されないうちに枯れ草を揉んで火を点ける。さあ、一日の始まりだ。


 

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